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第30話 幸子の拳に宿るもの

合宿二日目。

「本当にこんな無茶苦茶なスパーやるんですか?」

こーちゃんが呆れながらレオさんのセコンドに付いた。

「このぐれーこなせなかったら化物退治なんか出来ねーだろ。」

そうかも知れないけれど…


小さい溜息の後、こーちゃんが仕切る。

「ではスパーリング始めます!1R目は愛野さん、2R目は常磐さん、3R目はさっちゃん、4R目は雪ちゃんで、これを2順します!皆さんは十分休憩時間もありますので、最初から飛ばしていってください!」

「おぅ!」

「覚悟してくださいよ!」

クリスさんと常磐さんがニヤニヤしていた。

借りを返すらしいけど…


カーンッ


いざスパーが始まってみれば、誰もが苦戦していた。

レオさんのセンスは、やっぱり一級品だと思った。

こんな凄い人と練習させて貰っていたんだと、改めて感じてしまうほど。


「愛野!インファイトにボクサー人生賭けるぐれーの気持ちでかかってこい!」

「うすっ!」

「連打だけに頼るな!お前はリズム感がイマイチ悪い!徹底的に鍛えろ!」

「うすっ!!!」


「常磐!お前は精神的に弱い部分がある!もっと自信を持ちやがれ!」

「はいっ!」

「おらっ!一々怯むんじゃねーぞ!もっと前にでてこいやー!」

「はいっ!!!」


これではどちらが練習しているのか分からなくなっちゃう…

二人共ボロボロにされてしまった。

「幸子!かかってこい!」

「はいっ!」


でも…

気合十分のレオさんには有効打が決まらない。

一瞬の焦りを察知された途端…


ガツンッッッ!!!


強烈な右フック「ジャベリン」が飛んでくる。

辛うじてガードしたけれど、左腕が痺れる程の衝撃…

だけど…、怯んじゃ駄目なんだ…

迎い撃て!!!


ズドンッッッ!!!


右ボディーを叩き込む!


だけどしっかりと左腕でブロックされてしまった。


視界に映る常磐さん、クリスさん、雪ちゃんの3人が、同時に左脇腹を押さえていた。

「あれ効くんだよなぁ…」

「喰らった時は、上半身と下半身が切り離されたかと思った…」

「思い出すだけで胃液が出そう…」

まるで、私が化物みたいなことを言っていた。


「スマッシュだけに頼るな!」

「はいっ!」

「最悪相打ちでいいやって思うなよ!確実に打ち込める状況を作れ!」

「はいっ!」

「流れに身を任せるな!自分で流れを作れ!」

「はいっ!」

あれ?

私もどっちが練習をしているのか分からなくなってきた…


レオさんは強い。

拳を交えれば交えるほど、その強さを実感出来る。

この人は自分だけじゃない、会長や相田さんの想いまでも背負って戦っている。

強い使命感を持って…

私が一番見習わなければいけない部分だと感じた。


レオさんの戦う理由を知ってしまった。

私はあなたの力になりたい。

孤独で右も左も分からなかった私に、ボクシングの楽しさを教えてくれたレオさんの力に!


ズドンッ!!


フェイントから起死回生のショートスマッシュで顔を跳ね上げさせる。

すかさず右フックを叩き込むけれど…


スッ…


芸術的とも言えるスウェーで交わされ、ショートアッパーからジャベリンのお返しを叩き込まれた。

「さっちゃん!」

雪ちゃんの悲痛な叫びが耳に届く。


大丈夫だよ…


私は倒れない…


レオさんの力になるんだからっ!


ドドンッ!!!


両者相打ちで少し距離を取る。


カーンッ

私のラウンドが終了した。

「最後のパンチ良かったぜ。その調子だ。」

「ありがとうございました!」

「よしっ!池田!かかってこい!」

「はーい!宜しくお願いします!」


カーンッ

直ぐに両者が対峙する。

そう言えば、二人は拳を交えるのは初めてだよね。

でも、パリィやカウンターは、相田さんを想定するには一番良いかも。


アウトレンジからの攻防から、一瞬の飛び込みで接近戦へと持ち込むレオさん。

雪ちゃんの動きを完全に先読みしていた…

凄い…

ワンツーで足止めさせようと、レオさんが仕掛けるけど…


「パリィ!」

誰かが叫んだ。

!?

だけれど、雪ちゃんはパリィからの反撃を撃てなかった。

どうして…?

「幸子!これが俺様のパリィ封じだぜ!」

悔しがる雪ちゃんを見る限り、レオさんが何かをしかけたんだと思う。

でも、それが何かは分からなかった。


「そうか…。レオさんはパリィからの反撃にカウンターを当てようとしたんだ。」

常磐さんが指摘する。

「なるほどっす。パリィの後に反撃するのは確定だしな。反撃しないならパリィの意味がなくなる。レオさん考えたなぁ…」

クリスさんも納得していた。

「でも、こんなやり方は、レオさんだからこそかもな。」

常磐さんの言葉に、固唾を飲む。


パリィを仕掛ければ反撃までが一つの動作となっている。

だから、その反撃にカウンターを当てることが出来れば、パリィそのものが自爆行為になってしまうという訳で…

つまりは、パリィを封じちゃった訳で…

こんなやり方、考えもつかなかった…


もう一度雪ちゃんがパリィを仕掛けたけれど、やっぱり反撃は出来なかった。

レオさん凄い…

でも…

雪ちゃんはこれでパリィを諦めないはず…

いつの間にか手に汗握る展開になっていた。


激しく打ち合いが始まると、レオさんに分があるように見えた。

レオさんは雪ちゃんがカウンターを打ちづらいようにしている。

私では辿り着けない、高度な駆け引き…

クリスさんも常磐さんも真剣に見守っていた。


ラウンド終盤。

雪ちゃんが仕掛ける。

インファイトからカウンターをチラつかせての攻防。

レオさんは緊張感を持って、接近戦の攻防を捌いているように見えた。


!!


またパリィだ!


!?


また防がれると誰もが思った瞬間―


食らったのはレオさんだった。


「マジカよ…。雪ちゃんすげーな…」

りりかわ(凛々しく可愛い)…」

常磐さんとクリスさんは直ぐに理解した…、みたい。

「雪ちゃんが、パリィから少し大袈裟なフェイントで、反撃をする素振りを見せた。少し手を前に出したんじゃないかな。それに反応しカウンターを当てようとしたレオさんのパンチに対して、雪ちゃんがカウンター返しをお見舞いしたってところかな。」

えーと、えーと、つまり…

パリイの反撃に対するカウンター返し?

もう、意味が分からない次元にきている…


でもレオさんはある程度予測していたのか、ダメージは少ないみたい。

スウェーかウェービングを咄嗟にしようとし体が動いたことで、ダメージは半減だったかも。

凄い反射神経…


カーンッ

4ラウンド目が終了した。

「池田。流石幸子のライバルだというだけのことはある。だけどな、センスだけに頼って戦っていては駄目だ。結局幸子のパワーに圧倒される可能性が残る。スタミナを付けろ。試合終盤でも動ける足があれば、お前の可能性は無限大だ。試してみろ。」

「ハァ…、ハァ…。ありがとうございます!でも…、いいんですか?皆さんにアドバイスなんかしちゃって…」


レオさんはグローブを腰に当てて答えた。

「いいに決まっているだろ。その方がおもしれーじゃん。」

キョトンとした雪ちゃん。

ニシシーと笑うレオさんは…






とても格好良かった―






激しいスパーリングは午後も行われ、結局レオさん含め全員がボロボロになるほど激しかった。

でも、私達も少なからずレベルアップしたと思える内容だった。

レオさんだからこその練習内容であり、成果だったと思った。

そんな先輩でも、去年のクリスマスバトルでは…


小さな不安を残しつつも、二日目の練習が終わる。

シャワータイムが終わると、今日もアスリートの体に良いと言われている食事を作り楽しくいただいた後、疲れもあってか皆さん早々に寝始めていった。

私は少し寝付けなくて、玄関から一歩出て、海を眺めてみた。


山に囲まれ海が隣接しない岐阜に住んでいるからか、磯の香りが鼻につく。

海は昼間とは違って、暗闇に波の音が絶え間なく襲ってくると、ちょっと怖いとも感じた。


「あれ?どうしたの?眠れないの?」

不意に話しかけられてビクッとする。

浜辺に降りる階段に、こーちゃんがいるみたい。

近づいて確信し、いつもの定位置である右隣に座る。


「ちょっと涼んでいたんだ。」

「私はちょっと寝付けなくて。」

「考え事?」

「んーん。昼間は激しかったから…。多分緊張が解けないんだと思う。」

「濃い内容だったよね。」

「うん…」


こーちゃんは相田さんが神様になった理由を知っていたのかな…

少しの間。

「ねぇ…、こーちゃん…」

「その顔は、相田さんと会長のことかな?」

「うん…」

「知っていたよ。」


そっか…

だから会長とレオさんの関係には割り込んだりしないんだ…

「正直なところ、俺にはどうすることも出来ない。会長と相田さんで、納得が行く結果を得ないと意味がないとも思う。」

「うん…。」

不意に右手で頭を抱えられて、そっと肩に乗せるようにされる。

「泣かないの。」

「………。」


いつの間にか涙が零れていた。

二人は相手の事を強く想い過ぎてすれ違ってしまった。

友情とか恋愛とかじゃなく、ボクシングという世界で…

なのに二人はボクシングを続けて対峙する。

しかも、13年間も…


「もしも…、こーちゃんが相田さんだったら、戦い続けたと思う?」

「んー…。」

彼は急に黙ってしまった。

………


明らかに雰囲気がおかしいと思った。

そっと見上げると、こーちゃんは真剣な表情で真っ黒の海を見つめていた。

何かの想いにふけっているみたいに。

「こーちゃん?」


その真剣な表情のまま振り向く。

「さっちゃんには伝えておこうかな。親父とお母さんしか知らないこと。」

な、なんだろう…

小さく頷く。


「俺、左目がほとんど見えないんだ。だからボクシングは諦めた。」


!?


ちょっと…、待って…


そう言えば、少し前にも左頬をつねろうとして、違和感を感じていた。


そっか…、見えないから…


あれ?


今…、こーちゃんはなんて…?


ボクシングを…、諦めた…?


「あ、諦めた…、って…、どういう…?」


「本当は親父の指導でプロボクサーになりたかったんだ。だから養子の件も、直ぐに受け容れた。だけど…、俺の左目は…、本当のお袋の虐待で…」


………


待って…


待って待って…


私は事故でタイトルマッチを諦めた会長と、親の虐待の怪我でボクサーを諦めたトレーナーに囲まれてボクシングをしていたってこと?


あっ…


お母さんは会長の試合を全部見に行っていたと言ってた…


そのお母さんの奪われた楽しみは、暗い影を落としていたはずなのに、目の前でボクシングの話をして…、試合をして…


あぁ…


私はなんて残酷なことを…


夢破れた人達の眼の前で、一人楽しくボクシングしていたなんて…


アァ…


アアアァァァァァ…




「アアァアアアアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッ!!!!!!」




一気にドス黒い暗闇に包まれ、怒りと後悔と悲しみの渦が私を飲み込んだ。


右拳を振り上げて、思いっきり地面に叩きつけた!


「こんな拳があるから!!!!!」




ドンッ!!!




「私だけ楽しんで!!!」




ドンッ!!!




「こんな拳なんか!潰れちゃえ!!!!!」




ドンッッッ!!!!!




ハァ…、ハァ…




地面に思いっきり叩きつけた拳は…




そっと、こーちゃんの手に包まれていた…




「駄目だよ、さっちゃん。この拳は、僕らの夢なんだ。」




その言葉を聞いて、ボロボロと涙が零れてきた。




「だってぇ…、グズッ…。私…、グズッ…。皆の気持ちも…、知らないで…」




「言ったらさっちゃんボクシング続けられなくなっちゃうじゃん。だから、言うタイミングを探してた。隠す必要もないからね。」

涙目で見上げたこーちゃんは、胸が高鳴るほどの笑顔だった。

その笑顔に、嘘はついていないと感じられた。


「でも…」

会長もこーちゃんもお母さんも、とても辛かったと思う。

これからどんな気持ちでボクシングを続けたら良いのか、やっぱり分からないよ。

「さっちゃん。今ならちゃんと伝えられると思ったから言ったんだ。」

「………」

「そんな顔しないの。僕らは今、凄くボクシングが楽しいんだ。」

「?」

「だって、僕らの夢を託せる選手が、目の前にいるんだから。」

「!!」


「だから、拳を傷付けないで。この小さな拳は、大きな夢を掴む、大切な、とても大切な拳なんだ。リングに上がったら、さっちゃんだけの拳じゃなくなる。色んな人の色んな想いも宿る拳になるんだ。」


「こーちゃん…」


「もうさっちゃんは一人じゃないってこと、実感出来たかな?」


「こーちゃん………」


「ほら、涙を拭いて。」


「ウェェェェーーーーーーン」


「もう。」


頭を抱えられて、彼の胸の中で泣いた。


私は本当に馬鹿だった。


一時の感情にまかせて、大切な大切な拳を壊すところだった。


そっと頭を撫でてくれるこーちゃんの手は、とても暖かい。


彼の匂いが、心に染みる。


落ち着いていく―


涙を拭いて、こーちゃんを見上げた。


優しい笑顔が私を包む。


そっと、名残惜しむように彼から離れると、スッと立ち上がって彼の左側に座り直す。


「?」






「右目で守られてばかりの私は今日でお終い。」






「さっちゃん…」






「今から私がこーちゃんの左目になる。」






「ありがとう…」






少し涙目で微笑んでくれたこーちゃんの顔を、私は一生忘れなかった。




鼓動が高鳴っていく…




両腕を彼の首に回す。




ちょっと驚いたこーちゃんが、真剣な表情で見つめてくれる。




ドキドキが止まらない…




少しずつ顔が近づいて…








「こらっ!お前らさっさと寝ろ!鍛えたりねーかー?あぁ?」

突然レオさんの声が背後より聞こえた。

振り返ると、ドアに隠れる常磐さん、クリスさん、雪ちゃんの姿があった。

その後ろにレオさんが腕組みをして仁王立ちしている。


「いや、これは…、その…」

「つ、月がきれーだなー」

クリスさんと常磐さんの震えた声が、何だかくすぐったい。

こーちゃんは思いっきり笑っていた。


「おらっ!そんなに物足りねーんなら今から浜辺でダッシュだ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよー」

「ヒィィィ!!!」

レオさんが二人の首根っこを捕まえて合宿所の奥へと消えていく。

「池田!お前も来い。」

「はーい!お二人とも、お幸せに!」


その言葉に、カーッと顔が熱くなって、同時にこーちゃんと見つめ合った。


照れ笑いでごまかした彼の顔が、今までにみたこともないぐらい可愛かった。


「さぁ、明日に向けて、今日は寝ようか。」


「うん!」


彼の差し出した手に、自分の手を乗せる。


「あっ!怪我してる!」


「あぁ、大丈夫だよ。」


「私…、馬鹿力で…、ごめんね…」


「いーの、いーの。大切な事も伝えられたし。」


「それとこれとは別!ほらっ、治療してから寝よう。」


私達も合宿所に戻っていく。






今度は私が彼の手を引いて―


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