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第37話 幸子の挑戦

ドコドコドコドコ 「ハィッ!」 ドコドコドコドコ 「ハイッ!」 ………

『さぁ!いよいよ両者入場Death(です)!まずは青コーナー、鈴音 幸子選手から!いつものメタルの入場曲に、観客からは盛大かつ熱のこもった合いの手!現役女子高生プロボクサーでありながら、これまでの成績は3勝1敗3KO!目標だったクリスマスバトルへの参加が決定し、今、一番勢いに乗っている新人の一人です!そのクリスマスバトルでは、唯一敗北した同期でライバル、そして同じく大会への参加が決定した池田選手へのリベンジを果たすべく、今日の試合は最終調整となるでしょう!フィニッシュブローは、ご存知!魂をも刈り取る一撃必殺のスマッシュ!』


いつもの大げさな紹介の最中、大鎌を持つ先頭のこーちゃんにゆっくりと着いていく。

花道では雪ちゃんやレオさん、それとお母さん達家族とハイタッチしながら進む。

皆もそうだけれど、付近には大勢のスケルトンフード付きタオルを被ったファンの人達がいた。

ちょっと複雑な心境だったけれど、今日の大舞台に向けて研ぎ澄まされた集中力が直ぐに打ち消してくれる。


でも…

凄く心強いかも。

スケルトンだけど…

私を応援してくれている人が、目に見えてわかる。

スケルトンだけど…

こんなに大勢いたんだ…

スケルトンだけど…


マントを脱ぎ捨てたところで歓声が上がるのと同時に、再び照明が落とされた。

スポットライトの先には、ベトナム女子ボクシングのフライ級ランキング1位、ファン・チ・ミン選手が軽快なシャドーをしながら近づいてくる。

凄く調子は良さそう。

入場曲は祖国の民謡かな?


『ベトナムが誇る女子ボクサー、ファン・チ・ミン選手、22歳!これまでの成績は12勝12KOの負け無し状態です!近々国内フライ級タイトルマッチとの噂もありますが、彼女の評判はそこで落ち着きません。将来の世界チャンピオンとも期待されています!そう言わせてしまうほどの天才ボクサーが、日本初上陸です!』


リング上に軽快に上がってきた彼女の顔は、自信に満ちていた。

どちらかというと、これからの殺戮ショーを楽しみにしているかのよう…

相手のセコンド達も、凄くリラックスしていて、余裕すら感じられる。

というか、余裕とか慢心とかってレベルじゃない空気を感じた。

大人が子供と対戦する。

どう転んでも勝ちは揺るぎない。

そんな核心めいた心境が、態度や表情にも現れているんだと思う。

事実だしね。

レフリーからの注意事項を確認し、軽くグローブをタッチする。


『本日のエキシビジョンマッチは、全部で4試合あります。急遽ベトナム勢vs日本勢という対決で決まりました、それぞれの試合を簡単に紹介させていただきます。まずこの第1試合は、先程紹介した通り女子フライ級、その後は女子バンダム級、男子フェザー級、男子ミドル級と続きます…』


アナウンサーが場つなぎしている間に、私達の試合は準備が整う。

「いいかい、さっちゃん。試合が始まれば直ぐに相手が今までに対戦したことないほど強いことを実感すると思う。だけれど、怯む必要も恐れることもないよ!練習したきたことを全部出して、思いっきり戦うんだ。それはきっと今後のさっちゃんの糧になる!」

「はいっ!」

「まずは防御しっかり!」

「はいっ!」

「拳に…」

「ん?」

「夢を握りしめていくぞ!!!」

「はいっ!!!」


カーンッ


『さぁ、始まりました!女子フライ級4回戦です!中央でグローブをタッチさせました!両者近距離で相手の出方を見ている。おぉーっと?ファン選手がスルスルッと鈴音選手に近寄り、先にジャブを出した!これを交わすっ!両者静かな立ち上がりとなっています!』


あれだけ防御を練習したけれど、あまり身に付いたという実感はないかも…

試合前の記者会見では、私の下手くそなディフェンスで、どこまで耐えられるかな?みたいなこと言って笑われたっけ…

でも…

一応コツというか感覚とういか、そういうのは少し掴めたつもり。

周りの空気をよむ事を怠らなかった、私だからこそわかる雰囲気から、何となく攻撃がわかる時もある。


!!


左ジャブの軌道を察知した!


!?


ビシッ!!!


だけれど完全には交わせられなかった…


速い…


速すぎる…


察知してからでは間に合わない…


交わすんじゃなく、防ぐしかないかも…


ファンさんの攻撃は、どれもこれも鋭かった。

そして、まるで私を試すかのように色んな攻撃が飛んでくる。

ウェービングやスウェーは、一瞬間に合ってない。

ガッチリ守ってみるものの、パンチの威力はかなり高い。

パワーだけ見れば、クリスさん並みかも。

しかも中距離戦ミドルレンジでは、常磐さん並みの鋭さがある。

懐に入らさせず、相手は一気に飛び込んできて猛烈な連打を浴びせてくる。


これでは私の攻撃チャンスがほとんどないよ…


でも…


手も足も出ないってことはない!


牽制用の少し緩い左ジャブを、シャドウアサルトで掻い潜る!


ズバンッ!ズバンッッッ!!!


ショートアッパーから左フックを叩き込む。


手応えは合ったけれど、しっかり防がれた。


直ぐにその場を離れ、反撃の手から逃れる。


それら一連の動作が、まるで想定内と言わんばかりの無表情。


すかさず攻撃に出るんだ!


再びシャドウアサルトで飛び込み、顎をガードすると見切った瞬間…


ズドンッッッ!!!


右ボディが深々と突き刺さった。


ドンッ!!


反撃の打ち下ろしを食らってしまった…


私達は少し距離を置き、場をリセットしようとした。


『大迫力の攻め合いぃぃぃいいいい!!!ファン選手の繰り出すパンチは、どれも一級品!迎え撃つ鈴音選手も負けてはいません!鋭いダッシュからの連続攻撃や、得意なボディは強烈です!』


でも…、これは…


レオさんと本気でやり合う時ぐらいに辛い…


ダメダメダメ…


弱気になったら心が折れちゃう。


!!


ファンさんは私の動揺や迷いを感じ取っているのか、隙きあらば突っ込んでくる。

「さっちゃん!防御!防御!!」

こーちゃんの声が聞こえた。

そうだ。

落ち着いて防御しっかり。


まるでサンドバックを叩いているかのように、躊躇なく、次々と撃ち込んでくる。

その目元、口元は、とても楽しそうにも見えた。

リズミカルに…


あっ…


攻撃が…


パターン化してる…




ズドンッ!!!




迷わずボディを叩き込む。

ファンさんは無表情で少し距離を置いてアウトボクシングをしかけてくる。

あれ?

無表情?

苦しそうだったり、余裕な表情じゃなく、無表情?


カーンッ


1ラウンド目が終了した。

「どうだった?」

こーちゃんが目を覗き込みながら訪ねてきた。

「強かった…」

「素直でよろしい。」

「………」

「何か気付いた?」

「うん…、ボディ入れた後にね、ファンさんは無表情だった。」

「?」

「今まではね、苦しそうだったりしてた。」

「効いてないってこと?」

「んーん、効いていると思う。感触は良い感じ。でも、余裕アピールもしてこなかった。」

「うーむ。あっ…。もしかしてボディ弱点かも。」

「弱点?」

「そう、だからバレないように隠している。けれど、余裕アピールするほど余裕がないのかも。弱点だから。」

「………」

「よし。上下の打ち分けをしつつ、叩き込める時はボディで。でも、あまり狙うとガッツリとガードしてきちゃうから、適度に打ち分けて。どのパンチだって、さっちゃんなら超有効打だから。忘れないで。」

「うん、わかった。」


カーンッ


2ラウンド目。

少しガードを下げて、ボディへの警戒度が高まってると感じた。

ならば…

アッパーと見せかけたフェイントから…


『強烈な右フックゥゥゥゥ!!!ファン選手、少しよろめいた!』


上下の打ち分け…

揺さぶって先手を取るんだ。

長期戦は不利になるって、菅原さんも言ってた。


!?!?


だけれど…

ファン選手の雰囲気が、あからさまに変わっていた。




!!!




見たこともないほどの鋭いダッシュで懐に飛び込んできた!


ヤバイ…




ズドンッ!



ぐぅ…

強烈なボディを入れられた…

あっ…


ドンッ!バシンッッッ!!!


アッパーから、ストレートを打ち込まれた。


ド、ドンッ!!!


ワンツーまで…もらっちゃった…


ヤバイヤバイヤバイ…


膝が笑ってる…


何とか逃げようとする私と、追い詰め細かいパンチを繰り出すファンさん…


このままじゃ…


う…


撃ち返すんだ…


!!!




ドンッ!!!



あっ…


あぁ…


私がくらっちゃった…


腰が…、崩れる…






「さっちゃーーーーーん!!!!」





お母さんっ





ググッ…





『た…、耐えました!あの強烈な連続攻撃を受けてなお、ダウンしません!強靭な肉体と精神力!しかし、ピンチなことには変わりません!』


ど…、どうすれば…


「防御!防御しっかり!!」


こーちゃん…


!!!


ファンさんが一気に畳み掛けにくる。


あっ…


ブオンッ!


シャドウアサルトで左フックを掻い潜る!


見えた!






『伝家の宝刀!!!スマッシュ炸裂ぅぅぅぅぅ!!!』






ズバンッッッ!!!!






『しかし…、しっかりガードで防ぐファン選手!!!』






カーンッ


長い長い第2ラウンドが終わる。

「ハァ…、ハァ…。2発しか…、当てられなかった…」

「でも、さっちゃんの1撃は、他の人の何倍もの意味がある。自信を持って!」

「ハァ…、ハァ…。一つ…、わかったことが…、あるの…」

「な、なんだい?」

「最後のパンチ…、交わせたでしょ…?」

「あ、あぁ。」

「あれね…、見えたの…」

「何が見えたの?」

「左フックが…、くるって…、見えたの…」

「勘が当たったの?」

ゆっくり首を振る。

「んーん、ハッキリ読み取れた…」


そこへ会長が割り込んできた。

「多分目から情報を得たんだ。良いところに気付いたね。だけれど、これは高等技術だよ。今すぐ頼りにするには時間がなさすぎる。」

間違って、ないってこと?

「だったら…、尚更…、今すぐ覚えなきゃ…」

「さっちゃん…」


ガシッとこーちゃんに両肩を掴まれる。

「よし!どんどん試していこう!自分で言ったじゃないか、これはチャンスなんだって!」

「だけどね、幸一。失敗すればそれこそボコボコにやられるリスクがある。」

「親父!ここは前に進む時だと思うんだ!さっちゃんは試合で一気に成長する、今までだってそうだったでしょ。」

「今回ばかりは相手が悪いよ。」

「何を言ってるんだ!最高の相手でしょ!ね、さっちゃん!」


私は正直良くわからなかった。

でも、今までと大きく違う相手だとは感じていないことに気が付いた。

それはきっと、天才ボクサーだとか、神様だとか、化物だとか、本当はそんなもの無いってことを知っているから。

誰もが同じ、一人の人間。

私はそれを、嫌というほど知っている。


けれど、そういった特別と言われる人達を乗り越えるのは、勢いとか雰囲気だけでは無理。

私と天才ボクサーであるファンさんの距離は近いけれど、差は大きいから。

この見えているけれど辿り着けない壁が高い。


「勝負に負けても…、試合に勝ちたい…」

私の言葉に、こーちゃんが反応した。

「そうだね、そういうことだね。ならば…、カウンターを狙っていこう。」

「幸一、それまた難易度が高すぎるよ…」

「………」

私もそう思った。

でも、そこまでしないと、この勝負の内容は引っ繰り返らない。

きっと、こーちゃんもそう思ったに違いない。


「わかった。」

私の返事に会長が呆れ顔で答える。

「ほらぁ、さっちゃん本気にしちゃったじゃないか。」

「いや、勝ちへの執念ってのも大切だと思うんだ。さっちゃんは今まで何も欲しがってこなかった。だけど、今日は勝ちが欲しいって言ってる。何かを得るには、自分の限界を超えなきゃならない時だってある。チャンピオンとの戦いもそうなる。だったら、今、挑戦しておかなくっちゃ。」


「セコンドアウトッ!」


3ラウンド目が始まる。

「だけどさっちゃん、まずは防御と上下への打ち分け、それとボディわすれずに。」

「はいっ!」

「向こうはさっきのスマッシュで、最初から本気でくるよ!」

「はいっ!」

「その拳で…、挑戦してこい!!!」

「はいっ!!!」


カーンッ





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