表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/70

第21話 幸子の試合観戦

『明日は試合見に行くからね!』

雪ちゃん宛のメッセンジャーに書き込む。

ピコンッ

直ぐに返事があった。

『あんな奴に負けないから!』


雪ちゃんがひまわり荘に泊まりに来た時に話題に上がっていた、堺ボクシングジム所属の新人キラー、大里おおさと 奈月なつき選手が動き出したの。

私は2戦目を終えたばかりだったから、雪ちゃんの方に挑戦状が渡された。

彼女は直ぐに受けた。


会長やこーちゃん、それと雪ちゃん本人からの情報をまとめると、兎に角強引、豪快なスタイルが信条で派手な試合が多いの。

だけどね…

バッティング(頭で相手の顔にぶつける)やエルボー(肘打ち)、更には足を踏んだりなんかも平気でやる人。

どれもこれも、わざとやれば反則負けになるほどのアンフェアーなものばかり。


新人がこれらを故意かどうか分からないようにやられたら、動揺はするだろうし対処にも困るはず。

そうなってしまったら大里選手の思う壺。

精神的にリードされたら、挽回は難しいって皆が言ってる。


だから雪ちゃんは、色んな人に色んな反則まがいの攻撃をしてもらって、まずは慣れてしまうことから始めたみたい。

次にその対処方法を練習した。

足を踏まれるなら、踏まれないようなステップを刻むとかね。


そして試合当日―

場所は大阪。

今日は一人で応援にやってきた。

会場には少しずつ人が集まってきている。

メインイベントには相田チャンピオンの防錆戦もある。

地元の人達は、名古屋の雷鳴館が殴り込みに来たとか言って大騒ぎになっている。


何とか控室に辿り着くと、雪ちゃんの名前を確認してからドアをノックする。

ガチャリ…

扉が開くと、彼女のトレーナーである近藤さんが顔を出す。

「こ、こんにちわ…」

「鈴音さん!よく来てくれたね。さっ、入って。」


何だか緊張する。

私の時に来てくれた雪ちゃんは、全然緊張していなかったのに…

「さっちゃん!」

「雪ちゃん!」

私は彼女がしてくれたように、ガッツリとハグしてあげた。

雪ちゃん…、ちょっとだけれど緊張している…


「頑張ってね!」

「ありがと!」

「大里さんが反則してきたら、私、靴投げてぶつけてやるんだから!」

「………。アハハハハハハハッ!さっちゃん面白~い!」

う、うけてくれた…


「でも、怪我しないように気を付けてね。」

「うん、心配してくれてありがと!」

ニシシーと笑う彼女は、少しリラックス出来たみたい。

「じゃ、また後でね。」

笑顔で手を振る雪ちゃんは、いつも通りの彼女だと感じた。


ホールへ移動する。

初めて生で観戦することに気が付いたのは、リングに近いシートに座った時だった。

こんな風に見えるんだ…

近くには雪ちゃんのファンクラブの方々が陣取っていた。

さっそく大きな声で声援を送っている。

よし、これなら思いっきり応援しても目立たないよね。


「今日は池田の勝ちっしょ。」

「誰か大里にトドメさしてくんねーかな。」

「なーに、カウンターで一発よ。」

「俺は大里のダークでニヒルなところ好きだけどな。」

近くの観客からは試合前の予想や、二人についての会話が聞こえてくる。

皆、凄く期待しているんだね。


不意に誰かの会話が耳に入ってくる。

「今日は池田選手を応援するけれど、フライ級で私の一押しは鈴音選手ね。」

えっ…?

わ、私…!?

何だか照れる…

俯きながら、凄くドキドキしている。


「確かに二人のデビュー戦は凄かったよね。」

「見て良かったでしょ?」

「流石格闘界の情報通で知られるシノシホさんだ。今日はオフ会企画してくれてありがとうね。あんたの持ってくる話しは当たりばかりだから楽しみだよ。」

背後で女性二人が話をしている。

しかも私の話を…


「鈴音選手はね、普段はとてもオドオドして大人しいなのよ。」

「へぇー。あの豪快なスマッシュ打つが?」

「そのギャップがいいのよぉ~」

「ギャップ萌え~ってやつね。」

「そうそう。リングに上がると別人。あの入場曲だって、きっとギャップ萌え狙っているのよ。普段の彼女からは想像も付かない選曲だもん。」

「なるほどねぇ。じゃぁ今度、鈴音選手の試合も見に行こうよ。」


是非!

とは言えなかった。

顔が熱くなって恥ずかしさがマックスだったから。

でも、凄く嬉しい。


「そうだ。あのメタルの入場曲に合いの手入れようよ!」

「いいねー!それ!シノシホさんがやるなら私もやる!」

あ、合いの手…?

何だろ…?


『レディース&ジェントルメン!』

リング上ではマイクを持ったアナウンサーが雪ちゃんと大里選手の試合開始を告げる。

選手の紹介から入場。

背後の女性二人が大騒ぎで叫んでいた。

それに負けじとファンクラブの人達の大声援。

私も負けずに大きな声で雪ちゃんの名前を叫んだ。


「ゆっきちゃぁぁぁぁぁあああん!!!」


凄い…


観客の熱気が凄く伝わってくる…


それに…


こんな大声出したの…、初めてかも…


レフリーに呼ばれた二人が、リング中央で睨み合う。

大里選手は雪ちゃんを小馬鹿にするように、下から覗き込むように睨んでいた。

でも雪ちゃんは動じてない。

ボクシングはにらめっこじゃないからね。


カーンッ


ワァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!


大歓声と共に試合が始まる。

大里選手は最初からガンガン前に出てくる。

接近戦をさせまいと、アウトレンジから仕掛ける雪ちゃん。

いいよ、いいよ。

相手が嫌がってる。


大里選手はじっくり腰を据えて雪ちゃんの動きを観察しているよう。

対する雪ちゃんは軽やかなステップで周囲を回りながら、不意に近づきパンチを当てては距離を取る。

大里さんが苛ついてきているのがわかる。


でも…

真剣な目で雪ちゃんを見ている。

何かを仕掛けようとしている…

でも何故だろう…

嫌な予感がする…


そんな不安とは裏腹に、1ラウンド終了直前…

『伝家の宝刀!カウンターだぁぁぁぁあああ!!!』

アナウンサーの叫んだと同時に、大里選手が片膝を付いた。

ダウンだ!

レフリーがカウントを取っているけれど、余裕を持って立ち上がりファイティングポーズを取っている。


効いているのは間違いない。

だけれど…

胸騒ぎが止まらない…


カーン


2ラウンド開始と同時に、1ラウンド目と同じ展開となる。

しかし、中盤になると大里選手が目に見えて前に出てくる。

離れようとする雪ちゃんの先回りをする動きを見せる。

何かを企んでいる…

そう思った矢先、多分まぐれだと思うけど、雪ちゃんが移動した方へ大里さんの先回りが成功する。


それと同時に強烈なワンツーを浴びせてくる。


ドンッッッ!!!


『パリィで一閃!!!』


やった!

これは流石に効いて…

効いて…


ガツンッ!!!


何が起きたか、一瞬理解出来なかった。

大里さんのストレートを雪ちゃんがパリィで弾いて、逆にストレートを撃ち込んだ。

だけれど殴られたまま強引に前に出てきたかと思ったら、そのまま頭突きを顔面に打ち込んできた…

なにこれ…

こんなのボクシングじゃないよ…


雪ちゃんはフラフラとし、片膝を付いた。

頭突きが当たった顔面をグローブで抑える。

直後…


異変に気が付いた…


流血だ…


ちょっと見辛いから断定は出来ないけれど、目の上ぐらいが切れていると思う。


「酷い!」

「わざとだろ!!」

背後の女性二人が叫んでいた。

確かにそう見える。

「そのぐれーでビビってんじゃねーぞ!新人!」

他の観客が言うように、パリィからの反撃から強引に懐に飛び込んでいたから、勢い余ってとかの偶然と受け止められても否定出来ない。

それに、パリィーからの一連の攻撃に対して、強引とはいえ反撃出来る勢いは凄いと思った。

だからこそ予想外の頭突きをくらってしまったんだと思う。


カーン


2ラウンド目が終了し、休憩中に応急手当を受けている雪ちゃん。

彼女の胸元からスポーツブラには鮮血が滲んでいる。

こーちゃんに聞いたことがある。

一度流血しちゃうと、殴られる度に傷口が開いて再び流血しちゃうって。

あまり酷いとドクターストップがかかっちゃう。

そうなったらTKOテクニカルノックアウトで負けになっちゃう…


そんな空気が会場に漂った時、ファンクラブの人達は、口々に大里選手への野次や悪口を叫んでいた。

段々と口汚くなっていく。

その増悪は会場に広がっていく…

これは…、駄目だよ…

私は我慢できなくなって、ファンクラブの人達の中でも、明らかに代表者っぽい人のところへ向かっていく。

「あ…」


声が出ない…

だけど親友の試合を壊したくない…

しかも応援してくれるファンの人達によって壊したくない…


「あ…、あの!!!」

隣で大声で呼び止める。

「何かよう?」

………

「えっ!?親友でライバルの鈴音選手!?」

私が誰だか気が付いてくれた。


「野次飛ばしたり、罵ったりするのやめましょう!」

「でも相手のほうが悪いでしょ!」

「違う違う!雪ちゃんのファンだったら、雪ちゃんの応援しようよ!」

「あっ…………」

団長さんはポカーンと口を開けて一瞬呆けた後、直ぐに笛を拭いた。


ピィィィィィイイイイイイ!!!


会員の人達が一瞬で静かになる。

「我々は、相手の非難をしに来たんじゃない。親友でライバルの鈴音殿が思い出させてくれた!愛しい雪ちゃんの応援にきたのだと!!!同志諸君!!!精一杯応援しようじゃないか!!!」


ゥオォォォォォォオオオオオオオ!!!


「ゆっきちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


いつも通りの応援が再開される。

雪ちゃんはこっちを見て手を振っていた。

私も大きく手を振り返した。

きっとこの方が勇気を貰えると思う。

私だってそうだもん。


3ラウンドが開始される。

雪ちゃんはインファイトを覚悟し、近距離での激しい撃ち合いとなった。

飛び込まれて頭突きをくらうよりはいいかも。

足も踏まれないように、不規則なステップも踏んでいる。

いいよ、いいよ。


2回目のカウンターが入った時、大里選手は再びダウンをした。

辛うじて手で支えていたけれど、かなり効いている。

少しずつ、このままいけば勝てるというムードが漂ってきた。


気が付けば、私の席の周りの人も、罵倒を辞めてファンクラブの人達と一緒に応援する声をあげている。

会場の空気すらも反則を許さない雰囲気となる。

そうしたなかで、冷静に大里選手の動きが見えてきた。


ダウンを取られはしたものの、まだいけそうな感じはする。

確かに豪快だし派手だけれど、どれもこれも身を削るような一撃ばかりだった。

伸びてくるような左ジャブや、ここぞとばかりに飛んでくる右は強烈なもの。

それらを巧みに組み合わせきている。

普通に戦っても強敵だとわかる。

もしも私が対戦相手だったら…

アンフェアーなプレーをされなくても、苦戦していたと思う。


しかし、中盤に差し掛かったところでリング上の空気が一変する。

ガツンッ!!

大声援の中でも聞こえそうなほど、嫌な音が聞こえた。

雪ちゃんが驚きながら口元を抑えている。

お構いなしに突っ込んでくる大里選手を避けるように、まだ死んでいない足を使って逃げようとした。


!?


が、逃げられなかった。

ここにきて足を踏んだと同時に、派手なパンチが左右より振り回される。

モロにくらってしまった。

誰の目にも危険だとわかるほどの状況に、会場は絶叫に近い応援が飛び交っていた。

雪ちゃんは口元を抑え、ガードすらままならないでいる。

踏まれていた足は離れていたけれど、思うように足が動いていない。


そこへ容赦なく、止血したばかりの傷口にパンチが集中し…


再び流血…


そして…






その瞬間、タオルが投げられてしまった―――






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ