第20話 幸子のインタビュー
コン、コン
不意に控室のドアをノックされる。
試合終わったのに、なんだろう?
こーちゃんじゃなくて、会長が対応する。
いつもは雑用したがらないのに…
「よっ!」
入室してきたのは、体格の良いスーツを来た男性だった。
「やっと来たか、小次郎。」
まるで会長は、来るのが分かっていたかのような言い方だった。
「まぁ、あれだけ派手にKO勝ちしたら、来るしかないっしょ。」
な…、なんの用事だろう…
私の疑問に会長が答えてくれた。
「こいつは俺がボクシングをしていた頃に良く対戦していた奴でな。今はボクシング雑誌の記者をやっている。」
記者の人が何をしにきたんだろう?
「か…、会長がいつも…、お世話になっています…」
取り敢えず挨拶しておく。
すると会長とこーちゃんがびっくりした顔をしていた。
「さっちゃん!どう見ても取材に来たのでしょ。」
「取材?」
「さっちゃんのだよ。」
「………」
えっ!?
えぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ?
あわわわわっ
どうしよう、そうしよう…
「大丈夫。こいつは変な事を書くようなライターじゃないよ。」
会長が補足してくれた。
「それに、ファンを増やすチャンスでもあるね。」
そ、そっか、そうだよね。
ファンは大切…
興行収入アップ…
でも、インタビューだなんて…
「鈴音さん、はじめまして。今紹介があった「月刊ボクサー」の記者、佐久間 小次郎です。今後共よろしくね。」
「は、はひー」
心臓が高鳴って、なんだか声が上ずっちゃう…
「そんなに緊張しないで。自然体の鈴音さんを取材したいんだ。」
「………」
キョロキョロと辺りを見渡した。
こーちゃんが笑顔でうんうんと頷いている。
心配ないよってサインだと受け取った。
「すみません…、緊張しちゃって…」
「こう言っては失礼だけど、リングの上とは別人なんだね。」
「私だって…、別人だと…、思っています…」
「なるほどね。リングに上がれば本当の自分になれる感じかな?」
「リングには一人で上がれないから。」
「と、言うと?」
「沢山の協力者さんと、応援してくれる人がいないと上がれないから。だから、みっともないボクシングは出来ないから…」
「素敵な心構えだと思う。」
爽やかな笑顔を向けられて、少しずつ緊張がほぐれてきた。
「まずは初勝利おめでとう。」
「あ、ありがとうございます。」
「今日の勝因はなんだったと思う?」
「えっと…、えっと…」
そんなことわからないよぉ…
「さっちゃんが感じたことを言えばいいんだよ。」
こーちゃんがフォローしてくれた。
「セコンドのアドバイス、それと対策が完璧だったからだと…、思います。」
「謙虚なんだね。鈴音選手から見て、山崎選手はどう映った?」
「事前に映像見た時に感じたのは、速いけどパンチが軽いこと。それと、左を多様してくるのだけれど、半分ぐらいは意味のないパンチだと感じました。だから、まずはそこを見極めて一気に懐に入り込めれば勝機は十分あると感じていました。練習でもそれは上手くいっていたし、しっかり見えていたと思います。懐に入って混戦になって撃ち合いになれば有利だと思ってましたし、アウトレンジで攻めてくるなら少しでも近寄って中距離戦に持ち込んでいければ必ずチャンスはあると思っていました。」
あっ…
つい喋りまくってしまった…
「アマチュア最強とまで言われた山崎選手を相手にして、それだけの事を考えながら試合していたと?」
「えっと…、そうです…」
小次郎さんは会長と視線を合わせると、大きく頷いていた。
「正直に言うとね、もっと大雑把に試合しているんじゃないかと思っていたんだ。だけど訂正させてもらおう。冷静な試合運びから、一瞬のチャンスを最大限に生かした試合だったとね。結果は1ラウンドKOだったね。」
「えっと…、挑発だとか誂ってとかじゃなくて…」
「ん?」
「山崎選手は何かに怯えているように見えました。」
「あー、そうかもね。事実かなり警戒していたと思うよ。」
警戒…?私を…?
「あの池田選手との試合で見せたスマッシュ。あれは強烈だったからね。ポイント稼いでもKOされては意味がないから。そこがアマとプロの違いだからね。怖かったと思う。あ、ここは記事にしないから。」
「はい…」
そうだったんだ…
そう言えば試合前に、プロとしては同じ経験程度だと言われていたっけ。
メモを取る小次郎さんは何だか楽しそう。
「山崎選手はね、プロでも何連勝するか、不動のチャンピオンを倒せるんじゃないかって期待されていた選手なんだ。それを1ラウンドKOしちゃった鈴音選手は、今や注目の的だよ。」
「………」
「ん?注目されるのは嫌いかな?」
「いえ…、あの…、えっと…。恥ずかしい…、です…」
「さっちゃんは照れているんです。」
こーちゃんがフォローしてくれた。
「なるほど。強いと言われている選手を倒したって事実は誇って良いと思うよ。」
「慢心…、したくないから…」
「でも、強い人を倒したら、更に強い人への挑戦権を得たってことでもあるんだ。」
「あっ…」
そうか…、それがボクサーの辿る道なんだ…
「自信ってことでもありますよね。」
こーちゃんの言葉にハッとする。
彼はこれが言いたかったんだ…
自分の拳を見つめる。
「最後に、目標を聞いておこうかな。」
「最終的な目標は…、まだわかりません。でも、今年の目標はクリスマスバトルでの勝利です!」
「おっ?気合入っているね。応援しているよ。今回の記事は二週間後に発売される5月号に載るから、楽しみにしていてね。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
深く礼をする。
どんな記事になるのか分からないけれど、応援してくれる人が増えてくれるといいな。
小次郎さんは会長と一言二言会話した後、控室を出ていった。
二週間後―
学校での休み時間でのこと。
「そう言えばそろそろ「月刊ボクサー」の発売日だね。」
「何だか緊張する…」
「ハハハハッ!もう逃げられないよ。でも、あの人は良い記事を書くって評判なんだ。上っ面だけじゃない、選手の内面を上手く掘り下げてくれるんだ。だから不安になることはないからね。」
「うん。」
そんな何気ない会話をしている時だった。
「ちょっといいかな。」
私の隣には、名実ともに優等生で学級委員長の星野 志穂さんが立っていた。
髪はロングで黒メガネという、見た目からも委員長と主張しているような人。
生徒会にも所属していて、生徒会長よりも目立っていると有名だったり。
「どうしたの?」
こーちゃんが対応する。
「鈴音さんをお借りしたいのだけれど。」
「何か怒られるようなことしたっけ?」
こーちゃんが不思議がっているのは、委員長さんが怒っているように見えたから。
私も不安になってくる…
「あの…、あの…。何か悪い事をしたなら謝ります…」
「もう!そんなんじゃないってば!いいから来て!」
強引に立たされて引っ張られていく。
こーちゃんは笑顔で手を振っていた。
えーーーーっ
廊下に出ると手を離してくれた。
「逃げたら一斉放送で呼び出すから。」
そうキリッと言われた。
それは嫌だなぁ…
なので大人しく付いていくことにする。
階段を登っていき、鍵の掛かっている屋上への扉の前にきた。
ここは流石に誰もいない。
「時間もないから単刀直入に言う。」
「は、はい…」
「これ…、鈴音さんだよね?」
そう言って見せられたのは、月刊ボクサーという名の雑誌の中の1ページ。
期待の新人コーナーという見開き右側ページ上段にアトム級の選手が一人と、下段にバンダム級の選手、左側ページはフライ級で…、上段には雪ちゃんの写真が載っていた。
「雪ちゃん!」
思わず叫んでしまった。
慌てて口を塞ぎ委員長さんを見ると、怪訝そうな表情だった。
「雪…ちゃん…?」
「いえ…、何でもないです…」
そして下段を見ると…
!?
自分の写真が載っていた。
『鈴音選手とのインタビューは、強烈なパンチに込められた、純粋な想いに惹かれたものだった―』
その後に続く言葉も、ブログに書いた過去も考慮したうえでの期待のこもった内容だった。
思いやりを凄く感じたし、読んだだけで勇気を貰える、そんな内容だった。
ちなみに写真は試合中の一枚。
多分ダウン取った直後。
「聞いてる?これって鈴音さんだよね?」
委員長さんが目の前で聞いてくる。
その迫力に思わず「はい」と答えてしまった。
「本当に?」
「う、うん…」
「私ね、誰にも言ってないけど格闘技好きなの。最近はボクシングにハマってて、ちょっと前に男子のフェザー級タイトルマッチあったでしょ。」
あれ…?その時って…
「あの時ね、良い席取ろうと思って最初から見ていたの。わかるよね?」
「えっと…、デビュー戦だった…」
「そう!女子は正直興味なかったのだけれど、でもあなた達の試合見て凄く興奮した!あー、でもあなただって気が付かなかった。だって、学校に居る時の鈴音さんとは別人のようだったから。その時の対戦相手って、この上段に載ってる池田って選手だよね。仲が良いって書いてあるけど、私生活でも付き合いあるの?」
「えーと、えーと…」
興奮気味に詰め寄られて、どうして良いかわからない。
でも、隠すようなことじゃないと感じた。
「雪ちゃんの家にお泊りしたり、家に泊まりに来たりしているよ。」
「本当!?本当にライバルってやつなの!?二人の試合、本当に凄かった。でも、フライ級には絶対王者がいるんでしょ?いずれ戦うことになると思うのだけれど、どうなの?」
更に興奮した委員長さんは、両手で私の両側を塞ぎ壁ドン状態…
逃げられない…
こうなったらとことん付き合うしかないと、腹をくくることにする。
「倒すよ…」
グッと拳に力が入る。
「チャンスはクリスマスバトルにあるから。」
そう伝えると、彼女は急に赤面した。
「くぅ~、格好良いぃぃぃ!応援するから!ねぇ、今度練習見に行ってもいい?」
「うん、大丈夫だと思う。」
「大人しい鈴音さんとのギャップも良いわぁ~。この前の山崎選手との試合は見に行けなかったけど、ネット放送見ていてビックリしたんだから。だって相手はアマチュア最強と呼ばれた人だよね?絶対ピンチだと思ったのに1ラウンドKO?マジで凄すぎでしょ!」
委員長さんはいつもは冷静で優等生を地でいく人なのに…、こんなに興奮気味にマシンガントークする人だなんて知らなかった…
「ちょっと取り乱したね。私が格闘技ファンだってことは内緒でお願い。でも、鈴音さんがプロボクサーだって言うのは言ってもいいよね?」
「えーと、えーと…」
どうしよう…、確かにプロなんだし隠すことではないけれど…
クラルメイトには一杯迷惑かけていると思うし、私の事を良く思っていない人は多いだろうし…
余計な波は立てたくないってのが本音かも…
でも、それをどうやって伝えたら…
「それはちょっと待ってくれ。」
階段下からこーちゃんが来た。
「どうして?いいじゃない。」
委員長さんは腕組みをし、彼を見下すように睨む。
まるで、見つけた宝物を自慢するなと言われて拗ねているよう。
「さっちゃんは今、とても大切な時期なんだ。」
「どうして三森君が拒否出来るのよ。」
「俺がさっちゃんのメイントレーナーだからね。」
「それはプロとしてどうなの?」
「勿論、プロとしては失格かも知れない。だけれどさっちゃんはまだ高校生だ。それに複雑な過去もある。今、少しずつ色んな事を吸収して、ボクサーとして急成長している最中なんだ。ボクシングに集中させてあげたい。だから現在の目標であるクリスマスバトルが始まったら、他の人にも言ってもいいよ。それまではそっとしておいてくれないかな。お願いだ…」
彼は委員長さんに頭を下げた。
彼が頭を下げてまでお願いするとは思っていなかった委員長さんは、驚いた後に腰に手を当てた。
「分かった。だけど、個人的に応援する分にはいいよね。後、練習見学。」
「それは問題ないよ。是非見に来てあげて。」
彼の爽やかな笑顔に、彼女の表情が一瞬崩れた後、直ぐに真顔になった。
「鈴音さん!次の試合決まったら真っ先に教えてよね!」
「は…、はい!」
何だか心がくすぐったかった。
同年代の人に興味をもたれたことがなかったから。
また一つ、世界が広がったような気がした。
ボクシングは私を、色んな所に連れて行ってくれると感じた。




