保護区……ってようするに魔獣動物園(入園料800円不定休)
……さぁて、と。
くるっ。
すたすた。
魔獣二匹に歩み寄り。
ぶちぶちぶち――っ。
べりべり――っ。
むしりとった。素手で。
ものすごく顔色の悪いアルは合掌してた。
「……合掌……」
チ――ン。
「気の毒すぎる……。俺ほんと魔獣でなくてよかった」
「何で? ちゃんとかわいそうと思って、気絶してる愛段位やってるのに。ちゃんと痛くなさそうなとこ狙ってるよ?」
それにあんたは『本命勇者』、『本命ヒーロー』じゃないか。
まかりまちがっても悪役にはならんて。
「自分からくれる奴にはやらないし」
「笑顔で威圧すりゃ、誰だってくれるよ!」
威圧した覚えはない。
「脅迫はしてないよ」
「お前は笑ってるだけで無茶苦茶恐いんだよっ!」
えー、そう?
こんなにかわいい女の子のロイヤルスマイルなのに。
実際お姫様よ?
収穫をケースにしまって箱に入れ、右手をかざした。
「帰還魔法、発動!」
地面に魔法陣が浮き上がる。
カアアアアア!
光が辺りを包み―――次の瞬間、あたしたちは城に帰還していた。
祖父の代は個人的趣味で真っ黒け、どう見てもラスボスいるよね的な城だったそうな。
母曰く、比留間でも薄暗くて、そこらに本物の死体が転がってたと。怪しいオカルトグッズや拷問機具も至る所にあった。
「昼寝してるのかな?」と近づいてみたら死体だったことが何度もあったそうで、母ですらしばらくうなされたそうな。
無理もない。
現在はイメージ払しょくのため、真逆の純白で美しい城になってる。
明るく開放的。怪しいグッズもないし、死体も転がってない。これ大事。
人々の格好も華やかで、まさに芸術の都だ。母の目指した学問・芸術の国って目標は達成できたわけだ。
帰還ポイントはその城の裏。近くに『保護区』のゲートがある。
あたしはヘビとライオンのしっぽをつかんでひきずってった。
ズルズル。
「幼女が自分よりはるかに大きい魔獣ひきずって『保護区』に持ってくとか……。なんだこのシュールな絵面……」
「何ブツブツ言ってんの?」
あたしの腕力じゃ無理だから、ネイル二本追使って筋力パワーアップさせてるに決まってんじゃん。
ゲートの警備員兼受付係である牛頭・馬頭があたしを見て直立不動になった。
そんなビビらんでも。
二匹はどっちも人間に近い姿してるけど、これは化けてるから。
牛頭は牛の角生やしてるイケメン。言われなければ悪魔と間違えるだろう。角で。
馬頭が馬の耳を頭からびょこんと出してる美少女。
王様の耳はロバの耳~♪じゃなく、馬の耳~。あんま変わんないね。
彼らはインドのプロの警備員だ。スカウトしてきた。退治したわけじゃない魔獣もここにはそれなりにいる。
「お、お帰りなさいませ姫様!」
「ただいま~。ゲート開けて。手がふさがってるから」
「は、はいただ今。新入りですか?」
「うん、そう。ちょっくら行って捕まえてきた」
ちょうちょかカブトムシとってきたくらいの軽い感じで言う。
牛頭馬頭は口の端をひきつらせ、
「わ、分かりました」
「お手伝いしましょうか?」
あたしはかぶりを振った。
「ううん、いいよ」
ズルズルズル~。
ひきずってく。
牛頭馬頭は気の毒そうに「お疲れ様です……」とアルに会釈した。
アルは涙をぬぐう仕草をしてみせた。
何やってんの?
さて、元は狩猟場だったここら一帯の土地は、現在『保護区』になっている。あたしがそうした。
このエリアにはたくさんの魔獣が暮らしていた。
「そおーれっ」
ぶん投げて衝撃を与えるという方法で二匹を起こした。
ドズ――ン。
「……もうツッコミがおいつかねえ……」
「なに? ほら、さっさと起きてー。朝ですよー。夕方だけど」
パンパン手を打ち鳴らす。
目が覚めた二匹は状況が分からずパニクッてる。
「え? ここどこだ?」
「遠巻きに色んな魔獣が見える……」
うん、みんな近寄ってこないね。
むしろあたし見てガクブルしてる。
「魔王が来たあああ!」
「ひいいいひ、何もしてないけどとりあえずすいませんでしたー!」
何匹も土下座してる。
「失礼な」
あたしはもう『魔王』じゃないっつーのに。
周囲の魔獣を示しながら説明する。
「ここはこういう魔獣がのんびり暮らせる保護区よ。あたしが作ったの。世界各地の悪さしてる魔獣を退治しに行ってるわけだけどさ、中には殺しちゃうのはもったいないなーってのもいるわけ。何も悪いことしてないのに、外見から迫害されてた奴もいるし。そういうものたちが安心して暮らせるような、いわば保護シェルターね」
いるのは猫や犬じゃないだけ。
だって何もしてないのに差別されて殺されるとか、かわいそうじゃない?
「シェルター?」
「そ。色んな国のがいるわよ。さっき呼んだ酒呑童子なんか日本、門番はインド。あ、ほら、酒呑童子はあそこでさっそく酒盛りしてる」
向こうの丘の上でセクシー美女が一人酒盛りしてた。非常に艶っぽい光景だが、酔拳くらいたくないんで誰も近づかない。
「ここにいるんなら、代わりにあたしと使い魔契約してもらう。あたしの言うことはきくように。それと、他の魔獣たちとトラブル起こさず仲良くやるのが条件ね」
これは当たり前のことだ。タラブル起こすんなら強制退去。
「衣食住は保証するわ」
「ど、どうする?」
「いやでも……」
ガシッ。
迷ってる二匹の魔獣を大きな竜がつかんだ。
「やめとけ。大人しく言うこときいといたほうがいいぞ」
「おや、ニーズヘッグ」
北欧神話に出てくるドラゴンだ。
「そうすれば身の安全は保障される。ここにいて悪さしない限り、他の勇者や冒険者に殺される心配はないぞ。姫さんが守ってくれるからな。死にたくなきゃ、大人しくしもべになっとけ」
「な、何だお前。脅されたってなぁ、オレたちだって魔獣のプライドが」
「オレが何かするんじゃない。そこの姫さんに消されるぞと言ってんだ」
し―――んん。
二匹はあたしとドラゴンを代わる代わる見た。
アルはものすごい勢いでうなずいている。
ブンブンブン。
「話を蹴って出ていくってことは、姫さんの敵になるってことだ。またどこかで悪さすると判定されるも同義。そう判断されたが最後、一蹴りで消しズミにされるぞ」
「け、消しズミって……そんな大げさな」
「いや、事実だ」
ドラゴンが巨体をブルブル震わせた。
おーい、大丈夫? 足がめっちゃガクブルしてるけど。
「あ、あの時は恐かった……っ。見たことあるけどマジ恐かった。アホな魔獣が甘く見て逃げ出そうとして、かかと落とし一発で霧散してた。あ、あんなもん見たら逆らえるかっての……!」
「えー? 懲りずに人を食べまくりたいって言うから、魔力こめたキックをお見舞いしただけじゃん」
ごく普通の魔物退治ですよ。
あっはっは。
朗らかに笑う。
「キックしただけ、じゃねえー! 一瞬でチリになってたじゃねーか!」
アルも半泣きになってる。
あんたにはやってないよ。
「やり直すチャンスは十分与えたよ? それでも人に害を及ぼすなら、退治されても文句言えないじゃない」
「そりゃそうだけどな。もうちょっとこうソフトに」
ソフトってどうやんの? 剣で一刀両断のほうがグロイと思うけど。
大きな竜と一人前の男が真剣にプルってるのを見て、二匹とも事実だと悟った。
「安心しろ、しもべになりゃ大丈夫だ。一緒にのんびり暮らそうぜ。魔獣なら分かるだろ、強者に従うのは本能だ」
「わ、分かりました……」
二匹は青ざめつつ承知した。
「ん、おっけー。じゃ、使い魔契約しとこっか」
片手の人差し指と中指を出す。
ヒュルルルルル。
二匹の体を魔法陣が取り巻いた。
キンッ!
一瞬で体に吸い込まれ、消える。
「今のは……?」
「契約の魔法よ。体のどこかに印が残る」
「ほら、これだ」
ニーズヘッグがしっぽを見せた。魔法陣がわっかのように刻まれている。ぱっと見、ちょっとしたアクセサリーだ。
しっぽだからネックレスじゃなくて……何て言うの? テールレス?
「別に害はない。ただのファッショナブルなワンポイントに見えるしな」
「だって、どうせならかわいいほうがいいじゃん」
「言うこときかないとキリキリ締まるとか?」
「は? 何言ってんの。やんないわよ。そんなことしなくても簡単に倒せるし」
おほほほほー。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一人と三匹は沈黙した。
「その必要すらないって」
「だから言ったろ。黙ってしもべになっとけって」
親切な先輩は丁寧に教えてくれたのだった。
「こええええ、魔王マジこえええ」
だから『魔王』じゃないっつーの。
「失礼だね。『魔王』だったら世のため人のために魔物退治なんかしないっての。まして動物園なんて作んないよ」
「動物園?」
「この『保護区』のことだ。一般的には動物園って言われてる。普通の人間も入場可能。入園料さえ払えば入って来られる人気スポットだ」
「はい!? 動物園?! 入園料?!」
入園料は大人一人は百円、子供四百円。
有料駐車場駐輪場あり。数に限りがあるので、バスなど公共の交通手段をご利用ください。
朝十時~夜十時まで。夕方からは夜勤、もとい夜型の魔獣に交代します。ナイトズーもお楽しみいただけますよ。
お土産もたくさんオリジナル商品を取り揃えております。
お食事はレストランがございます。他では決して食べられない不思議なメニューをお楽しみください。
記念写真はいかがですか? 別料金で特製台紙におつけしてお渡ししますよ。
休園日は不定。年末年始とその他お休みをいただきます。お盆休みは休まず営業いたします。
アルがあきれて、
「あのな、エサ代とかどうすんだよ。姫の気まぐれで魔獣集めんのはいいとしても……よくないけど! ま、エサ代とか、かかる金をどうする。税金を使ったら批判が出るだろ。だから自分たちで稼いでもらってるんだよ」
「働かざる者食うべからず!」
ビシッ!
決めポーズするあたし。
あ、思いっきりアルにスルーされた。
「自分で言うのもなんだが、魔獣がわんさかいる中に人間が入ってくるって危険のような」
「下手なことしたら姫さんに消されるんだぞ。そんなアホなことするやついないわ」
思のある先輩社員の一言だった。
「よ、よく分かりました……」
なんで敬語になってんの。
「客をより楽しませるため、ショーなんかもやってるぞ」
「し、ショー?」
「オレみたいな飛行タイプは航空ショー。火を出せる奴は夜に花火とか。当番制でやってる」
「当番……」
「お前らも何かしらやるんだな。考えとけ」
「先輩が面倒みてくれそうだし、後は大丈夫ね。じゃ、あたしらは帰るから~」
ヒラヒラ。
のんきに手を振り、あたしとアルはおうちに帰った。
家に帰るまでが遠足でーす。
魔獣たちは「早く帰ってくれごめんなさいすいませんとりあえず謝っときます」的な雰囲気を醸し出してた。
魔物の動物園って設定は『仲人』でも使ってますが、あれとこれはリンクしてません。世界が違うのでね。