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第6節「住むために」


 彼女に聞かれたので、私はここに来るまでの経歴――、帝国で孤児の世話をしていたことや、どうやってここを知ったのか。何をするためにここに来たのかを聞かれました。

 別段隠すこともありませんでしたし、確かに信頼を気づくためには必要だと思い、できるだけ聞かれたことには細かく答えていきました。

 すると――、


「えぇ! ここに定住はできないんですか?」

「うん、だめ」


 無表情のまま、アレシアさんにそう言われてしまいました。

 私とアレシアさんの間にはクレイさんが居れた紅茶が置かれていて、暖かな蒸気が上がっていました。アレシアさんは仕事を終えたと言わんばかりに紅茶に口をつけていました。

 紅茶を淹れ終えて、後ろで控えていたクレイさんに視線を移しても、彼は困ったようにニコッと笑うだけで返事をしてくれそうにありませんでした。

 この優男は信用できません。

 仕方ありません。領主であるアレシアさんに直訴するしかないようです。

 このまま終わらせるわけにはいかない。強い意志でアレシアさんの方に顔を向ける。


「ど、どうしてですか!」

「この村、人が多い。あんまり増やしすぎると色々足りなくなる」

「う……。で、でも私だって働けば少しの足しにはなると思います。それに魔族です! 精霊魔法も心得ているんですよ!」

「むぅ、納得しない?」

「当たり前じゃないですか! せめて理由を!」


 ここまで来たのだから、理由を聞かなければこの場を下がろうにも下がる気にはなれません。

 アレシアさんの視線が左下へ流れるのが見えて、すぐに私のほうに戻ってきました。


「この前の戦争で移住する人が増えたから。亜人の人がたくさん来た。元々ここに住みたいと言っていた亜人以外の住居が足りてない」

「村に関係のない人に渡せる家はない、ってことですか?」

「ん、まだ対応しきれてない」


 ほんの少し事務的ともいえる彼女の態度でしたけど、ひとまずは安心しました。たんに彼女が魔族を嫌っていて、意地悪をしていると言うわけではないようです。

 ためていた息を吐き出して、机につっぶしました。

 もちろん、ここに来るまでに定住ができない可能性は大いにあるとは考えていましたので、理由はそこじゃありません。

 亜人戦争が終わって、亜人たちが人間の国に出入りが増えるのは予想の範囲内ですし、帰郷できると喜んだ亜人が多いのは分かっていることでした。

 帝国にとらわれていた奴隷の多くは国外の亜人や人間が多いのです。あの戦争と直接関係が無いこの村だってきっと例外ではなかったでしょうから。

 しかし――。


「やっぱり駄目でしたか。ああ、また旅に逆戻りですかね」


 私はそうつぶやいてしまってこれからのことを考えます。旅に出るとなるといろいろと買い物をしなければなりません。

 ここに来るまで、運よく竜車に乗ることができたからいいものの、帝国に帰るだけでも一月近くかかってしまいます。帰る気などさらさらありませんから、きっと徒歩の旅になってしまうでしょう。幾ら魔族とはいえ、徒歩で流浪するのは羽が折れるという物です。

 机に突っ伏してそんなことを考えていると、頭の上から「旅は好きじゃない?」と声が聞こえてきました。


「もともと旅する魔族ではなかったので、ここと帝国意外にまともな人の国も知りませんし……。水の精霊様のお力ですから、治療で路銀を稼ぐしか。……まさかそれも禁止ですかね……?」

「それは言わない。けど、住むために少しだけ、案はある」

「本当ですか!」


 彼女の言葉に思い切り机から顔を上げてしまった。

 ちょっと首が痛かったですけど、そんなの気にしてる暇はありません。

 アレシアさんは深々と頷いて、ゆっくりと私を見ながら、


「誰かと結婚。解決」


 そう言いました。


「はい、お疲れ様でした」


 席を立とうとすると「待って」と言って止められてしまいました。


「いやあ、さすがに見ず知らずの人と結婚は控えたいかなって思うんですけど」

「冗談」

「真顔で冗談はやめてほしいんですけど……。本当に、別の案があるんですか」

「冗談だけど、いまのも本気。だけど、もう一つだけ、特別永住権をあげられる依頼が残ってる」


 突然の提案に、驚くを通り越して困惑してしまいます。

 特別永住権――特別な条件をそろえた人に与えられる村に住むことが出来る権利で、この場合は"領主が何かしらの利益のために招待したお客人"に見られてもおかしくない権利です。

 治療の出来る相手を村に置いておくのは理がありますし、多ければ多いに越したことはないので自分で言うのもなんですが、与えられるほどの価値はあると思います。

 ですが当然、内容が内容なので無理難題を吹っ掛けられてもおかしくはありません。

 旅とかいう命の危険を冒す行為をしなくていい、その選択肢が目の前に吊り下げられ、思わず息をのむ。


「それを受け取るには、私は何をしたらいいのでしょうか?」

「欲しい?」

「もちろんです。ほしくない人はいないかなって思います」

「そう。……とある筋から話を聞いた。あなたをこの村に連れてきた人。分かる?」

「え、ええ。あの帝国騎士様ですね?」

「そう。あの人の――あなたをこの村に連れてきた人間。リオの従者として、村で過ごしてほしい」


 従者、と聞いて頭に血が上りそうになって、永住権という熱が冷めかける。

 戦争が終わった直後であるこのご時世に村への永住権、というものはとても魅力的なものでしたけど、でも、それ以上に元とはいえ帝国騎士であり人間の従者、と聞いて頭の中の天秤が嫌だ、という方に傾いてしまいました。


「一応理由を聞いてもいいですか?」

「ん、あの家が特別永住権の家だから。でも、リオ一人で住むには大きい。私が従者を宛がう約束だったから、ちょうどいい」

「だから、あの人の従者に……ですか」

「この条件じゃ、不満?」

「いえ、そう言うわけではないんです。確かにそれで永住権がもらえるのは嬉しいですし、魔族としても代価には十分だと思います。でも、やっぱり――」


 不満という言葉を否定しつつも、やはり躊躇してしまう。


 翼魔族にとって"従者"はとても大事なものです。命に等しい価値観を持っていると言っても過言ではありません。

 まあ、簡単に言えば、嫌がらせと言っても問題にならないほど、私にとっては従者という言葉は重すぎました。

 向こうも理解はしているのでしょう、変わらぬ態度で紅茶を飲んで居るのがやけに意味深でした。


「それはその……アレシアさんは翼魔族がどういう種族が分かって聞いてるって認識で?」

「ん、知ってる。だから緩和条件がある」

「……聞きます。なんですか?」

「クレイ、あれを」

「はい、アレシア様」


 クレイさんが部屋の隅に置いてある棚から羊皮紙のような物を取り出し、私の目の前に広げました。

 そこにはいくつか読み取れる文字が書いてあり、読める場所を抜粋するだけでも、誰かの契約書のような物だと分かります。


「リオの経歴」


 何のことが書かれているのだろうと文字を解読していたら、アレシアさんが急にそんな言葉を言いました。

 経歴、ということは何かしらのものを使って調べてある、人の調査結果が書いてあるということになります。

 それはつまり、あの人間の歴史です。


「け、経歴って。物によっては秘密にしなければいけないものなんじゃ」

「割と」

「なんでそんなものを私の前に出したんですか!」

「これが条件。あなたに、リオを見ていてほしい」

「見ていて欲しい……。見張りかなにかをしろ、ということですか?」

「そう。あの人を監視してほしい」

「っ――そこまで、あの人は危険、そういう事ですか?」

「私たちはミユネーヌ地方の人間。でも、彼は帝国人。だからこそ彼には見張りが必要。でも、ここ数年適役が居なかった」

「それで、私を?」

「駄目?」

「だ、駄目じゃないですけど……」



 ――魔族の私に……仕事の依頼?


 思ってもいなかった報酬をいただける仕事に、どう続けていいかわからず黙ってしまう。意識しなくても、自分の視線が泳いでいるのが丸わかりです。

 確かに、永住権はとてもありがたいもので、条件を聞けば彼らがそこまでするのも納得できる理由です。かつての敵国の栄誉勲章とはいえ、騎士の位を預かっていた人間を、手放しにすることはそれほど危険でしょう。

 もちろん、旅の魔族である自分も含めて。

 答えられずにいると、アレシアさんは「ん」と声を出したので、私は彼女に視線を戻しました。


「どうしても譲歩できないのなら、ちょっとの間だけ。他の村への紹介文、必要だと思うから」

「お優しいんですね」

「情報は怖い。あくまで取引の譲歩。仕事、受ける?」


 領主が出す条件として、確かに破格の条件であることは間違いありません。本来永住権ほどの条件なら、あの子竜を倒してこいと言われてもおかしくはありません。その苦労に比べれば、あの人間の見張りをすることなんて訳もないはずです。

 でも、住み込みで真似事とはいえ従者をするというのも困りもので……。

 人形のように整った――いいえ、ほとんど人形のように表情を動かさない彼女。

 いったいどんな思惑があって、こんなことに永住権をつけてまで頼むかはわかりません。

 だから……だから、私は――。


「あ!」

「あ?」

「相手の方の……この場合、その帝国騎士様の同意を待つ、というのはいかがでしょうか」


 日和った結果、無難に日数を伸ばす方向にしかかじ取りできませんでした。



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