幕間「アレシアの考え」
うなだれながら出ていくブランを、はたから見たら無表情なままのアレシアは見送っていた。
「心配」
変わらぬ表情――アレシア自身が人形と言われてしまう表情のまま彼女はそうつぶやいた。
クレイが彼女のつぶやきが耳に入ったのか。驚いた表情でソファに座ったままのアレシアに視線を動かしていた。
「珍しいですね、アレシア様がそんな言葉をおっしゃるなんて」
「……クレイ、嫌い」
「ああ! 嘘です! 冗談ですから、大丈夫です! ――それで、アレシア様はなにを心配なされているのでしょうか?」
「彼女のこと?」
「なぜ疑問で返されたのでしょうか」
「特に理由は」
「ないと――では、もう一度お聞きしたいと思います。なぜでしょうか」
「ん。きっと、あの人はいい人。だけど、村の人が認めるかわからない」
「……心中お察しいたします。私達人間は魔族に良い印象がありませんからね。ラパンプルジールは他種族に比較的寛容とはいえ、民族意識が高い種族。彼女がどれだけ買いがなかったとしてもこの村になじめるとは限りませんからね」
説明臭く言葉にしたクレイには耳も貸さず、アレシアは「それに」と続けた。
「魔族は人に言われて従者になるのが本当に嫌い。でも、彼女の特別永住権、それしか余ってなかった」
アレシアが先ほど広げた羊皮紙に視線を落とした。
そこにはリオと呼ばれていた帝国人と、聞いたばかりのブランの身の上話がメモ書きが記されていた。
「どちらが、アレシア様の心配のもとですか?」
「どっちも」
「アレシア様が心お優しい方だというのは周知の事実。ですが、なにも流れ者にそこまで気を回す必要はないと進言いたしますが」
「駄目。生きてるもの」
「……なるほど、アレシア様のご寛大な配慮、私では察することが出来ず申し訳ありません。しかし、なぜ彼女はこの条件をのまなかったのでしょうか」
アレシアはクレイの質問には何も答えずに席を立つと、執務机の前に戻ると子供のように勢いをつけて椅子にポフッと座った。
答えが返ってこないと分かると、クレイは思考を巡らせることにしたが、どうしてブランという魔族がこの条件を飲まなかったのかが分からなかった。
「アレシア様。もう一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「許す」
「ありがたきお言葉。その……実は魔族というものをそこまで知らないのですが、魔族はそこまでだれかに仕える。と言う行為に執着を? 私には、彼女が――特にブランさんはそこまで執着しているようには見えなかったのですが」
クレイの考えにアレシアが大きな目を閉じて、ふぅと息を吐いた。
彼に見えないように自らの腹部に左手を当てて、アレシアは瞳を開けて自分の従者を見た。
「魔族は難しい」
「それはわかるのですが……」
「知りたい?」
「魔族のことを、ですか?」
「うん」
「いえ、私はアレシア様のことを見ていられればそれで満足ですので――。というわけですので貴方様のことをもっともっと教えてください」
「そのうちね」
魔族については教える、という意味でアレシアはクレイにそう返した。
またぼーっと天井を眺めて、アレシアが扉に視線を移すとぽつりと「優しそうに見える魔族は怖い」とだけ口にした。
「まさか。アレシア様はブランさんもその怖い魔族だと?」
「分からない」
「分からない、ですか。では、従者をする相手としてリオを選んだのは、お互いに監視させ合うという意図と解釈しても?」
「言い方」
「申し訳もございません。ですが、アレシア様のお言葉が無ければこちらも意思の疎通が部下と測れませんのでお許しを」
「ん。……そう、利用。彼女――ブランとリオ。この村の人じゃないから」
アレシアが机の上に広げられたままだったリオの情報に視線を移した。
そこには羊皮紙の中には人間の間で使われている文字で、元帝国皇帝直属軍上級騎士リオ・D・ハートネスと書かれていて、彼の階級と所属していた軍が表記されていた。
「……わかりました。そのように」
「ありがと」
「いえ、それでは」
会釈をして別の部屋へと向かったクレイも見届けて、一人残った彼女は左手を首元に当てた。
「魔族は、怖いから」
誰に言うでもなく、小さくつぶやいたのだった。