表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/70

第36話 希のケジメ

私は、何もしない傍観者が大嫌いだ。

チヤホヤされるだけで当の本人は何もできないとか、ウジウジして一歩も踏み出さない奴とか。

眼の前の鈴音もそうだ。

感情が無いとか過去に不幸があったとかは同情する。

だけどな、だからと言って何もしてこなかったこいつが大嫌いだ。


逆に幸一は、どんな困難でも乗り越えようと努力する。

凄く憧れたし、格好良かったし、直ぐに好きになった。

だけれど何故か、鈴音に付きまとって離れようとしない。

義理の兄妹だからだと思っていたけれど、最近二人の様子というか雰囲気が変わっている。

絶対に何かあったはずで、気になってしかたがない。


だから、イライラしていたことは認る。

委員長に八つ当たりしたことも認る。

だがな、こいつ(鈴音)がボクシングで活躍?期待?

絶対に認められない。

いつも下を向いて一言も喋らなかったこいつが…?

よりによって、ボクシングだと?


まぁ、幸一のところのジムに通っていることはハッキリした。

だがな、高校生ごときがプロの試合で勝っただとか期待されているとか、未だに信用することは出来ない。

「なぁ、幸一。私は未だに信じてないんだけど…」

彼は見たこともない笑顔で答えた。

「証明してあげるよ。」


ドキッとした。

こんな最高な笑顔とか…、反則かよ…

同時に胸騒ぎがする。

あの笑顔の分だけ、鈴音のことを信用しているということだから…


「誰か!さっちゃんのスパーリングの相手してもらえませんか?」

男子ボクサーの人達に声をかけている。

何人かが反応し、複数の手が上がった。

視線は先生に向いている…

チッ…

男どもめ、先生の前で格好良いところ見せたい気だな。


「あらあらぁ、凄い人気なのねぇ…」

人気なのは鈴音じゃなくて先生だよ…

結局ジャンケンで決めたようだ。

背は高くないが、ゴリマッチョな人がリングに上がってきた。

「塚田さん、宜しくお願いします!」

委員長が独り言のように塚田と呼ばれた選手を紹介する。

期待の新人だけど、まだまだこれからって人らしい。

だけど…、それなりに体格差があるぞ…


「グローブでハンデ付けよう。」

幸一の提案でグローブを交換する塚田さん。

簡単に言うと、威力が半減するらしいが、それでもあんなマッチョと対戦するのかよ…

ゴクリ…


カーンッ


スパーリングという試合形式での練習が始まった。

鈴音は低い体制から防御姿勢をとっているようだ。

時々委員長が説明を加えてくれている。

なんでこいつはこんなに詳しいんだよ…


「さっちゃん!防御しっかり!」

幸一の言葉に鈴音が応える。

器用に交わしながら、何かを狙っているようだった。

塚田さんは左のジャブというパンチを繰り出しながら、鈴音の行動を制限していっているらしい。

そんな事考えながらやるのかよ…


ダンッ!!!


突如、鈴音が目にも止まらない疾さで突撃したかと思うと…


ズバンッ!!!


人を殴って、こんなにデカイ音が出るのかよと思うほどの衝撃音が聞こえてきた。


ビリビリと鼓膜を揺らすような、ものすげー迫力…


「あれが鈴音さんのフィニッシュブロー、スマッシュよ。」


委員長の言葉なんか耳に入らないぐらいの迫力だった。


「ちなみに、あなたに撃ったパンチもアレよ。」


幸一が止めてくれなかったら…


「良かったわね、止めてもらえて。」


嫌味を嫌味だと気が付けない。


それどころじゃない。


何なんだよコレは…


苦しそうな塚田選手が距離を取ろうとするが、直ぐにダッシュして懐に入る。

教室の中のあいつからは感じられない、躍動感だった。

ズバンッ!!!

今度はボディーブローが決まる。

自分より体格の大きい塚田さんの体が一瞬浮いたんじゃないかと思うほどの威力…

足が震える…

塚田さんだって、素人の私が見ても動きがプロっぽくて、いや、プロなんだけれど…、そんな奴相手に堂々と撃ち合いしてやがる…、試合が…、成立している…


始まる前は、試合になるとは思わないほどだったのに…


何発か被弾していたが、決して怯まず、ダウンすることもなく、気が付いた時にはラウンド終了のゴングが鳴っていた。

生まれて始めてぐらいの衝撃が体を貫いていた。

ここまでになるのに、あいつがどれだけ努力したのか、どれだけの勇気を振り絞ったのかを考えたら…


ぼやけた視界に、白いハンカチがあった。

「ほら、拭きなさいよ。」

委員長のハンカチだった。

あれ…?

私、泣いている…?


「動画で観るより、凄い迫力ねぇ…」

先生も感動しているようだった。

あいつが…、2年半、ほとんど喋らず幸一の影を追っていただけのあいつが…

努力していたばかりか…




クラスの誰よりも輝いていたなんて―――




涙を拭いて、立ち上がる。




ケジメつけねーと、自分が自分に納得できない。




「幸一!鈴音と勝負させてくれ。」

「ダメダメ。絶対許可出来ない。」

「頼む…。ケジメつけねーと、明日から鈴音に合わす顔もない。」

「でも駄目だよ。怪我させちゃうから。」

「鈴音!一回でいい、勝負してくれ。フルボッコにしたって構わない。」

「伊藤さん…。でもね、私の拳は喧嘩の道具じゃないって…、ボクシングをするための拳なの。だから出来ないよ…」

「それでも…、お願いだ…、これは自分自信へのケジメなんだ…」


深く頭を下げる。

「やらせてあげなさいよ。」

委員長からだ。

「ボッコボコにして、ゲロでも吐かせてやればいいのよ。」

「それでもいい…」

「!?」

「私はお前の友人どころか、かーちゃんまでバカにした奴なんだ。私も全力でやる。だから試合させてくれ…。お前が戦っている場所で!」


「はぁ…」

幸一がため息をつく。

「じゃぁ、こっちきて。」

女子更衣室に入れられ、今日は体育で体操着はあるから、それに着替えるように言われる。

着替え終わると幸一が入ってきて、体験者用のシューズとグローブをつけてもらった。

「辞めるなら今だよ。」

「いや、やる。」

「意地っ張り。」

「そう言われてもいい。私は鈴音にとんでもない事を言ったんだ。委員長にも暴力を振るった。だからケジメなんだよ。」

「さっちゃんは…、強いよ。」

「かもな。」


幸一が私の手に触れている間は、少し浮かれていたけれど、いざグローブを付けたら、経験したこともないような緊張感に襲われる。

ヘッドギアと呼ばれる保護具もつけてもらい鏡を見た。


怖い…


素直にそう感じた。

あいつはこんな経験も乗り越えてきたのか…

ガツンと両拳をぶつける。

そしてリングへ…


緊張と恐怖に支配される。

鈴音がやたらと強そうに見える。

「さっちゃん!1発でも食らったら、当分防御しか練習しないからね!」

「は、はいっ!」

「俺は希のセコンドにつくから、10分の1、いや、100分の1ぐらいで手加減するように。」

「う、うん…、気を付ける…」


カーンッ


さすがに舐めすぎだろって思ったけれど…

グローブどうしをタッチしながら「よろしくね」と言ってきた鈴音。

随分余裕こいてるな…

もしかしたら油断してワンチャンあるかも…


そう思っていた自分を直ぐに恥じる事になる…


シュッ…


シュッ…


手を出すが、どれもこれも当たらない。


ブオン…


思いっきり殴りにいったが、振り抜いた時には目の前から消えている。


真後ろで足取りも軽くステップを踏んでいた。


速い…


「本気でかかってきなよ!」


そう叫ぶと、右手を大きく振り上げて襲いかかった。


ブオンッ!


渾身のパンチは、思いっきり空振った。


次の瞬間―


ドスンッ…


グェェェェェ…


思わず倒れ込んで腹を抑えた。


なんて強烈なパンチなんだよ…


「だ、大丈夫?」


鈴音がしゃがんで覗き込んできた。

汗一つかいてない。

私は脂汗が流れるほど苦しかった。

でも…


こいつが受けた苦しみは、こんなもんじゃないはず!


「クソォォォォ!」


今まで経験したことがないほど、体が震える。

言うことをきかない重い体を、無理やり持ち上げた。

辛うじて立ち上がると、ギャラリーから「おぉー!」と驚きの声があがった。

「よく立ち上がった!」

「一発かましてやれ!」

こんな私に声援を送ってくれた。


やって…、やろうじゃねーか!


歯を食いしばってパンチを連続で繰り出す。

腕すらも重くなっていく。

鈴音は明らかに余裕をもって交わし続けた。

さっきも練習していたやつだ。


遠くからじゃ当たらない。


もっと近くに突っ込め!


!!


リング上の空気が変わった。


それは鈴音から発せられるオーラみたいなものが作り上げた緊張感からきていると直感した。


あいつは撃ってくる。


だけど、私も逃げない。


右横方向から、おもいっきり右拳を振り抜いた。


シュッ!


まるで消えたかのように見えた。


あいつは…


下か!


私のパンチを潜り抜けるかのようにして前進してくる!


「あっ!」


鈴音が思わず声を漏らした。


その瞬間―


ズバンッ!!!


何が起きたのか理解しないまま、顔面に強烈な衝撃を受け、そのまま後方へ吹っ飛んでいく―


ダンッ…


派手に倒れた。


「ご、ごめんなさい!大丈夫!?」

直ぐに鈴音が駆け寄ってきた。

「さっちゃん!手加減してって言ったのに!しかもシューティングスターを撃ち込むなんて…」

「手加減したよ!直前で気が付いて力を緩めたよ!」

「もう~」

今度は幸一が覗き込んできた。


「希…、大丈夫かい?」

「まだ…、終わってねーだろ…」

私は体を持ち上げようとする。

視界が揺れて、手足が震える。

「もう無理しないで…、更衣室で一旦休憩しよう。」

幸一の提案だった。

差し伸べてくれた手を払いのける。


「鈴音が受けた苦しみは…、まだまだこんなもんじゃない…」


吐きそうなほど苦しかった。


それでも、ゆっくりと立ち上がっていく。


「まだケジメついてない…」


だけど…


!?


突然体に力が入らなくなって…


ズサッ…


倒れそうになったところを幸一に抱えられてしまった…


私は気が遠くなり…





気が付いたら、女子更衣室のベンチで寝かせられていた。

「あら?気が付いた?」

最初に委員長が覗き込んでくる。

「い、伊藤さん…、大丈夫ですか?」

続いて鈴音も顔を出してくる。

「あらあらぁ…、気分はどうかしら?気持ち悪いとかあるぅ?」

どうやら先生もいるようだ。


チッ…

いつまでも寝てられない。

なんて、情けないんだ…

辛うじて体を起こす。

「無理しない方がいいわ。」


今無理しないで、いつするんだよ…


私は鈴音に言わなければならないことがあるだろ…


「鈴音…」


「ん?」


「すまなかった…」


「えっ?」


「何も気が付いてやれないくせに、一方的に暴力振るったこと。」


「でも伊藤さんは、理解しようとしてくれた。それだけでも十分嬉しいよ。」


「………」


鈴音は…、こんなに良い奴だったのかよ…


涙が…、溢れた…


「本当に、すまなかった…」


「んーん。もういいの。」


その時の彼女の顔は、笑ってはいなかったけれど、精一杯微笑もうとしてくれていると感じた―


「はぁ…、伊藤さん聞いて頂戴。鈴音さんはね、こういう人なのよ。コミニュケーションは凄く下手くそだけれど、とっても相手の事を思いやってくれている。彼女はね、自分がいたからクラスメイトに嫌な気分にさせたって、だから教室でもジッとして黙っているような子なのよ。」

「何だよソレ…」

「でしょ?そう思うでしょ?でもね、それが鈴音さんって人なの。」

「今からでも、私に出来ることがある?」

「あるわ。近々試合があるの。物凄く不利な状況よ。とんでもない格上とやるの。」

「………」

「理由は後で教えてあげるわ。それで、あなたも彼女の応援に来なさい。そして、どんな想いで鈴音さんがリングに上がって戦っているか、肌で感じなさい。先生もよ。」

「私なんかが応援に行ったって…」

「本当にバカな人ね。」

「ちょ…、言い過ぎでしょ…」

「さっきあなたがギャラリーから応援もらってどんな気分だった?」

「………」

「そう、応援ってね、選手に凄く元気を与えてあげられるの。」


委員長との会話に鈴音も割り込んできた。

「応援もらえると、勇気が生まれる。」

ウンウンと頷きながら、委員長と私を見つめる。


「わかった。」

「先生もしっかり応援してください。」

「あらあらぁ~」

「後、今日は伊藤さんのこと、先生が送ってやってください。」

「そぉねぇ。そうしようかしらぁ。」


「二人共、今日はありがとうございました。」

鈴音は帰り際、そう言って頭をさげて見送ってくれた。

どうしてそうなるんだよ…

プロだからなのか?

いや、違う。

きっと、あいつの世界に来てくれたことが嬉しかったんだ。

どこまでお人好しな奴なんだよ…


先生に家まで送ってもらう車中―

「フフフ…、先生ね、凄く楽しみが増えちゃったぁ。」

「そうね…」

「人にはね、得意なものと不得意なものが必ずあるのよぉ。」

「?」

「鈴音さんは、人付き合いは不得意だけれど、ボクシングは得意だった。伊藤さんはリーダーシップがとれちゃうほど人付き合いは得意だけれど、ボクシングは苦手だった。自分を基準に物事を考えると、どこかで破綻しちゃうの。相手から自分はどう見えているか考えてあげるだけで、物事って凄くスムーズにすすんだりするわよぉ。」

ふーん…

「たまには先生らしいことも言うんだね。」

「もぅ~」


人にはそれぞれ得意なことと、不得意なことがあるか…



そして…



寝る前に見た鈴音の試合は、涙無しでは見られなかった―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ