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ネイルアートで魔法使い でもトドメはかかと落としです!

 どんなの書いてるのかとある日ダンナに言われました。『魔王の母』を話したら、「俺も考えてみるか」と。二人であれでもないこれでもないとやって、「できたよ~」とダンナが話し始めたのが「ネイルアートで魔法を使う」設定。

「あ、面白いじゃん。女性視点から見て可愛いし」

「ゲームの設定みたいになってきたな。……システムはできたんだけど、ストーリーができない」

 ……ストーリー考えんのは私の仕事だなぁ……。

「よし、いくぜ! 日に十本も原案考えて提出した自分を信じろ!」

と頭をぎゅーぎゅーに絞ってできたのがコレ。

 しかし、いくら一本が第一部・完になったからって四本同時ってさらに首絞めとる。

 だ、大丈夫だよきっと……!

 あたしは魔獣と対峙していた。

 ライオンの形をして火を吹く、見るからに凶暴な魔物。

 フーッフーッ。

 こっちを威嚇してる。そのたびに火が空中に舞った。

 あたしは冷静に左手をあげた。

 五本の指はきれいなネイルアートがされている。

 そのうちの人差し指を上向けた。

 黄色で雷の文様をベースに、ラメパウダーを使ってキラキラに仕上げてある。

「雷電、いっくよー♪」

 かわいくポーズ決めて、はいっ!

 バリバリバリッ!

 爪に施された魔法陣から電撃が放たれた。

「なにっ?!」

 びっくりして飛びのく魔獣。

 まぁそうだよね。普通まさかネイルから魔法が発射されるとは思うまい。

 あ、魔獣も言葉話せるからね。

 続いて中指。

 青い水玉模様にイルカのネイルアート。本物の貝殻もデコでつけてある。

「水流GO」

 ビュ―――ッ!

 水がほとばしり、魔獣が吐きかけた火を一瞬で消火した。

 次は薬指。

 チョコケーキがあしらわれたデザイン。香料で実際甘い匂いもする。

 あー、お腹すくわ。ケーキ食べたい。食べ放題希望。

「城壁でも作ろっか」

 ゴゴゴゴゴ。

 周囲の土が壁のように盛り上がり、外壁と隔離した。

 これで無関係の人がとばっちり受けることはない、っと。

 次に小指。

 赤いチェックにハートをたっぷりあしらったかわいいデザイン。

「火もいっちゃおっかなー」

 ゴオオオオオ。

 壁の上を炎が取り巻き、飛び越えられないようにする。

「くそおおっ、この女、奇妙な魔術使いやがって!」

 魔獣が向かってくる。

「奇妙とは失礼な。カワイイって言いなさいよ!」

 親指を立てる。

 桜が咲き乱れる、和風の柄。

「桜吹雪、いっけー!」

 ビュオオオオオ。

 もうれつな桜吹雪が起き、魔獣の視界を塞ぐ。

「あ、片手全部使い切っちゃたった」

 あたしは手を見た。

 ネイルアート自体は特に変化がないが、組み込まれた魔法陣は使い切ってしまった。

 そしたらそれはただのネイルアート。

 組み込まれた魔法陣は使い捨てだ。一回発動したらそれでおしまい。

 ふーむ。

「んー、作り直そっかな」

 くるっ。

 あたしは後ろを向いた。

 同じくらいの年の―――十六歳の少年が必死にもう一匹の魔獣と戦ってる。

 あっちはヘビ。おっきいヘビ型魔獣だ。

 吐く息が毒で、正直近寄りたくない。

「ねー、アル。こっちのもよ・ろ・し・く☆」

「よろしくじゃねーよリリム!」

 アルカイオス、通称アルはもっともな怒りの声を発した。

「お前、『そっちはよろしく~』とか言って押しつけやがったくせに!」

「だってヘビ好きじゃないんだもん」

 ぷう。

 ほっぺたをふくらませてみせる。

「ぬるぬるにょろにょろしててさぁ。目もなんか嫌」

「ほとんどの人間はヘビかクモ嫌いだよ! つまり俺も嫌いだ!」

 いかにも『勇者』の格好をした彼は―――実際勇者の一人なんだけど―――批判しつつもきっちり攻撃をかわしている。

 器用だねぇ。

「しかもそいつ息が毒じゃん。近寄りたくない」

「お前、毒なんか効かねーだろうが! 俺のほうがヤバいっての!」

 そりゃ、あたしは毒が一切効かない特異体質だけど。だからってつっこみたかないわ。

「ていうか、片手の魔法陣全部使っちゃったんだもん」

「使っちゃったんだもん、じゃねーよ! ムダ撃ちしてんな!」

「ムダじゃないよ? 遊んでただけ」

 てへっ。

 ウインクしてみせる。

 ついでにかわいいポーズ。

 ちなみにあたしはこの手のポーズが似合うと自覚がある。だって見た目ロリキャラだもん。

 年は十六なんだけどね。

 アルが脱力のあまり剣を落としそうになった。

「遊んでんなよオイ。魔物討伐の最中に」

「こういう時こそ遊び心が必要でしょ? 楽しく元気に魔物退治! さあみんな、いってみよー!」

 人差し指を天に向かって突き上げた。

 レッツゴー。

「…………」

「…………」

「…………」

 沈黙された。

 真っ先に我に返ったのは、あたしの奇行に慣れてるアルだった。

「楽しく魔物退治なんかできるか! 命がけだっつの! 面白がってるのはお前だけだ!」

「えー、そう? まぁとにかくさ、ネイル直す……もとい魔法陣作り直す間、時間稼ぎしてよ」

 ネイルアートするには、それなりの時間が必要だ。

 いくら速乾性の特殊なマニキュア使ってるからって、模様や絵を描くのは大変なのよ? 作業も細かいし、神経使う。

 あたしは右手の人差し指の魔法を起動し、道具箱をテレポートさせた。白とピンクの花柄で、かわいいボックス。

 中から小瓶を出し、爪にちょんとつけた。

 ぽろっ。

 すぐつけヅメが取れる。

「つけヅメならストックあるだろ。さっさとつけろ!」

「つけヅメだと弱い魔法しか使えないんだって知ってんでしょ。直接本物の爪に描いたほうが強い魔法使えるよ」

 だからさっきのもたいした魔法じゃない。

「さらに、爪一本より二本。二本より三本って本数多いほうがもっと強い魔法使える。合わせて発動するわけね」

 のんびりネイルアートを直してく。

 魔獣たちはあっけにとられて、どうすりゃいいの状態だ。

「例外はある。弱い一本の魔法でも、属性を合わせればいい。例えば、親指と人差し指で同じ属性の魔法陣を施したとする。同時に使えば、相乗効果でパワーアップするよ」

 こういうのはゲームでよくあるよねー。

 手持ちモンスターに同族性がいると、相乗効果で攻撃力アップってやつ。それと同じ理屈だ。

「別にどの指が何属性とか決まってないし。水属性の敵なら、五本全部雷系でそろえたりとか」

 ぬりぬり。ペタペタ。

 デコパーツとラインストーンを取り、ち密な作業を続ける。

「ま、一種の魔具よね、これも」

「ネイルで魔法を使う女……?」

 ヘビが首をかしげる。

 ところでヘビの首ってどこまでなの?

「―――まさか、キサマ。『ネイルの魔女』か?!」

「おや、知ってたのね」

 あたしは顔を上げた。金と紫の左右非対称の瞳がきらめく。

「ヘテロクロミア、爪に魔法陣を描いて使う奇妙な魔女……」

「あっ、今ウワサのヤツか?!」

 ライオンも気付いたらしい。

「あたしも有名になったもんねー」

「そりゃそうだろ」

 アルがげんなりしてる。

「ま、この世界じゃネイルアートなんてなかったもんね」

 爪に魔法陣を組みこんだネイルアートを施し、魔法を使う。

 あれはあたしが編み出したものだ。

 道具を片付け、箱のフタを閉じる。ゆっくり立ち上がった。

「さあ、準備できた」

 両の手を開いてかざす。

 星や丸形のパーツやラインストーンがちりばめられた、見た目はとってもかわいくデコったネイル。

 女子なら普通に「カワイイ」って歓声をあげるレベルだ。あたしは特にこうやってデコるのが得意でね。

 ……この世界にはなかった技術。

 あたしは叫んだ。

「おいで、酒呑童子!」

 カッ!

 両手の爪が光った。

 空中に魔法陣が現れ、鬼が降ってくる。

 ドズ―――ン!

 着地の衝撃だけで岩壁が崩れた。

 ま、弱い魔法だったからねぇ。

 酒呑童子、言わずと知れた日本の超有名な鬼だ。むちゃくちゃ強い赤い鬼で、貴族の美少女ばっか誘拐しまくってたという。

 ―――が、現れたのはセクシー美女だった。

 赤い着物をちょっと気崩し、色気がハンパない赤髪の鬼。鬼の証拠に頭からちょこんと角が。

 踏まれたら喜ぶ人いるだろうなー。

「な、なんだこいつは?!」

 魔獣たちが泡くってる。

「ああまぁ、東洋の鬼は知らないか。簡単に言うと怪物の一種よ」

「うふふ。姫ちゃん、こいつらやっちゃっていいの?」

 妖艶な笑みを浮かべ、舌なめずりする酒呑童子。色気倍増。でも言ってることは危ない。

 チロチロって赤い舌出しとる。

 うーん、これ逆に「おしおきはごほうびです!」って恍惚とした表情浮かべる人いるんだよなぁ。

 実際過去踏まれたりひっぱたかれたりするほど喜ぶヤツがいた。ちょっとどうかと思った。ここはSMバーじゃないっつーの。

「どーぞ。ただし、殺さない程度にね。こいつら使えるもん。あたしの使い魔にするから」

「使い魔……だと?」

 聞きなれない単語に魔獣がとまどう。

「ウワサで聞かなかった? 『ネイルの魔女』は爪に施した魔法陣を使う他に、もう一つ大きな特徴があるって」

 ヘテロクロミアのロリキャラってとこじゃないよ。いやまぁ、そこも特徴っつっちゃ特徴なんだけど。

「特別な魔法―――召喚魔法が使えるってね」

 ―――召喚魔法。

 契約した魔物や神獣を呼び出すことができるアレだ。マンガやゲームでおなじみの。

 でもこの世界にはそのシステムが存在しなかった。なぜなら「魔獣は悪、倒すもの」が常識だから。滅ぼす対象でしかなく、使役するって発想自体なかったわけ。

 そこで捕らえた魔獣をしもべにするシステムを作ったのがあたし。

 ただしこれはあたしにしかできない。

「なん……だと?」

「倒した魔獣で、使えるのはしもべにしてんのよ。だって、ただ殺しちゃうのもったいないでしょ」

 使えるもんは使おうぜい。

「なぜそんな魔法が使えるのだ?!」

 あたしはにっこり笑った。

「あたしが『元魔王』だからよ」

 魔獣たちは意味が分からず、ぽかんと口を開けた。

 ……ま、分かんないでしょうね。

 この世界のものならば(・・・・・・・・・・)。

 この意味はアルにも分からない。

 外から来た者にしか分からない(・・・・・・・・・・・・・・)。

 スッ。

 あたしは指をつきつけた。

「やっちゃって」

「おっけー☆ 久々に暴れられてうれしいわっ」

 酒呑童子は持ってた酒を飲みほした。 

 グビグビグビ。

 いい飲みっぷり。

 げふ――。

「あー、いいお酒♪」

 ゆらりゆらーり。

 酒呑童子の動きが酔っぱらったみたいになる。千鳥足。

 べろんべろんに酔った状態で突っ込んでった。

 よっろしくーう。

 あたしは座り込んで道具箱をまた開けた。

「……俺、いらなくね?」

 とばっちりを恐れ、アルがさっさと逃げてきた。

「そんなことないよー。そもそも、誰のために魔物討伐やってると思ってんの」

「それは感謝してるけどな」

 あたしはネイルをスマホ的なもので撮影すると落とした。

 あー、もったいない。

「もう取るのか?」

「んー。ネイル魔法陣は使い捨てだからしょうがないよね。それが欠点。もったいないから、こうして記録はとっとくけど。インスタに……じゃなかった、フクロウにあげとこーっと」

「フクロウ?」

「法スタグラムの俗称」

 インターネットは魔ンターネット、インスタは法スタグラムってこの世界バージョンでは言う。

 法→ほう→ホウ→フクロウの鳴き声→フクロウ……ってことで俗称フクロウと言う。

 ロゴもフクロウだよ。

「最新のネイルだよ。ベースのマニキュアにお酒を練りこんだ特別製、っと」

 ポチポチ。

「酒なんか入れてんのかよ。……つーか、あれ誰だっけ?」

「酒呑童子。東洋の鬼」

「おに……。おにって女なのか?」

 どっこいしょ。

 アルが隣に腰を下ろす。

 黒髪黒目、見事なまでにパーツの整ったイケメンだ。

 つくづくカッコいいなぁと思う。

 得物の大ぶりの剣に手をかけたままなのは、一応魔獣への警戒は解いてないってことだろう。

 さすがは『勇者』というべきか。

 ―――そう。この世界ではあたしとあともう一人しか知らないことだけど、アルは『勇者』の一人だ。

 この世界は乙女ゲームの中である。

 それも、改変された。

 ここの時間軸で約二十年前、破滅ルートが回避された。

 あたしの母である『魔王の母』が『魔王の母』をやめ、あたしは『魔王』にならなくてもよくなった。

 本来なら『魔王』は男性キャラのはず。それが女性として生まれてきたことで、回避が決定的なものになった。

 つまりあたしは『元魔王』。

 さっき言ったことは嘘でも何でもない。ほんとのことよ。

 ……ただし、言わなかったことはある。

 母と同様、あたしもこの世界に転生した人間だってことだ。

 あたしは作業から目を離さず答えた。

「いや? 男も女もいるよ」

 酒呑童子って男のはずなんだけどね。

 どうやらあたしと母リリスのせいか。この世界は『外』とは色々変わってしまっている。

 アルだってそうだ。彼は本来、ヒロインの義理の兄で本命キャラ。

 これは逆ハーレムものだから『勇者』自体は何人もいるんだけど、その中でも一番の有力候補。

 だから段違いにイケメン。制作会社も一番リキ入れて作ったな。

 戦闘能力も高いし、性格もいいし、正統派イケメン。文句のつけ所がないパーフェクト設定だ。

 つまり『元魔王』と魔物討伐なんかありえない。

 つーか、『元魔王』が魔物やっつけてるってのがおかしい気もするけど。

 普通逆じゃね? しもべにするのはいいとしても、退治っておかしいよね。

 ま、これには事情があるんですよ。それも深ーい事情が。

 ヒロインとじゃなく、改変された『元魔王』と旅してて、今じゃツッコミ役やらされてる『本命勇者』に言った。

「酒呑童子がセクシー美女になってるとは思わなかったけどねー」

「うわ、すげ。素手で殴りあってるよ。つか、動きが変なんだけど。何あれ」

「酔拳」

「酔拳?」

「お酒飲んで酔っ払うと、逆に超強い拳法家になるっていう伝説の拳法」

 アチョー!

 ホアタァー!

 そんな掛け声が聞こえる。

 カンフー映画みたいだな。やってるのが鬼のセクシー美女ってどうなん?

 ヘビのほうが「アリガトウゴザイマス、ゴホウビデス」的な顔になってる。

 うっわ。

「なんだそれ……。ていうか、何だこの状況……」

 アルがたそがれてる。

 一応『本命勇者』が傍観してていーんスかね。

「参戦しないの?」

「俺、Mの気はねーし。お前こそ戦わねーの?」

「今とりこみ中ー。ネイルアートは繊細な作業なのよ」

 ちまちま。

「そもそも魔法使うのにネイルアートなんて必要ないだろ。魔法使えない人間なら魔具を使うのは分かるけど、お前は平気だろ?」

「そりゃそうだけど。分かってないねぇ」

 あたしはアルにビッと指をつきつけた。

「ただ戦うんじゃ美しくない。美しく華麗に、かつカワイイ! これが大事!」

 し―――ん。

 なぜ黙る。

「カワイイ戦い方のほうが、見た目も気分的にもいいに決まってんじゃん!」

「…………」

 アルは顔に縦線いれた。

「分からん……」

「まったく、美的センスだけは皆無なんだから。スペックは高いくせに。そこの設定だけは入れ忘れちゃったんだね。見てよコレ! もはや芸術作品でしょ?!」

 できあがった爪を見せる。

 ハートやパールにレースのシール、猫やウサギのパーツ。フェイクスイーツのクリーム的なものも使い、まるでお菓子のよう。

「か~わ~い~い~っ。いい出来! やっぱカワイイって大事よね! デコって最高~っ」 

 うふふふふ。

 日本人って食品サンプルがあるように、こういう細かいもの作るの好きだよね。職人なんだろうな、基本が。

 周りに飛んでるハートをアルはぺいっとやって、

「分かんねえ……。そんなにつけまくってたら、何もできないだろ」

「バカね。女の子にとっちゃ、オシャレは何より大事なのよ!」

 グッ。

 拳を握れ……ない。

 んー、これも欠点でね。

 母はグーパンで敵を倒せんだけど、あたしは無理。これだけめちゃくちゃ盛ってちゃねぇ。

 女子のファッションてさ、どんどん盛ってくもんだと思うのよ、昔から。中世ヨーロッパの女性の髪型なんかすごくない? どうやってあの形状維持してんの?

 重そう。あまりに盛りすぎてドア通れなくなったって、そりゃあんだけやりゃあねぇ。

 平安時代の日本も十二単でしょ? あれRPGの何の装甲かってくらい重いらしいね。そんなもん着てりゃ、走れなくて火事が起きたら犠牲者多かったのも当然というか。人命はさすがにオシャレより優先にしたほうがいいと思うんだけど。

 今も昔も変わらんのよね。

 つーわけで、あたしのネイルアートはデコりまくりの盛り盛りでーす。

「女の子……」

「何よ、そのジト目は。女の子よ!」

「やってることはどこの追いはぎか、みたいなくせに……」

 えー、そんなことシテナイヨ~?

 おほほほほほ。

「しっかし、よくそんな手で自分にできるよな」

「ふっふっふ。あたし両利きだからね」

 あたしの黒髪とヘテロクロミアは母譲り。片目の色と両利きは父譲りだ。

 ま、前世でも両利きだったんだけど。元は左利きで、訓練して右も使えるようになったクチ。

 あ、そうそう、言い忘れてた。

 あたしの前世の職業はネイリスト。

 だからこういう技術と知識があるわけ。

 この世界にネイルアートはなかった。ゲームの世界だ、そこまで必要ないもんね。キャラメイクできても、爪まで設定できるゲームってほとんどないんじゃない? そこまでは会社も対応しきれないんだろうね。アクセは装備変更できても、爪まではねぇ。

 あたしが使ってる道具は自分で研究して開発したものだ。

「もうできたのか」

「速乾性のマニキュアやコーティング剤使ってるもん。だって所要時間短くないとさ、作ってる間にやられちゃうじゃん」

 残念ながら、変身中は襲わないなーんてやってくれんのよ。現実は。変身シーンの間、攻撃しないのはアニメやゲームの中だけです。

 あ、ここもゲームの中だった。

 でもホラ、改変後の世界なんでね?

「だったらそもそもネイルなんかで魔法使うなよ」

「だから、美への飽くなき探求と新しさ、ファッション性、美しさ、カワイイを追求した結果だって言ってんじゃん。ネイルアートで魔法を使う! 斬新でしょ?」

 ドヤァ。

 渾身のどや顔をアルはばっさり切り捨てた。

「意味不明」

「イミフじゃないっつーの! あたしがこのスタイルを確執したら、女性はこぞって自分にもやってくれって言いだしたじゃん。請われて店オープンしたら連日大入り満員よ? 予約なんて一年先まで埋まってるっつーの。ネイルアートできるのはあたししかいないから、つけヅメタイプを売りだしたらバカ売れ」

 銀行残高がどんでもないケタになってた。

 うっへっへ。笑いが止まりませんのお。

 こんな金額、ゲームの中だけでしか見たことないわ。

 あ、ゲームの中だった。

「売れてんのは知ってるけどさ」

「入荷即完売。いやー、作るのが大変。やってらんないから、各自で作ってもらおうと思って、「これがあれば自分でできます初めてセット的なのを販売した」

 最低限の道具がまとめて入ってる。魔法陣はシールにした。

 魔法陣をシールにする技術自体は存在する。とゆーか母が作り出した。ボディペインティングとしてね。

「ただ、シールだと強い魔法は使えないんだよね。きちんと自分で描いたほうが強力。なんでかね」

「つけヅメも指につけないと発動しないんだろ?」

「装着ってことなんだろうね。アイテムの装備と同じよ。実際に使う人が身につけないと発動しない。ああそうそう、だからこの前『ネイルアートの描き方』って本も発売したんだー。初回特典DVDつき一万円也」

 ちょっと高いけど売れたんだなこれが。

「お前一体どこ行こうとしてるんだよ」

「新しいファッションの普及じゃん。いやぁ、売り上げガッポガポですよ」

 うひひひひひ。

 それでもデコは難しいらしい。

 さらに召喚魔法を使えるのはあたしだけ。

 おそらくこれには『元魔王』の力が作用してるせい。

 ともかく、今じゃ「女性はネイルアートで魔法を使う」ってのが常識だ。

「召喚魔法なんてどう組み込んでるんだっけ?」

「魔法陣を仕込んでるのは同じ。呼び出したい奴の体の一部か、そいつに深く関係のあるものを使うのよ。今回の場合、酒呑童子だから酒」

 平安時代、連続少女誘拐事件起こして、帝の命により派遣された源頼光に退治された酒呑童子。その時の勇者パーティーにはかの坂田野金時、小さい頃の名を金太郎がいたそうな。

 どうでもいいけど、かわいい女の子ばっかり狙ったって、危ない鬼だな。

 神様にもらった星兜をかぶった頼光に討ち取られる。だから星のパーツを使ったネイルアートにしてた。

 同じく神様からもらった酒でべろんべろんに酔っぱらってて、さらに神様が鎖で縛りつけてて、けっこうあっさり倒せたみたい。

 そこまでやってくれんなら神様自分でやっつけてよとツッコミたい。やっつけちゃうと過干渉なんだろうけど。十分干渉しまくってません?

 ……っていうのが一般的な酒呑童子の昔話。

 ここじゃ「女王様のおしおき」みたいなことやってます。

 あ、ヘビがめちゃくちゃ喜んでる。「もっとください」ってほんとヤバい。ライオンはドン引きしてる。

「あの二匹は召喚用のパーツどうしよっかなー。ライオンはたてがみ、ヘビはウロコでいっか」

 わきわき。

 手をにぎにぎする。

 不穏な動きにアルがさらに青ざめてた。

「大丈夫。ちょっと痛いだけだから。一瞬で済むよー」

 ふふふふふ。

「絶対ちょっとじゃない……」

 アルがそろ~りと後ずさった。

 それに気づいて二匹が蒼白になる。

「素手でやんのかよ! ヤバいとかそういう問題じゃない!」

「せめて麻酔使って! に、逃げよう!」

 ダッ!

 二匹とも脱兎のごとく逃げ出した。

 あ、逃げた。

「逃がすと思う?」

 あたしは不敵に笑うと地を蹴った。

 はるか先までジャンプする。

 やつらの上まで来ると、空中で器用に方向転換し、手近にいたヘビにかかと落としをくらわせた。

 ドガアッ!

 一撃で気絶するヘビ。

「アニキ――っ!」

 ライオンが悲鳴をあげる。

 へえ、ヘビのほうが兄貴分だったの。どっちでもいいけど。

「さあて、あんたもよ」

「お、お助け……」

「お黙り」

 ドガッ!

 容赦なく蹴りをお見舞いした。

 バッタリ。

 二匹はあっさりのびてしまった。

 ヒヨコが頭上でピヨピヨいってる。ぴよぴーよ。

「あーらら。もう片付いちゃった」

「……同情するな。つーか、あれだけ熱く語っておいて決め技がかかと落としって……」

「普通の蹴りじゃないし。魔力こめてるもん」

 王家の魔力こめた必殺の一撃だ。

「あたしの母なんか、グーパンで何でもかんでもふっ飛ばしてるよ」

 一番ぶっ飛ばしたのは破滅ルートだと思う。

 よってあたしは、邪魔者は蹴っ飛ばすことにした。

「ああ……『一撃の女王』な……」

 身を震わせるアル。

 そんな恐い?

 ……恐いか。恐いな、うん。

「お前、何て言われてるか知ってるか? 『かかと落としの王女』とか『必殺キックのお姫様』とかだぞ」

「別にいいよ」

 魔王よりマシだと思う。

「さんざんネイルで魔法使って、魔獣召喚しといて、シメがキックって……」

「ん? 使い魔召喚してるのはネイル直すための時間稼ぎだし」

「だからハナからそんなもんで魔法使わなきゃいいだろ! 普通に最初から一発、キックで仕留めとけよ」

 あたしは肩をすくめた。

「それじゃかわいくない」

「オイ」

「大体さ、考えてもみなよ。あたしの外見こうよ?」

 くるっと一回りしてみせる。長いツインテールがひるがえった。

 黒髪ツインテ、ちょっと変わったヘテロクロミア、童顔。大体において実年齢より下に見られる。

 着てる服もラブリー系。ヒラヒラふりふり、カワイイを追求したデザイン。

 まぁぶっちゃけて言うと鉄板ロリキャラですよね。

「寿命の長い魔獣にとっては余計子供に見えるらしいし。ぶっちゃけ幼女。幼女に負けました、蹴られて一発で、なんてなったらプライドがた崩れでしょ? 今後働いてもらうのに、そこまでやっちゃー気の毒だって」

 倒したからって無条件に仲間になるわけじゃないのよ。説得しないと。

 ん? 交渉は話術でよ? 当たり前じゃん。

 いかに転職を勧められるか、スカウトマンとしての腕が必要とされるわけですよ。

「……男として分からないでもない」

 あるが微妙な顔になった。

「でもせめてかかと落としはやめろ。パンツ見えるぞ」

 剣をおさめたアルは腰に手をあてて説教した。

 お母さんみたいだな。

 まぁ、オカンになりつつあると思う。並んでるとどう見てもあたしの保護者。

「下にスパッツはいてるから大丈夫だよ」

 日曜朝某女児向けアニメと同じだよ。それでパンチやキックしてるじゃないか。

 あっちのほうがよっぽど激しい肉弾戦やってると思う。

「あたし、爪がこれだからグーできないでしょ。キックしかないじゃん」

「その思考回路がどうかしてるだろ。魔法使えんだから魔法で仕留めろよ」

「そこは母直伝なんで」

 ふりだしに戻る。

 いつもの論戦を交わしてると、酒呑童子が千鳥足でやって来た。

「あれー、もう終わり~?」

「うん。ありがとね。これ、お礼のお酒」

 爪一本分の魔法使って酒瓶をテレポートさせた。

 ちゃんと仕事してもらったら対価は払うよ。タダ働きはさせないって。

 うちはブラック企業じゃありません。

 三食昼寝おやつつき。衣食住保障。住居もあっせんします!

 仲間はみんないい人ばかり。人じゃなくて魔獣か。初めての人でも大丈夫な職場です。丁寧な新人研修あり、働きやすい職場。面接場所までの交通費支給。有給あり。能力に応じて昇給。未経験者大歓迎!

 皆さんの応募をお待ちしてまーす!☆☆☆

「キャーっ、これ希少なやつじゃない! いいの?」

「どうぞ。金ならうなるほどあるし」

「ありがとー! やっぱ姫ちゃんは女の子よねえ、女性の好きなお酒が分かってるう。まったねー☆」

 酒呑童子は転移魔法で帰っていった。

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