表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/70

第53話 幸子の緊張

クリスさんとのスパーは、最終ラウンドになっていた。

こーちゃんが考えたニューマシンガン攻略は、本当に強引で豪快な方法なんだけれど、これが想像以上に効果的だったみたい。

だけれどクリスさんも対策を考えていて、1度に撃つマシンガンの数が、二発だけとは限らなかったの。

一発だったり、三発だったり、突然五発撃ってきたり。

こうなると反撃するタイミングが難しくなるし、カウンターやパリィも狙い辛いかも。


結局クリスさんが1度ダウンしただけで、スパーは終わったよ。

そんな結果でも、レオさんは満足だったみたい。

「よくやった!愛野!十分な成果だ!」

「うすっ!」

「まぁ、幸子とお前じゃぁ、色んな意味で分が悪い。逆に言えば、1度のダウンで済んだのは上等な方だ。」

そんな会話が聞こえてきた。


「どうだった?」

こーちゃんがグローブを外し、タオルを渡してくれる。

「うん。前より凄くやり辛かった。」

「そうだね。まぁ、インファイト勝負なら、さっちゃんは誰にも負けないよ。」

「そ、そんなこと…」

「勿論慢心しちゃ駄目だけどね。でも、今日のスパーは、さっちゃんも凄く良かった。インファイトの感というか、そういうの改めて掴めたでしょ?」

「うん!久しぶりで楽しかった!」

「うん、うん。」


そう、ガッツリと組んだインファイト対決は、前回のクリスさんとの試合以来。

やっぱりワクワクするし、自分でも好きなんだなって感じたよ。

そこへクリスさんがやってきた。

「どうだった?あっしの戦いは。」

「はいっ!凄くワクワクしました!」

「あっしも凄く盛り上がったさ!」

ニカッと笑ったクリスさん。

でも、直ぐに少し寂しい表情もした。


「もうちょっとさっちゃんを追い込めると思っていたっすけどね…」

「あっ…、いや、十分苦しかったです。」

「いやいや、後2ラウンドもあれば、恐らくあっしは動けなかったっすよ。その調子で次の試合も頑張って。」

「はいっ!」

「ところで…」

「ん?」

「ちょっとお願いがあるのだけれど…。そうだ、幸一君にも聞いてもらおうかな。」


ということで、こーちゃんも一緒に話しを聞くことにした。

「明日帰るまでで良いのだけれど、教祖様と手合わせして欲しい人が何人かいるんっすよ。」

「どうする?」

クリスさんのお願いに、こーちゃんが確認を求めてきた。

ということは、私次第ってことかな?

「いいですよ。」


クリスさんの顔がパーッと明るくなった。

「ごめんね、無理言って。だけどインファイター主体の選手からは、さっちゃんは文字通り教祖様なんだ。熱狂的とも思えるほど、人気があるんだ。」

「え…?ええええぇぇぇぇぇぇぇええええ?」

「ハハハハハッ!」

こーちゃんは豪快に笑っていた。

「もう!他人事みたいに笑って!」

「ごめん、ごめん。可笑しくて笑ったんじゃなくて、嬉しくて笑ったんだ。」

「嬉しくて?」

「だって、さっちゃんが頑張って頑張って築いてきたことが、一部とはいえ熱狂的に支持されるなんて、こんな嬉しいことないじゃん。」

そ…、そんなもんなのかな…


私にはイマイチ理解出来なかった。

それは多分、支持されるという経験がなかったから。

「明日になれば分かるよ。」

こーちゃんはそう言っていた。


夕方にはクリスさんのジムを後にし、予約していたホテルに引き上げることになった。

私はレオさんと同じ部屋で、こーちゃんと菅原さんが同じ部屋。

直ぐに夕食という話になり、レオさんと菅原さんは東京の夜に消えていった。

私達は行く宛もなく、それでいて目の前には沢山のお店があって、決めきれないでいる。

「安いお店でいいよ。」

そう言われたこーちゃんは…

「うーん、それでも良いけど、折角東京まで来たしなぁ。」

「そうだ!クリスさんにお薦めのお店、聞いてみない?」

「おっ、それはいいねぇ。」


早速メッセージで送ってみる。

『アンティークで、雰囲気の良いお店があるっす!』

そう返ってきて教えてもらった場所に向かう。

中に入ってみると…


「あぁ、これは良いかも。いつもの感じで落ち着くしね。」

確かにアンティークな雰囲気だけれど…

そう、地元の岐阜には沢山ある喫茶店にそっくりだった。

だから落ち着く。

「折角東京にきたけれど、まぁ、いっか。」

そう笑ったこーちゃんと夕食を済ませた。


部屋に戻ると…

「あっ、幸一君。レオが酔っ払っちゃってね…。ちょっと介抱してるから、二人でレオの部屋に行ってて。」

「わかりましたー。」

部屋の奥からは「気持ちわりー……」とつぶやくレオさんの声が聞こえていた。

二人で何気なく私達の部屋に入っていく。


パタン…

扉を閉めて気が付いた…





部屋で二人っきり…





こーちゃんは…





口を半開きにして固まっていた。





「あの…」

「あっ、いやー、レオさんには困ったもんだね。アハハ…」

「私、シャワー浴びてくるね。」

「う、うん。」


何だかお互いぎこちないね…

私も…、意識しちゃう…

熱いシャワーを浴びながら、鼓動が早くなる…

凄く緊張しちゃう…


まだお付き合いもしていないし、何も起きないって分かってはいるのだけれど…

いつも傍に居てくれるし、トレーニングも一緒にやってきたし、今更緊張することがあるなんて思わなかったよ。

着替えてこーちゃんと交代する。


シャワールームから水の流れる音が聞こえる。

思わずバックに目がいっちゃう。

雪ちゃんにね、『いざ』という時に使うんだよと言われて貰った香水があるの…

う~ん…


どうしても落ち着かないから、急いでバックを開けて例の香水を取り出す。

シュッと首筋に一吹きする。

甘くて優しい香りがする…

何故だか急に恥ずかしくなって、急いで香水を仕舞った。

私…、何をやっているんだろ…


いつの間にかシャワーの音が止んでいて、そろそろ出てくるかなって思った瞬間―

バタンッ!

大きな音が聞こえた。

慌ててシャワールームの扉の前に行く。


トントン…

返事がない。

「こ、こーちゃん…?」

「あ…、あぁ…、気持ち悪い…」

!?

「だ、大丈夫?」

「ごめん…、ベッドまで連れていって…」

「開けていい?」

「うん…」


扉を開けると、シャツと短パンを履いているこーちゃんが、尻もちを付いたように座り込んでいた。

「こーちゃん!」

「湯当たりしたのかな…」

急いで腕を肩に回し立ち上がらせる。

ゆっくりとベッドへ連れていき、そっと寝かせてあげた。


「ごめんね…」

「んーん。大丈夫だよ。」

「人酔いだったのかな…」

「長旅で疲れたんだよ。ゆっくり寝てね。」

「うん、ありがと…」


調光スイッチで照明を暗めにしてあげた。

こーちゃんは小さく呻きながら苦しそうだった。

「冷たいタオルいる?」

私の言葉に、小さく首を振る。

冷蔵庫からお水を持ってくる。

「ここにお水置いておくね。」

コクリと小さくうなずいた。


さっきまであんんなに緊張していたのにね…

一人で慌てて…、ちょっと反省。

こーちゃんは移動の段取りからトレーニング、それにその他色々と気を使ってくれていたし、私ったら、自分のことばかり考えてて…

いくらこーちゃんが頼りになるからって、甘えてばかりは駄目だよね。

気が付くと、吐息をたてながら寝ているみたい。

私もウトウトしちゃって…


翌朝―

いつもの目覚ましで目を覚ます。

何だか凄くいい匂いがして、暖かくて、凄く落ち着いている。

熟睡した証拠かな?

目覚めも凄くいいよ。

ゆっくり目を開けると…


!?!?


直ぐに状況を理解した。

腕枕されている…

そして、彼の手が私を覆い、目の前にある…

背中には、彼の体を感じている…


鼓動が強くなって、頭のてっぺんにあるみたい…


ゆっくりと、体を180度回転させる。


彼の顔が目の前にあった…


あぁ…、どうしよう…


どうして良いかわからない…


でも、どうにかしたくて…


そんな時だった…


突然彼がギューッと抱きしめてきた…


ハァ…、ハァ…


もう…


我慢できない…


こーちゃんを愛されたいし…


愛したい…







ピンポーン






(ヒッ!?)

思わず大声が出そうになって、慌てて口を塞ぐ。

名残惜しいけれど、そっと彼の腕の中から脱出した。

扉の覗き窓を観ると、そこにはTシャツにジャージズボン姿のレオさんがいた。

そっと扉を開ける。


「こっちに着替えおきっぱだったわ。ちょっと持ってくぞ。」

「あっ、はい!」

ズカズカと部屋の中に入っていき、自分のバックを肩にかけた。

「ところで…」

「?」

「昨日はお楽しみだったのか?」


顔がカーッと熱くなっていく。

「そ、そんなんじゃないです!こーちゃん気分悪くなっちゃって…」

「ふーん…。まっ、二人の好きにすればいいさ。愛野が9時に迎えにくるからな。遅れるな。」

「ハイッ!」

時計を確認する。

7時30分を指していた。


私はこーちゃんをそっと起こし、朝食を一緒に食べに行く。

彼はかなり気が楽になったみたいで、食欲もちゃんとあったよ。

「昨日はごめんね。お風呂以降、記憶がないんだ。迷惑かけなかった?」

「んーん、大丈夫だよ。気分悪いって寝てただけだしね。」

「そっか…。今はもう大丈夫だからね。」

「うん!」


その後無事にクリスさんと合流し、帝都ボクシングジムに行ったのだけれど…

私は4人の女子ボクサーに囲まれていた。

同じフライ級は1人、他の3人は別の階級。

「私達、鈴音さんのボクシングに凄く憧れちゃって…。出来れば軽くでいいのでスパーリングしたいです!」

目が凄くキラキラしてて詰め寄られると、予想以上に嬉しかった。


一人はプロテスト前だったので、技術指導してあげたり、ヘビー級の人なんかは全力スマッシュを要望したので披露して驚かれたりしたの。

練習終わってからは記念撮影もしたよ。

同じボクサーから憧れられるとか、予想もしなかった展開に、凄くテンションあがっちゃった。

そして、支えられているって実感した。


憧れることはあっても、憧れの対象になったのは初めてだったから…


私とこーちゃんはこれで帰ることになっている。

レオさんと菅原さんはこのまま試合前々日まで残って、最後の調整をする予定。

「あっしは、さっちゃんも雪ちゃんも頑張って欲しいって思ってるっす。けれど個人的にはさっちゃんを応援してる。同じインファイターってこともあるけれど、あっしはさっちゃんの生き様にも共感したから。だから、絶対勝って欲しいっす!」

クリスさんは別れ際に、そう言ってくれた。

「悔いの残らないよう、全力で頑張ります!」

クリスさんは爽やかな笑顔で見送ってくれた…


東京…、来て良かった…


いっぱい勇気をもらえた…


雪ちゃん…


私の持ってる力、全部ぶつけるからね!




そして、準決勝を迎えた―――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ