第16話 幸子の告白
『こんにちわー!』
あっ、きた…
私は急いで家の玄関を開ける。
そこには満面の笑みで立つ、親友でライバルの雪ちゃんの姿があった。
清潔感がありながら、ちゃんと女の子している服装だった。
「服…、可愛い…」
「ほんと?気に入ってくれた?」
ウンウンと頷く。
「まずは、あがって。」
「そうだね、お邪魔しまーす!」
直ぐにお母さんがやってきた。
兄妹達も階段の高いところから、顔だけ出して覗き込んでいる。
「あらあら、早かったのね。」
「待ちきれなくて、きちゃいました。今日は、お世話になります。」
ペコリとお辞儀する雪ちゃん。
そう。
今日は雪ちゃんが我が家にお泊りにきたの。
これには事情があるのだけれど…
それは、また後で。
居間に通して、取り敢えず腰を据えてもらう。
雪ちゃんはカバンから何かを取り出した。
袋が2つ…
「こっちにおいで。」
彼女はナナちゃんとマー君を呼んだ。
2人は顔を見合わせた後、恥ずかしそうにやってきた。
「あたいは池田 雪。さっちゃんの親友でライバルなの。」
「ライバル?何のライバル?」
マー君がライバルという言葉に食いついてきた。
「へへーん。それは後で教えてあげる。」
「うん、分かった。」
無邪気なマー君。
あれ?
ナナちゃんは口を両手で抑えながら、何故か赤面している…
「あれれ~?ナナちゃんは、何のライバルだと思ったのかなぁ~?」
雪ちゃんは分かっている感じだった。
一体何だと思ったのだろう…
雪ちゃんはヒソヒソ話でナナちゃんに何かを言った。
「やだぁ…」
「フフフ…、可愛い。ナナちゃんはね、あたいとさっちゃんが恋のライバルだと思ったみたい。」
「えっ…?えぇぇぇぇぇぇえええ!?」
「残念ながら、そうじゃないよ。」
「び、ビックリした…」
ナナちゃんは何故か赤面しながらホッとした様子。
「それと、2人にお土産ね。遠慮せず受け取って欲しいな。」
大きなキャリーバックから取り出した袋を、ナナちゃんとマー君に渡す。
「開けてみていい?」
雪ちゃんの「どうぞ」という言葉と同時ぐらいに、マー君は大はしゃぎで袋を開ける。
「すっげー!かっけー!!」
青くて有名なスポーツメーカーの運動靴だった。
「か、可愛い…」
ナナちゃんも靴だけど、主張しすぎないお洒落な靴だった。
年齢を考えると、まさに今履きたい感じの靴…、だと雪ちゃんが言ってた。
「雪ちゃん、ありがとう。」
私の言葉に続いて、二人共大きな声でお礼を言った。
「まぁまぁ、わざわざお土産まで…。本当にありがとうね。」
お母さんもお礼を言うと「つまらないものですけど」と言って、箱に入ったお菓子を渡した。
「ご丁寧に、どうもね。そんなに気を使わなくてもいいのよ。」
「いえ、今日は一晩お世話になりますので。」
実はプレゼント攻撃は2人で考えたの。
ちょっとでも印象と気分を良くしておく作戦。
なので、代金の半分は私が出しているの。
和気あいあいとした雰囲気が出てきた。
ちょっと慣れてきたところで、雪ちゃんから作戦開始の合図が送られてきた。
私は小さく頷いて了承する。
「はーい!注目ー!」
雪ちゃんは不意に立ち上がりながら手を振る。
全員が何だろう?って顔で彼女に注目する。
「今日は、皆に観てもらいたいものがありまーっす!」
まるでアイドルがファンに甘えているような感じの進行ぶり。
流石元プロ…
バックから小さめのノートパソコンを取り出す。
そこにDVDをセットし、準備を始めた。
次にコードを取り出しノートパソコンとテレビを繋ぐ。
家にはDVDの再生機がないからね…
パッと画面に静止映像が映る。
まだピントがあってなくて何なのか分かり辛い。
「最初に、さっちゃんがあたいのライバルだって言ったけれど、その答え合わせをしまーっす!」
ナナちゃんとマー君はすっかり雪ちゃんのペースにハマっていた。
小さく拍手をしながら答えている。
「じゃ、再生するね。」
お母さんも食い入るように見ていた。
私が始めたスポーツのライバルだって紹介しているからだと思う。
つまりは、私が何のスポーツを始めたのかを伝えるの。
誰も居ないリングが映し出される。
「えー?ここ何処?リング?」
マー君ははしゃぎながら映像を見ていた。
「………」
ナナちゃんは真剣に画面を見ている。
アナウンサーの声が聞こえ始めた。
『では、まず本日最初の対戦カードをご紹介します!女子ボクシングのフライ級4回戦の試合です!…』
アナウンサーの説明に、ボクシングの試合だと理解出来る。
「!?」
ナナちゃんとマー君は同時にお互いの顔を見て、そして私の顔を見た。
どういう顔をして良いか分からなかった。
何だか照れくさかった。
「お、お姉ちゃん達…。もしかしてボクシングやっているの…?」
ナナちゃんの問いには雪ちゃんが答えた。
「取り敢えず見てみてね。あたい達のデビュー戦はライバル対決だったの。」
選手入場…
改めて見ると、凄く恥ずかしい…
「お姉ちゃんかっけー!!」
マー君に褒められると、余計に恥ずかしかった…
お母さんは、黙って静かに画面を見ている。
物凄く真剣な表情…
そしていよいよ試合が始まる。
1ラウンド目。
中距離の攻防から接近戦へ。
そうはさせまいとお互いが派手に撃ち合っている。
混戦から抜け出すための強引スマッシュ。
「………」
ナナちゃんとマー君は驚いた顔をし、口をポカーンと開けながら画面を注視する。
私も驚いた。
あんなに派手なパンチだったの…?
………
これが私の戦っている姿…?
びっくりした。
本当にびっくりした。
想像しているイメージよりも、かなり派手な試合をしていたから。
2ラウンド目。
ショートパンチで攻撃するけれど、カウンターで反撃されちゃう。
後半はフェイントを使っての攻撃。
思わず体が動き出しそうなフェイントだと、今更ながら感じてしまった。
そして3ラウンド目。
序盤の様子見から一気に試合は動く。
ショートアッパーとカウンターの相打ちから、スマッシュとカウンターの相打ちまで、映像で見るとほとんど間が空かずに派手に撃ち合い、そしてラウンド終了。
私はファイティングポーズを取りながら気を失っていてTKO負け。
あぁ、雪ちゃんも限界だったんだ。
右手をあげられた彼女は、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
試合終了後に、勝ったと思ってないからって言ってくれたけれど、本心だったんだ…
「はーい、ここまで。どうだった?どうだった?」
雪ちゃんの言葉に我に返る兄妹達。
「す、すげー試合だった…」
マー君は私の顔をまじまじと見ていた。
「ライバルだってことが凄く伝わってきた!」
何だかナナちゃんは興奮気味だった。
小さくガッツポーズしながら、ウンウンと頷いている。
雪ちゃんからアイコンタクトが送られてきた。
いよいよ本丸攻略。
「お母さん。」
「………」
お母さんは両手で顔を覆っていた。
隙間から、大量の涙が零れていた…
「お母さん…?」
「ご、ごめんね…。感動しちゃって…」
「今見てもらった通り、私が始めたのは…、ボクシングなの…。えっと…、本当に楽しくて…、あの…、怪我とかいっぱいしちゃうと思うけど…、んーとね…、あのね…。ボクシング続けさせてください!凄く…、凄く楽しいの!だから…」
「………」
「私!ボクシング始めて色々と変わってきた!デビュー戦は負けちゃったけれど…、だけど次も試合して、勝ちたいって思ってる!お願い!ボクシングやらせてください…」
「………」
「あたいからもお願いします!さっちゃんは凄く才能あるし、本気でライバルだって思っています!2人で競い合って、リングを降りるその瞬間まで戦い合いたいんです!」
雪ちゃんもお願いしてくれた。
お母さんは…
「実はね…。さっきの試合ね…、現地で見てた。DVD見て思い出しちゃった。」
「えっ!?」
「ネタばらししちゃうとね、さっちゃんがプロテスト受ける時に、未成年は親の承諾がいるの。雪ちゃんもそうだったでしょ?」
「あっ………」
私と雪ちゃんは、ちょっとマヌケな顔で見つめ合った。
強制的に知らされていたんだ…
「さっちゃん!」
真剣な表情のお母さん。
「ははは、ハイッ!」
「続けなさい!ボクシングを!」
「………、いいの?」
「勿論よ!その代わり!」
「………」
「本気でやりなさい!人生賭けるぐらい思いっきり!!いいわね!!!」
「ありがとう…」
フワッと抱きつかれた。
雪ちゃんだった。
巻かれた腕に顔を埋めた。
涙がいっぱい零れてきちゃったから。
「良かったね。」
たった一言で、更に涙が決壊して泣いちゃった。
「さっちゃんの試合ね、凄く驚いたの。」
「?」
涙目でお母さんを見る。
「撃たれても撃たれても、恐れずに前に出て撃ち返して…。ボクシングでは当たり前なんだけど、その当たり前が出来ていた。家にいるさっちゃんとは別人だったから驚いちゃった。だからさっちゃんの気が済むまでとことんやってみなさい。それにね、気が付いていないかも知れないけど、ボクシング始めてから、少しずつ感情が見つかってきている。今も嬉しくて泣いているし、驚いたり照れたり…。リングの中で幸せを探す旅、目的地に辿り着くまで続けるのよ。」
またボロボロと涙が零れた。
ブログも読んでいてくれていたんだ。
色々と知っていたけれど、そっと見守ってくれていた。
心が暖かくなっていく…
お母さんの優しさが、体に、心に染み込んでいく…
「私もね、若い頃はボクシング観戦はよくしていたのよ。」
「ファンだったの?」
「和ちゃんがやっていたからね。全部の試合を応援しに行ってた。だから多少はボクシングの事を知っているつもり。だからこそ、言わせてもらうわ。」
な、なんだろう…
「和ちゃんの試合より面白かった!」
「あははははははっ!」
雪ちゃんは大笑いしていた。
私もなんだかくすぐったい気持ち。
だって、この言葉を会長が聞いたら…って思うと…
うまく表現出来なかったけれど、お母さんもボクシングが好きだって伝わってきた。
だから安心した。
ボクシングのことをまったく知らない人だったら、凄く不安になったんじゃないかと思ったから。
「もうね、試合観戦は大変だったのよ。隣で見ていた知らない人が助けてくれてね…」
「た、助ける??」
「号泣しちゃったからね。」
そう言ったお母さんは、爽やかな笑顔だった。
「負けちゃった…、から…?」
「んーん。さっちゃんの凄く頑張っている姿に感動したからよ。」
「………」
「今度は大きな声で、ナナちゃんもマー君も一緒に応援するからね!」
「僕も応援したい!」
「私も応援する!」
家族3人に加え、雪ちゃんも笑顔だった。
笑顔に囲まれた私は…
胸が熱くなって…
いっぱい涙が零れて…
心の奥の方で何かが生まれた気がした…
それが何かは今は分からないけれど…
きっと、私が旅をするのにとても大切なものだと思う…
さぁ、涙を拭いて…
旅を続けなきゃ…
そう思える、素敵な日になった―――




