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第49話 幸一が見た神様の正体

ピコーンッ


スマホからメッセンジャーの通知を知らせる音が聞こえた。

ジャージのポケットから取り出し確認する。

『こーちゃんはスマホ持ち歩いてる?』

『さっちゃんはあたいの控室にスマホ忘れてるし』

『レオさんは大丈夫なの?』


雪ちゃんからのメッセージだ。

二人で相田さんと山中さんの試合を観るつもりだったけれど…

スマホ忘れたなら取りに行って、そのまま3人で観ちゃうか。

時間もなさそうだし、行けばさっちゃんが一緒に観るって言うだろうしね。


という訳で、3人で試合観戦となった。

「レオさんは…、レオさんは大丈夫なの?」

本当に心配そうな顔の雪ちゃん。

「次の試合は…、無理みたい…」

悲しそうな表情で答えたさっちゃん。


そこで、レオさんの控室で起きた出来事を雪ちゃんに伝えた。

「そう…」

山崎さんが、引退を含めてどんな罪滅ぼしをしようとも、今回起こした騒ぎは取り返しがつかない。

誰もが打倒チャンピオンを掲げる中で起きた、これは傷害事件なのだ。

恐らく警察も動くだろう。


そんな話しをしながらも、相田さんと山中さんがリングに上がってきた。

「レオさんが言っていた、時間がないってのは間違いないと思う。」

雪ちゃんは、同じ事務所の大先輩である相田さんの情報を隠すつもりはないみたい。

「あたいもさっちゃんに勝てば相田先輩と闘うことになるからね。3人の情報をかき集めて、戦える人が最善を尽くす方がいいと思うの。」


なるほど。

化物退治同盟って訳だ。

勿論その方が効率的だし、有益だし、3人で試合観戦をする意味が大きくなるね。

「わかった。」

鼻息も荒くさっちゃんが答えた。

まぁ、さっちゃんの場合は、そこまで深く考えてはなさそうだけれど…


「相田先輩はね、初めて合った時はもっとギラギラしてた。でも最近は体を休める期間も長いし、現状を維持することも辛そうなの。レオさんとのタイトルマッチで一時的に闘志が蘇っていたけれど、でも体力的には辛そうだった。もし、あのタイミングでレオさんとタイトルマッチをしなかったら…、このクリスマスバトルで引退表明してもおかしくなかったかも…」

「そうなると、この大会であっさり優勝しちゃうと、やっぱり引退は近くなるかもね。」

俺の感想に雪ちゃんは真剣な表情でうなずいた。

「あながち間違ってないと思う。」


「でも…、あれだけボクシングに人生捧げている人がボクシングを辞めたら…」

俺はそれを考えただけで、凄く不安になる。

さっちゃんも雪ちゃんも、それは感じていた様子だ。

「せめて納得がいく形で引退出来たら…。でもそれはボクサーとしては幸せなことなのかもね。」

雪ちゃんの表情は少し寂しげだった。

きっと、アイドル時代の事を考えていたのかも知れない。


誰もが何かの引退をする時に、100%満足しているケースは極稀だと思う。


でもチャンピオンは望んでいる。


パーフェクトな引退の形を…




モニターからのアナウンサーの声が大きくなってきた。

山中さんのマイクパフォーマンスは、チャンピオンを倒して、自分が新しい時代を切り開くんだと叫んでいる。


新しい時代か…


きっとそれは、目の前にいる二人が成し遂げてくれるよ。


でも…


新しい時代への扉は…


果てしなく大きく…


とてつもなく重く…


信じられないほど固い…




俺達に出来るのだろうか…




相田さんにマイクが渡る。


『私こそが、新しいボクシング時代を切り開く。それを証明してみせよう。』


!?


神様は…


まだ進化出来ると信じているのか…


最高位に座しながらも…


更に高みを望むというのか…


恐ろしい…


本当に恐ろしい人だ…


カーンッ


相田チャンピオン対、山中さんの試合が始まる。

山中さんはサウスポーだ。

構えが逆になり、右ジャブを基本に攻めてくる。

動きは良い感じ。

調子は良いんじゃないかな。


「きっと、さっちゃんもこーちゃんも驚くことになるよ。」

雪ちゃんが意味ありげな事を言いながら画面を注視していた。

今更何に驚かされるのだろう…?

山中さんの軽快なリズムと躍動感を感じるなか、対する相田さんは至極冷静に試合を展開する。

有効打を与えられないまま、最初の様子見が終了といったところで、チャンピオンが動いた。


「なん…だと…」


俺は目の前で起きている現象が理解出来ない…


『あぁーっと!チャンピオンもサウスポースタイルにスイッチしたぁぁぁあああ!!!』

アナウンサーの絶叫が聞こえてくる。

そう、相田さんも右拳を前に出し、サウスポーの構えをとったのだ。

これには流石に、山中さんも心中穏やかじゃないだろう。


怒りの形相を見せながら接近戦を仕掛ける山中さん。

しかしそこへ、面白いように右ジャブでいなされ、左で追撃されていた。

ぎこちなさもなければ、むしろ堂々たる戦い方だ。

いつもの相田さんと何ら変わりがない…


チャンピオンが言う、「新しい時代を切り開くのは自分だ」という言葉が現実味を帯びてくる。

こんな戦い方…、そりゃぁ誰もが思いつくかも知れないけれど、実戦できる選手なんていないと思う。

それを実現するだけでも大変なことなのに…

今眼の前ではチャンピオン優勢で試合がすすんでいった。


カーンッ


第1ラウンド終了―

チャンピオンからすれば、余裕のある戦いだったと思う。

山中さんが何もしなくても持っていたはずのサウスポーという優位性を、一瞬で消してしまったから。

「そんなにサウスポーって変わるの?」

さっちゃんが単純に質問してくる。

スパーも含めて対戦したことないからね。


「じゃぁ、軽く構えてみて。」

さっちゃんがいつものようにファイティングポーズをとる。

俺はサウスポースタイルで同じように構えてみせる。

「………。あれ?」

違和感に気付いたようだ。


「何だか変でしょ?」

「確かにそうだけど…」

そう言いながら、彼女もサウスポースタイルをとった。

「これだと右ジャブから出せるんだね。」

あれ?まてよ…?


俺は一つ閃いたけれど、これは雪ちゃんには伏せておこう。

上手くいく保証はないけれど、もしもやれるなら不意打ちぐらいにはなるかも。

「まぁ、そういうこと。」

「いきなりサウスポーで戦えって言われても無茶だよね。」

練習で何度も見ているかも知れないけれど、雪ちゃんも相田さんがやっていることに対して現実味がないようだ。


カーンッ


第2ラウンドが始まった。

3人は再び画面に注目する。

相田さんはこのままサウスポースタイルで戦っていくみたいだ。

こうなると山中さんに何か作戦がないとジリ貧になってしまう。

近づくことすら厳しい状況で、相田さんが有利な状況が続いた。


そんな時だった。

ようやく冷静になったのか、山中さんの動きが少し変わる。

アウトボクシングに切り替えてきた。

時間を稼ぐつもりなのかも知れない。


やはり年齢を考えると、体力的に厳しいと考えても不思議じゃない。

実際レオさんとのタイトルマッチも、7ラウンドまですすんでいたからこそ、チャンスが生まれたのかも知れない。

そう検証し、自分の時もラウンドを長引かせる手段を使おうと思ったに違いない。


今までの情報で考えれば間違ってないし、俺もそうしたい。

だけれど…




そんなことはチャンピオン自身が一番理解しているんだよなぁ…




案の定…

何気ない一撃をウェービングで交わしながら、簡単に懐に入られてしまった。

山中さんが待ってましたとばかりの右の追撃を繰り出した。




あっ…




『カウンター炸裂ぅぅぅううう!!!山中選手はダウンです!ダウン!!』




そしてこのままテンカウントを迎え、あっけなく試合終了となってしまった。

「強いというか…、なんかもうそんな次元の話じゃない気がする。」

俺の感想に雪ちゃんが頷く。

「そうだね。あーあ、やんなっちゃうぐらい凄すぎ。」


「さっちゃんはどうだった?」

「うーん…よくわからないかも。」

「そっかぁ…」

「でも…」

「ん?」

「まったく手が付けられないとは思わなかったかも。」


マジで?

あっ、そっか、そうかも。

ボクシング経験が浅いから、どのぐらい凄いかも理解していないのかも知れない。

それならその方が都合がいいかも。

前に親父が言っていたんだ。






『恐れを知らないさっちゃんなら、一流から超一流へ限界突破するかも―――』






俺もそれに賭けてみたいと思った。

そう思っていたところに勝利者インタビューが始まる。

『サウスポーの山中選手との対戦はどうでしたか?』

アナウンサーの問いに応える相田さん。

『対策が万全だったと思っています。』


きっと、これを観ている全ボクサーが思ったと思う。

いやいやいやいや…、おかしいでしょ、ってね。

これで相田さんは、右でも左でも戦えると証明した訳で…

もしもこれを試合中に切り替えて使ってきたらと思うと…

もう絶望しか感じられないよ…


『次戦、レオ選手の出場が危ぶまれていますが、それについてはいかがですか?』

気になる質問をしてきた。

『レオ選手とは対戦したいと思っていました…』

チャンピオンもそんなこと考えるんだ。

『もしも出場出来ない場合は、エキシビジョンで誰かと戦いたいと運営に進言するつもりです。』

『と、言うと?』

『私だけ決勝で当たる選手よりも、長く準備が出来てしまうからです。』


彼女の言葉に会場からは称賛の声と、惜しみない拍手が送られた。

不公平な勝利を望まない姿勢、流石チャンピオンだと…

言われた二人は複雑な表情だ。

そりゃそうだ。

年寄りはゆっくり休んで、万全な状態のチャンピオンをねじ伏せてやるぐらいの気迫を持っていたのだから。


「大先輩ながら、本当に怖い人。」

雪ちゃんの愚痴っぽい言葉にさっちゃんが反応した。

「あのね…、あのね…。私は皆が思っているのと違うことを感じているの。」

「どんな風に?」

「今の試合もね、サウスポー対策だからサウスポーで戦ったんじゃなくて、相手がサウスポーだから自分もサウスポーで戦って勝たないと気が済まなかったんじゃないかな…」


「ちょっと待って…」

雪ちゃんはさっちゃんの言った意味を理解しようとしていた。

俺も最初は何を言っているんだ?ぐらいに思ったけれど…、なるほど。

そこまで公平にボクシングをしたいってことなのかな?

バカ正直というか、クソ真面目というか…


「次の試合のエキシビジョンマッチもね、不公平さをなくした上で戦いたいって思っているってこと?」

雪ちゃんの言葉に小さく頷くさっちゃん。

呆れたような顔の雪ちゃん。

「優等生過ぎて…、ちょっと引くかも。」


「んーん、そうじゃないよ。」

「違うの?」

「違うと思う。不公平さをなくした上で勝ちたいんじゃなくて、負けたいんだと思う。」

「………」




俺と雪ちゃんは言葉を失った。




そうか…




チャンピオンは倒されたいって思っているんだ―――




自分を倒してくれる人を待っているんだ―――




ボクシングの化物に取り憑かれた自分を―――











開放してくれる人を探しているんだ―――











そのためには公平じゃなければならない―――




たったそれだけのことなのに―――




化物の本性が見え隠れしていた―――





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