表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/70

第27話 幸一の不安

スケルトンフード付きマントを羽織ったさっちゃんと、会場へと向かう通路を進む。

彼女は黒いマントをなびかせて、俺は大鎌を両手に持つ。

昔は出過ぎた演出は調子に乗っているんじゃないかと非難されがちだったみたい。

最近は一種のエンターテイメントとして受け取ってもらえているかな。

勿論やるからには結果も求められるけどね。


会長はこういうの大好きなんだけど、最初から狙っていたのかな?

最近は凄く受け容れられているって感じる。

この前の試合の、委員長考案の合いの手なんか、ファンと一緒にリングに上がるんだ!みたいな感じで興奮する。

意外と本人も受け入れているしね。


取り敢えず、こっちも試合前から盛り上げなくっちゃならないわけで。

そんなパフォーマンスまで考えるなくてはならないのは、正直頭痛の種だ。

さっちゃんが言っていた、ボクシングを純粋に単純に、俺もしたい訳で…

まぁ、商売と考えると、色んなことにも手を出す必要はあるのだけれどね。


さて。

「さっちゃん。今回の作戦、覚えているよね?」

「はいっ!」

「派手にいくぞ!!」

「はいっ!」

扉の向こうから、さっちゃんの名前がアナウンサーにより呼ばれている。

「今日も勝つぞ!!!」

「はいっっっ!!!」


バタンッ!


豪快に開いた扉の向こうは、観客が興奮の渦を巻いて待ち構えていた。

直ぐに派手なメタルのツインドラムが会場を揺らす。

ドコドコドコドコ 「ハィッ!」 ドコドコドコドコ 「ハイッ!」 ………

既に知っているかのように大勢の合いの手が入る。

俺は大鎌をゆっくり大きく振り上げ、合いの手に会わせて頭上で突き上げる。


盛り上がってきたところで入場を開始する。

メタルの重低音と観客の興奮がホールを揺らし、それはリング上で待つ常磐選手にも伝わっていく。




一撃で魂まで刈り取る大鎌スマッシュを持って―




死神が降臨したと―




リングで堂々とマントを脱ぎ捨てるさっちゃんは、半年前まで隠れながら生活していた女子高生と同一人物とは思えない役者っぷりだ。

思わずニヤリとする。

さぁ、本番はこれからだ。


リング中央でレフリーから注意事項の確認を言い渡され、常磐選手と軽くグローブをタッチさせて帰ってくる。

「まずは練習でのイメージと、本物の常磐さんの感触のズレを修正するんだ。出来るね?」

「はいっ!」

「焦って突っ込まないように!防空網を常に意識して!」

「はいっ!」

「よしっ!暴れてこい!!」

「はいっ!!!」


カーンッ


さっちゃんの4試合目が始まる。

俺もイメージの修正が必要だ。

彼女に次の道を示す為に!


『さぁ、始まりました!女子フライ級4回戦、赤コーナーは常磐 日花梨選手、23歳、12勝4敗3KOという堂々たる実績。あだ名はスピードスター!徹底したアウトボクシングで蝶のように舞、蜂のように刺す華麗なスタイルが信条!フィニッシュブローは豪快なアッパー!方や青コーナーは、鈴音 幸子選手、17歳、2勝1敗2KO。しかしこの2勝は格上相手からもぎ取ってきました!懐深く激しいインファイトが信条!得意なフィニッシュブローはスマッシュ!今日の二人はまったく正反対のスタイル同士の戦いとなります!』


アナウンサーの声が耳に届いてしまうほど静かな立ち上がり。

今までにないパターンだ。

常磐選手は華麗なステップを刻みつつ、こちらの動向を伺いながら、不意にジャブを繰り出してくる。


ジャブは鋭く、右の追撃があることが分かっていると、中々思い切って突っ込めない。

さっちゃんは冷静に交わし、防御に徹する。

いいよ、いいよ。

苦手意識もなさそうだ。


さぁ、いけ!


懐に飛び込ませない為の牽制のジャブをスウェーで交わし、一気に飛び込む!


そこだ!!


俺の思惑通りのポイントで急ブレーキをかけて、バックステップで直ぐに下がるさっちゃん。

そこには左ジャブで動きを止め、流れるように右フックが飛んできたけれど、そのまま空振りしていた。

練習通りのタイミング。

そして、一番飛び込まれたくない場所への、高い警戒感。


『鈴音選手が間一髪追撃を振り切った!良く見えているようです。しかし、常磐選手の通称「防空網」と呼ばれる弾幕には定評があります。過去の戦いでも、並み居るインファイターを撃ち落としてきました!』


フゥー…

緊張を和らげる。

防空網…

タイミングは合っていたけれど、予想していたイメージよりも鋭く速い追撃…

撃ち落とされる前に、先にしかけなきゃ。

それこそ夢に出るほど練習したシャドウ アサルトを出すタイミングを見計らう。

ところが…


!?


ガツンッ!!


重いストレートが吹っ飛んできた。


突然のことで驚き、手が出ていない。


ガッガッ!!


ワンツーを辛うじてガードする。


まずい!!!


ブオンッ!!!


迷わずアッパーを撃ってきやがった!


ウェービングで辛うじて交わす。


風圧が頬を掠めたようだ。


あ、危なかった。


でも…


体を捻り込み…


全力スマッシュ!!!!!


撃ち合いなら負けない!


ドンッ!!!


!?


クロスアームブロック!?


『一瞬の攻防ぉぉぉお!!突然牙を向いた常磐選手!固いガードをこじ開けようと、フィニッシュブローのアッパーを放ちましたが、これも素早く交わした鈴音選手!!そこから逆にフィニッシュブローであるスマッシュを撃ち込むも、両腕で十字を作って守る、クロスアームブロックでガッツリ防いだぁぁぁああああ!!!』


「前に出ろ!!」


一瞬で頭を切り替える。

撃ち合ってくれるなら…

さっちゃんにも勝機が生まれる!


カーンッ


レフリーが二人の間に飛び込んできた。

常磐さんは…、さっちゃんの事を鋭く睨んでいる。

流石の常磐さんだ。

冷静な試合運びと言える。

時計見ながら攻めてきたんだ。

あの時間帯ならクロスアームブロックで防げば何とななると…


スマッシュが防がれた…

しかも完璧に…


あっ…

まずい…

不安そうな表情のさっちゃんがコーナーに帰ってくる。


「さっちゃん!」


あれ?無反応…

聞こえていない?


「さっちゃん!!」


両肩をガッツリ掴んで叫ぶ。

小さくビクついて、ハッとしながら俺のことを見上げてきた。

まるでインターバル中だったことすら忘れていたかのように。

心の拠り所でもあるスマッシュを完璧に防がれた方のダメージがでかいんだ。

でも…


「良い感じだったぞ!」

「スマッシュが防がれた…」

「さっちゃん!」

「………」

「向こうを見てごらん。」


赤コーナーで椅子に座る常磐さん。

セコンド達が必至に腕のマッサージをしていた。

辛そうな表情をしているな。

そりゃそうだろう。


「ガードされたって構わない。腕が折れるのが先か、心が折れるのが先かってだけだ。十字ブロックしてくるほど警戒しているんだ。いけるならどんどん撃ち込んでやれ!」

「………。はいっ!」


まだ防がれた訳じゃないんだ。

ああやって、必死になって守らないといけないんだ。

その事を教えてあげないと。


「前にも俺が言ったじゃないか。恐怖してるって。」

会長が横から顔を出しながら言ってきた。

「まずは練習してきたことを実践していこうか。その先に、チャンスは必ずあるからね。」

「はいっ!」


父ちゃんの良い感じの助言で、冷静さを取り戻し目に力が宿ってきた。

「よしっ!シャドウ アサルトのタイミング、しっかり掴んでこい!」

「はいっ!!!」


カーンッ


第2ラウンドが始まった。

相変わらず静かな立ち上がりだ。

二人共無理に距離を縮めてこないから。


さっちゃんが少しでも前に出ようとする素振りを見せるだけで、弾幕が飛んでくる。

暫くはその状態が続き、どうやっても懐に飛び込めないと観客が思い始めている。

確かに今の状況は苦しい。

大ダメージ覚悟で接近戦にもっていかないと、インファイト出来ない。

そんな雰囲気が蔓延してきた。


そろそろかな…

この空気は、常磐さんも感じているはずだから。

「さっちゃん!いけー!!!」

彼女は直ぐに反応した。


!!!


一番危ない、無謀とも思える場所への突撃!

しかも、強化しまくったダッシュ力を利用して!

直ぐに左の弾幕が飛んでくるが、無警戒だった為いつもの鋭さがない。

ウェービングで交わし超接近戦へと持ち込む!


ズドンッ!!!


今日初めてのクリーンヒット!

常磐さんの体が、横方向に「く」の字に曲がるほどのボディだ。

すかさず足を使って離れようとするが、さっきまでの繊細さがない。

だけれど、その状態でも、辛うじて付いてくのがやっとだ。

引き剥がそうと激しい弾幕が飛び交うなか、さっちゃんは起用に防御に徹し、一瞬の隙間を縫うように…


フェイント!!!


あれ?


ズバンッ!


引っかからない?


カウンター気味に良いのをもらってしまう。


チャンスとみたのか、常磐さんが前に出る。

激しい攻防の中、再びフェイント!!

この突破口は愛野さん直伝だ!

接近戦にさえ持ち込んでしまえば、得意のフェイントで揺さぶられるという作戦だったはず…


!?


ズバンッ!!


またいいのをもらってしまった。

引っかかってくれない?

何故だ…

もしかして…


あっ…


「いっちゃ駄目だ!!離れろ!!」


ドッドンッ!!!


左で止められ、右フックが豪快に決まってしまう…


「さっちゃん!!!」


彼女は苦しそうに後退するけれど、ヨロヨロッとし足がおぼつかない。

まずい…

「追撃くる!離れるんだ!!」


だけれど、ここぞとばかりに常磐さんが詰めてきた。


ズドンッ…


強烈なボディが決まる。


ズバンッ!!!


前かがみになったところを、派手なストレートが入る。


ダメだ!ダメだ!!


ズドンッ!!!!




常磐さんのフィニッシュブローである、強烈なアッパーがモロに入ってしまった…




さっちゃんの足がガクガク震えていた…

やっちまった…

一瞬の判断ミスが敗北につながってしまう。

それは、この先どんどん増えてくる。


今後の課題に…


おい…


俺は今、何を考えた?


バカな事を考えるな!


俺が真っ先に諦めちゃダメだろ!!




あいつに道を照らしてやるのが、俺の使命だろ!!!




「さっちゃん!しっかりしろ!!!」




いつ倒れてもおかしくない。

むしろ倒れない方がおかしい状況。

だけどさっちゃんは倒れなかった。


それどころか…


追い打ちをかけようと近づいてきた常磐さんに、突然強烈なスマッシュが襲う。


ブォォォオオンッ!!!


カーンッ


豪快に空振ったけれど、危険を察知した常磐さんはバックステップで距離をとってくれた。


危なかった3ラウンドが終了する。

俺は急いでロープを潜り、さっちゃんを連れてコーナーへ戻ってきた。

彼女は見たこともないほどボロボロだった。

肩で大きく息をしながら、苦しい表情を隠さなかった。


「さっちゃん!」

彼女が辛うじて目を開き、俺を見る。

両頬を両手で支えて、顔と顔を近づける。

「しっかり聞くんだ!」

小さくコクリと反応した。


「さっきのフェイントは、いつものフェイントじゃない。焦ってしっかりやらなかったから常磐さんが引っかからなかったんだ。わかる?」

何かを考えているようだった。

「言っただろ?負けてもいいって。なのに勝ちを焦って、上手くフェイントが出来ず見破られちゃったんだ。」


「でも…」

さっちゃんが絞り出すように、小さな声を出した。

「勝たないと…、応援してくれる人が悲しむから…」

俺はゆっくり首を振る。

「勿論勝つに越したことはないよ。だけど、ファンの人達はさっちゃんのボクシングを見にきているだ。」


「私の…、ボクシング?」

「そう、さっちゃんらしいボクシング。さっちゃんにしか出来ないボクシング。だから例え負けてもさっちゃんのボクシングが見られたなら、納得して次は頑張れよって応援してくれる。だけれど、さっちゃんのボクシングをしないで負けるのが一番駄目なんだ。」

「………」

「勝ちに焦ってフェイント失敗するなんて、いつものさっちゃんらしくないじゃないか。レオさんも騙せた自慢のフェイントだろ?」

「うん…」

「それに、焦っているのはさっちゃんだけじゃない。」


常磐さんのコーナーを見る。

相手も苦しそうだった。

さっきので決めたかった、そんな心情が見え隠れしている。


「常磐さんも焦ってアッパーを撃ってしまった。あそこは連打で畳み掛けるところだったはず。いいかい。冷静になれた方が勝つ。それを忘れずに!」

「はいっ!!」

会長も助言をした。


「さっちゃん。ダウンしても大丈夫だよ。10カウントまでに立ってファイティングポーズを取ればいいんだ。苦しい時は一度ダウンして、たった10秒でもいい、体と気持ちを休めるのも大切だよ。」

「倒れたら…、戦えないから…」

「ん?」

「倒れなければ…、戦えるから…」

「さっちゃん…」


会長はそれ以上何も言わなかった。

彼女の気持ちを優先させたのかも知れない。

だけれどこれは危険な考え方だ。

伝えないと…


「セコンドアウッ!」


くそっ!時間切れかよ!

「冷静にいけ!」

「はいっ!!!」


不安を残しながらも、3ラウンドが始まってしまった。


カーンッ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ