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第47話 幸子の見たライバルの姿

「駄目だよ!」

私は思わずモニターに向かって叫んでいた。


ズバンッ!!!


パンチがヒットし、隣で見ているこーちゃんが驚く間もなく、大歓声が聞こえてきた。


「何だこれ…」

彼が思わず呟いた。

突撃しようとした雪ちゃんに対して、常磐さんは変な軌道のパンチを繰り出してきたから。

ストレートのように直線的でもなく、フックのように円弧的でもない。

途中でグニャッと曲がるような、途中で軌道が変化するような、そんなパンチだった。


だから、交わしたと感じたパンチが当たってしまったんだと思う。

でも…

ギリギリ…

当たってしまったけれど、急ブレーキをかけたお陰で、超ギリギリでダメージを軽減出来たはず…


『あぁぁぁぁ………』


モニターから観客のため息が聞こえてくる。


雪ちゃんは苦しそうに口を半開きしながら、崩れかけていた。


そこへ当然のように常磐さんが突撃していく―――






「倒れちゃ駄目!!!」






私の声が聞こえたかのように、ハッと我に帰った雪ちゃん。

常磐さんの大ぶりのアッパーを、バタバタバタと不格好に逃げた。

直ぐに追撃されるけど、渾身のダッシュで一気に離れた。


「残り時間が少ない。このラウンド逃げ切れば、まだチャンスはあるぞ。」

こーちゃんの解説に小さく頷く。

でも私は、次のラウンドは無いんじゃないかと直感していた。


だって―


雪ちゃんの眼が死んでないから―


むしろ恐ろしいほど集中力が高まっていってる―


そして突然鳥肌が立った―






彼女から発せられた、気迫のようなオーラを感じ取ったから―






モニター越しに映る人々を確認すると、このオーラに気付いたのは、私と轟木会長さんだけだと思う。

驚いた表情の後、思わず身を乗り出していたから。

隣の近藤さんは気付かずに、必死に何かを叫んでいた。


常磐さんも気付いていない。

このラウンドで仕留めるんだと焦っているのかも知れない。

けれど何もかも忘れて焦っている訳ではなさそう。

彼女も何かを狙っていると感じた瞬間…






二人の拳が交錯した―――






常磐さんは大振りを辞めて、コンパクトなスタイルから左ジャブを繰り出す。

それを冷静にガードする雪ちゃん。

足にキテるから逃げづらいと思う。

左ジャブが続くと、その中の何発かは微妙に軌道が変わる変則パンチだ。

これでは迂闊に懐に飛び込めない。


「常磐さん考えたな…。これだとパリィだってカウンターだって狙い辛いはず…」

こーちゃんが言う通り、このパンチこそ雪ちゃん対策だと思う。

でもこれだけじゃない…

そう感じた時…


まさか…


「常磐さんは、アレを狙っているんじゃ…?」

私の言葉に、こーちゃんも気付いた。

「マジか…、やばいぞ雪ちゃん…」

二人の心配が現実味を帯びていく。


「雪ちゃん!パリィしちゃ駄目!!!」


でも…

私達の悲痛な叫びも届かず…

雪ちゃんは狙いすましたかのようにパリィをしかけた。


常磐さんの集中力が一気に跳ね上がる。


だって、これは…


レオさんが雪ちゃんのパリィを封じた手段を使おうとしているから―


パリィ後の追撃のパンチに、カウンターを合わせる―


この場面でそんなことされたら―


雪ちゃんは―






バッバッバンッ!!!!!






!?!?






会場が一瞬静まり返った。






雪ちゃんがパリィ後に放った反撃は、鋭く疾い3連打だったから―――






一気に会場が盛り上がると同時に、怯んだ常磐さんから追撃されないよう牽制のジャブが鋭く舞う。






「ん?」

こーちゃんが何かに気付く。

それと同時に再びパリィが炸裂した。






!!!!!






ズバンッ!!!






パリィ後の追撃を、再びカウンターで合わせようとした常磐さんのパンチは、レオさんと対戦した時に見せたカウンター返しをされ、常磐さんは大きくゆっくり後ろに倒れていった―――






ワァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!






大歓声の中、カウントがすすんでいき…






『エイト…、ナイン…、テンッ!!』






テンカウントと同時に両拳を大きく突き上げた雪ちゃん。

苦しいみながら勝ちをもぎ取った、そんな心情が見えるほど、満面の笑みをしていた。

「これで次は雪ちゃんとの対戦だね。」

「うんっ!」

「そんなに嬉しそうな返事したら、常磐さん悲しむよ。」

「あっ…」

「デビュー戦でやられているからね。実質リベンジだね。」

「そんなの関係ないよ。」

「ん?そうなの?」

「勿論勝ち負けは重要だけれど…、今持てる力を、全力でぶつけ合うの。それだけでいいの。でも、その為には私はもっと成長しなくちゃいけないかも…」


「そうだね。常磐さんも雪ちゃんも、さっちゃんとの対戦を睨んだ戦法を準備していた。それは垣間見ることが出来たのだけれど…」

こーちゃんが少し考え込む。

「何か気になることがあったの?」

「うん…。最後のカウンターをカウンターで迎え撃つ前のパリィ。あの時、パリィを少し躊躇ためらったというか、迷ったというか…。右拳が一瞬違う動きをしてからパリィしたように見えた。勘違いならいいんだけれど…」


私は気付くことが出来なかったかも。

「後で録画をスロー再生して確認してみる。何かを隠したんだと思う。それはきっとさっちゃん用の必殺フィニッシュブローのはず。」

ゴクリと生唾を飲み込んだ。

雪ちゃんはいつも本気だ。


ボクシングスタイルの相性だとか、そんなの全然関係なく、全力で襲いかかってくる。

だからこそ、私も燃える。

うん!

凄く気合が入ってきた。


やっぱり雪ちゃんは凄いよ。

あんなに強いのに、成長や変化を止めないの。

ちなみに今年の成績は4戦4勝と、無効試合が1試合。

そうか、あの時(無効試合)の借りも返せたね。

私もウカウカしていられない…


「それと、パリィ後の3連打。アレにも注意が必要だ。というか、パリィ後の反撃のパターンが増えたということは、もうそれは対処がかなり困難な事を意味するよ。常磐さんだって、最後のカウンターを出す時は、半分賭けだったんじゃないかな。3連打で応酬されていたら、そのままモロに喰らっていたかも。」

「………」

自分が対戦した時を想像してみる。

確かに対応が難しくなっちゃった…


「うーん。あの3連打も気になるなぁ。あれだけのパンチをパリィ後だけに出すとは思えないんだよね。例えば先制攻撃にも有効だし、大振りのスマッシュを交わした後にも使えそうだ…。ちょっと待てよ…。これは厄介だぞ…」

「?」

彼の真剣な表情を見つめながら小首を傾げた。

「多分、レオさんと合宿した時のアドバイス通り、体力を付けてきたのは間違いない。それとあの異常なスピード感。さっちゃんのシャドウアサルト並みの移動を繰り返してきていた。それと3連打を組み合わせれば…、恐ろしい驚異にもなる。だからここぞって時にしか見せなかったんだな。これは忙しくなるぞ。」


ニヤリと笑ったこーちゃん。

彼も雪ちゃんとの対戦を楽しみにしているって思っちゃった。

それに…

雪ちゃんから発せられた、圧倒的オーラ。

私はそれが気になるよ。

それをこーちゃんに言ってみた。


「俺には分からなかったけど、さっちゃんにはそう見えたんだね。」

「うん。多分、轟木会長さんも気付いていた。」

「そこも録画でチェックしよう。何かのヒントになるかも知れない。」

「わかった。」

「よし。レオさんの控室に行こうか。」

「うん!」


私は雪ちゃんの試合が始まる前にシャワーも終わっていて、最近作ったという三森ジムのネーム入りジャージとTシャツを貰っていたから着てみたの。

ジャージの上は羽織るだけにしているのだけれど…

Tシャツの胸の部分には、拳ぐらいの大きさで、スケルトンが大鎌を担いたマークが入っているの…

これって…


レオさんの控室に行くと、会長とレオさんは既に気合十分な様子。

「景気よくいこうじゃないか。」

「おうよ!!」

そこへ私達が入室した。

「来たな!ライバル対決が決まって、気合入ったか?」

「はいっ!」

「うしっ!俺様も2回戦進出を決めてくるわ!」

「頑張ってください!」


そこで気付いたことがある。

「あぁーーーっ!レオさんのTシャツはライオンさんじゃないですか!?」

そう、レオさん用Tシャツはライオンが吠えているようなイラストだった。

「幸子は死神か!?ギャハハハハハッ!」

「私も動物が良かったです!」

「例えば?」

会長が一応聞いてくれるみたい。


「んー、うさぎちゃんとか?」

「バニーガールかぁ…」

「どうしてそうなるんですか!?」

「いや、まてよ。バニーガールがボクシング…。コレ、いけるかも…」

「い、嫌です!!」

「ギャハハハハハッ!!可愛いうさぎちゃんに、ライオンの華麗なるハンティングを見せてやらぁ!」

「じゃ、さっちゃんは好きなところで見ていて。」

こーちゃんが苦笑いしながら手を振って二人の後を付いていった。


リラックスムードには理由も意味もあるよ。

対戦相手が山崎さんだから。

私と対戦する時にデータのチェックは終わっているし、そこから大きく変わった様子もないかも。

勝敗は2勝2敗と五分に持ち替えしていて、最近は波に乗っている感じかな。


でも、流石にレオさんクラスに勝つには難しいと思う。

それにレオさんも言っていたの。

「あんなに綺麗なボクシングしか出来ないんじゃぁ、これから先、勝つのは難しいな。」

当然、山崎さん本人も気付いていて、新たな自分を見つけるんだと言っていたけれど…


私は取り敢えず、常磐さんの控室に向かう。

丁度シャワーから帰ってきたところみたい。

「さっちゃ~ん。」

甘えた声で抱きついてきた。

「お疲れ様でした。凄く際どい試合でした。」

「うーん。さっちゃんが本気で応援してくれたら勝てたんだけどね。」

「いや…、あの…、えっと…」


「ふふふっ。本当に素直なんだから。まっ、二人のライバル対決に花を添えられたかな。エキシビションだし、そんなに凹んでないさ。賞金は名残惜しいけど。」

「常磐さんの分も、頑張らさせてもらいます!」

「うむ。だが気をつけろ。雪ちゃん相当レベルアップしているぞ。」

「ハイッ!大丈夫です!私ももっと練習します!」


「相変わらずポジティブだねぇ。兎に角あのスピードがヤバイ。それと3連打。アナウンサーとの勝利者インタビューを聞いていたら、ブレークハートという技らしい。」

「心を…、壊す…?」

「個人的には、アレにはもっと何か隠されている部分があるんじゃないかと思っている。」


「た…、例えばどんな風に…?」

「私が喰らったのはストレート系の3連打だったけれど、最後がフックとかだと更に防ぐことが難しくなるだろうな。」

「あっ…」

「そういう事だ。幸一君と色々想定して対策を練っておいた方がいいぞ。」

「アドバイス、ありがとうございます。」

私は深くペコリとお辞儀した。


「まっ、二人の対戦、楽しみにしておくよ。」

「ガッカリさせないよう、頑張りますっ!」

「では、レオさんの試合、医務室のベッドの中で一緒に見ようか。」

「ベッド?」

「私がリードしてあげるから。色々と教えてあげるよ。」

「???」


「こらっ!常磐!いい加減にしろ!」

トレーナーさんに怒られる常磐さん。

いったい何の話しだったんだろう?

彼女は笑顔で控室に入っていった。


あっ、そろそろ始まっちゃう。

常磐さんが控室に入るのを見届けた後、今度は雪ちゃんの控室に向かった。

大丈夫なら二人でレオさんの試合、見ようかな。


だけどこの後、私は今年一番の嫌な思い出を経験することになった。


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