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第7節「不本意ながら」



 私がアレシアさんたちのいる執務室から出ると、少し眩しいと感じてしまって目を細めました。

 なにかと見て見ると廊下の窓から光が差し込んできていて、鬱陶しく感じて廊下に視線を戻します。

 先ほどまでは緊張して気が付かなかったのですが、廊下には等間隔で窓が並び、まるで芸術品でも飾る回廊かと思うほど廊下を光が満たしていました。執務室以外にもたくさん部屋があるのでしょう。右手側の壁には中央の入り口階段までの間にいくつものドアが並んでいるのも見えます。

 その廊下を眺めながら、胸の中にたまっていた重たい息をはきだしました。

 気が重くなるのも、当然と言えば当然です。

 領主様の厚意である権利も考えると言って断ってしまったのですから、領主様には拒否と取られてしまってもおかしくはありません。

 自分でも……、馬鹿なことはしたとは思っています。絶好の機会を逃すのは、あんまり賢いとは言えないと分かっていますから。


 ――さてこの後はどうしましょう。帝国に戻るのもおっくうですし、いっそもっと南に上がってみようかな。


 そんなことを考えながら廊下を戻っていると、階段を上がってこちらに向かって歩いてくる人影が見えました。顔を確認しようとしても光が反射して良く見えません。

 じっと相手を見ていると、窓の光が途切れた瞬間に顔が見えて、あっと声を上げてしまいそうになりました。

 その顔は、昨日ドラゴンから隠してくれた青年で、先ほどの領主のアレシアさんが言っていた……。たしか、リオ、という人間だったでしょうか。

 なんとなく居心地が悪くなってざわざわと羽が震えました。

 こちらから見えたということは、向こうもこちらに気が付いたのでしょう。彼は驚いた表情を見せると、足を止めることもなくこちらに向かって歩いてくるのが見えました。

 こちらに来る、ということはアレシアさんに用事だと思います。そう予想して廊下の隅に寄る。そのまますまし顔でスルーしてやろうと思っていると、足音がピタリと目の前で止まってしまいました。


「うわ、マジですか……」


 このタイミングで歩き出すのもおかしいので、そのまま視線を上げると、そこにはほんの少しだけ角度を変えて私の方を見る彼の顔が見えてきました。

 形の良い眉を怪訝そうに寄せ、固く引き結んだ口元はぐっと力が込められているのが見て取れました。しかし、そんなどこか仏頂面としか言えない表情なのに、悩まし気に見下ろす彼の形の顔は魔族と言っても差し支えないほど整っています。


 ――本当、顔だけは良いんですけどね。


 内心、そう独りごちました。


「お前は……。たしか、昨日の魔族か」

「あ、あはは。昨日はどうもでした」

「どうして魔族がここに居る。ここは人形娘――、ミユネーヌ領主の部屋だぞ。魔族のお前が来るところではないはずだが」

「私はーえっと、その……。この村に永住目的だったので、領主様に聞いたほうがいいと、宿屋で聞いて。それでここに」

「永住目的だったのか。それは確かにあの領主の仕事だ。それで?」

「はい?」

「お前の要望は通ったのか?」

「ああ、いえ。なんか人が多かったみたいで、保留になってしまいまして」

「何?」


 高圧的な疑問の投げかけ方と、あからさまに不機嫌そうな顔になったのが視界に入ってしまい、それ以上視線合わせているのが怖くなって視線をそらしました。

 昨日も含めて数分会話をしただけですけど、なんとなく、この人は苦手でした。

 高圧的というか、怖いと言いますか。魔族の癖になに人間を怖がっているんだって話なのですが……、肌に合わない人は誰だって苦手なのです。

 黙ったままだったので、ちらりともう一回確認してみると、怖い顔のままでした。どんどん居心地が悪くなってしまうので、なにか話題をと思って必死に考えます。


「あっ、そうだ。リオさんはどうしてここに?」

「領主に用事があったからだが……。お前、どうして俺の名を知っている」


 いけません。動揺しすぎて、直接聞いていなかったはずの名前を出してしまいました。

 どうやら私は相手の圧に押されて口を滑らせてしまう癖があるようでした。思わぬところで自己分析が進みます。

 このまま慌てるのは癪ですし、出来るだけ意地悪な答えをしてやろうかと考えていると、突然真横のドアが勢いよく開いて跳び上がりそうになりました。

 


「私が教えた」



 何事かと思っていると、ドアからアレシアさんが出てきてそう言いました。

 ちなみに、さっき私が出てきた部屋とは別の部屋でしたので、また心底驚きました。


「うわ、アレシアさんどうやってその場所に!」

「瞬間移動。すごい?」


――それは絶対に嘘だと思います。


 ここで言葉にしても場を荒らすだけなので必死になって飲み込みました。リオさんも同じ考えだったのか「ふっ、すごいすごいぞ、人形娘」と適当に流しているのが聞こえてきました。


「聞き捨てなりませんね、リオさん! この見目麗しい領主。我がミユネーユを守ってくださるアレシア様のどこが人形娘だと口にしますか! アレシア様に謝りなさい!」


 リオさんのおそらく皮肉たっぷりの言葉が聞こえたのか、一瞬でクレイさんまで増えてしまいました。

 この二人はどうやって湧いて出てきたんでしょうか。


「人形娘は人形娘だ。表情の変わらないやつはそれで十分だろう。ああ、ちがう。言いたかったのはそうじゃなくて……」


 リオさんは髪の毛をぐしゃぐしゃーっとかき回して、後ろの方へと流すのが目に入ってしまいました。観察をしていた感じ、どうやらイライラした時の癖みたいです。


「人形娘。なぜ俺をここに呼んだんだ。今日は入口の方以外に用事は入ってなかったはずだが」

「こっちに用があった? みたいな?」

「なぜ疑問で返したんだ?」

「なんとなく」

「そうか。……用件は」

「新しい従者」

「またその話か」


 二人のやりとりを静観していると、不意に従者という言葉が出てきてドキッとしてしまいました。

 また、ということは複数回出された話のようでした。私の前にも何度か断っていたのでしょう。こうなると私が受けていたとしても断られていた可能性が高くなってしまいました。

 私もその当事者であるはずなんですけど、そのまま二人の様子を観察し続けることにしました。


「そう。考えた?」

「いいや、その話は受けないと言ったはずだが」


 正解みたいです。私が馬鹿な一人問答をしてる間にもリオさんとアレシアさんの会話は続いて行きました。


「聞かない。人は見つけた」

「見つけた? まさか……」

「あなたの思っている通り」


 意味も分からずに二人のやりとりを見守っていると、唐突にアレシアさんが私を指差してきました。話の流れから推察するに、どうやら私がリオと呼ばれる人の従者となれという事でした。

 つまり、この男の従者になれと。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私まだやるなんて――」


 私がそういうと、アレシアさんが手を上げて制されてしまう。どうやらこの場は黙っていろという事らしい。言いたいことはありましたけど、このままごねても解決しないと感じたので、仕方なく成り行きを見守ることにします。

 私が言葉とつぐむと、アレシアさんは頷いてリオ産の方を向いた。


「続けて」

「仮に従者として雇うのはいい。魔族だ、相応に護衛としても期待できる。だがなぜ、俺の家なんだ。従者として雇うのなら他の家でもよかっただろう」

「駄目。他の家は全員村の居住者。余裕があるのは仮住居に住んでるのはリオだけ」

「それは、この村の居住者はそうだろうが……」


 リオさんがまだ何か言いたそうにしていると、アレシアさんはそれを無視して、クレイに右手を差し出しました。

 お手を催促しているわけではなさそうです。


「それとお仕事。クレイ」

「はい、アレシア様――。こちらがその依頼書です」


 後ろに控えていたクレイさんが、アレシアさんに何かの巻物を差し出しました。乗せられるように渡されたそれをアレシアさんはリオという人に手渡しました。

 それに目を通したリオさんが目を見開くと、アレシアの方にその驚いた視線を向けていました。いったいどんなことが書かれていたのか、まるで信じられないという顔をしたリオさんの表情が見えました。


「……これは、本気か?」

「決定事項。駄目なら、私がやる」


 じっと、アレシアさんが男性を見つめる。

 にらみつける彼にアレシアは微動だにせず見つめ返していた。

 二人のやりとりを見ていて、私は彼が人形娘、といった意味が失礼ながら伝わってきてしまいました。だってリオさんが見つめている間、ずっとアレシアさんは同じ表情、同じ視線、同じ格好で見つめ返していましたから。それはまるで、ウォールシェルフに飾ってある人形のように微動だにしていません。

 冷静になって考えてみるとちょっと怖い。

 彼が小さくためていた息を吐き出すと、羊皮紙に視線を戻しました。


「嘘はついてないのは分かっている。だがこの条件はどうなんだ。俺も含めて、こいつへの脅しかなにかなのか」

「依頼なのは本当。でも、彼女にはその旨を伝えていない」


 アレシアさんがそれだけをこたえると、リオさんは凄い顔をして黙りこみました。そして、ちらりと私のほうを見て、眉をひそめるのも。

 なんだか怒られているような気がして居心地がとても悪いです。

 そして、視線をアレシアさんのほうに戻すと、彼は口を開きました。


「本当に、仕事なんだな?」

「そう」

「…………。それなら仕方がない。仕事という事なら俺はお前の方針に従う。俺の家に居候することを許可しよう」


 しぶしぶと言った様子でリオさんがアレシアさんの言葉に同意をしました。

 って、そんなに冷静に見ている場合ではありません。

 慌てて、間に割って入りました。


「ちょっと、リオさん! アレシアさんも、私の同意がまだです!」

「だめ?」

「だ、だって、アレシアさん、私はまだこの人に仕えるなんて……!」

「仕えなくていい」

「ちょ、ちょっと、でもこの人の家に行けってアレシアさん言ったじゃないですか!」

「そう。仮の居住場所、そこしかない。でも、仕えるかどうかも、その家に居続けるかどうかも、あなたが決めていい」

「うぐっ、意外と好条件。もしかして、アレシアさん最初からこの条件になることを狙ってたんじゃ……」


 いえいと、彼女は無表情のままピースをして答えました。

 悔しいことにあざといとは思いますけど、なかなか様になっています。けれど、気を取り直したいのか、すぐにその姿勢を解きました。


「でも、ここに彼を呼んだのは彼の賛同を得るためだから。どちらにしても、リオの答えは必要」


 確かに、そうです。

 仮に私が了承したとしても、リオさんが許可をしなければ、私が住むにしても問題はあるのは間違いありません。

 なんだか、外堀をどんどん埋められている気がします。


「それだけが理由じゃない」

「はい?」

「本当は、別の村に紹介するための準備。その間の仮住まい」


 アレシアさんの言葉を聞いて耳を疑う。

 うしろのクレイさんの顔をうかがっても、彼女が嘘を言っている様子は無いようでした。確かに、彼女の言う通り、別の村に紹介文を書いてもらえるのであればこの村にいる価値はあります。

 交換条件が、あの男の従者というのが気に食いませんが……。


「……アレシアさん。今回のそのお話し。いくつか聞いても大丈夫ですか」

「平気」

「他の村への紹介は、本当ですか?」

「本当」

「仮にその先に断られたとしたら、どうしますか?」

「その時は国を伝って探す。大丈夫、難民受け入れは私の役目」

「それは信じてもいいんですか」

「契約してもいい」

「契約って……ア、アレシアさん! それがどういう事かわかってるんですか!」

「もちろん」


 魔族に対して契約をしてもいい、という言葉が禁句である。というのは他種族を敵とみなしている人間ですらも知っていることです。

 主従以上に、魔族は種族全体で契約というものを大事にします。よほどのこと――それこそ魂を捧げる覚悟が無ければ、口約束でもそんなことはしません。

 それほどまでに魔族にとって約束や契約という言葉は大きな意味を持っているのです。

 それを、彼女は知っていると答えました。

 知っていてまともな神経をしていれば、魔族と契約するなんて言葉を出す人はほとんどいません。例え、絶対的な力を持っているドラゴンでさえ、その言葉はやすやすと口にしません。

 暫し、考えて――、


「分かりました」


 私は答えて、リオさんのほうへと顔を向けました。

 目の前には私を助けた男が居て、至極困ったような表情で私を見下ろしていました。

 この男に頭を下げなければいけないというのは本当に、本当に不本意なのですが――。


「そういうことなので、私を貴方の家においてください」


 深々と、頭を下げました。


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