第44話 幸子のダウン
カーンッ
『クリスマスバトル初戦、大里 奈月選手対、鈴音 幸子選手の試合が始まりました。反則すれすれのプレーも見せるほどダークな印象がある大里選手ですが、独特な左ジャブからの変則的な試合の組み立ては他に類を見ません。変わって鈴音選手は正統派インファイターであります。どういった試合展開になるか楽しみにしましょう!それと、二人には因縁があります…』
アナウンサーさんは、雪ちゃんと大里さんとの試合の後のやり取りを説明し、私から挑戦状を叩きつけたと説明していた。
そうだよね。
この試合はあの時の借りを返す戦いでもあるんだ。
勿論忘れていないよ。
でも、因縁とか借りを返すとかは関係ない。
私が勝てば解決する問題なんだから。
お互い相手の出方を見るかのように、ジリジリと距離が縮まっていく。
大里さんは、体の左側を前に出し、右の拳は顎の辺りでガードに徹しているよう。
左手は自由に構えていて、防御にも攻撃にも即時対応出来そうな感じ。
リズム感も他の人とはかなり違う。
独特で変則的。
これではタイミングを計るのが難しそう。
リーチは大里さんの方が長い。
後一歩で射程範囲に入るはず。
私は一気に距離を詰めないと…
ズバンッ!
!?
予想以上にリーチが長い!
思わず距離を取る。
でも、大里さんは一定の距離を保ちながら離れない。
マズイ!
!!
今度はウェービングで左ジャブを交わす。
リーチの修正をしないと。
でも、どうして…
腕の長さよりも長いリーチに感じる。
あっ…
そう言うことか…
体の左側を前面に出すように構えているから、真正面で向かい合うより肩の位置が近いんだ。
理屈はわかったけれど…
近づくのは難しい状況かも。
でも…
女は度胸!
撃ち出したとしても絶対に当たらない間合いだけれど、あからさまなフェイントから相手の左ジャブを誘い、体を前に倒しながらパンチを掻い潜り、距離を一気に詰める!
!!!
ブオンッ!
不格好だけれど、思いっきりしゃがんだ。
頭上を右フックが通り過ぎる。
近接対策をやり込んでいると直感した。
直ぐに離れなきゃ!
追撃が来る!
ズドンッ!
左の打ち下ろしを喰らってしまう。
思い切って、シャドウアサルトで追い抜いて、極端なほど距離をとった。
『序盤から凄まじい攻防!しかし、鈴音選手が自分の距離に入れない!変則的なパンチである、通称「スネークアロー」に苦戦しているように見えます。だけれど彼女は、常磐選手の通称「防空網」を攻略した実績もあります!』
アナウンサーさんの言葉で思い出すことが出来た。
私は防空網を攻略したんだ。
でも、迂闊にシャドウアサルトで突っ込んでも届かないかも。
それほどまでにもリーチが長い。
どうしたら…
バシンッ!バシンッ!!
な、悩んでいる暇はない。
スネークアローが容赦なく飛んでくる。
しなるムチのようであり、それでいて上下の撃ち分けもしてくる。
曲線的な軌道なのに、確実に急所を狙う蛇のよう…
かと思えば、真っ直ぐ顔面を撃ち込まれると、距離感が掴めず突然眼の前にパンチがきていることもある。
距離感を感じさせないように、直線的に撃っているんだ。
雪ちゃんは…
雪ちゃんはどうやって交わしていたっけ…
あっ…
彼女ならば、逆にアウトボクシングから攻撃できたんだっけ。
だから参考にならないって思って見ていたんだ。
どうしよう…
ズドンッ!
スネークアローで惑わされているところへ、右のボディが突き刺さる。
これは…
本格的にヤバイかも…
「さっちゃん!ディフェンスからの反撃だよ!」
こーちゃんのアドバイスが聞こえた。
ディフェンス…
ディフェンス…
……………
無意識に体を揺らし、スネークアローを紙一重で交わすと、そのままシャドウアサルトで一気に距離を詰めた。
!!
大里さんの緊張が高まるのが分かる。
けれど、冷静に右で追撃を仕掛けてきた。
!!!
それをウェービングで更に掻い潜った!
ズドンッッッ!!!
大里さんの体がくの字に曲がる。
だけれど…
ズバンッ!!!
またチョッピングライトを喰らってしまった。
大里さんは自分がダメージを負ったとしても、徹底的に反撃してくるつもりだ。
言動に似合わず泥臭い戦法を使ってくると感じた。
勝利への執念―――
そうだ。
大里さんはそういう人だ。
見た目に騙されちゃいけない。
自分が一番知っているはずなのに…
カーンッ
第1ラウンドが終了した。
ポイントは相手に取られたと思う。
ほとんど反撃出来なかったし。
「さっちゃん!あんなに特訓したディフェンス活かせてないよ!」
「パンチが不規則なんだもん…」
「もう、そんなに拗ねないの。ほら、ロープ張ってウェービングの練習したじゃん。アレだよ、今活用するのは。」
あっ…
そう言われれば、長いロープはスネークアローのようだし、ウェービングの途中でミットを振り回されたのは、追撃の右に似ている。
あの時から大里さん用の練習を組み入れていたんだ…
集中力が高まっていく。
「それと、シャドウアサルトを、普通に使っちゃ駄目だ。」
「?」
「たぶん大里さんは、シャドウアサルトの間合いも検討していて、移動完了後に右を叩き込む練習もしていると思う。」
「………」
言われてみれば、シャドウアサルトでの移動距離は、ほぼ一定だったかも…
今から距離の調整は難しいと思う。
体に叩き込んで覚えただけに、その感覚を変えるとなると時間がかかる。
「いくら距離がバレていても、シャドウアサルト自体は変える必要はないよ。」
「でも…」
「使い始める距離の方を変えるんだ。」
「?」
「いつもリーチ外ギリギリの所から突っ込んでいくでしょ。それを少し手前や、一歩踏み込んでから使うのもいい。兎に角、使い始める距離に気を付けて。それと、ディフェンス!」
「ハイッ!」
カーンッ
第2ラウンドが始まる。
大里さんからは、自信が見え隠れしている。
きっと、シャドウアサルトを防いでいることから、勝利に近づいたと感じたのかも知れない。
確かに懐に入れないと、私に勝機はないと思う。
でもね―
私にはこーちゃんがいる―
いつだって、私の歩む道を照らしてくれてきた―
今回だって―
超アウトレンジから、容赦なくスネークアローが飛んでくる。
ガッツリガードしながら、冷静にタイミングを測っていく。
大里さんの目を覗き込む。
今まで対戦してきた誰よりも気迫を感じる。
どんな手を使ってでも倒す―――
そんな心の叫びが聞こえてきそう。
でもね…
そうじゃないよ…
喧嘩じゃなくてボクシングなんだから!
頭を横に振りスネークアローを交わすと、1歩、2歩と前に出る。
再び大里さんの緊張が一気に高まる。
だから…
右を誘う!
3歩目と同時に右手を振り抜こうとした大里さん。
そこでシャドウアサルト発動させる!
!!!
顔と顔が一気に近づくと同時に、ショートアッパーで頭を跳ね上げさせた!
ズバンッ!
クリーンヒット!
ドッ、ドンッ!!
ワンツーも入った!
とどめの左フック…
ドドンッ!!!
!?!?
ス、スネークアローを撃ち込んできた…
相打ちとなって視界が緩む。
私のワンツーも左フックも浅かった。
だから反撃出来たのかも…
一旦距離を置いて…
!!!
大里さんが突っ込んできた。
こ…、これはマズイ…
逃げにゃきゃ…
????
右足が動かない!
踏まれている!!
バンッ!
バッ、バンッ!!
ヤバイヤバイヤバイヤバイ…
ズバンッ!!!!
アッパー…
いいの…、もらちゃった…
グワンと視界が周り、足に力が入らないまま体が大きく傾く。
倒れちゃダメ…、倒れちゃダメだよ!!
ズサー………
あっ…
ロープ…
そのままロープに体を預け、大里さんの猛攻に必死に耐える。
ズバンッ!ズバンッ!!
苦しい…
けど…
「さっちゃーーーーん!!!」
「鈴音さん頑張れーーーーーー!!!」
声援が聞こえる…
体に力が広がっていくのが分かる…
反撃…
するんだっ!!
その時、大里さんの殺意を感じた―――
スッ…
不意にガードをやめて、体を前に倒した。
ブオンッ!
彼女の肘が頭上を通り過ぎる。
予想通り、エルボーを狙っていたのかもしれない。
殺意をもったパンチは、いつも以上に力が入っていたのか、大きなスキを見せた!
ドンッッッッ!!!
『大砲!まるで大砲のようなスマッシュが炸裂ぅぅぅぅううう!!!大里選手の足取りがおぼつかない…、あーっと!ダウン!ここで大里選手ダウンです!』
ハァ…、ハァ…
あ、危なかった…
でも倒せていない…
細かく震えながらも、目をギラギラさせながら大里さんは立ち上がってくる。
「ク…、クソガキが…」
そのまま立ち上がる。
レフェリーのチェックも適当にあしらうと、そのまま私に向かって突っ込んできた。
時間も残り少ないはず。
お互いダメージが大きいから、ここは防御に徹して防ぎきるんだ。
リング中央では、大里さんが大暴れ状態。
細かいパンチはガードし、大ぶりなものはウェービングで交わしていく。
そして、チャンスがあれば左ジャブだけ当てていく。
腰の入ってない手打ち感覚だけれど、これは目障りかつ鬱陶しいと感じてくれれば上々。
案の定、大里さんはどんどん苛ついていく。
パンチは益々大ぶりになり、スキが広がってきた。
チラッと時計を見る。
残り30秒―
大ぶりのスネークアローが飛んできた。
スッ…
ウェービングで交わし、さっきの要領で2,3歩前に出てからシャドウアサルトで一気に距離を縮めた。
待ってましたとばかりに、右のチョッピングライトを狙ってくる。
大丈夫。
ちゃんと見えてる。
大里さんの目から、少しずつ情報が伝わってくる。
リンクする―――
打ち下ろしを更にウェービングで交わす。
がら空きのボディへ一発!
ズドンッ!
再びくの字に曲がる彼女の体。
よろめきながら後退していった。
逃がすもんか!
ガードしながらどんどん距離を詰めていく。
弱々しいスネークアローを難なく交わし、私の距離へ!!!
これで…
倒す!!!
捻り上げられた体から、渾身のスマッシュを…
カーンッ
えっ!?
時間切れ?
ズバンッ!!!!!
えっ?
なんで…?
なんで私…、パンチもらっているの…?
辛うじて倒れなかったけれど…
視界が大きくボヤケ、足どころか膝にさえ力が入らない…
ダメ…
倒れちゃう…
何がどうなっているか分からないまま…
背中の全面に何かに触れた感触だけが伝わってきた…




