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第42話 朋美の愛娘

もうすぐクリスマスバトルの1回戦が始まるわね。

最近のさっちゃんは、今までよりも益々生き生きしてる。

見ているこっちまで楽しくなっちゃう。

ふとした瞬間に、笑い出しそうな感じもするかな。


けれど笑ってくれない…


私が思うに、きっと何かトリガーがあるんだと思う。

それが何なのかさえ分かれば、援護してあげる事も出来るのだけれど…

時間が解決してくれる可能性もあるし、ここは注意深く様子をみるしかないわね。


それとは別に、さっちゃんには決めなければならないことがある。

それは、養護施設で育った子ども達は、18歳になったら施設を出て自立しなければならないの。

特例はあるけれど…

かと言って、さっちゃんが選んだ仕事はプロボクサー。

収入はアルバイト前提じゃないと成り立たないし、どうしたものかな…


色々と手助けしてやりたい。

そう強く思う自分がいるのも本音。

でもね、これはさっちゃんの人生の話しで、彼女自身が決めなくてはならないこと。

自分の将来について、少し考え始めないとね。

そして、彼女が最良と思う道に進んで欲しい。


今、一番大切な大会が近いことは分かっている。

けれど、私生活の方も進路を決めて、不安なく試合を迎えて欲しい。

きっと学校でも卒業後の進路についての話しは耳にするだろうし、一番ボクシングを楽しく続けるためには、どうしたら良いか考えているかも知れない。

少し迷ったけれど、今だからこそ、ちゃんと本人に伝えておかなくっちゃ。


「さっちゃん。ちょっといい?」

「ん?」

「将来のこと、考えている?」

「えっと…、ボクシングは続けたい。」

「そうね。それは問題ないわ。でもね、18歳になったらここから巣立たなければならないの。」

「うん、知ってる…」

案の定、暗い表情をしていた。


「あの…、実は私から提案があって…、近いうちに相談しようと思っていたの。」

あら、ちゃんと考えていたみたいね。

「えっと…、えっと…、あのね…」

何故かモジモジしているさっちゃん。

ん?言いづらいことなのかな?






「お母さんの子供になりたい。」






「!?」






「お母さん以外に、お母さんはいないから。」






あれ…、視界がボヤケて…






「ダメ…、かな…?」






瞳から止め処無く零れ落ちる涙―






そっかぁ…、そうだったんだね…






(嬉しい…)






もう、とっくに私の本当の親子になっちゃっていたんだよ…






「私は、ちゃんとお母さん出来てた?」






ふと顔を上げたさっちゃんに、微笑んだ幻が見えた。






「うん…。最初に言ってくれた通り、私のお母さんだった。だから…」






ギュッと抱きしめると、彼女は少し震えていたかもしれない。

もしかしたら私が震えていたのかも。

でも、そんなことはどうでもいいの。

だって、二人共嬉しいって思っているのだから。


「児童相談所の望月さんに相談しましょ。そこで承認がもらえたなら、問題なく家族になれるよ。」

「うん、わかった。良かった…、グズッ…、グズッ…」

「さっちゃん…」

「断わられると…、思っていたから…、これ以上私に構っていたら…」

「何を言っているの!」

「だってぇ…、だってぇ…」

「家族なんだから、どんなことも全員で乗り越えるの。今までだってそうだったでしょ?」

「うん…」


不安に押しつぶされそうな生活は、もう完全に終わりにしなくちゃ。

「優勝しよう!さっちゃん!」

「………」

胸の前で小さな拳を、不安そうに握っているさっちゃん。

「さっちゃんはね、色んなものを我慢してきた。」

「………」

「欲しいもの、やりたいこと。」

「そんなことないよ…」

「んーん、我慢している。今だって笑うことも。」


!!


「もう我慢する必要なんて、何もないの。さっちゃんは勇気を振り絞って歩くことが出来たから。幸せを探す旅に出たから。だから、欲望むき出しで突き進むの。」

「欲…望…?」

「そうだよ。欲望って聞くと、何だか悪い事のように感じることもあるかもしれない。けれどね、欲望ってとっても大切なことなの。」

「………」

「アレが欲しい、こうなりたい、そして、勝ちたい。」


!!!


「とっても大切な感情よ。さっちゃんは何が欲しい?」

一瞬下を向いて考えた後、直ぐに顔を上げて答えてきた。

「家族全員の幸せが欲しい!それが私の探す幸せだから…」

「………」

言葉が出なかった。

自分のことより、ナナちゃんやマー君も含めた、家族全員の事を一番に考えていたから。

彼女は回りくどい言い方をする娘じゃない…

純粋で真っ直ぐで、回り道を知らない。

それを知っているからこそ、心に響いた。


小さくため息をつく。

「わかった。そのために、どうしたら良いか、一緒に考えていこうね。」

「うん!だから私、絶対に勝つよ!」

さっちゃんの言葉に勇気を貰える。

お金や里親探し、そしてナナちゃんの病気など、乗り越えなければならないことは山積みなのに、それでもまた明日も頑張ろうって思える。

そう想いながら夜を迎えた。


自室から、久しぶりに和ちゃんに電話してみた。

声が聞きたかったってのもあるかな…

プルルルルルゥ…

『はいはーい』

軽いノリで、いつも優しいオーラ全開の和ちゃん。

きっと私に気を使っているんだよね。


「どーも。そっちはどう?」

『何も問題ないさ。レオもさっちゃんも良い感じに仕上がっているし、男子だって調子いいよー。そのお陰か、新規生徒もボチボチきてくれて、儲かってもきているよ。』

「あら、それは良かったわね。」

『うんうん。色んな種を撒いて、それぞれ芽が出てきてくれた感じ。大変だったけどね。』

そう、和ちゃんは見かけによらず努力家なのよね。


「フフフッ…。相変わらずね。そうそう、今日ね、さっちゃんがね、私の娘になりたいって言ってきてくれたの。」

『ほほー。その口ぶりだと、了解したんだね。』

「何でもお見通しみたいなこと言わないの。」

『腐れ縁じゃないか。朋ちゃんのことは何でも分かるつもり。全部は分からないけどね。』

「またそんななぞなぞみたいなことを言って。」

『全部知ってるとか、おこがましいよ。誰だって全部はわからない。そんなもんさ。けどね、俺に話そうとしてくれたことぐらいまでなら何でも分かるつもりだよ。』

そうね、伝えるってことから始まるからね。


「和ちゃんらしい。」

『まぁ、色んな事があったからね。』

色んなこと…。

そうだね、本当に色んなことが一度に起きて、全部を解決しようと走ってきた気がする。

「色んなことがありすぎて、色んなことが未解決ね。」

言葉にはされてないけれど、和ちゃんも私も、自分と相手の気持ちは知っている。

そんな中で、それこそ色んな出来事が一度に襲ってきた。

和ちゃんの事故、引退、ボクシングジムの立ち上げ…、私は養護施設の運営、資金繰り…

バタバタしていたら、あっという間に10年たっちゃった。


「何だか疲れちゃった…」

思わず声が震えて裏返ってしまった。

『泣かないで。朋ちゃんには笑顔でいて欲しいんだ。』

彼の優しさが心に染み渡る。

『泣く時は一人で泣かないで、俺のところで泣いてよ。』

「か、顔に似合わないこと…、い、言わないの…」

『これじゃ、まるで幸一だよ。あいついっつもさっちゃんを笑顔にするのは俺なんだって鼻息荒いよ。』

「親子揃って似た者同士じゃない。」

『そうみたいだね。』

小さく笑みが溢れた。


「そう言えば、さっちゃんにもっと欲張りなさいって言ったの。」

『いいねぇ。確かに彼女は貪欲さはないかもね。』

「そうでもないよ。見せないだけかも。」

『あぁ…、そう言われると思い当たる節もあるかなぁ。』

「でね、何が一番欲しいって聞いてみたの。何だと思う?」

『もしかして、チャンピオンベルトとか?』


「ざーんねん。家族全員の幸せが欲しいんだって。」

『おっと。自分のことじゃないんかい。』

「そうなの。でも、きっと勝利だとか大会での優勝とか、そういった個人的な欲望って持っていると思うのよね。」

『まぁ、一番じゃないってだけで、思っているかもね。』


「マー君は未だに10人前のコロッケ食べたいって言ってるのよ。」

『冗談半分で、駅前のコロッケ屋の小谷さんに聞いてみたら、作れないことはないって言っていたよ。特注だから、三千円だって。』

そう言って笑った和ちゃんにつられて、私も思わず笑っちゃった。


「あれ?確か町の商工会がさっちゃんの応援するって言ってなかったっけ?」

『あぁ、泣き付かれちゃった。シャツにキラキラ商店街の名前を入れて欲しいって、その代りスポンサーになるって言ってきたよ。』

「どうするの?」

『勿論受けたよ。商店街の人にも色々と協力してもらったし、新参者の俺を受け入れてくれたしね。何よりも、さっちゃん自身も望んでくれたからね。』


「お弁当屋さんの藤竹さんに感謝しなくっちゃね。」

『そうだね。毎試合見に来てくれているし、ほんとあのおばさんには頭が上がらないよ。いつも楽しそうにアルバイトの話しをしているしね。』

「こんな事を言ったら怒られちゃうけど、年の功かしら?」

『ちげーねーや。弁当は美味いのに、喰えねぇ婆さんだ。』


「そこまで言わないの。たった今、感謝しなくっちゃって言ったばかりでしょ。」

『そうだった。商工会とのパイプ役もやってくれたみたいだしね。そう言えば、キラキラ商店街とは別に、弁当屋 藤竹の文字もシャツに入れるって言っていたよ。』

「特別扱いってよりは、それが彼女の素直な気持ちなんだろうね。」

『そうだろうねぇ。凄く怖かったと思うよ。それを優しく受け入れてくれたんだ。さっちゃんからしたら奇跡が起きたようなもんでしょ。』

「そのぐらいの意味はあったかもね。」


『それとね、もう一つ名前を入れるんだ。』

「何かしら?」

『ひまわり荘。』

「………」

『私を救ってくれた、世界で一番大切な場所なんだって。』

「さっちゃん…」

『それをパンツの後ろに記入するから、絶対にダウンしないんだって張り切ってたよ。』

「もう…」


『さっちゃんはね、練習も含めて、一度もダウンしたことがないんだ。』

「えっ!?練習でも?」

『そう。レオをメインの相手にしながらね。始めてスパーリングした時も、プロテストの時も、男子と練習しても、全部含めてノーダウン。これって凄いことだよ。』

「そのぐらいは理解出来るつもりよ。」

『倒れたら戦えない、立っている限り戦えるって彼女は言ったんだ。凄い…、というより、怖いと思うほどの精神力だと思った。本当なら幸一のように否定すべき事だったかも知れない。だけどね、俺は応援した。』

「………」


『さっちゃんは良くも悪くも頑張り屋さんなんだ。もしかしたらボクサーとして壊れちゃうかも知れない。でも…、もしも乗り越えられたなら…。レオはね、俺の宝だし、二人三脚で頑張ってきた歴史はそのままジムの歴史でもあるんだ。さっちゃんはね、俺達全員の希望。そう思ったんだ。だから応援した。』

「そうかも。」

『今の俺、ちょっと格好良かった?』

「フフフッ、ばーか。」

二人で思わず笑ってしまった。


「今日はさっちゃんに勇気をもらって、和ちゃんに元気をもらったよ。」

『そいつは良かった。いつでも遊びにきてね。幸一と一緒に待っているから。』

「うん…、ありがとうね…。それじゃ、またね。」

『おやすみ。』

「おやすみなさい。」

通話を切ると、突然寂しさに襲われる。


でも、直ぐに笑顔になれた。




この時誰もが気が付かなかった―




さっちゃんが望んだ家族全員の幸せの、本当の意味を知る時は―




刻一刻と近づいていた―









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