第46話 雪の女の勘
バシッ!バシッ!
両拳を激しくぶつける。
さっちゃんの試合…、正直凄いと思った。
心が震えるほど感動しちゃったし、凄く気合がはいったよ。
超アウトサイドからのしかも変則的な攻撃を掻い潜り、何度も何度もピンチを凌いで、自分の本領を発揮させた。
ゴング後に殴られようが、足を踏まれようが、エルボーを振り回されようが、そんなのお構いなし。
あたいは無理だった…
凄いよ…、さっちゃん…
あたいのライバルは、やっぱり凄いよ!
リング上では、赤コーナーサイドに常磐さんがいる。
華麗なフットワークと長いリーチを活かした生粋のアウトボクシングをしてくる。
並み居るインファイターを沈めてきた実績と経験もあるよ。
ハッキリ言って強敵かも。
さっちゃんと常磐さんが戦った時は、本音を言うとさっちゃんが負けると思っていたの。
けれど勝った。
あいたは不安しか無いよ…
「せーの!ゆっきちゃーーーーん!!!」
真後ろからは、アイドル時代からあたいを応援してくれているファンの人達の声援が聞こえてくる。
不安だったボクシング人生だったけど、力強く背中を押し続けてくれた。
この試合だって、ファンの声援はあたいの背中を押してくれる。
勝ってライバル対決を実現するべく、さっちゃんと、ファンの人達の為に闘うんだ。
カーンッ
第1ラウンド―
お互いアウトボクシングスタイルの為、距離をとって様子を伺う。
これは予想通り。
二人共時計周りに移動しながら、リズムをとっている。
!!
くるっ!
シュッ!
長いリーチから鋭い左ジャブ。
これを交わして飛び込んだとしても、右の追撃、通称「防空網」が待ち受ける。
さっちゃん…
こんな激しい弾幕の中、よく突っ込んでいけたね…
でも…
あたいには、あたいのやり方がある!
!!!
ズドンッ!!
『池田選手のパリィ炸裂!!!深々とボディに反撃の1発が突き刺さる!!!これには常磐選手も苦労させられそうです!!!』
チャンピオン直伝のパリィがあるんだから!
パリィさえ決まれば、一見試合を有利に運べるように見えるかも知れない。
けれどね、そうじゃないの。
パリィは強力だけれど、主導権は握れないから。
受け身の技なんだよね。
試合は守って防いで、防ぎきってから一発逆転…、なんて都合よくはすすまない。
そんなことが可能なのはさっちゃんぐらい。
だから…
攻めて攻めて攻めまくる!
ダメージを蓄積させて、弱ってきたらとどめを刺す。
そのためにも体力とスピードを鍛えてきたんだから。
それに…
パリィやカウンターといった防御からの攻撃だけじゃなく、あたいだけのフィニッシュブローも…
まだまだ研究中だけど、この試合で使っていく。
さっちゃんのスマッシュやシューティングスターにも負けない、あたいだけのオリジナル。
これを実践でテストして、勝てば次のさっちゃんとの試合で思いっきりぶつける!
両者共に遠距離からの攻防が続く。
常磐さんはパリィとカウンターを警戒している。
あたいも不用意に防空網の中に飛び込まないように注意していた。
地味ながらも駆け引きの応酬。
時計をチラッと確認。
残り約30秒―
この時間帯に常磐さんは仕掛けてくる事が多いよ。
!!
一歩近づいてきた…
!!!
もう一歩近くに…
これはくるっ!
ならば迎え撃つ!!!
………
???
こ、こないの?
だったら無理には突っ込まない。
このまま時間終了まで…
あっ―――
気が付いた時には、常磐さんが目前にまで迫ってきていた―――
一瞬の油断を突かれた!
急いでガッツリとガードする。
バッバシッ!!
鋭いワンツーを耐える。
アッパーがくるはず。
顎の周囲を固めるけれど…
バシンッ!!
飛んできたのはフックだ…
相手が見えない…
畳み掛けてくる…
これではパリィもカウンターも合わせられない…
鋭く後退して距離を取り、確認する間もなく更に左後方へ逃げた。
練習してきたスピードを活かしての後退。
流石の常磐さんも追ってはこなかった。
カーンッ
第1ラウンド終了。
かなりやられちゃった。
ポイントは取られたかな…
コーナーに戻ると近藤トレーナーが汗を拭いてくれた。
「常磐はどうだ?」
「強いです。」
「うむ。アウトボクシングだけじゃない。きっちりインファイトも仕掛けてくるからな。だがそれだけだ。もう相手の感触は掴めただろ?」
「勿論です!」
「よしっ!今度はこっちから仕掛ける。しかし焦って無駄に近づくな。あいつの防空網は完成度が高い。正攻法で崩せると思うなよ。」
近藤さんの助言は的確だった。
「池田。」
そこへ轟木会長が顔を出してきた。
「はいっ!」
「お前は次の試合のことばかり考えてやがるな?」
「えーと………」
「まずは今を楽しむんだ。」
「楽しむ?」
「そうだ。ボクシングを楽しむ。重要なことだ。もしも楽しめたなら、自然とお前が勝つだろう。しかし、楽しくないボクシングの時は、どうやったら楽しくなるか考えろ。いいな。」
「………はいっ!」
会長の言葉は抽象的なようで、実は確信を突いていると感じた。
まずは目の前の1戦。
この試合でボクシングを楽しむ。
そうだね。
今は少し緊張している。
そのせいで少し楽しくない。
緊張を解くには、自分のペース、つまり主導権を握らないと…。
よしっ!
カーンッ
第2ラウンドが始まる。
リング中央で1ラウンド目と同様の展開となる。
このままでは主導権を握れない…
だから…
近づくアピールをして左ジャブを誘いだす。
!!!
そのジャブを右手でパリィする。
常磐さんは驚く様子もなく、冷静に右の追撃を準備していた。
!!!!!
バシンッ!!!
『な、なんとっ!パリィで左ジャブを防ぎながら懐に飛び込んだ池田選手!常磐選手の防空網!右の追撃にカウンターを叩き込んだぁぁぁぁあああ!!!』
大きくよろめく常磐さん。
会場からは大歓声が聞こえてきた。
本当は、対さっちゃん用のコンビネーションだったけれど、出し惜しみしている場合じゃない!
スピードも全開でいくよ!
大きく息を吸い込み、一気に距離を詰める。
!!!
常磐さんは直ぐに気付いた。
そう、これはまるで、さっちゃんのシャドウアサルトと同等だから。
恐らくあたいに勝った時のことも考えて、シャドウアサルト対策もしているはず。
だけどね…
!?!?
あたいのは、ここから更に加速する!!!
ズドンッ!!!
『あぁーーーっと!鋭い直線的な突撃から、右の追撃を交わすかのように左サイドへ回り込み、ガラ空きのボディを深く突いたぁぁぁあああ!!!』
いける…
これはいける!
常磐さんは極力距離を保ちつつ、あたいの突撃するタイミング、そしてルートに注目している。
そうだよね。
でもね、そうそう捉えられるスピードじゃないから!
シュッ―
それに…
あいたはいろんなバリエーションで攻めることが出来る。
突撃しておいて、直ぐに戻ってみたり、さっきと同じように左周りで攻めつつ、空振りを誘発させて、更に回り込んでボディを叩いたり。
有効打が増えていく。
あたいへの歓声はどんどん大きくなっていく。
カーンッ
第2ラウンドが終了した。
今回はあたいがポイント取ったはず。
コーナーに戻ると、近藤トレーナーも轟木会長もニンマリしていた。
「いいボクシングだった。」
近藤さんにうがいを手伝ってもらう。
「常磐もかなり追い詰められただろう。次のラウンド、仕留めにいくぞ。」
「はいっ!」
そこへ会長も顔を出す。
「どうだ?ボクシング楽しいか?」
「えぇ!勿論!」
「いい笑顔だ。だがな、何が起きるかわらかんのもボクシングだ。油断はするな。己の危険予知能力を発動させておけ。」
カーンッ
第3ラウンド―
会長はあたいに対して、「勘」を信じろと言ってくるの。
最初は、なんて非科学的な事を言う人なんだろうと思った。
だってそうでしょ。
女の勘を信じろとか…、明らかにおかしいよね。
だけれどあたいは、自分を疑い、そして信じることになる。
幾度となくあったピンチも、直感で回避したりすることも経験してきた。
危険予知なんて、危険な仕事をする人が身につけるスキルかと思ったけれど、そう言えばボクシングも似たようなところもあるかも。
攻勢に出ながらも集中力を高めて、些細な動作も見逃さない。
そうすれば自然と勘が働いてくれる。
ん?
常磐さんが焦ってきている。
序盤の繊細かつ大胆な攻撃ではなく、大ぶりや当てずっぽうのパンチが増えてきた。
そろそろイケるかも。
「池田!仕掛けろ!」
近藤さんからの激も飛んでくる。
セコンドサイドからも仕掛けるタイミングだと思っているみたい。
あたいは更に集中力を高めた。
一気に距離を詰める!
そこからあたいの新フィニッシュブローを…
バシンッ!!!
えっ???
偶然…、適当…、何となく…
そんなパンチがあたいの顎を襲った―――
ひ、膝が…
ガク………
『池田選手ダウン!!!偶然とも見えるパンチに自ら飛び込んでしまった!!!』
大丈夫…
落ち着いて…
あたいもそんなに打たれ強い方じゃない…
そんなことは分かっているから…
だから体力も鍛えてきた…
冷静に…
片膝を付いた状態から、ゆっくり立ち上がる。
深呼吸をしてファイティングポーズを取る。
レフリーが顔を覗き込んできたので、軽くうなずく。
まだまだやれる!
常磐さんもさっきの文字通りラッキーパンチで仕留められるとは思っていなかったみたい。
当たり前のようにあたいが立ち上がるのを見ていた。
そして…
怒涛のごとく、攻め立ててきた―――
『常磐選手のラッシュだぁぁぁあああ!!!池田選手は防戦一方!!!』
ガッチリガードを固めつつ耐える。
流石にこれは苦しいよ。
常磐さんの一番恐ろしい部分が剥き出しになっている。
インファイトで戦えると確信していながら、アウトボクシング主体で戦っているという事実。
チャンスがあれば、いつでも仕留めにいけるという自信。
スピードを生かして一旦距離を置きたいけれど、膝がまだ笑っているの。
だから今は耐えるしかない。
でも…
これは…
マズイかも…
上下左右から激しく撃ち込まれる。
油断すれば、得意のアッパーを容赦なく撃ち込んでくるはず。
少しずつ膝は回復してきた。
今ならイケる…
大ぶりのアッパーがきたら…
!!!
ここだ!!!
(駄目だよ!)
さっちゃんの声で、いっちゃ駄目だと言われた気がして、思わず急ブレーキをかける。
そこには常磐さんが狙いすましたかのように見たこともない速さの変則攻撃を仕掛けてきていた。




