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第56話 幸子の為に

『一緒に観てもいい?』

雪ちゃんからのメッセージがきた。

近藤トレーナーさんも、相田さんのセコンドサイドへ行っちゃって、一人になっちゃったみたい。

こーちゃんにメッセージを見せてみた。


「是非是非。3人でチャンピオンを倒すって話しだったしね。」

そう言えば、そうだったね。

何だか実感が沸かないかも…

私が決勝で戦うんだっけ…?


「何言ってるの?あんなにやりたかった決勝戦じゃない。優勝するんだろ?」

「う…、うん…」

何だろ…

心の中に、何かが少しずつ大きくなっていく…


そんな違和感を感じていた頃、ドアがノックされシャワーを浴びてきたばかりの雪ちゃんが入室してきた。

「お待たせー」

タオルで髪を拭いている。

「ねぇ、ねぇ、こーちゃん。あたい、いい匂いする?」

そう言われたこーちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「わ…、わからないよ…」

「あー、照れてる、照れてる。ふふふ…」

二人を見ていて急に不安になっる。

「こここ、こーちゃん!私もいい匂いする?する?」

ギューと彼の左腕に掴まる。

こーちゃんは余計に慌てて席を立った。


「ちょーっと待って!誂わないで欲しいってば。」

「あははははっ!」

雪ちゃんが豪快に笑った。

私は誂った訳ではないけれど、慌てたこーちゃんを見たら何だか心がくすぐったい。


私を真ん中に、右側にこーちゃん、左側に雪ちゃんが座り、モニターに注視し始めた。

『さぁ、今回のエキシビジョンマッチに、挑戦者として名乗りを上げた、愛野 クリス選手の入場です!愛野選手と言えば、クラシック音楽を入場曲で使用していますが、今回はフランツ・リストのラ・カンパネラ!哀愁漂う雰囲気の中、ゆっくりと静かに花道を歩んで行きます!愛野選手は試合前に言っていました!今日はド派手に負けるかも知れないと!だけれど!自分の全てを叩きつけてくると!しかしながら愛野選手のパワーは侮れません!一撃入れば、試合はどうなるか分からないほどです!大いに期待したいしましょう! 』


マイクを握る愛野さん。

『ど、どうも。愛野っす。今日は応援に来てくれてありがとうございます。あっしがチャンピオンに挑戦するなんて十年早いなんてことは自分が一番分かっているつもりっす。けれど、胸を借りるとか、経験を積むとか、そんな気持ちでリングに上がった訳じゃないっす!徹底的に食い付いて、どんなに無様でも!最後の一撃まで!諦めずに戦うから!俺の生き様を心に刻んでいけぇぇぇえええ!!!」


ワァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


覚悟を決めた顔だと思った。

凄く気合入っている。

エキシビジョンだなんて関係ない。

チャンピオンの膝を付かせるのは、自分だと言わんばかりだった。


『そしてお待ちかね!チャンピオン相田選手の入場です!』


拍手に包まれながら、静かに扉が開いた。

相田さんは入場曲は使わないの。

静かに…、だけれど圧倒的存在感を放ちながら花道を進んでいく。

沢山の拍手と、応援が飛び交う。

そう、彼女は試合前にファンの声を直接聞いて胸に刻み、そして試合に望みたいと言ったらしいの。

それを知っているファンの人達は、ありったけの思いの丈を、彼女への期待を込めて、声援を惜しまず投げかけていく。


リングに上がり、両拳を突き上げた時、ファンの感情が爆発したかのように叫ばれていた。

凄い…

チャンピオンの風格…、威厳…、プライド…

どれもこれもが13年…、もうすぐ14年という歴史で更に拡張され、相田さんにしか出せないオーラを撒き散らしていく。

そのオーラに感化されたファンの人達は、更に過激に叫んでいった。


叫びから拍手に変わっていった時、マイクが渡される。

『今日は!インファイトが得意な愛野さんとの対戦となります。自分のインファイトがどこまで通用するのか、楽しみにしていました。』

「インファイト対決するのかよ…」

こーちゃんが呆れ顔で言った。

『伝説は終わらない。自分のボクシングを信じ、今まで戦ってきました。今日とて同じ…。皆さんの声援を背に、全力で戦うことをここに誓います!』


ワァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


凄い歓声…

画面から溢れだす熱気にすら圧倒されそう。

そもそも今回の試合は、急遽相田さんが決めたもの。

本来ならば戦わなくても良い試合。

レオさんの怪我で、不戦勝で決勝進出が決まっていたから。

それなのに、全力で戦うことを誓う相田さん…

公平公正であり続けようとするチャンピオンの姿は、ファンの心を掴んで離さなかった。


「ん?これは興味深い展開になるかも。」

こーちゃんが分析する。

「インファイト対決してくれるなら、さっちゃんとの戦いの参考になるってこと。」

あぁ、なるほど。

そこへ雪ちゃんが話に割り込んできた。

「レオさんらしい戦略ね。」


!?

レオさんがそこまで考えてクリスさんを選んだってことなの…?

まさか…

「あー、有り得る話しだねぇ…。愛野さんも知っててリング上がっている顔してるしね。」

再び呆れ顔のこーちゃん。

「まっ、その辺は深く考えないで試合に集中しましょ。」

「そうだね。さっちゃんは自分が対戦していると思って、愛野さん目線でしっかりチャンピオンを観察してね。」

「うん、分かった!」


注意事項の伝達も終わり、いよいよチャンピオン対クリスさんの試合が始まった。


カーンッ


二人は中央でグローブをタッチさせ、微妙に離れた距離でリズムを取り始めた。

そう思った瞬間―

『あぁーっと!試合開始早々、チャンピオンが積極的に接近戦を仕掛けてきた!』

そうなの。

相田さんの方からインファイトを仕掛けてきたの。

チャンピオンはやっぱり相手の土俵で戦いたいんだね。


クリスさんはしっかりガードしつつ、相田さんのパンチを冷静に防いでいく。

「パワー対決となると、お互い消耗も激しいはず。そうなるとチャンピオンは短時間での決着を望むのかも知れない。相田さんの試合運びに注意して。」

こーちゃんの指摘は、雪ちゃんをうなずかせるには十分だったみたい。

「うちの男子選手、しかも階級が上の人と積極的にインファイトの練習していたからね。ちょっとやそっとでは怯まないと思う。」

雪ちゃんの言葉は、妥協を知らないチャンピオンの性格を現していると思った。


自信だとか慢心ではなく、自分を正しく見積もるところから始めて、しかも相手と同じスタイルで戦う相田さん。

不器用な生き方だと思った。

けれど、あの人の信じる道は、これしかないんだろうなぁ。

本当に…

怖いぐらい不器用だよ…


クリスさんも反撃していく。


ズバンッ!


ドスンッ!!


鈍い音がモニターから聞こえてくる。

お互い数発のダメージは想定済みと言わんばかり。

ただし、戦いぶりからも分かるように、パンチの重さはクリスさんが勝っていると思う。

だけれど確実にヒットさせる技術は、相田さんが一枚も二枚も上手だと感じた。


「隙間という隙間に、パンチをねじ込んでくるなぁ…」

相田さんの攻撃は、一瞬の隙間を縫って鋭く撃ち込まれる。

その内のいくつかのパンチは、私じゃ絶対に撃てない感覚…

まるで、いつでもとどめを刺せるんだぞと言わんばかり…

クリスさんは精神的に辛いはず。


それでもインファイト勝負なら、クリスさんは十分戦えている。

そう思った瞬間―




!!!




パリィ!!!




突然の反撃だったけれど、クリスさんの集中力が一気に高まったことを!




!!!!!




二人の拳が交錯した―




どちらも頬を掠めるギリギリのところで交わされていた―




『凄まじい攻防!!パリィで愛野選手のストレートを弾いたチャンピオンですが、その後の反撃にカウンターを合わせてきた愛野選手!しかしどちらもギリギリのところで交わされている!!』


「レオさんはパリィ対策をクリスさんに伝授したんだね…」

雪ちゃんが驚くのも無理はないよ。

元々クリスさんはカウンター系が得意ではなかったから…

相当苦労して身に付けたことは、容易に想像出来る。


流石に予想外だったのか、相田さんが少し距離を置き、今度はクリスさんが積極的に前に出て撃ち合ったところでゴングが鳴った。


カーンッ


『緊迫した第1ラウンドが終了!甲乙付け難い内容でしたが、ポイントはチャンピオンが優勢か?』

「まぁ、判定にはならないかな。」

「ですよねー」

こーちゃんの意見に雪ちゃんが賛同した。


モニターで両コーナーの様子を確認してみる。

クリスさんの方は、トレーナーの言葉に何度も頷く姿が映し出された。

「作戦の確認をしているっぽいね。」

雪ちゃんの感想だ。

「会長からちょっと聞いたのは、兎に角試合をしっかり組み立てる準備をしていたらしいよ。」

「相田先輩もそうだしね。こっちが無策で我武者羅なだけだと、あっさりやられちゃうと思う。先輩の戦略は緻密で繊細だけれど、ダウンを奪う方法は大胆だから。」

「あー、確かにそんな感じする。」

「それに対抗する作戦って何だろ…?私、気になります!」

「兎に角、ここからが勝負だね。」

「うん、まだ本気モードにすらなっていないから。」


こーちゃんと雪ちゃんの会話を聞いていて、一つ気になったことが…

「本気モードにさせないんじゃ…?」

「………」

「………」

私の言葉に、二人が固まる。


「そうか…、そうかも。本気モード前に1発で沈める…。確かにアリかも…」

こーちゃんが真剣な表情で分析していた。

「でもそれって…、さっちゃんが実行したら…」

雪ちゃんの意見に、こーちゃんがハッとする。

「………。レオさんは本当に悪い人だ。けど、多分愛野さんも知っていて実行していると思う。」

どういうこと?

「つまり、さっちゃんがチャンピオンと戦うことを想定して、色々と試しているってこと。」

「クリスさん………」


レオさんとクリスさんの、熱意と情熱と期待がのしかかってくる。

でも…

何でだろう…

胸がチクチク痛いよ…


セコンドがリングから降りていく。

「本気モード前に仕掛けるとなると、この第2ラウンドが重要になってくるはず。」

「そうね。クリスさんとレオさんの戦い、しっかり見届けなくっちゃ。」

「私もしっかり見届ける!」


カーンッ


迷いなく近づいていく二人。

リング中央で応戦が始まっていく。

そして…


『あぁーっと!愛野選手が先に仕掛けた!フィニッシュブローであるマシンガンを躊躇なく序盤から放っていったぁぁぁあああああ!!!!!』








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