第26話 幸子と神様
今日は愛野さんと色んな事を話せて楽しかった。
しかも、インファイター選手だけが集まるSNSのグループに入れてもらった。
その中でも応援してもらった。
常磐さんとの試合のアドバイスも一杯貰えたし、何だか一気に色んな人と知り合えた気がする。
会話を読み返して、ちょっとウキウキしている自分がいる。
普通に仲間の輪に入れて貰えたから―
そろそろ寝ようとした時、一通のメッセージが届いた。
『私達は毎晩寝る前に神に祈っているよ』
変なメッセージ。
私は神様に祈らない。
どんなに願っても、天国のお母さんは帰ってこなかったから―
次に動画が送られてきた。
なんだろう?
早速再生してみる。
雑誌で見たことのある選手だ。
階級は違うけれど、確か強くて人気の選手だったはず。
正座している。
徐ろに両手を真っ直ぐ真上に上げると、
『あぁ~インファイターの神よ~永遠なれ~』
両手を挙げたまま深くお辞儀をする。
『我らに祝福を~』
な、なんなのこれ…
皆こんなことしているの…?
確かに最近は神様に祈りたくなるほどの、不安や緊張を感じることもある。
だけど…
私は神様に祈らない。
でも…
皆やっているなら…
ちょ、ちょっとやってみようかな。
もう一回動画を見て正座をする。
コホン…
「あぁ~インファイターの神よぉ~永遠なれぇ…」
両手を挙げて、そのまま床に手が着くほど深くお辞儀する。
「我らに祝福をぉ…」
こ、これでいいの…?
あれ?
何だかちょっと落ち着いた気がする…?
いやいやいや…、き、気の所為だよね…?
まぁ、いいや。
今日は寝よっと。
インファイターの神様か…
もしも私がチャンピオンと戦ったら、どうなるんだろう…
それこそボクシングの神様とまで呼ばれているチャンピオン。
13年間もチャンピオンを続けるって、どんな気分なんだろう?
私は怖いと思う。
今度はどんなチャレンジャーが襲ってくるのかと思うと、怖くて怖くて逃げたくなる。
あっ…
リングに逃げ場はないんだ…
立ち向かわなくっちゃならないんだ…
そっか…
クリスマスバトルに出場出来たら、勝ち続けるほどチャンピオンと対戦する可能性は高くなる。
今のうちに一杯イメージしておかなくっちゃ。
立ち向かっていくイメージを…
だって…
私は…
神様を倒して、幸せを見つけるのだから―
翌朝―
いつものように三森ジムへ向かう。
いつものようにドアを開けようとして違和感を感じた。
あれ?
いつもより静かだ…
そっと扉を開けた。
!?
沢山の練習生達が、通路の左右に正座をして並んでいた。
な、なに?
なんなの?
「神が降臨なされた!皆の者!崇めよ!讃えよ!」
こ、こーちゃん!?
何を言っているの??
「あぁ~インファイターの神よ~永遠なれ~」
私に向かって、両手を挙げ一斉にお辞儀をする。
「や、やめてください!」
「我らに祝福を~」
「私は神様なんかじゃないです!私は…、神様を倒すんです!」
ピピピピピッ…ピピピピピッ…
…
……
………
ゆ…、夢…?
「という、変な夢を見たの…」
「アハハハハハハハハハハハッ!!!」
「こ、こーちゃん!そんなに笑わないで!」
「いやいやいや、最高っしょ!」
「委員長さんまで!」
学校での昼食は、時々3人で食べている。
「あぁー、インファイターの神よー」
「もう!そうやって誂うんだから!」
「鈴音さん、彼は誂っている訳ではないわ。」
「?」
「そうね…、例えば産まれてまもない子猫がいるとします。」
「うん。」
「ヨチヨチとおぼつかない足取りで歩いていました。」
「うん。」
「慣れなくて、コロンッと転んじゃったとする。」
「うん。」
「その子猫ちゃんを見ていたら、微笑ましくてちょっと笑っちゃったとします。」
「………」
「そんな感じ。わかる?愛らしくて思わず笑っちゃう感じなの。」
ジィー………
「ものすっごい疑っているでしょ。」
「うん。」
「フフフ…」
「アハハハハハハハハハハハッ!」
「二人共!」
私はつい衝動的に、笑い過ぎなこーちゃんの左頬をつねろうとした。
ん?
何だか今、凄く違和感を感じた…
こーちゃんの反応が…
凄く不自然だった…
あれ?
何だろう…
胸騒ぎがする…
でも…
頬をつねられたこーちゃんも、それを見た委員長さんも、何だかとても楽しそう。
二人の言っていることで、嫌味も感じない。
一旦違和感を忘れて、元動画を二人に見せてあげた。
「それ送ってきたの、フェザー級の沢村さんだね。あの人、愛野さん並のインファイターで有名な人だよ。派手に打ち合いにいくスタイルで、人気もすっごくあるよ。」
「私も知っているわ。チェック済みの人よ。タイトルマッチも近いぐらいの実力派。そんな人から、そんなおちゃらけたメッセージ来たんだから、鈴音さんは気に入られているのよ。」
「そ…、そうなのかな…?」
確かに、愛情の裏返しは無視だと思っている。
実感しているから…
だから反応があるってだけで、好意的なのは理解出来る。
「そうだ!3人でインファイター教の動画撮って送り返してあげようよ。」
「インファイター教!?ウケる!」
さっそく動画を撮って送り返してあげた。
たまたま休憩中だったのか、直ぐに返事があった。
『つぶやく方でも拡散しておいてあげるね♡教祖様♡』
嫌な予感しかしない…
案の定、色んな人から反応があった。
『さっちゃんのインファイター教の動画観たよ!超面白い!!』
雪ちゃんは気に入ってくれたみたい。
ジムでも会長がさっそく広めていて、沢山の練習生に教祖様と呼ばれて、逆に恥ずかしくなっちゃった。
「俺様の前ではやるなよ。」
レオさんはインファイター教を否定しながらも顔は笑っていた。
笑顔に囲まれて、何だか嬉しい。
いつも刺さるような視線ばかり浴びていたから―
「さっちゃん!こっちも見てみて!この前言ってた死神の大鎌届いたよ。まがまがしくて、すっごくいいねぇ~」
会長は大鎌を両手に持ち、何だか嬉しそう。
もう、何がなんだかわからなくなってきた。
あれ?私ボクサーだったよね…?
「父ちゃん、さっちゃんが混乱しているじゃないか。」
「そう?まだまだ攻めるよ。まずはあのスケルトンフード付きマント、鈴音幸子オフィシャルグッズで売ろうと思うのだけど…?」
グ…、グッズ!?
「まぁ、あれで大儲けしようとは、流石に思っていないけれど、反応が良ければどんどん売って、さっちゃんの試合には大量のスケルトンが応援してくれるってのが面白そう…、いや、楽しそうって思ったんだ。」
「今さり気なく面白そうって言いましたよね!?」
「つい本音が…いや、冗談だよ、冗談。」
「むぅ…。あんなの絶対に売れませんから。赤字覚悟でやってくださいね!」
「えっ!?いいの?赤字でもやっちゃうよ?」
あっ…
自分でも間抜けそうだと思うような顔で、こーちゃんを見た。
彼はレオさんと大笑いしていた。
我ながら浅はかだったと、恥ずかしくなっちゃった。
「幸子はまだ若いしな。今のうちにいじられておいた方がいい。俺様が今更何かやろうとしても、逆に嫌味に見えるだろう。若さゆえの特権ってやつだ。まぁ、黒歴史にならなきゃいいがな!ギャハハハハハ!」
「私ばっかり注目浴びたら、勿体無いです。ジムには沢山のプロボクサーがいますし…」
「お前は期待の新人なんだぜ?自覚しておけ。」
「期待だなんて…」
「まず、それが駄目だ。」
「?」
「あのアマチュア最強とまで呼ばれた山崎を1ラウンドKOしたんだぞ?ライト級のインファイター代表みたいな愛野もKOしたんだぞ?ボクシング始めて半年も経ってないお前が。いいか、こんなトンデモ新人、ここ最近いなかったんだ。期待されて当然だろ。」
あぁ…
そう言われれば…
私、きちんと結果を出せてきたんだ…
今まで全部失敗してきたから、気が付かなかった…
「いいか。期待されているうちが華なんだ。どんどん注目されておけ。会長だって、お前を売り出そうとやっきになっているのさ。それに、ここのジムの連中ときたら、お前のボクシングにすっかり魅了されちまってる。」
私はトレーニングルームをゆっくり見渡した。
優しい笑顔に囲まれていた。
心が今までにないほど熱くなって、気付かないうちに涙が零れていた。
「ば、ばか。泣くなよ。何だか俺様が泣かしたみてーじゃねーか…」
「すみません…、でも嬉しくて…、嬉しくて…」
そんな時だった。
「でも僕はレオさんのファンですよ!」
そう言ったのは、山崎さんとの試合の前に練習に付き合ってくれた、菅原さんだった。
「菅原!俺様を誂うのなら命がけでこいよ!」
「僕は本気です!」
静まり返るトレーニングルーム。
彼の突然の告白に、一同どう反応したら良いか分からない様子だった。
「お、お前なぁ…。なら、今度飯でもおごれや!超高級な焼き肉な!」
「是非!なんなら今日行きませんか?」
「はぁ~?お前マジで言ってんのか?」
「勿論です!」
菅原さんの真剣な眼差し。
それを受けたレオさんは…、赤面していた…
「じょ…、上等じゃねーか。いっちょ奢られてやらぁ。カードの限度額、最高にしておけよ!」
「はいっ!」
破天荒なレオさんと、優等生で真面目を地でいく菅原さん…
この二人は一体どうなってしまうのだろう…
誰もがヒソヒソと話をするほど、相性が悪そうな二人。
そうだ!
愛のクスリさんに占ってもらおっと。
そう言えば、私とこーちゃんの占いの結果は…
恥ずかしいからナイショ!
思い出しただけでも顔から火が吹き出そう…
敢えて結論を答えるなら、こーちゃんが私の神様かな。
「では、宴も酣ですが、練習を再開としましょうか!」
会長の冗談混じりの号令で、ジムはいつもの練習風景へと移っていく。
私はこーちゃんと一緒に、レオさんを相手に自分の距離に入る為の特訓を繰り返している。
「オラオラ!そんなんじゃいつまで経っても懐に入れねーぞ!」
これでも最初よりはマシになってきている。
だけど後1歩というところで、左で止められるか逃げられてしまう。
そんな時だった。
「ちょっと。素人ながら意見を言っても良いかしら?」
「ハァ…、ハァ…、委員長さん…」
制服姿で腕組みをしながら、長い黒髪をなびかせて歩く委員長さん。
「またお前か。よく来るなぁ。」
レオさんは半分呆れているみたい。
1ファンとしては、ありえないぐらい練習見学に来ているよ。
週に最低でも2回は遊びに来ているから。
「鈴音さん。多分だけれど、あなたは自分に都合の良い場所へ突撃しようとしているわね。だから相手によまれて追撃される。そりゃそうよね。相手だって一番嫌な場所を一番警戒するだろうから。違うかしら?」
こーちゃんがハッとした顔で、何かを思い付いた。
「そうか。そうだね。それは言える。」
委員長さんの助言を元に、こーちゃんが改良を加えた。
「これは相手の動向を一瞬で見極めなければならないけれど…、こういう時はこうしたり、こんな時はこうする。どうかな?」
彼の説明をイメージする。
確かにそうだね…
委員長さんの言ったことを理解する。
それからの練習では、かなりの頻度でレオさんの懐に飛び込めた。
「おっ?これはやっかいだな。良い感じだぜ。」
やっとお墨付きを貰えた。
難しい宿題を解けた感じがする。
「この技に名前付けても良いかしら?」
委員長さんは頬を紅く染め、メガネをクイッと上げながら言ってきた。
物凄くニンマリした笑顔で。
「委員長の助言で完成したからね。いいんじゃないかな。」
「なら、Shadow Assault、「影の突撃」という意味よ。」
「意外だなぁ。捻ったりした名前にしないんだね。」
「こういうのはね、見た目からイメージするのがいいのよ。覚えやすいし印象に残る。誰かが口にするだけで威圧感を放てるから。」
「すげー。さすが情報通。」
「まっ、鈴音さんには勝ってもらいたいからね。」
「ありがとう、委員長さん。」
「いいの。ファンとしては当然の気持ちだから。次の試合も思いっきり楽しませてもらうわ。」
そう言ってニヤリとした彼女を見ていると、私を応援してくれる人達の顔を思い浮かべちゃう。
きっと、お母さん達家族も、雪ちゃんも、藤竹おばさんもこんな気持なんだろうな。
だから負けられない。
がっかりさせたくないから!
こうして常磐選手との試合を迎えた。
だけれどこの試合は、一抹の不安を残す結果となることになった―




