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第14話 幸子の信じるもの

『では、まず本日最初の対戦カードをご紹介します!女子ボクシングのフライ級4回戦の試合です!期待の新人、池田 雪選手。ボクシングジム雷鳴館所属。17歳。今回がデビュー戦となります。雷鳴館と言えば、男女共にタイトルホルダーを抱えるジムでありますが、その中でも異彩も異彩。前職がアイドルという経歴を持ちながらもボクシングに転向。しかしながらその実力は本物。デビュー前からプロ相手にスパーリングをこなし、その評判も高い選手であります。そして対するは、三森ボクシングジム所属、鈴音 幸子選手。同じく17歳。こちらもデビュー戦。池田選手は彼女のことをライバルと宣言しています…』

静かなホールにアナウンサーの声が響いている。

選手入場に備えて、ホールに入る扉の前で待機中。


さっきちょっと覗いて見たけれど、こーちゃんが言っていた通り、お客さんは少ないかな。

100人はいない。

50人?

もっと少ないかも。

そう言えば場所取り目的で最初から観戦する人もいるとかいないとか。

今日は第5試合のメインイベントで、男子フェザー級タイトルマッチがあるから。


そのなかでも一箇所だけ盛り上がっているブロックがある。

雪ちゃんのコーナーの真後ろ。

もう応援が始まっている。

「「「ゆっきちゃーーーん!!!」」」

この静かなホールでは、彼らの独壇場とばかりに盛大な応援が続く。


でもね、私も応援席で知っている顔をみつけた。

藤竹おばさん。

本当に見に来てくれたんだ。

胸が熱くなる。


「さっちゃん。緊張してる?」

会長の問いかけに、「ちょっとだけ」と答える。

「なかなか良い面構えだよ。相手の応援凄いけど、さっちゃんは常にチャレンジャーになるから、今から慣れておいた方がいいかもね。」

こーちゃんも続く。

「まぁ、そうなるかな。対戦相手はキャリアが上の人ばかりになるだろうしね。それに、雪ちゃんとのライバル対決なんだ。彼女をがっかりさせないボクシングをしよう!」

コクリと小さくうなずく。


『では、選手の入場です!まずは、赤コーナー!池田 雪選手!』

軽快なリズムに、華やかで甘い感じのアイドルっぽい音楽がかかり、雪ちゃんが入場しているはず。

声援は益々大きくなっていく。

『続いて青コーナー!鈴音 幸子選手!』

バタンと扉が開く。

眩しいスポットライトを避けるようにフードを目深に被る。


このフード付きマント。

ちょっと…、いえ、かなり…、いやいや、物凄く恥ずかしい…

骸骨みたいな絵柄なの。

会長は本当に悪役やらせようとしていたんじゃ…と疑ってしまうほど。

しかも入場曲もメタル系の激しいやつ。

「さっちゃーーーん!!!」

爆音の中にでも、藤竹おばさんの声はしっかり聞こえた。


リングに上がる。

雪ちゃんは、本当にアイドルのような、ピンク地で白いフリフリの付いたマントで可愛らしかった。

なのに私は…、スケルトン…

気を取り直してマントを脱ぎ、リング中央へ。


レフリーより反則行為の確認が行われる。

「反則なんてしないよ!勿体無いもん!ねっ!!」

「うんっ!」

「そして、あたいがさっちゃんにボクシングで1番大切なことを教えてあげる!」

「私は雪ちゃんに出会えた事を感謝しながら、全力で闘う!」

雪ちゃんの言葉に、緊張感なんて吹っ飛んじゃった。

そして、スッと右拳を前に出してきた。


あっ、これは例のやつね。

事前に動画が送られてきて、これを試合前にやろうって話していたの。

私は右拳で雪ちゃんが差し出した右拳をを上からトンッと叩く。

続いて彼女が同じように私の右拳をトンッと上から叩く。

そのままタイミングよく軽くグローブを正面でタッチさせ、グイッと曲げた手を勢い良く相手に向かってビシッと向ける。

そしてそのまま自コーナーへ向かっていった。


ワァァァァァァアアアアアアアアア!!!


少ない観客席から、精一杯の盛り上がりを見せるホール。

ふぅー…

「さっちゃん!一生懸命練習した三つの作戦、覚えている?」

こーちゃんからだ。

私は小さく頷く。

「今日は全部ぶつけるんだから、どんなに苦しくても忘れないように!」


「両者リングへ!」

レフリーに呼ばれ再び中央へ。

カーンッ!

グローブを軽くタッチさせる。

凄く真剣な表情の雪ちゃん。

私だって…

いよいよ始まる、2人のデビュー戦が!


直ぐに仕掛ける。

中距離を維持するショートパンチで出鼻をくじく。

懐に入らせず、そしてパリィも封じる。

だけど油断は禁物。

雪ちゃんはこの鋭いパンチにすらカウンターを合わせてくるから。


『鈴音選手、鋭い中距離攻撃が冴えています。池田選手は得意のアウトボクシングも懐に飛び込む事も許されない!』

彼女からの反撃は、頭を振ってウェービングで交わしていく。

的を絞らせない。


お互い警戒しているのがわかる。

私だって雪ちゃんが何かを狙っている、企んでいると思ってガンガン前に出るには、まだちょっと怖い。

多分彼女も同じ。

一ヶ月前の練習スパーの時は、どう考えても雪ちゃんがリードしていたから。

私達が対策を練ってきていると考えているはず。


膠着状態を崩すには…


細かいパンチの時はガードごと突っ込む!


!!


ズドンッ!!

私のボディ攻撃が深々と刺さる。

手応えあった!


あっ…

雪ちゃんの目が何かを狙っている…

直ぐに腹筋に力を入れる。


ズドンッ!!

彼女は1発もらう覚悟で接近戦を挑んできた。

頭を低くしてのボディ狙い。

そのまま超接近戦を挑まれる。


こういう時は…

ショートアッパー!


!?


交わされた!?


ズドンッ!!


リバーブロー…、これは効いた…

距離を取ろうと離れるけれど、まるで磁石で引き合っているかのように付いてくる。

強引に剥がそうと右フックするけれど…


!!


パリィされ…


ズドンッ!!


またもやボディを狙われる。

このパターンはまずい…

そうだ!

こーちゃんとの三つの作戦!


超接近戦を崩す作戦。

無茶苦茶なやり方だけれど…

私も頭を低くして、そのまま強引に体をねじり込む。

右拳は腰の位置へ!


!!


雪ちゃんは直ぐに気が付いた。

そう、全力スマッシュッッッ!!!

案の定、カウンターを狙ってくる!

作戦の1つ目!

困った時は相打ち覚悟の全力スマッシュだァァァ!!!


ズドンッッッ!!!


雪ちゃんはカウンターを合わせようとして、直ぐに左手でスマッシュの軌道を変えようと試みた。

だけれどほとんど変える事が出来ず、ガードした右手越しに吹き飛ばす。

そう、いくらカウンターが強烈でも、私のスマッシュを超えられないはず。

分が悪すぎると言うこーちゃんの指摘通り、彼女もそう感じたみたい。


カーンッ


一旦距離が離れたところで1ラウンド終了のゴングが鳴る。

直ぐに自分のコーナーへ戻っていく。

ワァァァァァァアアアアアアアアア…

今頃になって声援が聞こえてきた。

そうだった…

デビュー戦だったんだ。


会長が準備した椅子に座り、口の中をゆすいだ。

「さっちゃん、もらいすぎ!それに、強引スマッシュ出すのが遅かったぞ!」

「夢中だったから!」

「でも、俺らの思惑通りだった。貼り付けられたら直ぐに出すように!」

「はいっ!」

「残り2つも直ぐに使っていけ!出し惜しみするなよ!」

「はいっ!」


こーちゃんは会長をみる。

会長は横から顔を出してきた。

とてもニコニコしている…

「良い内容だったよ。いいかい、こういう拮抗した試合内容の時は、心が先に折れた方が負けちゃうんだ。最後まで戦うという強い意志を忘れないようにね。」

「………はいっ!!」

会長の言葉…、とても大切なことだと思った。

心に刻んでおくんだ。

倒れなければ負けない!

立っていれば戦える!!!


カーンッ!!

2ラウンド開始。

今度もお互い様子見をしながら接近していく。

シュッ、シュッッ!

雪ちゃんの本来のスタイルであるアウトボクシングを仕掛けてきた。


作戦の2つ目。

アウトボクシングで攻めてきたら…

ドンッ!ドンッッ!!

ショート気味ながら、強烈なワンツーで雪ちゃんを襲う。

相手が引いたら前に出る!


ズドンッ!

ショートアッパーでガードをこじ開けて…


ズドンツ!!

シュートスマッシュでダメージを蓄積させる…


雪ちゃんの顔が跳ね上がり、チャンスと思ったけれど、彼女の目を見てとどまる。

だって…

あの目は全然死んでない…

カウンターを狙っている目だ…


彼女はそのまま一気に前に出て来た!

ワンツーをガードしてからの左フック!

掻い潜って、一気に決める!

ショートスマッシュ!


ドンッッッ!!!


まるで石で叩かれたかのような、重い一撃が顔面を襲った。

カウンター…

ガクガクッと足が震えた。

やばい…、いいのもらっちゃった…

もう足にキテる…


だけど、それは雪ちゃんも同じはず。

目は死んでないけど、華麗なフットワークはみられない。

撃ち合うんだ!

撃ち合いで勝てないなら、私に勝機はないからっ!


ガードを固めて、頭を低くしながら突撃する。

短いパンチでボディを執拗に狙った。

だけど…


ドンッ!


下から突き上げられ、顔が跳ね上がる…

あっ、やばい…


ドンッドンッ!


そこへ強烈なワンツーを叩き込まれる。

何やってるの…

これは私が雪ちゃん攻略で使ったパターンじゃない…

牽制して一旦離れ…


ズドンッ!!!


カウンター…

またもらっちゃった…

視界がボヤケてくる…

頭もクラクラする…


「さっちゃーーーーーん!がんばれぇぇぇーーー!!」

藤竹おばさん…

ぐっと足に力を入れる。

まだ、イケる!

イケるんだから!!


3つ目の作戦をここで使うんだ!

お互い一気に距離が近づく。

練習通りに…

レオさんでも引っ掛かった…

本物以上の…


!?


フェイント!


ズドンッ!!


綺麗に右ストレートが入る。

雪ちゃんは思わずよろけた。

かなりの手応えだよ!

カウンターもパリィも狙えない。

本当に撃ってくるかのようなフェイント!

もう一回!


!?


ドンッ!ズドンッ!!!


重いワンツーが決まった!

『あぁーっと!防御に定評のある池田選手、片膝を付いてダウンだーーー!!!』

アナウンサーの人の声で我に返った。

レフリーにニュートラルコーナーへ行くよう指示される。

ハァ…、ハァ…


これが雪ちゃん攻略するための、こーちゃんとの3つの作戦。

1つ、離れている時はショートパンチでガードを崩す。

2つ、接近戦では相打ち覚悟の本気スマッシュで距離を取る。

3つ、フェイントでカウンターもパリィも封じる。

後は会長が言う通り、心が折れないよう強く強く勝ちを意識する。


雪ちゃんは5カウント目でファイティングポーズを取っている。

お互い少しぎこちなくジリジリと距離を縮めていく。

今度はどんな手でくるのか、探り合っているよう…


カーンッ

3ラウンド目の終了のゴングが鳴る。

雪ちゃんの目はまだ死んでない。

彼女にはカウンターがある。

でも、私にもスマッシュがある。

お互いまだまだやれる…


『誰が想像していたでしょうか!新人とは思えない、高度な攻略戦!手に汗握る試合展開に会場が沸いています!前評判を覆し、鈴音選手は池田選手の得意技である、パリィとカウンターを攻略しつつあります。そしてフィニッシュブローであるスマッシュの効果はガード無視という凄まじさ!しかし、その代償であるカウンターの威力も大きい!お互い満身創痍で3ラウンド目に突入です!』


「さっちゃん、良い感じで押してるよ。このままいけるね?」

「まだ死んでない…」

「?」

「雪ちゃんの目が…」

「そうだね。絶対に油断しないように。さっちゃんなら、絶対に撃ち負けない!絶対に!」

「はいっ!」

「自分の拳を信じるんだ!」

「………はいっ!」


お母さんが居ないこの大きなホールで、


自分の小さな拳を見つめながら感じていた。


拳だけじゃないよ…


こーちゃん…


あなたの事も信じてるから―――


私が持っている唯一の武器…


勇気を託したあなたの言葉を―――


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