第41話 幸子を応援してくれる人達
チャイムが鳴り、六時間目が始まった。
壇上のこーちゃんが司会を続ける。
「ではプレゼンを再開します。まずは、何がなんだか分からなかった人の為に、先程の動画の解説から始めます。」
彼は動画を再生し早送りしながら、ところどころで止めて解説を入れていく。
対戦者の紹介で、雪ちゃんとはプロテストから対戦したエピソードや、カウンターやパリィといった高等技術を扱う技巧派なこと、元アイドルなことを伝えていた。
山崎さんがアマチュアチャンピオンだったこと、愛野さんのインファイターや常磐さんのアウトボクシング、そしてファンさんの天才と呼ばれる由縁など…
穏やかでありながら和気あいあいと紹介が終わり、続いてクリスマスバトルの紹介が始まった。
二本目の動画を再生する。
そこには大会のルールや様子、そしてフライ級に参加する選手紹介もやっていた。
今まで対戦した雪ちゃん、常磐さん、山崎さんに続いて、レオさん、大里さん、山中さん、そしてチャンピオン相田さん。
特に相田さんには時間を割いて紹介していた。
これはボクシングの神様だわー、みたいな、誰もが納得してしまう戦績と功績だよね。
なにせ、チャンピオンになってからは52連勝で負け無し、しかもダウンしたこともない選手だから。
こーちゃん自身のプレゼンの最後を締める。
「この強者揃いの大会で優勝を狙う。そのために、皆さんの応援という形での協力が欲しいと、ジムとしても切に願っています。さっちゃんは1年足らずの新人なので、他の選手に比べてファンも少ないし、知名度も低いから…。どうか、よろしくお願いします!」
パチパチパチと拍手もおきた。
俺、絶対に応援に行くからという沢村を切っ掛けに、反応としては良い感じ。
「では最後に、本人からの言葉と、質問タイムで終わりにしたいと思います。」
そう紹介され、私は震える足を少しずつ前に出した。
心臓が破裂しそう…
誰と対戦する時よりも怖いよ…
教壇に立つと、いつもの教室が果てしなく広く感じた。
なかなか言い出せない私に、こーちゃんが助言をくれた。
「言わないと、伝わらないからね。」
そうだね…
空気を読んでばかりで、何も言わなかった私…
今日はちゃんと伝えなきゃ…
「えっと…、えっと…。私は皆さんに…、沢山ご迷惑をかけてきました。」
少しざわついた。
「表情というか感情がなくて…、変な奴がクラスにいるって…。私のせいで嫌な空気が生まれるって…。だから、必ず応援に来てくださいなんて言えないです…」
顔を上げて教壇に手をついた。
「両親を亡くしてからの10年間…、本当に辛かった…、苦しかった…、怖かった…。ボクシングに出会えて、色んな人に支えられて、色んな人と知り合って、色んな思いがあるってわかりました…。そして…、勇気を出して、努力して、乗り越えて、勝ったり負けたりして…。沢山の出来事で少しずつ感情を見つけることが出来ました。」
シーンとした教室で、私の声だけが響く。
「まだ笑うことだけは出来ないけれど…、ずっと目標にしてきた今度の大会で、今私が持てる力が出せたなら、きっと…、私は…、この10年を取り戻せると思っています。そのぐらいの意味と価値があると思っています。1年前の私は、何もかもが怖くて…、誰もを近づけないほど殻に籠もっていたから…。」
あえて『いじめ』という言葉を使わなかったけれど、その影響もあったことは、多分伝わったと思う。
「ボクシングを通じて、委員長さんや伊藤さんといった友達も出来ました。この前のファンさんとの試合で応援に来てくれました。泣いちゃうぐらい嬉しかったです。クラスの嫌われ者だった私を応援してくれる同級生がいることに…。だから!」
クラスを見渡す。
「絶対に来てくださいとは言いません。少しでも興味を持ってもらえたなら、応援にきてください!私も!皆さんの期待と、私を支えてくれた人達と、私と一緒に戦ってくれる人達の想いを!この小さな拳に全部詰め込んで、リングにあがります!よろしくお願いします!」
深く頭を下げると、パチパチパチと拍手が巻き起こった。
「俺は絶対に応援しに行くぞ!」
柔道部の沢木君が真っ先に立ち上がってくれた。
色んな人が笑顔で拍手してくれていた。
私は涙がこぼれて、大声で泣かないように口を塞いだ。
「さっちゃん…、良かったね。」
こーちゃんが小声で言った。
うんうんと頷きながら、いつものように彼の胸の中で泣いた。
「見せつけるねー!」
そんな野次が飛んでくる。
「私も三森君の腕の中で泣かせて~」
こんな野次まで飛んできた。
「ごめんね、ここはさっちゃん専用なんだ。」
そう答えた彼の言葉に驚いて、顔をあげた。
クラス中が大騒ぎになるほど盛り上がっていた。
「それでも僕は応援にはいかない!」
声を上げたのは、学年でも委員長と張り合うほどの成績優秀な山本君だった。
「本気で東京の国立狙っているから…。申し訳ないけれど…」
こーちゃんが直ぐに反応した。
「勿論構わないさ。最初にいっただろ?恨みっこなしで、来られる人だけ来て欲しいって。他の人も、受験、就活、アルバイト、その他用事がある人はそっちを優先してもらって構わない。これは社交辞令なんかじゃない。本気でそう思ってる。当日沢木一人だけ応援に来てくれたとしても、俺は全然構わない。きっとさっちゃんもそう。文字通り、一人でも多くの人に来て欲しいだけなんだ。」
彼の言葉の後に、伊藤さんが前に出てきた。
「私も最初、鈴音が変わろうとする努力をしないことに腹を立てていた。ここで喧嘩したのを見ていた奴もいるだろ。だけど、努力していることを知った。それもすげー壮絶だった。リングで鈴音と勝負したんだぜ?まっ、ワンパンKOで気を失っちまったけどな。その後試合も見に行った。さっき見た動画の最後のやつ。すげー不利な状況だったけど、諦めずに、倒れることなく逆転KO勝ちした姿に、今まで味わったことのない興奮と、感動があった。だから、ちょっとでも気になった奴がいたら、興味本位でもいい、試合に来て欲しいと思った。クラスの中に、こんなに努力して頑張ってる奴がいるって分かるからよ。それにさ…」
伊藤さんがチラッと愛ちゃん先生を見てから話を続けた。
「先生が言っていたんだ。『人には得意なことと不得意なことがある』ってな。鈴音はコミュ症みたいなもんだけど、ボクシングは得意だった。ただそれだけの話しだったんだ。私らではボクシングで活躍出来ないのと同じことってこと。それと、いいか、虐めていた奴らは覚悟しとけよ。鈴音は近いうちにチャンピオンになる!そん時にクラスメイトの面しても近寄れねーからな。プロだからって過去の仕打ちを帳消しにしてもらえるなんて甘ったれんなよ。苦虫噛んだような顔してる奴が何人かいるみてーだが、一生噛んでいろ。それがケジメだかんな。」
彼女の言葉は、飾り気もなくストレートに心に響いた。
クラスメイトに、こんな風に思ってもらえるなんて想像も出来なかったから。
伊藤さんの言葉に委員長さんが付け足した。
「そうね、伊藤さんの言ったことは大切なことだから。応援は自由と言ったけれど、許す必要はないって助言したわ。ちなみに、別件だけれど、ネットで非難中傷してきた人がいて、ジムから大人の対応されて罰金刑になっているわ。陰口とか、くだらないことはやめることね。」
そして愛ちゃん先生が立ち上がる。
私達は自分の席に戻った。
「えー、私も試合を観戦してきました。一生忘れられないような戦いでした。そんな幸子さんを虐めていた人を、何人か口頭注意しています。そういった人達は、一生その罪を背負うことになってしまいました。なので、卒業して新しい生活の中で虐めの現場に出くわしたら、辞めるよう言ってやってください。自分の子供がそうしていても、辞めさせてください。そして、過去にこんな事があって、未だに自分は許してもらえないと、説いてあげてください。」
クラスメイトは真剣に、先生の言葉を噛み締めているようだった。
「さて、最後は質問タイムだったね。何か聞きたい事がある人!」
先生の言葉に、沢木君が立ち上がり、観客が持っていたスケルトンフードはどこで買えるのかとか、なんで死神っぽく演出しているのかとか色々と質問があった。
練習見に行っても良いですか?なんて質問もあった。
こーちゃんが答えて、見に来るのはいつでもOKだし、男子は筋トレに、女子はダイエット目的にと、気軽に始めてもいいですよと、ちゃっかりジムの宣伝してて笑われていた。
最後は和気藹々と、良い雰囲気で道徳の時間を締める事が出来た。
帰り支度の時は、何だかいつもの教室のような気がしなくて、凄く不思議な感じだった。
そしてある日の土曜日。
バイトが終わり、午後からの練習に向かおうとした時に、藤竹おばさんに呼び止められた。
「さっちゃん。昼飯一緒に食べんかえ?」
「はい。大丈夫ですけれど…」
「飯代は出るけ。心配いらんで。」
「えっ?そんな…、悪いです…」
「かまへん、かまへん。いいから、付いておいで。うどんは好きかえ?」
「はい!」
「じゃ、長尾さんちのうどん屋行こうか。」
「わかりました。」
着替えを済ませておばさんと一緒に向かう。
おじさんも一緒だった。
でも何か違和感が…
それは到着して店の中に入った瞬間わかった。
沢山の人達が待ち構えていたからだ。
それも商店街の人達ばかり。
花屋さんのところの江藤さん、魚屋さんの渡辺さん、肉屋さんの日村さん、喫茶店の佐藤さん…、どうしたんだろう…?
不思議がっていると、佐藤さんが手招きして呼んでくる。
「さっちゃん、こっちおいで。ちょっと話を聞いて欲しいんだ。」
「えっと…、えっと…」
藤竹おばさんが手を差し伸べてくれた。
「悪い話しじゃないけぇ。けどな、断ってもええからね。」
んん?話が見えない…
言われるがまま、座敷テーブルに案内される。
「長尾さん!全員分のかけうどん出来たかえ?」
「おぉ、直ぐ持ってくでや。」
どんどん料理が並んでいく。
かけうどんに天ぷらが付いている。
「ささ、食べながら話を聞いてほしいんじゃ。」
取り敢えずいただくことにする。
「い、いただきます…」
私の言葉につられて、全員が食べ始めた。
「実はな、さっちゃんがボクシングで頑張っているの、最近知ったんじゃ。」
「えっと…、はい。ボクシングしています…」
「そこでな、凄くおこがましいお願いなのは百も承知なんじゃが、その…、試合で着るシャツにな…」
私は上半身スポブラだけなのが恥ずかしくて、いつもシャツを上に着ている。
「シャツに、『キラキラ商店街』って宣伝してくれんかの?」
「!?」
そう言えば、他の選手も色んな会社の名前が入っている人もいたっけ。
シャツやボクサーパンツにも書いてあったりする。
「勿論、タダでとは言わん。そこは三森さんと相談させてもらう。いわゆるスポンサーってやつや。どうじゃ?」
「私は構いません…。小さい頃から皆さんにお世話してもらいました。大人の人が怖くて怖くて震えていた私に、皆さん優しくしてくれて、凄く気を使わせてしまったと思っています。」
「なんの、なんの。色々と大変じゃっただろうに。」
「今思えば、薄気味悪い子供だったと思っています…」
「さっちゃん、そんな風に自分を言っちゃいかん。ここまで育ててくれた秋名さんに失礼じゃ。」
「あっ、ご、ごめんなさい…」
「おっと、そんな話じゃなかった。小さくてもええで、お願いするで。」
「わかりました!でも、一つお願いがあります。」
「うむ。なんじゃろ?」
「シャツに書く時は、『藤竹弁当屋』だけは別に書かせてもらいます。私の勇気を始めて受け入れてくれた場所なので。」
藤竹おばさんが、ゴホッとむせていた。
「さっちゃん、これは商店街全員をじゃな、公平に…」
「いえ!私、藤竹おばさんに物凄くお世話になって、しかも初戦から全部応援にきてもらっているのです!」
私のことばに商店街の人達もキョロキョロと周囲の人と顔を見合わせていた。
「まぁ、それは否定できへん。最初藤竹さんに言われてもワシら応援にもいかんかったしな。そこはさっちゃんの好きにしたらええ。」
「ありがとうございます!」
「それにしても、凄い頑張っちょるの。ワシら感動したんじゃ。最初来た時からは想像も出来へん。よう、頑張ったの。」
「沢山の人が、支えてくれました。クラスメイトにも受け入れられて…、皆さんにも見守られて…。一人じゃ絶対に辿り着けなかったです…。本当に感謝しています。あっ…、えっと…、笑えなくてごめんなさい…」
「謝らんでええ。なんてええ娘や…。秋名さんの育て方が良かったからじゃ。感謝するなら秋名さんにな。」
「毎日感謝してます!」
「うんうん。それでええ。」
すると佐藤さんが薄っすらと涙を浮かべた。
「年を取ると涙もろくてな。どんな結果になっても、胸を張って帰ってきいや。さっちゃんが頑張る限り、ワシらも応援するで!」
そうじゃそうじゃと声があがった。
町の人達にも受け入れられたと感じた。
私も薄っすらと涙が浮かんだ。
そんな時だった。
「さっちゃん見て!通販で買ったで。」
そう言って魚屋の渡辺おばさんがスケルトンフードを被っていた。
「ハイカラで格好ええな。ワシも買うで。」
「動画見とらんの?皆被ってるけ、買っとかんとあかんで。」
「三森の奴、このタオルうちを通してくれてるんやで。」
呉服屋の瀬尾さんからだ。
「うちにも死神が持つ鎌作ってくれって依頼きたで。若いのがドクロのアクセサリーとか作るの好きなのがいるけん、張り切って作っとるから期待しとき。」
鉄工所の矢部さんからだ。
会長…、少しでも町の活性化になればって気を使っていたんだ。
ボクシングというスポーツが、益々好きになった。
私に見つける事が出来て良かった。
色んな想いが溢れ出て、涙が止まらなくなっちゃった。
「泣くんじゃないよ。ワシまで泣いてしまう。」
佐藤さんの言葉に笑いがおきた。
そして10月―
大会が目前に迫ってきていた―
緊張と高揚は、否が応でも高まっていく―
いよいよ始まる―
皆の幸せを掴み取る大会が―




