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第33話 幸子と流れ星

レオさんと相田さんのタイトルマッチの翌日―

三森ジムでは昨日の試合の話題で持ち切りだった。


後少しだったと悔しがる人。

やっぱりチャンピオンは強かったという人。


全体的には、久々にハンティングモードを引っ張り出し、ダウン寸前まで追い込んだレオさんを称賛していた。

相田さんがハンティングモードを4年間出さなかったのは、挑戦者の質が落ちたんじゃない。

チャンピオンが成長し続けるから、追いつけなかったというのが実情みたい。

SNSでも似たような言葉が飛び交っている。


沢村『良い試合だった』

  『レオの戦う姿に感動すら覚えた』

  『だけれど、6Rで決めきれなかったのが悔やまれるな』

鈴音『レオさんも後1秒、後1センチが足りなかったって言ってました』

沢村『でも、リベンジする気はあるんだよね?』

鈴音『はい!』

沢村『なら心配ないな』

  『ただ、当分はナーバスになっているだろうから』

  『しっかりサポートしてやってくれ』

鈴音『勿論です!』


沢村さんとは、そんなメッセージのやり取りしたりしていた。

クリスさんなんかは、『相田さんも年なんだから、引退しちゃえばいいのに』…なんて、酷いことを言っていた。

相田さんには、相田さんの戦う理由がある。

私はそれを知っている。


そして会長は相田さんとの因縁というか呪縛というか、そんな見えない鎖に捕らわれている。

レオさんは自分の手で、恩人である会長に繋がれている見えない鎖を断ち切りたかったはず。

会長も期待し、彼女を自分の宝と言っていた。

でも、それら全てが足かせになって、お母さんとの関係も進展しないんだ。

会長も自分個人の幸せを犠牲にしていると思う。

そのお母さんも、私を助ける為に自分の幸せを犠牲にしてきた。

こーちゃんも、産みの親の虐待のせいでボクシングを諦めながらも、私の為に一生懸命指導してくれた。

私が勝ち進めば、全員の希望になると信じて…


色んな人の、色んな人生が絡み合って、私は今、ここにいる。


呑気に自分だけボクシングを楽しんでいる場合じゃない。


誰のお陰でリングに上がれたの?


今こそ恩返しをする時。


そして全てのしがらみを断つの。


このしがらみを唯一解決出来る場所にいるのだから。


私が、誰もが納得のいく結果を出せさえすれば、きっと皆の希望になれるはず。


お母さんに一人前になったと認められれば、お母さん自身の幸せに近づけるだろうし、こーちゃんだって寂しさを少しでも埋められると思う。


会長やレオさんのためになるには…、ちょっと時間がかかるかも知れないけれど、少しは期待してくれると思う。

そしたら、私に託して二人の肩の荷が少し軽くなるかも知れない。


目標をクリスマスバトルの出場と勝利から、目指せ優勝へと切り替える。


うん。


このぐらい高い目標じゃないと、私を助けてくれた人達への恩返しは達成出来ない。


そんな強い決意を胸に、これからどうしたら良いかこーちゃんに相談してみた。

「選択肢は二つ考えているよ。」

二つもあるの?

「クリスマスバトルで勝つということは、相田さんとの対戦を抜きでは考えられない。レオさんの練習での通り、想定出来る練習相手もいないし、こればっかりは強い人と戦うしかない。」

でも…

相田さんやレオさんクラスの人となると…、もう…、他にはいないかも…

そんな心配を告げてみる。


「そうだね。まぁ、この案は少し置いておいて、もう一つの選択肢として、試合しないで対戦しそうな人の攻略方法を探して、徹底的に鍛えるというのもある。事前準備だね。それにより勝率は上がると思う。」

「こーちゃんはどっちが良いと思う?」


「まぁ、一長一短かな。強い人との対戦は、さっちゃん自身はレベルアップするかもしれないけれど、その技術を応用して器用に対戦相手に使うってのは、考え方としては間違ってないけれど、なかなか難しいと思う。攻略方法を模索するのは、個々の勝率は上がるかもしれないけれど、さっきも言ったようにチャンピオン対策が出来ない以上、大きな不安が残るよね。さっちゃんの事を考えたら、試合の方かな。勿論勝敗にも拘って試合する。さっちゃんの場合は、練習も大切だけれど試合の方が圧倒的に経験値を得ていると思ったから。」


「私もそう思う!だから…、挑戦状の中で、一番強い人とやりたい!勿論勝つつもりで!!!」


私の気迫にちょっと驚いたこーちゃん。

「ど、どうしたの?凄い気合だけれど…」

彼はレオさんのリベンジがしたいと思ったかも知れない。

それでもいい。

その気持もあるから。


「実は、とんでもない選手からの挑戦状…、というより招待状がきているよ。」

「招待状?」

「そう。相手はベトナムの選手で、自国ではランキング1位。近々タイトルマッチをする予定だけど、賭けにならないほど圧倒的な強さを持っていると言われている、ファン・チ・ミンさん。22歳で12戦12KO。次期東洋チャンプ、将来のフライ級世界王者とまで期待されている実力者。ハッキリ言うけれど、パワー意外は全部大きく負けていると思っていいよ。」


凄い人なのは分かったけれど…

どうしてそんな人が私と試合を…?

「まぁ、不思議に思うよね。彼女、ちょっと前に軽い怪我しちゃってね。大事をとってタイトルマッチに返事をしなかった。どうやら万全を期して戦いたいみたいなんだ。その最終調整をエキシビションマッチ、つまり交流試合で噛ませ犬として、現ベトナムチャンピオンと戦うスタイルが似ているさっちゃんが選ばれた訳。まさしく招待状さ。」


こんな凄い人の名前が出るとは思っていなくて、言葉にはならなかった。

だって、これは…

「私にとっては凄くチャンスだよね?」

ビックリするこーちゃん。

「物凄くポジティブに考えれば、そうなるよ。だけどね、瞬殺される可能性も高いんだ。そうなった時に、さっちゃんは何も得られないばかりか、自信すら失うかもしれない。そんな状態でクリスマスバトルに勝てると思う?」


「私は…、負けない…」

「俺の話し聞いてた?」

「それでも、勝ちに拘りたい。勝って更に自信をつけて大会に出たい!」

「………」

こーちゃんは真剣な表情で私の瞳を覗き込んでいる。


「よしっ!そこまで言うなら俺も賛成する。だけれど、会長が駄目と言ったら諦めるんだよ。」

「分かった。」

二人で、昨日の敗戦でションボリと落ち込んでいる会長の元へと向かう。

彼は会長室にいた。


さっそくファンさんとの試合の話をした。

「俺は反対かな。」

理由はこーちゃんと同じ。

勝てる見込みがまったくなく、わざわざ負ける試合はしたくないと言い切られる。

ここで引き下がったら駄目だ。


「会長!これは一生に一度あるかないかのチャンスなんです!こんな強い人とやるには、普通なら日本チャンピオンになって世界に挑戦しないと出来ないんです!今しかないんです!やらせてください!お願いします!!!」

「レベルアップの為に強い選手と戦うって理屈はわかるよ?でもねぇ…、流石に相手が悪すぎる。」

「相田さんとどっちが強いですか?」

私の質問に、会長は一瞬固まった。


「うーむ。どちらも天才型ではあるけれど、相田にしか持っていない経験の差が勝敗の分かれ目かな。そのぐらい拮抗していると思うよ。」

「ならば、ファンさんを倒せないようでは、相田さんにも勝てませんよね?」

「相田に勝つつもりなの?」

「はいっ!レオさんにもお願いされました!」

「レオがそう言ったの?」

「言ってましたけど…」


会長は口元を手で覆い、考え込んでいた。

「じゃあ、ファン選手との試合、レオにも相談してごらん?彼女がやってこいって言うなら俺も引き下がろう。レオの見る目は俺より間違い無いから。」

それはそれでマズイのでは…

いやいやいや、今はそれどころじゃない。

「分かりました!ついでにレオさんの様子も見てきます。」

「あぁ、そうだね。そっちもお願い。」


早速夕ご飯の買い出しをして、レオさんのアパートに向かう。

今日は無難に生姜焼きにしちゃった。

先輩は見た目とは裏腹に甘党だから、いつもより少し甘くしてあげよう。

沢村さんも励ましてやってほしいって言っていたし、私の料理で少しでも元気になってくれるといいな。


部屋の前に到着し、ドアをノックしようとした時…

『もう、優太ったら~』

『レオだって甘えてくるじゃないか。』

『いいでしょ!』


駄目だとはわかっているけれど…、ドアに耳をつけて中の様子を伺ってしまった…

いや…、だって…、その…

ピンポン押す、タタタタイミングがあるじゃないですか…

『優太ぁ…』

んん………

口が塞がれたような声が…

え…、えぇ………

どどど、どうしよう…


『優太…、優太…』

あわわわわわわ。

で、出直そうかな…

『レオちょっと待って。お腹空いてきたでしょ?』

ちゃ、ちゃーーーーんす!


ピンポーン…


『おや?』

優太さん…、じゃなくて菅原さんが玄関に向かってくるみたい。

少しの間の後、ドアがそっと開く。

「鈴音さん?」

「は、はい!えっと、ちょっとレオさんに相談があるんですけど…。ついでに夕食どうですか?」


「レーオ!聞いてた?」

「ん?あぁ、幸子か。あがってこいよ。」

取り敢えず変な間で尋ねることは避けられた。

「優太ぁ、続き…」


!?


ちょ、ちょっと待って…


思わず両手で顔を覆った…


んん……


また口を塞ぐような声…


これって…、もしかして…、キスしているんじゃ…


そっと指の隙間からレオさんを見ると…


「もうちょい強く…」

「あいよ。」

マッサージをしてもらっていた。

うつ伏せになっているレオさんは、効いているのか気持ちよさそうだった…

私ったら…


「じゃ、じゃあ、取り敢えず夕ご飯作りますね。」

「あぁ、すまんな。丁度飯にしようかと言っていたところだ。」

「なにか手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね。」

「は、はい!」


気を取り直してご飯を炊いて、お肉炒めて…

サラダとお味噌汁もつける。

ササッと作って、テーブルに並べていく。

「幸子の料理は美味いんだぜ?」

「ほほう。僕も料理にはちょっと自信があるんだ。楽しみにしているよ。」


「いただきまーすっ」

レオさんの元気な声で夕食が始まる。

「うんめー!」

「あぁ、なるほど。レオの味の好みに合わせて作ってあるんだね。」

「はいっ」


うぅ…

なんだか緊張しちゃった。

女性に食べられるのは気にならないのだけれど、男性に食べて貰えると評価が気になっちゃうよ…

「そう言えば、相談したいことがあるって言っていたけれど、僕が居ても大丈夫かい?」

菅原さんは、本当に紳士的な人だ…


「どちらかと言うと、一緒に聞いてもらいたいぐらいなので、気にしないでくださいね。」

「ん?ということは、ボクシングのことなのかな?」

「そ、そうです。」

「なにかあったのか?」

レオさんはお肉を目一杯頬張りながら聞いてきた。


「実は、ベトナムのファン・チ・ミン選手から招待状が届いていまして、受けようと思っているんでけど、レオさんはどう思います?」

彼女はもぐもぐと生姜焼きを食べながら考えていた。

「どうしてファンを選んだんだ?」

「一生に一度のチャンスだからと思ったからです!」


「フフ…、フハハハハハハハッ!そりゃぁ、傑作だ。それだけの意気込みを聞いちゃぁ、引き下がれとは言えねぇなぁ。」

「さ、賛成ですか?」

「そうだな。ただのレベルアップのつもりだったなら断れって言うつもりだったが…。そうか、化物に挑戦したいんだな?」

「そうです!」


「僕も女子ボクシングのフライ級はある程度知っているけれど、これまた凄い人から試合の申し出があったんだね。」

「軽い怪我からの復帰戦で、噛ませ犬にピッタリらしいです…」

「なるほどね。油断もしているだろうし、まさしくチャンスかもね。」

菅原さんの分析も心強かった。


「ただし、短期決戦を目指すべきだろうね。本気になったらレオだってどうなるかわからないような相手だから。」

真剣な眼差しで私を見つめる菅原さん…

勝負は絶望的だと理解した。


夕食後、後片付けは菅原さんも手伝ってくれた。

「鈴音さん、ありがとうね。」

「ん?何がです?」

「レオのこと、様子を見に来てくれたのでしょ?」

「えぇ…、まぁ…。レオさんは大切な先輩ですから。でも菅原さんがいるから安心です。」

「フフッ、これからも、よろしくね。」

「勿論です!」


帰り道―


ゆっくりと歩きながら夜空を見上げた―


田舎の空は星がよく見える―


そんな時、一筋の流れ星が光る―


思わず右手で掴もうと手を伸ばした―


そのまま軽く振り抜き手を開いて中を覗き込む―


捕まえたはずの流れ星は手の中になかった―


願い事三回、言うの忘れっちゃった―


あれ…?


今の感触は―


あっ―


私は―




偶然にも、満天の星空の下で、新しい自分を見つけることになったかも―――


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