第40話 幸一のプレゼン
今日は学校でイベントを起こす計画を立てている。
協力者は委員長と希だ。
どちらかと言うと、俺は担がれたんだけどね…
敢えてその計画に乗ってみたってわけ。
まぁ、このメンツで何をやるかは、おおよそ察しが付いたのだけれど、悪いことではないし、何より主賓の為になるって思ったから受けることにした。
その主賓であるさっちゃんには何も言っていない。
彼女の素の反応の方が、より受け入れやすいと思ったからだ。
それで、何のイベントをやるのかというと、道徳の授業をジャックする。
五時間目と六時間目の二時間分を、俺たち3人で仕切ってしまおうという魂胆だ。
結構大胆な発想なのだけれど、言い出しっぺは希。
あいつ、さっちゃんとファンさんの試合を見て、どんな映画よりも感動したって言ってた。
興奮冷めやらぬまま、委員長に話を持ちかけて意気投合したみたい。
企画運営の委員長と、実行部隊の希という役割分担だ。
だけれど二人は、自分たちのカリスマ性を疑ったらしい。
希は女子には強い影響力がある。
委員長は真面目系の人に影響力がある。
ただしどちらもクラス全体として考えると少数派だ。
希と関わり合いたくないと思っている女子もいるし、真面目な委員長が鬱陶しいと思っているクラスメイトも少なくない。
そこで誰からも好かれるような好印象な人を陣営に巻き込もうとして、俺が選ばれたようだ。
そんなことはないと思うけれど、委員長が分析した結果だと言う。
その分析に反論も出来たけれど…、理屈じゃ彼女に叶わないし面倒だから辞めた。
確かに委員長が言うように、嫌われているような人もいないし、俺が敵意を持っている人もいない。
男女問わず話もするし、協力作業、例えば班行動や委員会でもリーダーシップ的なことを頼りにされていることも確かだ。
そう言われれば、学園祭、球技大会、合唱コンクールなどの学校でのイベントでは気が付いたら陣頭に立っていることもしばしば。
そういう時の一体感や連帯感は好きかな。
まぁ、矢面に立って入れば、影に隠れちゃうさっちゃんを堂々と何とか出来るって意味合いもあるんだけどね。
と言うか、俺が陣営に加わっていれば、さっちゃんが素直に受け入れてくれるって方が大きいと思う。
「その方が娘が言うことを聞くかも知れないね。」
とあるアニメ映画のセリフのようだ。
という訳で、一応最低限の根回しはしておいた方が良いと提案し、愛ちゃん先生には事前に話しておいた。
返答は即答でOKだった。
むしろ誰よりも乗り気のようだ。
小さな体を目一杯大きく見せながら、是非やりましょう!と言ってくれた。
後はレジメを作って、改めて会議内容を流れに沿って作っておく。
こうすることで、自分にも、そしてクラスメイトに対しても何をどう伝えていくかという話の筋が見えてくる。
プレゼン用の資料として動画も作っておいて…、っと。
文字や数字よりも動画で見た方が、話が早いと思ったんだ。
視覚的に訴えていこう。
さて…、こんなもんかな。
後は臨機応変に対応していけば良いかな。
今回の議題はさっちゃんに関することなのだけれど、彼女に対して悪い印象しか持っていない人もいる。
そう言った人からのヤジから妨害までを、ある程度の対応策を検討しておく。
トラブって教室の雰囲気が悪くなるのだけは避けたい。
事前に検討しておけば、ダメージが少ないうちに対応出来るだろう。
まぁ、反論し辛い雰囲気にしていく予定だし、その攻略方法もある程度考えてある…
うーむ、気が付いたら全部俺が段取りしているような…
まぁ、いいか。
そして当日―
金曜日とうこともあり、教室全体から倦怠感が漂っている。
これはいつもの事なので、今日の作戦には影響ない。
チャイムが鳴ると、委員長と希が力強く頷いていた。
先生が入室し挨拶が終わると、さっそく委員長が手を挙げた。
「星野さん、何かありましたか?」
ちょっと棒読みっぽかったのが笑える。
一応演技してくれていいるようだ。
スクッと立ち上がり胸の前で手を組みながら、眼鏡をクイッと上げた。
「今日、これからの2時間を私にください。」
「えっと…、暴走しない限り、許可します。」
「ありがとうございます。」
教室がざわめいた。
何か固っ苦しい事が始まるんじゃないかと、既に嫌悪感を出している奴もいる。
「ちょっといいかしら。」
キリッと教壇に立つ姿は、愛ちゃん先生より先生していた。
「高校三年の夏休みも終わり、いよいよ受験や就職活動が始まった大事な時期なことは十分承知している上で、協力して欲しいことがあってお願いしたいの。」
ざわつきが更に大きくなる。
「勿体ぶらねーで早く言えよ!」
右後ろに座っている、柔道部キャプテンの沢木が叫んだ。
体も大きく力自慢な上に、言動も力技が多い。
こういうムードメーカーっぽい奴から攻略する予定だ。
「静かに!ちょっと煩いわ。」
クラスメイトを鎮めてから話を続ける委員長。
「まずは、賛同者から紹介するわ。」
その言葉に、希が真っ先に立ち上がると、マジで?みたいなヒソヒソ話しが吹き出る。
そもそもこの二人は水と油みたいな性格だしね。
そして俺が立ち上がった。
沢山の視線を浴びながら、俺が賛同するなら変なことじゃないだろう的な声も聞こえていた。
「じゃぁ三森君、お願い。」
司会を任された俺は、準備しておいたレジメを書いた紙を教壇に広げた。
ほぼ全員の視線を一身に受けていた。
「では、協力をしてもらうためのプレゼンを始めます。最初に言っておくけど、プレゼンが終わったら絶対に協力しなければいけないということはないよ。それに、協力者と非協力者の間に摩擦も起こしたくないから、どちらも割り切って聞いて欲しい。いいかな?」
「いいよー」
「早く言えー」
これは大切な事だから、締めの言葉にも使う予定だ。
「では本題に入ります。」
俺はレジメの最初の注意事項という項目にペンでチェックを入れた。
こうしておけば、どこまで話したか間違わないからだ。
「このクラスの中に、現在プロのスポーツ選手として頑張っている人がいます。」
俺の言葉に教室は、一気にざわつき始めた。
さっちゃんは真っ先に俯いた。
柔道の沢木やサッカー部エースの元村なんかがお前か?なんて騒がれつつも誰もが否定し、一体誰なんだ?みたいな空気になるまで待つ。
落ち着いてきたところで、コホンと咳払いし、再び注目を集める。
「それは、鈴音さんです。」
今度は誰も騒がなかった。
当の本人は、恥ずかしそうに深く俯いてジッとしている。
「彼女は女子プロボクサーとして、今年の始めから活動し、既に業界では注目の新人として頑張っています。雑誌にも載ったことがあるんだ。今度大きな大会があって出場が決まったけど、さっちゃんには応援してくれる人が絶対的に少ないので、皆さんに応援の協力をお願いしたくプレゼンしたいと思います。」
嘘だろ…、みたいな否定的な空気が流れた。
「そうは言っても信じてもらえないと思うので、彼女の試合をまとめた動画を見て欲しいと思います。それを見て判断してもらって、やっぱり応援なんてって思えばそれで良し、いやいや応援するよって人は、後で試合のチケット渡します。」
騒ぎが大きくなりそうだったので、窓際の人にカーテンを締めてもらい、照明を切ってさっさと暗くする。
プロジェクターを準備し持ってきたノートPCをつなげる。
委員長と希が手伝ってくれた。
簡易式スクリーンにはPC画面が映し出された。
こうなってくると本当にそうなの?みたいな興味が湧いてきているようだ。
動画が始まる。
試合の冒頭には、試合のあった日付、時間、誰と誰の対戦かを書き入れてある。
初戦はさっちゃんと雪ちゃんの試合だ。
最初は、ほー、とか、へー、みたいな何となく見ている感が漂っていた。
けれど試合が少しすすめば、喋っている奴は一人もいなくなる。
隣に座る委員長がニヤリとしていたのが印象的だ。
相打ちの後ゴングが鳴り、さっちゃんが立ったまま気絶して負けたところで試合終了した。
小声で感想を言い合っているようだ。
息をするのを忘れていたとか、すげー試合だった、予想外だったと、取り敢えずは好印象だ。
そして2試合目、山崎さんとの対戦が始まる。
1ラウンドKO勝ちなので、入場シーンの方が長いぐらいだ。
おいおいマジかよ!と沢木が叫んでいた。
そして3試合目、愛野 クリスさんとの試合。
インファイト同士の戦いは迫力もある。
男子達は激しい撃ち合いに興奮気味だ。
4試合目、常磐さんとの試合は、ボロボロにされても倒れなかったさっちゃんが印象的だった。
カウンターからのKO劇は、誰が見ても魅入ってしまう。
最後にファン選手とのエキシビションマッチ。
アナウンサーの紹介の時には、流石にこれは駄目だろみたいな空気からの逆転KO。
誰もが言葉を失うシーンだ。
時計を見る。
5時間目終了が近い、予定通りだ。
動画が終わり照明を付ける。
俺は教壇から全員を見渡すように伝えた。
「試合の感想は、本人に言っても良いし、友達同士で語ってくれても構わない。思った事をしっかりと受け止めてもらって、六時間目の最終プレゼンを聞いて欲しいと思います。では、このまま休み時間にします。」
クラス中が蜂の巣を突っついたようになった。
俺たち3人は、主役であるさっちゃんの所に行く。
「どうだった?」
彼女は両手で顔を塞ぎながら俯いていた。
「怖い…」
「どうして?」
「また…、バカにされるから…」
「そんなことは無いよ。ほら、見てごらん。」
クラスメイト達は、色んな思いがあっただろうけど、頑張っているさっちゃんの想いは伝わっていると思う。
沢木のようにはしゃぎながら盛り上がっている奴もいれば、黙って試合内容を噛み締めている奴もいるし、こっそりスマホで検索している奴もいる。
興味を持ってくれた証拠だと思った。
その様子はさっちゃんにも伝わったと思う。
「さっちゃん、これは最後のチャンスなんだよ?」
「最後のチャンス?」
「そう、このままのクラスメイトとの関係で終わるか、そうじゃなく思い出深い関係で終わるか。どちらにとっても最後のチャンスなんだ。」
彼女は顔を上げて小首を傾げながら、俺の言葉を理解しようとしていた。
「でも…、私は皆に嫌な思いをさせちゃったから…」
「その言葉も伝えるんだ。」
「えっ…?」
「さっちゃんが感じたことも伝えて、皆が感じていたことも伝えてもらう。そうすることで本当の友人関係になると思うんだ。もちろん、そうならない人もいる。それはそれでいいじゃんか。」
「………」
この表情は、ある程度納得したっぽいかな。
そこへムードメーカー沢村がやってきた。
「鈴音!お前の試合凄かったぞ!俺は猛烈に感動した!」
「は、はひー」
声が上ずっていた。
大笑いする委員長と希と苦笑いする俺がいた。
「体鍛えてたんか?すげーパワーだよな!」
「う、うん。小さい頃から筋トレしていたから…」
「そうか!俺と腕相撲してみようぜ!」
こういう力自慢は少なからずいる。
筋肉でしか語れない奴だ。
彼女は不安そうな視線を俺に送ってきたけれど、俺は「やってみよう!」と叫んで誘いに乗らせた。
ちょっとしたギャラリーが集まってくる。
さっちゃんの拳が凄い事は動画から伝わったけれど、やはり直に見ないと納得は難しい。
俺らはさ、アニメやゲームでとんでもない力、ありえない力というのに慣れているのかもしれない。
現実で見る圧倒的な力というものに、対面することが少ない。
二人は机に肘を付き手を絡ませる。
沢木の手は、さっちゃんの手よりも一回りでかい。
勝てるわけが無い、だけれどこれで彼女の実力が垣間見える、そんな雰囲気だった。
そんな中、ニヤつきが止まらない俺と委員長。
「レディー………」
腹をくくったさっちゃんの表情が一変する。
リングに上がった時の顔だ。
「GO!!!」
バタンッ!!!
一瞬で静まり返る教室。
物凄い大きさで机を叩く音が響いたからだ。
驚くさっちゃんと沢木。
勝負は彼女の圧勝だったからだ。
「ま、マジか…」
柔道部キャプテンの名は、伊達ではなかったはずだ。
直ぐに負けちゃったけど全国にも行った奴を、瞬殺してしまった。
「ご、ごめんなさい…、手…、大丈夫?」
さっちゃんの言葉に我に返る沢木。
「………、いや…、駄目かも…」
「えっ…?」
「俺…、鈴音に惚れそうだ…」
「困ります…………」
泣きそうな顔で俺を見たさっちゃん。
俺は思わず大笑いした。
つられて希も委員長も、そしてクラス中が笑っていた。




