まったりハロウィン。
ハッピーハロウィン!(早い)
お久しぶりの方が多いでしょうか。
本編が詰まってしまい、書けなくなってしまったので、
なろうだけの特別、ハロウィン番外編を書いてみました!
こちらは書けました。
いつか、本編でも登場させたい新キャラです。
それは、陽が傾いて外が薄暗くなった時間帯。
もふもふの獣人傭兵団さん達も帰ってしまい、お客が来ないと判断して店じまいを始めようとしていた時のことだった。
「……あの」
その声に、正直言って驚く。
店には私しかいないとばかり思っていたからだ。
白いドアにぶら下がった鐘は鳴らなかった。なのに、一人のお客が立っている。
初めて見るお客だ。
服装は黒一色だった。けれどもレースがあしらわれて、それはそれは気品溢れるドレス。でもこの世界には珍しく、丈の短い漆黒のドレスだった。そして黒い手袋に、黒い日傘を持ち、またしても黒いロングブーツを身に付けた女性。
ちょこんと乗せられたサイズの小さな帽子も、また黒。でも深紅のリボンがついていた。
そんな彼女の髪は、漆黒とは真逆の真っ白なものだ。その肌も陶器のような白さ。瞳も薄い空色。唇は真紅の口紅が塗られていた。
ゾッとするほど美しい、漆黒を纏う女性。
「いらっしゃいませ」
私は呆けてしまったけれど、すぐに笑顔で挨拶をする。
接客をしなければいけない。お客様なのだから。
「お好きなお席にどうぞ、おかけになってください」
彼女が選んだ席は、カウンター。
「メニューです」
「……この、ラズベリーのショコラをください」
鈴の音のような声で、注文した。
ちょうど残ってている。
「お飲み物もいかがですか?」
「コーヒーを……」
「かしこまりました」
注文は以上のようなので、私はキッチンに入った。
先ずはコーヒーを淹れる。その場に満たされるコーヒーの香りを吸い込んでから、ラズベリーのショコラケーキを取り出す。
トレイに乗せたそれらを運んでいった。
「お待たせしました」
「……」
女性は軽く頭を下げて、早速ケーキに手をつける。
私は見たことのない彼女を不思議に思いつつ、キッチンに戻った。
暫くすれば。
「ごちそうさまでした」
「あ、ありがとうございます」
彼女は支払いをすませて、もう薄暗いというのに黒い日傘をさして帰っていった。
この街の住人じゃないだろう。そう思った。
翌日も、獣人傭兵団さんが帰ったあと。陽が暮れた時間に、漆黒の彼女は来た。
今日はコルセット調の黒いドレス。丈はまた短くて、でも漆黒のロングブーツを履いていて、綺麗だった。
「いらっしゃいませ。また来てくださったのですね」
「……はい。昨日と同じものをお願いします」
「ラズベリーのショコラとコーヒーでお間違いないでしょうか?」
「はい」
笑顔で話しかけるけれど、彼女の方は無表情。人見知りしているのだろうか。あまり話しかけてはいけないのかもしれない。
またコーヒーを淹れて、ラズベリーのショコラケーキを出した。
彼女は黙々と食べて、それからお礼を言うと帰っていく。
そのまた翌日の日暮れ時。
彼女は、またしても音もなく現れた。
それでなんとなく、彼女の正体をおおむね予想がつく。
けれども、笑みを向けるだけで、指摘しなかった。
彼女はまたラズベリーのショコラケーキとコーヒーを頼んだ。
黙って堪能しては、静かに帰っていく。
そんな日が、一ヶ月近く続いた。
「店長ー! ケーキくれ!!」
昼過ぎの時間帯のこと。青い狼の姿のチセさんは、ステーキを平らげたあとに元気よく注文してきた。
「今日はじゃんじゃん食いたい気分なんだ!」
「オレもちょーだい、お嬢」
「僕も」
カウンター席の純白のチーターの姿をしたリュセさんも、手を上げる。続いて、チセさんの後ろの席に座る緑のジャッカルの姿のセナさんも挙手した。
「ローニャ店長」
「あ、シゼさんもケーキですね」
純黒の獅子のシゼさんに呼ばれて、理解する。
彼が食べたいのは、チョコレート系のケーキだ。
キッチンに戻って、冷蔵庫を見た。
「あら……」
「どうかしたぁー? お嬢」
思わず声を漏らしてしまうと、リュセさんが身を乗り出して覗く。
「いえ、フォンダンショコラとラズベリーのショコラが一つずつしかなくて……他のケーキならあるのですが」
「それがどうしたの?」
「……最近、夕方に来るお客さんがラズベリーのショコラを食べてくださるのです。だからラズベリーのショコラはとっておきたいのです。いいですか?」
私はキッチンから出て、シゼさんやチセさんの顔を見て問う。
シゼさんが、沈黙のまま頷く。
「別にいいぜ」とチセさん。よかった。
「僕達のあとにお客が来るなんて、意外だね」
「そーそー。お嬢はオレ達が帰ったあとにもう店じまいしているイメージがあった」
セナさんとリュセさんが、意外だと漏らす。
獣人傭兵団さんを避けて、昼にはお客が来ないこのまったり喫茶店。私も意外に思っている。
「多分……獣人傭兵団の皆さんを知らないと思います。この街の住人ではないはずです」
私はそう答えた。ただの予想だけれど。
「他の街から来ているわけ?」
「んー……なんていうか、ちょっと怖い話になるのですが」
「怖い話? なになに?」
リュセさんは食い付いた。
ちょっとクスリと笑いながら、ケーキを運んでいく。
「その人、女性なんです」
「遅い時間に、女性が他所の街から?」
「はい。ドアの鐘を鳴らさずに、音もなく入ってくるんです」
「音もなく?」
セナさんが首を傾げる。
それから席を立って、白いドアのノブを掴んだ。軽く開けただけで、カランッと音が鳴った。
「どうやって音もなく入るわけ?」
「さぁ。どうやって入ってくるのでしょうね。漆黒のドレスを纏うとても美しい女性なのです。それはもう、ゾッとするほどでして」
「なにそれ、喪服?」
「ゴーストか?」
リュセさんに続いて、チセさんが身震いする。
ちょっとは怖いとは思ったようだ。笑ってしまう。
でもバクバクとケーキを食べていく。
「私の予想では多分……きっと、魔物の吸血鬼だと思うのです」
それを口にした途端、ガタンッとリュセさんもチセさんも、一度座ったセナさんまでもが立ち上がった。
「ま、魔物!? しかも吸血鬼!?」
魔物に分類される吸血鬼は、最強の種族だ。
魔物とは、簡単に言えば魔王が従える種族。ただし、今は敵対していないし、危害を加えてこない。
けれども、恐れられている種族ではある。
ホラーの怪物の対象だ。
「ニンニク! ニンニクをかけとけ! 店長!」
ニンニクはその魔物避けになる。
チセさんが言うけれど、私は首を左右に振った。
「いいえ、かけません。入店拒否したりしません」
「! ……そう、か……」
穏やかに言えば、チセさんは項垂れて座る。
自分と重ねたのだろうか。
「でも! その吸血鬼の女が危害加えない証拠はあるのかよ!?」
「魔物が通っていると知られたら、ますます客足が遠退くよ」
リュセさんとセナさんは、指摘する。
獣人傭兵団さんが通っているから、お昼に他のお客が来ない。
魔物は不吉と忌み嫌われてもいるから、嫌がる人間もいる。
「大丈夫ですよ。獣人傭兵団さんは言い触らしたりしないでしょう? それに彼女も悪い魔物ではありません。ただケーキを食べに来ているだけです。リュセさん達と同じ、まったりしていっているだけですよ」
リュセさんに笑いかけて、宥めた。
リュセさんは「むぅ」と唸ったあと、納得したようで席に腰を落とす。
「君がそう言うなら……別にいいけれど。何かあったらすぐ僕達を頼るんだよ」
セナさんも席につく。
「はい、頼りにしています」
私は微笑んだ。
獣人傭兵団さん達を見送って、数時間後のこと。
音もなく、美しい漆黒の彼女が現れた。
「いつものをください」
「はい。ラズベリーのショコラケーキとコーヒーですね」
凛とした鈴の音の声に、頷く。
残ったショコラケーキとコーヒーを、カウンター席に座った彼女に出す。
「あの」
「!」
キッチンに戻ろうとしたら、声をかけられた。
注文以外で話しかけられるのは、初めてだ。
「なんでしょう?」
「……わたくしが魔物だということに勘付いていらっしゃるのでしょう? どうして魔除けをしないのですか?」
首を傾げると、そんなことを言われた。
私はキョトンとしたけれど、やがて顔を綻ばせる。
「まったりしたいお客様を拒んだりしたりしません。またいらしてください」
「……ありがとうございます……」
美しき吸血鬼は、微笑んだ。