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第24話 幸子がされると嫌なこと

激しく交わる視線の先には、食い入るように見つめてくるクリスさんの姿がある。

ん…?

雰囲気がさっきまでと違う。

何かが…、くる…


ガードを固めながら突っ込んできた。

警戒しながら、私も迷わず仕掛ける!


!?


私は何もしていないのに、クリスさんが大きくウェービングする。


そう、本物以上のフェイント!


そこから…


無防備無警戒なボディを左で襲う!


ズドンッ!!!


勢いを止めたばかりか、大きく体が折れていく…


左を突き刺すと同時に、体をねじり込み右を振り上げ、一気に振り抜く!


ズバンッ!!!


まるで振り子のように、今度は左を目一杯引いて…




!!!




刹那―――




けたたましく警報がなるような感覚に襲われた。




このまま左を撃っちゃダメ!




ギリギリでパンチを止めてガード体勢を取った瞬間…




『クリス選手!起死回生のシューティングスターだぁぁぁああああ!!!』




1、2、3、4、5発…

まだまだ止まる気配が無い!

このままじゃマズイよ…




(さっちゃんが撃ち負ける訳ないじゃん。堂々と撃ち合えばいい―)




こーちゃんの言葉を思い出した瞬間―

集中力が極限的に高まっていく―

考えるよりも先に体が勝手に動き出していく―

まるで今日の獲物を狩るがごとく―


『そ…、壮絶な撃ち合い!ガードガン無視で、お互いパンチを繰り出し続けていく!!!』

そんなアナウンサーの声など耳に入らないほどの緊張感。

無呼吸で手を出し続けていく。

左、左、右、左、右…


もっと速く!

もっと!

もっともっと速く!!!


ズドンッ!!ズバンッ!!!


私のパンチがクリーンヒットし始める。

速度を殺さない程度に腰を捻り、1発1発に重みを加えていく。


!!


激しい撃ち合いの中でも、気付くことが出来た。

本当に小さな小さな変化。

クリスさんがシューティングスターの最中に行う素早い呼吸の瞬間を―


ズバンッ!!!


そのタイミングを逃さずボディを叩き込む!


グハッ…


連打が止まった―


今こそ…、渾身の…スマッシュを…!!!





「ダウン!!」




!?




レフリーが私達の間に滑り込んできた。

クリスさんが片膝を付き、そのまま両手を付く。

ニュートラルコーナーから見る彼女は苦しそうだった。

もう少し…もう少しだけれど…


目が死んでない…

こっちを睨み、歯を食いしばりながら立ち上がっていく。

ギラギラした雰囲気が漂う気迫に押されそうになる。

絶対に負けないという執念を感じる。


だけれど、私だって負けない。


試合が再開されると同時に、クリスさんは突っ込んできた。


大振りの右フック!


速い!


咄嗟にガードする!


ガツンッ!!


まるで鋼鉄で殴られたような重さ…


だけど…、だけれど…


撃ち合いなら負けないって、私の勇気を託したこーちゃんが言ってくれた!!!


ドドンッ!!!


相打ち…


く、苦しい…


でも…


私が歩んできた過去に比べれば、全然乗り越えられるんだからぁ!!!


クリスさんが渾身の右ストレートを撃ってきた。


私が一番嫌な攻撃をするんだ。


頭を右に少し振りストレートを交わす。


左耳に微かにグローブがかすめていく。


体をねじり込み、今度は左フックを叩き込む!!!





『クロスカウンターだぁぁああああああああ!!!』





アナウンサーの絶叫が響くと同時に、左拳に今までにないほどの衝撃が伝わってくる。


そのまま思いっきり振り抜けぇぇぇぇぇぇええええ!!!


ズドンッッッ!!!


まるでスリップしたかのように、派手に吹っ飛ぶクリスさん。


ハァ…、ハァ…、ハァ…


ワァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!


レフリーがカウントを取り始めた。


「ワン…、ツー…」


あっ…、ダウン取ったんだ…

ニュートラルコーナーで自分の拳を見つめた。

凄い感触だった…

雪ちゃんは、いつもこんな風にしていたんだ…


『あぁーっと!レフリーが両手を交差させながら手を振ったぁぁぁあああ!!TKO!!テクニカルノックアウトです!!鈴音選手の勝利です!!!」


ワァァァァァァァァァアアアアアアアア………


大歓声が全身を包んだ。

やっぱり凄い…

勝つって、凄いことなんだ…

私が…、勝ったんだ…


「おめでとう!」

こーちゃんが満面の笑みで迎えてくれた。

彼の肩に顔を埋める。

「ちゃんとインファイト出来てた?」

「最高だよ!」


そっと頭を撫でてくれる。

強張った体がほぐれていく…

極限にまで高まっていた緊張が和らいでいく…

良かった…

また一歩、前進出来たかも。


『さぁ、勝利インタビューです!』

パチパチパチパチ…

沢山の拍手と声援が飛び交う。

『2勝目ですね!おめでとうございます!』

「あ…、ありがとぅ…、ございます…」

『凄まじい撃ち合いでした!』

「覚悟はしていました…。」

『結果撃ち勝ちましたね。クリス選手のシューティングスターを止めたのは、偶然でしょうか?』


「いえ…、短く呼吸している事に気が付いたので、そのタイミングでボディを撃ちました。」

『狙ってですか?』

「えっ?はい…」

『物凄い観察力と集中力が、シューティングスターを撃ち破ったとも言えますね。そして最後のクロスカウンター!これも狙ってましたか?』


「えっと…、最後のは咄嗟に出ました…。撃ち合いの最中にカウンター入れられると嫌だから…、そう思った瞬間にストレートが来たので…」

『思い切って撃ち込んだと?』

コクリと小さくうなずく…

うぇーん…、やっぱり慣れないよぉ…


『インファイター決戦に相応しい試合内容でした!最後に、ファンの方々に一言!』

「えっと…、今日も沢山の応援が背中を押してくれました…。本当にありがとうございます!!!」

ペコリとお辞儀すると、歓声と拍手、そして声援が降り注ぐ。

「凄かったぞ!」

「格好良かった!!」

「次も応援くるから!!!」

色々な言葉に心が熱くなる。


「それと、入場曲の合いの手…。気分が盛り上がって最高でした!」

キャーーーーーァ!!

悲鳴に近い叫びが聞こえる。

きっと最初に合いの手入れてくれた人だよね。

「これからも!声援よろしくお願いします!!!」

深く礼をし、リングを降りた。


花道には家族と雪ちゃんが待ち受けていた。

雪ちゃんが差し出す右手をハイタッチ!

グッと両手でガッツポーズした。

彼女は自分のことのように喜んでくれていた。


控室―

「どうだった?インファイトは。」

こーちゃんが私の体にタオルを掛けて、マッサージをしてくれている。

「うん…、凄かった。最初、どうして良いかよく分からなかったけれど、きっと自分と対決しているような気分だったんだと思う。」

「ふふふ、そうかもね。」

「クリスさんがシューティングスターで応戦してきた時、こーちゃんが言ってくれた、私が撃ち負けるわけがないって言葉で勇気貰えた…」


彼は照れ笑いしていた。

「へへ…。事実そうだったしね。でも、よく呼吸のタイミングなんてわかったね。」

「私…、相手の表情とか雰囲気とか…、敏感に反応しちゃうというか…」

よく虐められていたから―

「でも今は武器になっている。」

「………。うん!」


今までの苦労が、もしもボクシングに生かされているのならば…

複雑な気分だけれど…

「今まで虐めてきた人達に、ざまーみろ!って言ってやらないとね。」

そう言ってこーちゃんは笑っていた。


あっ…、そっか…


こーちゃんが居てくれたから、乗り越えられたんだ…


彼が笑ってくれるなら、虐めてきた人達に増悪はないかな。


でも、許すことは出来ないかも…


「許す必要なんかないからね。」

ドキッとした。

まるで心を読まれているかのようだったから。

「もしもさっちゃんが勝ちまくって有名になって…」

「………」


そんなことありえない…

「そんな顔しないの。もしもの話しだよ。で、有名人になっちゃったもんだから、昔虐めてきた奴らが謝ってきたとしても、バーーーーーカ!!!って言ってやるんだ。俺達は今、最高に楽しいってね!謝ったって許してやらないから、ウジウジしながら一生後悔してろってね。」

「いくらなんでも、それは…」

「それが人付き合いのけじめだよ。謝れば許されるなんて、天国の神様にでも言え。俺はそう思うね。」

なんだか心のモヤモヤが晴れた気がした。


私達の会話を聞いていた会長が荷物を片付け始めた。

「ささ。凱旋帰国するとしようか。次の対戦相手も考え始めないとね。」

「はい!」

「後は忘れずに、大きな鎌を買っておかないと…」

「それはいらないですぅ!!!」

「えー、合いの手までしてくれるファンに、もっとサービスしなくっちゃ。」

サ、サービス?


「別にリングに上がってからおちゃらけている訳じゃないんだからさ。ちょっとした入場パフォーマンスだよ。喜ぶと思うけどなぁー。」

ジィーーーーーーーーーーーーーーーー

プイッとそっぽを向いた会長。

やっぱり誂っている。

そうだ、たまには乗ってあげて、逆に困らせちゃおう!


「わかりました。まがまがしくて、大きな鎌を準備してくださいね。」

「本当!?いやったぁぁぁあぁあああああああ!!!実はもうポチッっちゃったんだよね!ちょっと高かったけど、経費で落としちゃう!!!いやーーーーーーっ!楽しみだぁ!!!」

あっ…

これ、あかんやつだった…


翌日の学校でも大変だったよ。

「鈴音さん!ちょっときて!」

委員長さんが顔を真っ赤にして迫ってくる。

またもや人気の無い屋上入り口に連れていかれた。


「入場曲に合いの手入れたの私なの!本当に良かった?ねぇ!?」

ドンッ

凄まじい迫力で壁ドンされた…

「う、うん…。初めて入場曲が良い曲だって思ったぐらい嬉しかった。」

「ん~~~っ!!やったぁぁああああ!!!ああいうの、一度提案者になってみたかったんだよね!いや、でも、盛り上がるって確信もあったんだよ!」


同じいじられるにしても、虐められるよりは全然気分が良かった。

「あ、ありがとうね。」

「うん!うん!今度はもっと大きな声でやって、定着させちゃうから!」

「ジムの会長がね、今度は死神が持っていそうな大きな鎌を準備するっていうの…。どうかな…?」


彼女は顔を紅く染めながらこう言った。


「それ、いい…。凄くいい…」


真剣な表情で言われると、もう覚悟を決めるしかなかった。


「もうさ、『我は堕天使 幸子!魂を刈り取りに…』」

「それは会長も言っていたけれど、お断りしました!」

「えぇーーーーーー?」


もう、なんでこうなるの…


でも、楽しそうに笑いながら勝利を喜んでくれていた。


勝利の記念に写真を撮ろうと言われてポーズを考える。


前に雪ちゃんと練習スパーをした時に、彼女がとったポーズを真似してみた。


真顔だけどちょっと照れた顔で、ピースサインを控え目に頭に乗っける。


カシャッ


ポーズは真似していたけれど、笑顔は出来なかった。


それでも委員長さんは嬉しそうに、ありがとうって言ってくれた。


「私…、苦しんでいる鈴音さんに何も出来なかったくせに、今頃になって調子に乗っているというか…、ごめんね。」


「んーん。手を差し伸べられないほど、拒絶していたのは私の方だし…。委員長さんが虐めに参加していた訳じゃないし…。だから今はとても助かっているし、嬉しい。」


「鈴音さん…」


「それにね、こーちゃんが言っていたの。虐めていた人が関わってきたら、バーーーーーカ!!って言ってやれって。」


「そうだね…。それもいいね!うん!それがいい!!」


そう言って笑ってくれた委員長さん。


そんな彼女に、後々災難が降ってくるとは思ってもみなかった。


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