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第34話 委員長のアドバイス

私はすっかり三森ジムに入り浸っているわ。

今日もリングの近くのベンチで、三森君と鈴音さんの様子を観察中。

色んな意味で、見ていて飽きないしね。

ムフフ…


鈴音さんがベトナムのファン選手の招待状を受けて、早速特訓が始まろうとしているようね。

まずは作戦会議。

方向性をしっかり決めてから始めるのは、三森君のいつものやり方。


だけれど…

「訓練内容は…、んー…」

珍しく歯切れが悪いようね。

「どうしたの?」

鈴音さんも同じように感じたみたい。

「うーん、ちょっと悩んでいる。長所を伸ばすか、短所を埋めるか…」

鈴音さんは即答した。

「両方やる!」


「それは欲張りだよ。」

「んーん。全部やる。やれること、全部やるっ!」

「うーむ。長所も短所も沢山あるしなぁ…。訓練は全部やっている時間はないから、ある程度絞りたい。」

「じゃあ、長所はね…」


彼女は満天の星空で見つけた、新しい自分の可能性だと言って説明し始めた。

「この前レオさんのところに行った帰りにね、流れ星を見つけたの。」

「へー。願い事3回、言えた?」

「すっかり忘れてて…、それでね、捕まえようと手を伸ばしたの。」

「あらら、ちょっと残念。」

「願い事はいいの。」

「そうなの?」

「それでね、こう腕を伸ばして…」

「伸ばして…?」


三森君は鈴音さんのジェスチャーを真似した。

「そして流れ星を捕まえようと…、こう…、腕を振り下ろしたの。」

「振り下ろす…?」

「続けてやってみると…」

腕を頭より少し高い位置から、右拳を振り下ろす鈴音さん。

「こんな感じ。どう?」

「どうって…、ん?打ち下ろし系のパンチってこと?」

彼女は両手を胸の前で握りしめ、ウンウンと頷いていた。

あぁ、なるほどね。


「あのね、私が練習してきたパンチは、真っ直ぐ系、左右から撃つ系、下から打ち上げる系だと思うの。でもね、上から打ち下ろす系があれば上下左右と真っ直ぐとね、どこからでも撃てるなぁって…」

三森君はポカーンとしながら鈴音さんの話を聞いていた。


シューティングスター(流れ星)…」

「?」

「流れ星…、つまりシューティングスターだよ!」

「???」

「パンチの名前!下からのスマッシュ、上からのシューティングスター…。なるほどね、これはいいかも。早速ものにしていこう!」

「うんっ!」


「さて、短所の方はどうしようかな。」

「えっと、ディフェンス術で…」

「あぁ…、そうだね…。いっつも言ってるのに…、やれないからね…」

「ご…、ごめんなさい…」

「今回徹底的に鍛えて、自信を持って使えるようにしようか!」

「はいっ!」


どうやら方向性が決まったようね。

気になったので、次の日も三森ジムに足を運ぶと、彼は特訓メニューを決めてきたようだった。

「時間ないからね!どんどんいくよ!」

「はいっ!」

「と、その前に、シューティングスターの威力が見てみたいな。」

そう言いながらミットを準備する三森君。

「よしっ!撃ち込んでみようか!まずは好きなように撃ってみて。」


好きなようにって言われても…って顔をする鈴音さん。

何回か素振りをして、とにかく一回撃ち込むみたい。


パスンッ…


「あれ?あれれ?威力が全然出ない…」


まぁ、あれじゃぁ、あんなもんでしょうね。

三森君が威力が出ない理由を説明する。

「体重乗せないと威力が出ないからね。普通に腕を振り下ろしただけの手打ちだとこんなもんかな…。それに、さっちゃんがさっちゃんたる故の大切な部分が生かされてない。」

「そ…、そう言われても…」

「バネが生かされないってこと。」

「バネ?」

「そう。さっちゃんの体のバネは半端じゃないから。筋力だけじゃない、強力なバネの力も生かしているからこそ、あのスマッシュが撃てるんだ。」

流石は三森君ね。

鈴音さんの最大の長所をしっかり把握しているわ。


「えーと…、えーと…」

彼女は理解しようとあわあわと考えたけれど何も思いつかないみたいね。

???

思わず小首を傾げた鈴音さん。

グフッ…、萌える…


すると三森君は、何故か視線を外して、照れているような仕草をした。

心なしか顔も赤いわね…


「何か変だった?」

と、同じく不思議に思った鈴音さんが尋ねる。

「いや…、あの…」

「ちゃんと言って!」

「仕草が…」

「ん?」

「可愛かったから…」


!?


カーッと顔が熱くなったように赤面する彼女。

「こ、こんな時に…」

プシューと頭から湯気が出そうなほど、体が火照っているようね…

やれやれ…


「そこっ!」

私は左手を腰に、右手でビシッと二人に向けて指を指した。

「こんな大切な時に、いちゃついている場合じゃないでしょ!」

他の練習生の人たちからも、クスクスと笑い声が聞こえて、二人は更に恥ずかしくなったようね。


「ごめんごめん。最近は色んな表情を見せてくれるから、つい…」

三森君が照れ笑いしながら謝ってくる。

「………」

どう返事をして良いかわからない鈴音さんは、うつむきながら上目遣いで彼を見上げていた。

ふたりともウブで、見ているこっちまで恥ずかしくなるわ。

取り敢えずここは、仕切り直しとしましょうか。


「鈴音さん。あなたにしてはヘナチョコパンチだったわね。」

自分の可能性と言った割には頼りない攻撃だったわ。

頼りない理由はあるのだけれど…

「体重の乗せ方が難しくて…」

そうでしょうね。

「そうね。ジャンプして打ち下ろす訳にはいかないしね。そもそも着眼点が間違っているわ。打ち下ろすからと言って、上から下に体重移動する必要はないのよ。前進する力を利用すれば良いの。」


「それだ!」

三森君が直ぐに気が付いたわ。

まぁ、彼も本格的に指導をしていた訳じゃないし、こうやって二人で大なり小なりの問題を乗り越えてきたのでしょうね。

このパンチのイメージとしては野球のピッチャーがボールを投げるような感じだと説明に、私も納得した。


何度か素振りをしながら彼に調整してもらう鈴音さん。

バネを活かす為の溜めや捻り込みを加えていく。

「よし!その調子でミット打ちしてみようか!」

さっそく体重を乗せて打ち下ろす。


ズバンッ!!!


いい音がトレーニングルームに響いた。

「いいよ!いいよ!もっといってみよう!!」

三森君の笑顔につられて、次々に撃ち込んでいく鈴音さん。

凄く…、楽しそう…

もしも笑えたなら、笑顔で頑張っていたかもね。

そして、パンチを繰り出す度に大きく響くミットの音が心地よい。


感触が掴めてきた様子の鈴音さん。

そこで、私にお礼を言ってきたわ。

「いいのよ。まぁ、私にとっては些細なことだけれど、鈴音さんにとっては大切なことだったかもね。」

そう言って、ニヤリとしながら眼鏡をクイッと上げる。

決まった!


取り敢えず一つの課題をクリアした二人から視線を外し、近くの練習生達を見渡す。

あそこにいるのは…

一人のボクサーを見つけると歩み寄っていった。

「あなたは、フェザー級5位の森田さんね?」

「そうだけど?」

三森ジムの男子では一番良い成績をあげているプロボクサーね。

だけれど、この前の試合では格下と言われる選手に大苦戦していたわ。


「この前の試合、拝見させてもらったわ。苦戦の理由は、左のジャブを打つ時に、変な癖があるから見破られたのよ。」

そう言い切った私に、近くで指導していた会長さんが近寄ってきた。

「ん?癖のチェックはしているつもりだけれど、まだ残ってたかな?」

二人で並んで、森田さんの左ジャブを見つめる。

「ほら…、打つ直前に肩がクイッと動くでしょ。」

「あぁー!本当だ!」

驚く会長さんと森田さん。

「自分でも気が付かなかったよ。君、凄いね。」


プロに素直に褒められると、ちょっと嬉しいわね。

「ありがとうございます。もうちょっと出しゃばっても良いかしら?」

「どんどんやっちゃって!」

会長さんがノリノリで答えたので、調子に乗ってみる。


「あそこの塚本さんは、ウェービングする時、最初は必ず右へ避けますよね。」

「えぇー?塚田!そう自分でもそう思うかい?」

「………。おや?あれ?そうかも…。というか、なんでランク外の俺のことなんか知っているの?」

塚田さんは新人でこれから売り出そうとしている選手。

直近の試合では、後半には被弾が多くなり苦戦したのを見ていた。

「だから相手によまれて被弾した…、ってところね。一応鈴音さんの大ファンでここに出入りさせて頂いてますけど、格闘技、今は特にボクシングに注目していて、色々と見させてもらっているし、三森ジムの選手は全員把握(チェック)済みよ。」


すげー…

どこかで誰かがボソッと呟いたのが聞こえた。

「委員長ちゃん。うちのスーパーアドバイザーとかやってみない?」

「はぁ?」

この言葉には、流石に驚いたわ。

会長さんのとんでもない提案だけれど、真剣に考えてみる…

「やってもいいけれど…、責任までは取れないですよ。」

そう、そこが一番の問題よ。

基本的には部外者だから。

「いーの、いーの。決めるのは俺や幸一がやるから。判断材料の選択肢が一つ増えるだけでも大助かりさ。皆も考え方の一つだと思って、取り入れるかどうかは自己判断するとして、何か悩んでいることがあれば委員長ちゃんに聞いてみてね。」


結局、私はアドバイザーをしながら、広報的な役割という名目ももらって、三森ジムが関係する試合には自由に出入り出来る立場となったわ。

途中、練習生の一人が、私の正体がネットでは有名なシノシホだと気が付いたけれど、会長が直ぐに釘をさしてくれた。

「ネットとリアルでは区別しないとね。だから皆も内密にね。それと、広報もお願いしたけれど、ネットで活動中はの時はしなくて良いからね。」

この言葉によって気持ちを和らげることができた。

リアルとネットと混同されちゃったら、どっちもやりづらくなっていたから…


空気を読むところだけは、この会長さんは凄いんだよね…


そんな事もあって、鈴音さんや三森君と一緒にいる時間が増えて、凄く仲が良くなったって感じる。

それに、私を通じて鈴音さんとクラスメイトとの距離が縮まったこともあったり。

自分で言うのもアレなんだけど、私の人脈に触れていれば、多くの人と接することにもなる。

なんだか彼女が今までより緊張しないで教室にいると感じた。


だけれど彼女は、自分の立場を忘れるべきではなかった。


「鈴音さんって、結構天然なところがあるわよね。」


それも、いつも助けてくれている、三森君が居ない時は特に。


「そ、そうなのかな?」


少しでも視線を向けられれば、


「そこは自覚しておいてもいいかもね。」


誰かが攻撃してくるということを。


「自覚しても…、どうすれば良いか…」


彼女は一撃で魂まで刈り取る死神なんかじゃない。


「フフフ…、まぁ、そこも良いところなんだけどね。」


疫病神なんだと言っていた鈴音さん―


「もう!そうやって誂っているでしょ!」


そしてソレは、願わなくても突然襲ってきてしまう―






「おい、うるせーぞ。仏像が喋るんじゃねーよ。」






鈴音さんは直ぐに視線を落として、小刻みに震えだす。


「ちょっと、伊藤さん!そんな言い方ないでしょ!」


伊藤 希さんは、このクラスの女子のリーダー的存在な人。


「あぁ?私は、何もしないでウジウジしてる奴が嫌いなだけ。」


誰も逆らえないし、歯向かえばクラス中の女子から弾かれる。


「鈴音さんはね!あんたなんかより凄く頑張っているわよ!」


私の言葉で頭にきたのか、伊藤さんは座っていた机を降りて、ズカズカとこっちに歩み寄る。


「そんな訳ねーだろ!座ってれば『可哀相、可哀相』って拝んでもらっているだけの仏像のくせによ!」


伊藤さんは隠すことなく怒りの表情をしている。


教室の中は静まり返り、ヒソヒソ話はするけれど、誰も私達を止めようとしなかった。


「今鈴音さんはね、日本中の高校生の中でもトップクラスの戦いをしているのよ!このクラス中の誰よりも活躍して輝いてる!あなたなんか足元にも及ばないわ!何も知らない癖に、見た目だけで判断しないで頂戴!!!」


私は本気で、鈴音さんを庇った。


誰だって苦しい時、辛いことってあるでしょ。


彼女は普通では経験しないぐらい辛い思いをし、信じられないくらいの長時間苦しんできた。


「どこを見たらそうなるんだ?あぁ?」


ドン…


痛っ…


伊藤さんに突き飛ばされる…


「自分の無知を恥じなさい!この子はね…」


「ギャーギャーうるせーぞ!」


バシンッ!


平手打ちをくらってしまった…


眼鏡が吹っ飛び、倒れ込んだ瞬間―






鈴音さんは拳を握って立ち上がっていた―――


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