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第50話 幸子のお見舞い

病院―


『水谷 レオ』と書かれた個室の前―


結局レオさんは、全治3週間の診断を受けた。

運が良かったのは、靭帯に影響がなかったこと。

鍛え上げられた筋肉が守ってくれたって会長が言ってた。


コンコン…


「どうぞ。」

ん?男性の声?

菅原さんかな?


静かに扉を開けると、右足をギブスで固められたレオさんと、窓際では穏やかな表情で見つめる菅原さんの姿があった。

「こんにちわ。お見舞いにきました。」

「おぉー!ゆっくりしてけや。どうせ休暇中だろ?」

「はい!」

表面上は、予想以上に機嫌が良かった。


「鈴音さん、ありがとうね。」

そう言った菅原さんには、少し疲れているみたい。

やっぱりレオさんは、山崎さんの行為に対して納得がいかなくて、暴れたり脱走したりしたんだろうなぁ…

軽くお辞儀して、心中お察ししますと、心で呟いた。

菅原さんは気付いてくれたのか、短く苦笑いして、あとはいつも通りの爽やかな表情をしていた。


なので試合については触れないつもり。

思い出して暴れちゃったら大変だしね…

絶対悔しいよね…


山崎さんも謝りに来たらしいのだけれど、門前払いというか、そんな感じで追い返しちゃったみたい。

結局なんであんな行為をしてしまったかは、本人にしか分からないのだけれど、プロ転向から期待が高すぎて相当なプレッシャーを感じていたらしいの。


だけれど私と雪ちゃんで2連敗してしまった。


それが相当なストレスにもなって、その後2連勝したのだけれど、どんな手を使ってでも負け越したくなかったみたい。

結果…

精神的に病んでしまって、あからさまな反則行為に及んでしまった…


私にはあまり理解出来ない。

「期待」というものは、最近知った感情なのだけれど、プレッシャーとかよくわからないかも。

だけれど、精神的に病んでしまった部分は同情しちゃう。


一歩間違えば、私もそうなっていたから…

そうならなかったのは周囲の人のお陰。

特にお母さんの影響が大きかったと思う。


気を取り直して、お見舞い品を渡す。

「後で食べてくださいね。」

定番のフルーツの盛り合わせを買ってきたの。

「おぉー、わりーなー!」

笑顔で受け取りながら、そのまま菅原さんに渡していた。

「早速、一ついただこうか。」


リンゴをチョイスして、綺麗に皮を剥いていく菅原さん。

私が見ても、果物ナイフの使い方が上手だった。

いつもやり込んでいる証拠。


「菅原さん、皮剥き上手ですね。」

素直にそう思ったので伝えてみた。

「前にも言ったけど、料理好きなんだよね。」

「掃除とかも好きそうですね。」

「あれ?言ったかな?家事全般好きだよ。」


あぁ…

神様は本当にいるのかも知れない。

お互い持ってないものを持っている男女をペアにするなんて、神様以外には出来ないと思ったから。

まぁ、でも、本当はそういう人同士で惹かれ合うんだろうね。


「先輩!いい人と出会えましたね!」

「俺様の見る目が確かだからな!」

何故かニヤリと笑うレオさん。

「お前だって、見る目があると思うぞ?」

「ん?」

「なぁ!優太!」

「フフフッ…、そうかもね。彼、人気あるからしっかり捕まえておかないとね。」

こここ、こーちゃんのこと?

「ん~~~」


顔が熱くなっているのが自分でも分かった。

ここは正直に話しておこうかな。

それが許される雰囲気だと感じたから。


「実は…、こーちゃんからは告白されています…」

「おいおいおい!断ったのかよ!?」

「い、いえ…。クリスマスバトルが終わるまでは、返事を待って欲しいって伝えました。」

「どうして?好きなんだろ?そのまま食っちまえばいいじゃねーか。」

く、食う??

「レーオ。それは言い過ぎだよ。鈴音さんには鈴音さんのペースがあると思うんだ。納得してからじゃないと、彼とお付き合い出来ないって思ったんじゃないかな。」


菅原さんは何でもお見通しのようだった。

「その通りです。どんな結果になっても、答えが出ると思ったので…」

「断る選択肢なんかねーだろ?」

私は小さく首を振った。

「こーちゃんに迷惑はかけたくないから…」


「馬鹿野郎!」

突然レオさんが大きな声で怒ってきた。

「レオ、病院だから静かに…」

「あ、あぁ、すまねぇ。だけどな、迷惑かけないで生きていけるなんて思うなよ。どんだけ思い上がってやがる。いいか、迷惑かけて、かけられて、それでも一緒に居たいから付き合うんだぜ?勘違いすんなよ。」


あぁ…


そうか…


そうなんだね…


「ご、ごめんなさい…。でも、レオさんの言った事は、とても大切なことだと思いました。」

「じゃぁ、今すぐ返事返してこい。」

「それは…、出来ないです。」

「なんで?」


正直に胸の内を明かすことにした。

「クリスマスバトルは…、私が物心付いてから、初めて成し遂げようと、挑戦するんだと決めたことなんです。その結果がどうなるかは分かりません。けれど、きっと私は何かを見つけると思うんです。それがきっと一人前になる第一歩なんじゃないかと思っていて…。それからしっかりと返事をしたいんです…」


「そうか…。それほどの決意をしているなら、俺様は何も言わねーさ。けれど、望む結果になるといいな。」

ニシシーと笑うレオさん。

「鈴音さんならきっと見つけられるよ。はい、リンゴどうぞ。」

一つ貰う。

ベッド脇のイスに座って食べることにした。


甘酸っぱく感じたそのリンゴは、レオさんと菅原さんの笑顔も一緒に、記憶に強く刻まれていった。


「なぁ、幸子。」

「はい?」

「優勝しろ。」

「………ん?」

「相田を倒せ。」


リンゴを無造作に口に放り込みながらレオさんは真剣な表情で言った。

「勿論、優勝を前提にトレーニングしています。」

「うむ。幸一から昨日の試合の感想を聞いている。お前の推測は正しいだろう。あいつは倒してくれる奴を、万全の体制で待っていやがる。」

「そうだと思います。」

「だからな、迎え撃つ俺達も、万全の体制を取る。」

「何か…、秘策が…?」


「秘策と言うには心もとないが…、相田の二回戦目のエキシビジョン、愛野に打診してある。」

相田さん考案のエキシビジョンは、運営サイドからも願ったりで直ぐに了承されたの。

「クリスさんが…?」

「そうだ。3週間で俺は歩けるようになる。残り1週間は、あいつの所に行ってみっちりしごいてやる予定だ。それまではここから指示…、じゃなかった助言させてもらう。」

「クリスさんは何と言っているのです?」


「やる気十分みたいだぞ。二つ返事で受けてくれた。勿論会長同士の了解も得ている。強力体制も含めてな。」

「私も協力しま…」

「おいおい、お前は池田の対策をしろ。あいつ、すげー成長してやがった。今のままだと危ねーぞ。」

「………。勿論理解しています。」

「こっちは俺様に任せておけ。予定の空いている常磐にも手伝ってもらうか。」


「女子フライ級の総力戦だね。」

菅原さんの感想だ。

確かにそんな感じになってきたよ。

「時間がない。だからお前にも病院には来ずに試合を見ろと言った。」

そう、試合観戦はレオさんの強い要望だったの。


「いいか。運はこっちにある。だってよ、池田の延長線上に相田の存在がある。相田対策は池田対策にも使える。今から準備しておけよ。」

「やります!私、やります!」

「うむ、良い返事だ。優太、リンゴ。」

「ほい。」

「あーーーーーん。」

「…………」


私がいることなんか気にしないで、大きな口を開けつつ食べさせてもらっていた。


レオさんには羞恥心がないのかな…


でも、ちょっと羨ましい…


いちゃついているからじゃないよ。


誰の目に触れても、二人は二人のままいられるから。


今の私には無理…


ゴクリとリンゴを飲み込むレオさん。

「それとな、池田に勝てたなら、俺から幸子へプレゼントがある。ワクワクしながら楽しみにしとけ。」

なんだろ?

「わかりました。楽しみにしています。」


「もう貰った気でいるなよ。池田の野郎、なりふり構わず努力してやがる。俺様が助言したスタミナに加え、スピードも半端ない。これは相当厄介だ。」

「確かに速かったです。」

「そんな他人事みたいにいうな。いいか、池田のスピードを持ってすれば、シャドウアサルト自体意味がなくなる。そのぐれーの武器だぞ。」

「あっ…」


そうか、そうだよね…

ということは、アウトボクシングをされてからの突撃は困難を極めることになる。

「それに、必死こいて懐に飛び込んだとしても、パリィ、カウンター、そしてあの3連打ブレークハート…。」

「………」

確かにこれは厄介だね…

そうだった。

更に何か隠しているんじゃないかと、こーちゃんも言っていた。

それを説明しつつ伝えてみた。


「まだ何か隠し玉があるっつーのかよ…。池田は本気だぞ…」

「………」

「相田を倒すことにな。」

「あっ………」


そうだよね…

雪ちゃんだって優勝を睨んでトレーニングしているはず…

私だけじゃない、相田さんと決勝を闘うことになって良いように、もう対策し始めているんだ…

確かにこれは本気かも…


「まっ、それでも俺様ぐれーになると、助言の一つも出来るけどな。」

「是非お願いします!」

「まっ、もう幸一には伝えてある。奴と動画でも確認して、池田が何を隠したのかも、おおよそ検討はついけておいた。だから、今分かっていることの対策は出来る。だがな、こっちも隠し玉を準備しておけ。それも一つじゃ駄目だ。もしも防がれた時、それで手詰まりになるし、それはつまり相田と対戦することになったとしても、大きな不安を残すことになる。」

「わかりました。絶対に新必殺技を見つけてみせます!」


「鈴音さんはポジティブだね。」

二人の会話を静かに聞いていた菅原さんの感想だった。

「そ、そうでしょうか?」

「ネガティブな性格なら、今の話でどうしようってオロオロしちゃうと思うよ。」

「そう…、かも知れませんね。」

「良いことだと思うよ。だけどゼロから何かを作り上げるには時間が少ないかも。だから、今持っているものを進化させたり、変化をつけるだけでも大きな武器になると思うよ。」

「確かに…」


私は二人の笑顔で送り出され、帰ることにした。


進化…、変化…


どちらも今まで頑なに拒んできたもの…


正直、どうしたら良いかわからない…


けどね、不安は小さいの。


今だってレオさんに沢山の助言をもらえたんだから。


それに…






もう私は、一人じゃないから…





それだけで、大きな勇気が湧いてくるんだから―――





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