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第43話 幸子のマイクパフォーマンス

バタンッ!

勢いよく控室の扉が開いた。

「ちーーーーっす!」

扉の外からは、クリスマスバトルには出場しないクリスさんを先頭に、雪ちゃん、常磐さんがやってきた。

「おぉー、お前ら、調子はどうだ?」

私よりも先に3人に声をかけたのは、既に私の控室に来ていたレオさんだ。


今日の試合は、チャンピオンの地元である愛知県で行われることが決まっていた。

協会側も、何かと女子ボクシングに貢献してくれている雷鳴館と轟木会長に気を使っているんじゃないかとうちの会長は言っていた。

第1試合の私と大里さん、第2試合の雪ちゃんと常磐さん、第3試合のレオさんと山崎さん、第4試合の相田さんと山中さんという試合順番になっているよ。


これは来月行われる準決勝でも同じで、第1と第2試合の勝者の試合を最初に行って、第3試合と第4試合の勝者の試合が後半に行われる。

そういう意味では、前の方に期待の新人と言われる雪ちゃんや私の名前があって、後半に相田さんやレオさんの名前があるのも頷けるって皆言ってた。

という訳で、私が一番最初に戦うことになっているの。


「リングネームは変えなかったんだね。」

雪ちゃんからだ。

私はお母さんの養子として向かい入れられて、名字が変わったの。

秋名 幸子。

これが新しい名前。

でも、鈴音 幸子として1年間活動してきて知名度も少しずつ上ってきたところで改名してしまうのはちょっと勿体無いと言った、会長の押しもあってリングネームとして鈴音の方を名乗っているよ。


つまり、私がボクシング人生を終える時は、鈴音 幸子という名前自体も消えてしまうことになる。


そう思うと少し切なく、少し複雑な気分だった。


でもね、何もかもが決まってきて、自分のやるべきことと言うか、成すべきことと言うか、そういうのが見えてきた感じ。

今は兎に角ボクシングに集中出来る環境が整ったと思う。

いつも以上に練習にも身が入ったかな。

大里さんの対策もみっちりやってきたよ。


そう思いながら控室を見渡すと、私の試合前だと言うのに、レオさんを中心に盛り上がっていた。

「コホンッ!」

わざと咳をしてみる。

全員気が付いて私を取り囲む。

「わりー、わりー。可愛い後輩ちゃんの大切な試合だっていうのにな。」

と、レオさん。

「教祖様を差し置いて…、サーセンッ!」

と、クリスさん。

「鈴音なら大丈夫さ。安心して見てるからな。」

と、常磐さん。

「準決勝、絶対二人で戦うんだからね!約束!」

拳を雪ちゃんと軽くぶつける。

「うん!夢の第一歩なんだから!」


その気合だぜー、など言われていると、ドアがノックされ、そろそろ準備するよう運営から連絡が入った。

「控室で見ているからな。」

今日試合がある人達は、いつでも試合が出来るよう着替えを済ませていた。

それぞれの控室で待機することになっているよ。

「あっしは会場で見てるから。」

そう言ったクリスさんは、バックからスケルトンフードを取り出し被って部屋を出ていった。


「いつの間にか、さっちゃんの周りも賑やかになったねぇ。」

会長がしみじみと感想を言ってる。

「まぁ、悪いことじゃないし、むしろいいじゃんか。」

こーちゃんの言葉に、会長はウンウンと頷いていた。

「けどね、試合前に大切な事を伝え忘れるところだったよ。」

「………」

ハァ…、まったくもう…


「さっちゃん…」

「ハイッ!」

「今回の試合前の売上で、スケルトンフードの赤字は解消されたから!」

「……………」

「だから、勝って、もっともっと売るぞー!!!」

「会長…」

「親父…」

会長はそればっかりだよ…


「それとね。」

「今度は大鎌でも売るんですか?」

「それは計画中だけれど…」

け、計画中?

「今日の試合の一番大切なこと。それは、今、さっちゃんが持っているもの、全部出し切ることだよ。」

「でも…」

次の試合が雪ちゃんにしろ常磐さんにしろ、全部見せちゃったら対策されちゃうんじゃ…

二人共用意周到なタイプだし、特にシューティングスターはここぞって時に使いたいのが本音かも。


「いいかい。普通の選手なら、出し惜しみすることもあるさ。でもね、さっちゃんは他の選手とは少し違う。誰もが欲しがる、圧倒的パワーを秘めている。だからこそ見せびらかすんだ。見た相手はどう思う?」

会長の問いかけを考えてみる。

「交わせば怖くない…、あっ…」

「そう、喰らえば一撃でリングに沈む。そう考えるって前にも言ったよね。だからこそ見せていくんだ。」

そうか…、そうだったよね…


「よしっ!出し惜しみせず、チャンスがあればどんどん挑戦していこう!」

「ハイッ!」

こーちゃんの締めで控室を出る。

ホールからは大きな唸り声が聞こえてきていた。

ドアの前に運営さんが待ち構えている。

「会場、温まってますよ。」

その運営さんの言葉の意味が分からなかったけど…


『鈴音選手の入場です!』

アナウンサーの言葉と同時に、ドアが勢いよく開いた。

バタンッ!


始まる…


私が目指した大会が…


暗い会場に入場曲が大音量で響き渡る…


ドコドコドコドコ 「ハィッ!」 ドコドコドコドコ 「ハイッ!」


さぁ、いくぞ!


夢に向かって!


合いの手は熱く激しく、観客達の興奮がいつもよりも激しく伝わってくる。


大鎌を持つ先頭のこーちゃんがゆっくりと歩きだすと、会場も明るくなっていく―




!!!




そこには大量のスケルトンがいた―






クラスメイトの人達も沢山いる―






商店街の人達も沢山いる―






こんなにも大勢の人が、私を応援してくれる―






そう思うだけで、私自身も今までに感じたこともないほど興奮を覚えていた―






こーちゃんがロープを広げてくれる。

その間を潜り抜けると、マントを派手に脱ぎ捨てた。

ワァァァァァァァァアアアアアアアアアア…


クリスマスバトルはエキシビションマッチということもあり、多少のマイクパフォーマンスも許されている。

というか推奨されているの。

記者会見でしか聞けない選手の声を観客に届ける、そんな意味合いもあるみたい。


キーン…

短いハウリングは、マイクの電源が入っている証拠だと教えてもらった。

だから…、話さなきゃ…


足が震えそうになる。

けどね…

今日は大丈夫。

そんなに怖くない。


こんなに沢山のファンがいるんだから―


「改めまして…、鈴音 幸子です!」

ワァァァァァァァァアアアアアアアアアア…

沢山の拍手と歓声に包まれた。

「今日は、目標にしていたこの大会に出場出来たことを、皆さんと分かち合えることに感謝します。」

静かに私の言葉を待つ観客達。

「でも、変に意気込んだり、気負ったりせず、私の持てる力の全部を出し切って、必ず勝利します!」

ワァァァァァァァァアアアアアアアアアア…


「だから、皆さんにどうしても伝えたいことがあります!」

再び静まる会場。


スゥーーーー…


大きく息を吸う。


強くなった心臓の鼓動が、頭のてっぺんまで聞こえる。


「てめーら!!!ド派手にいくから、私の勇姿をしっかり見届けやがれ!!!」


ワァァァァァァァァアアアアアアアアアアァァァァァァアアアアアアッ!!!!!


深くお辞儀をして、マイクを運営さんに返した。


何だか顔が火照っていることに気が付いた。


自分のコーナに戻ると、こーちゃんと会長はゲラゲラと笑っていた。


何だかホッとするよ。


「凄い煽りだったねぇ。幸一は、さっきのパフォーマンスに何点つけるんだい?」

「勿論100点さ!いい感じだったよ!まさか、「てめーら!」なんて叫ぶとは思わなかったし。」

「レオさんの口調が伝染っちゃったのかも。」

事実イメージはしていたかな。

「いいのいいの。このぐらいで。さぁ、対戦相手の登場だ。」

再び暗くなった会場。

会長が向けた視線の先の扉にスポットライトが当たる。


ドアが勢いよく開くと同時に、低い声がゴニョゴニョと聞こえ始めた。

何これ…

疑問を感じたのは私だけじゃなく、会場中が少しざわついた。

明らかに雰囲気がおかしいからだ。


「お経…」

こーちゃんの言葉にハッとする。

そうだ、これはお経だ…


全身を覆う真っ黒なマントは、まるで喪服のよう。

これではまるで、お葬式のような雰囲気だ。

混乱する会場を無視するかのように、そのままリングにあがった大里さん。

マイクを運営から奪いように握りしめる。


「おいおいおいおい!」

第一声から怒りが滲み出ている。

「これから始まるのは試合じゃねぇ、殺戮ショーだぁ!!」

オオオォォォォォオオオオオオ!!!

「俺はよぉ!こいつみたいな甘ったれた奴が大嫌いだ!」


「どっちが甘ったれかな?」

不意に、こーちゃんが呟いた。


「こんな毛も生え揃ってねーようなお子ちゃまに俺様が負けるわけねーだろぉぉぉおおおお!!!」

大里さんは、突然とんでもない煽りをいれてきた。

「どうして知っているんだろう?」

ポロッとそう言うと、「はぁ?」と驚きながら、会長とこーちゃんの視線が飛んできた。

「いや…、その…」

「さっちゃん、そういう事はあまり口にしない方がいいよ。」

大里さんの暴言が続く中、会長がたしなめてくる。

「えっ?そうなんですか?友達にも言ってますけど?」

「ん?」

「脇の話しですよ?」

会長とこーちゃんはお互いの顔を見ていた。

「あぁ、そう…、そうなんだ…」

なんだったんだろう?


「これから瞬殺する俺様の勇姿を見ておけ!」

ガコンッ!!!

マイクをマットに叩きつけた。

マントを脱ぎ捨てると、黒いグローブに黒のトランクス、そして黒のスポーツブラ。

やっぱり喪服をイメージしているのかな…

「さっちゃん、相手を見た目から威嚇しているだけだよ。惑わされないでね。」

あぁ、そういうことか…

こーちゃんが持ってきた大鎌みたいなもんだね。

そう思ったら、服装は気にならなくなった。


私は青のトランクスに青のスポーツブラ。

上からシャツを来ていて、右胸には三森ボクシングジムの名前、背中には藤竹弁当屋とキラキラ商店街の名前が入っているよ。

トランクスのお尻側にはひまわり荘の名前も。

皆と戦うんだという想いが溢れてくる。


レフリーに呼ばれ注意事項を言われている間、大里さんは下から見上げるように私を挑発してくる。

グローブタッチは無し…

でも、山崎さんと対戦した時とは違う。

大里さんは全然怖がってない。


コーナーに戻ってきた。

「さっちゃん!最終確認するよ!」

「ハイッ!」

「伸びる左ジャブ対策、しっかり覚えているね?」

「ハイッ!」

「アンフェアー対策、オーケー?」

「ハイッ!」

「よしっ!全部出し切って…」




こーちゃんが大きく息を吸う。




「ド派手に行くぞぉぉおおおおおおお!!!!」




「ハイッ!!!」




カーンッ


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