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第15話 雪が見たライバルの姿

カーン…

3ラウンド目が始まる。

やっぱりさっちゃんは凄い…

一見不器用そうに見える彼女だけれど、実は起用で几帳面なの。


1番の武器は、純粋で正直なところ。

自分がやってきた練習を少しも疑っていないし、トレーナーのこーちゃんの言葉も信じきって戦っている。

練習してきたことを発揮出来ないことは、よくあることだけれど、彼女に関してはそれがない。


前より効果的に使ってくるショートパンチによる中距離戦も、全力スマッシュも経験済みだからまだ何とかなる。

だけれどフェイントにはビックリした。

あの娘ならではの技だと思う。

普段超真面目な人が、突然放つ冗談みたいな感じ。

だから引っかかっちゃう。


それに、フェイント自体も凄く巧い。

あたいには見える…

本当に撃ってきたと感じる、本物以上に本物の軌道が…

もしかしたら、ボクシングやったことがない人は引っかからないのかも知れない。

そんなフェイント…


『お互い蓄積されたダメージを回復しているのでしょうか。今までとは打って変わって静かな立ち上がりです!』

う、煩いわね…

お互いダメージも相当あるけれど、激しく撃ち合う気力も体力もあるわよ。

だけどね、ここは迂闊に仕掛けられないよ。

お互い手の内が見えてきて、先手より後手の方が有利だから。


でもね…

あたいは敢えて前に出る!

プレッシャーをかけて考える時間を与えない!

さっちゃんの唯一無二の弱点…

真っ直ぐ過ぎるが故に、臨機応変が苦手なこと!

混乱の中からチャンスを掴むんだ!


さっちゃんに向かって、体の左側を前に出して縦向きにする。

こうすることで打たれる面積が減ると共に、左ジャブが有効に使える。

対応される前に、一気に懐に飛び込む!

左のジャブ…、ジャブ、ジャブ…、更に左でボディ…

戸惑っていると、手に取るようにわかる。

チャンスは近い!


更に左ジャブ…


!?


掻い潜ってきた!

何を撃ってくるつもり…!?

低い体勢だから、ショートアッパーかスマッシュ系のはず!

ならばカウンターで…


!!


ショートスマッ………


!?


フェイント!!!


モロに引っ掛かった!

ならば!このまま振り抜け!当たらなくてもいい!!

そして距離を取って…


ガツンッッッ!!!


えっ…?


フェイントだったんじゃ…


ちょっと待って…


まさか…




さっちゃんがカウンター撃ったって言うの!?




待って…、待って…

足に力が入らない…

頭がクラクラする…


『あっーーーー!!池田選手の代名詞とも言えるカウンターを、鈴音選手が撃ち放ったぁー!!ダウンです!これは強烈!!無警戒気味に打ち込まれたようにも見えました…。カウントが始まります!」


震える両手で体を支えながら、上半身を起こす。

青コーナーにいる、こーちゃんの顔が見えた。

凄く驚いていた。

という事は、練習していた訳ではなくて、偶然撃てたってことね…




ならば、あたいにも勝機が残っている…




料理だってスマホだって起用にこなしちゃう彼女だけれど…




生きることには不器用なあの娘に教えてあげなくっちゃいけないの…




今日じゃなきゃ…、あたいじゃなきゃ教えてあげられいこと…




例え腕が折れても伝えなきゃ…!!!




「雪ちゃんがんばれー!!!」

「ゆっきちゃーーーーーん!!!」

「まだまだいけるーーーーー!!!」

まったくもう…、観てるより大変なんだからね…




あの娘に想いを伝えるのは!




グッと腰を浮かせ片足を立てる。

そのまま一気に立ち上がった。

ワァァァァァァアアアアアアアアア!!!

ファイティングポーズを取ると、レフリーが顔を覗き込んできた。

「あなたの名前は?」

「池田 雪です!」

「大丈夫ね?」

「ハイッ!」

「ボックス!!」


『試合再開です!カウント7で立ち上がった池田選手ですが、明らかにダメージは残っています!一方鈴音選手も苦しそうではありますが、池田選手よりは有利かぁ?』

余力がある方が勝つんじゃないんだから。

勝つって強い意志を持ち続けていた方が勝つの!


「いけーーー!さっちゃん!チャンスだよ!!!」

こーちゃんの激が飛ぶ。

これこそ、あたいにとってのチャンス!

先に仕掛けてくれるなら…


ここっ!!


ズドンッ!!!


『パリィで一閃!池田選手、まだまだ闘争心剥き出しだぁ!そして、そのまま超接近戦だ!!頭と頭がぶつかり合う距離だ!!!』

「ボクシングで1番大切な事を、今からあたいが教えてあげる…」

小声でそう伝えた。

彼女は真剣に、本当に真っ直ぐで純粋で真剣に私の顔を覗き込んできた。


!!


『相打ちーーー!!!鈴音選手のショートアッパーに、池田選手がカウンターを当ててきたぁ!!!』


くる…


絶対にくる…


この混戦をリセットし、尚且つあたいを倒す為の…


さっちゃんのフィニッシュブロー…


全力スマッシュが…!!!






ここだぁぁぁぁああああ!!!






ズドドンッッッッ!!!!






『あっ…………、あーーーーっと、鈴音選手のスマッシュに対してカウンターを撃ち込んだ池田選手!!!しかしながら、これも相打ち!!!池田選手は足がもつれながらも近くのロープへ身を預けたぁ!鈴音選手も大きくよろめき、倒れる寸前に背中からロープにもたれかかった!!!両者辛うじてダウンならず!!!』

ワァァァァァァアアアアアアアアア………


ハァ…ハァ…ハァ…

さっちゃんは…

さっちゃんはどこ…?

ボヤケた視界の先に、ロープに背中からもたれ掛かるようにしてファイティングポーズを取る彼女がいた。


鋭く熱い眼差し…


気迫あふれる闘志…


勝つんだという強く激しい意志…


まだそんなに戦えるの…?


さっちゃん…


あなたは、本当はボクシングをやるために生まれてきたのかもね…


あたいのライバルはとんでもなく凄い…


こんな状況でも勝つんだという意志が、ガンガン伝わってくる…


あたいは限界超えてる…


足が動かない…


手は上がったけれど、パンチの撃ち方がわからないほど痺れてる…


怖いぐらいだよ…


あたいの全体重を乗せた渾身のカウンター…


この一撃で倒すつもりで放ったのに…


それでもあなたは倒れないの…?


どうすれば倒れてくれるの…?


あたいはあなたに大切な事を伝えなきゃいけないのに…






カーンッ





グラッ…

『あーっと、池田選手、3ラウンド終了のゴングと同時に片膝を付いた!鈴音選手のスマッシュは、カウンターを当てられて尚、この威力があります!本当に恐ろしい爆発力を秘めています!トレーナーが池田選手に肩を貸してコーナーに引き上げます!壮絶…、まさに壮絶な闘い!』




ザワザワ………




『おぉーっと?鈴音選手…、ファイティングポーズを取ったまま動きません…。トレーナーが慌てて駆け寄る………』




あたいはアナウンサーの言葉を聞いて、振り向いた…






そこには真っ白なタオルが宙に舞っていた…






『タ………、タオルが投げ込まれました!試合終了!池田選手のTKO勝ちとなりました!!!』




こーちゃんがさっちゃんの肩を優しく揺すると、そのまま彼女は体を預けるように彼に向かって倒れた。




カンカンカンカーンッ…



激闘だった試合の幕は、一瞬で、会場中の誰もが予想出来ない形で降ろされた。

ワァァァァァァアアアアアアアアア!!!

「「「ゆっきちゃーーーーーん!!!」」」

大きな声援があたいを包む。


涙が零れた…


勝ったからじゃない…


これでやっと、さっちゃんに大切な事を教えてあげられる…


不意に右手が掴まれ、高く上げられた。

あたいは直ぐに手を降ろして、トレーナーの肩を借りながらリングを降りた。

「雪ちゃん凄かったよ!」

「いい試合だった!」

花道では、色んな言葉をかけてくれた。

右手を上げて答えながら、控室へと戻っていく。


「なんて無茶するんだ…」

控室では、トレーナーの近藤さんに怒られちゃった。

「一歩間違えば立場は逆だったからね。あのスマッシュは選手生命すら刈り取る力があると、何度言えば…」

「だからこそ逆転の芽があったんです。あのままフェイント多様されて、更にカウンター喰らえば、それはあたいの負けを意味します。」

「だ…、だけどねぇ…」


近藤さんの気持ちもわかる。

元アイドルなんてことで中途半端に注目された選手なだけに、大切に育てたいのかもしれない。

でも、ボクシングをやるのはあたい…、自分なの。

長く続けたいが為に、今日は思いっきり無理した。

そして、もう少し無理するんだ。


「近藤さん。」

「ん?どこか痛むかい?」

「いえ…、さっちゃんの控室に連れていってください。」

「いや、それはやめた方が…」

「大丈夫です。それに、今じゃないとダメなんです…」

「で、でもねぇ…」

「お願いします!」

「はぁ…。2人は他のボクサーには無い、ちょっと変わった関係なのは認めるよ。でもね、負けた選手の控室に…」


「あたい、勝ったと思っていませんからっ!」

「えっ?」

「試合のルール上、勝ったことになっているだけなんです。2度もダウン取られて、本当に紙一重で勝ちと決め付けられただけ。こんなの勝利じゃないです!」

「でも、勝ちは勝ちだから…」

「少なくとも、あたいは認めません。兎に角お願いしますっ!」


「一応聞いてみるよ…」

近藤さんは渋々さっちゃんの控室に連れていってくれた。

ドアをノックし、熊さん会長と会話していた。

「池田がどうしてもって言いまして…、勿論無理にとは…」


その時、部屋の奥から小さな声が聞こえたような気がした。

熊さん会長は迷わず扉を全開させる。

「雪ちゃん、お願い…」

あたいは足を引きずりながら控室へと入っていった。


さっちゃんはぐったりと横に寝ながら泣いていた。

「さっちゃん。試合中も言ったこと、覚えてる?」

「グズッ…、うん…」

「これからもボクシング続ける為に、1番と言っていいぐらい大切なことを、どうしても今日、あたいが伝えたかったの。」

「うん…」


「今さっちゃんが感じている感情…、それは「悔しい」って言うの。」

「悔しい…?」

「そうだよ。一生懸命練習したし、会長さんの期待、こーちゃんの努力、そして応援してくれた人を裏切っちゃった…」

さっちゃんはさっきよりも涙の量が増えた。


グズッ………グズッ………

そして…、思いっきり泣き出した…

ワァァァァァァアアアアアアアアア………

あたいは彼女をそっと抱きしめた。

彼女は強く強く抱きしめ返してきた。


「悔しいって気持ち、忘れちゃ駄目だよ。」

「辛いよぉ…」

「だから今度は勝つのっ!絶対にっ!」

「うん…、うんっ!」


「さっちゃんクリスマスバトル出るの?」

「出る…」

「じゃあ、そこでもう一回やろう!今度こそ白黒決着つけるよ!」

「?」

「だって、今日の試合には勝ったと思ってないから。もっと完璧にさっちゃんを倒してみせる!」

「わかった…。私も…、私も頑張る!」

「そう!その意気だよ!」

「雪ちゃんには大切なこと、いっぱい教えてもらってばかり…」

「じゃぁ、休暇中にまたご飯作りにきてね。」

「うん!」





さっちゃんの悔し涙は、とても綺麗で可愛かった。





あたいはきっと、プロとしては間違っているのかもしれない。





でも、だからこそあたいも強くなれる。





ライバルだからこそ登れる階段だってあるんだから!


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