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第3節「彼の真意は」


 人間にお姫様だっこをされたまま村の近くまで歩いてもらっていましたが、さすがに恥ずかしいと思ったので、おろしていただきました。

 恐るおそる、足を地面につけて立ってみます。

 幸い、症状は一過性だったので、立って歩くことはできるようになっていました。

 そのまま彼に連れられて、村の近くについたときには、すでに日が落ちてしまっていました。

 思っていたよりも村から遠かったので、あのまま誰にも見つからなかったのかと思うと、ぞっとします。

 村はとても大きい村でした。

 村、と言っても規模が大きいのか、敷地らしき場所からは石畳の整備がされ、帝国の小さい町と変わる場所を見つける方が難しいくらいです。

 それほどまでに、このコアコ地方は村の発展に適している、ということでしょうか。

 帝国ではここまで見事な村を見たことがありません。

 暗がりの道にはいくつか松明を立てかけるための棒も立ち、その下には兵士の方々が巡回をしている姿もあり、夜でも道に迷わないように配慮がされていました。

 向かって左側には森が広がり、右側には綺麗な川が流れているようで、水に困ることはあまりなさそうでした。森のほうはちょっとした下りになっていて、森から攻めようと思っても地の利が悪いようで、天然の要塞と言えるかもしれません。

 入り口の敷居をみて見ると、アーチ状の看板がつけられていて、そこには人間の文字で何かが書いてるあるのが見えました。


「えっと……れ、らる?」

「レユラル。村の名前だ。ここで俺は世話になっている」


 彼の言葉を聞いて、自分の幸運に歓声を上げてしまいそうになりました。

 レユラルは、自分が目指していた村の名前です。まさか、こんなに早く目指していた村につけるとは、まさに僥倖でした。


「お前、今夜の宿は」

「え? ここの村に宿があるのならそこに泊まろうかなとは思っていたのですけど、ありますか?」


 私がそう聞くと、彼はちらりと私の方を振り返る。そして、何かに気付いたようにハッとして、急に立ち止まる。

 あまりに急だったので、彼の背中にぶつかりそうになり、慌てて足を止めると彼はわき道を指差しました。


「家によって行け。この近くだ」

「えぇ……」

「何だその嫌そうな声は」

「だって、知らない男について来いとか言われたら、そんな気持ちにもなりますよ……。私にも選ぶ権利が――」

「なんでそうなる。ちがう、薬を渡してやるから近くまで寄っていけ。幸いなことに、この村は大きいから宿もあるし、治療ならそこでできる」


 彼の言葉に、なるほどと思いました。

 確かにいくら亜人と言っても、あの罠だと薬が必要な傷――それどころではない気がしますが――を負っていてもおかしくはありません。

 それに気が付いたのなら、薬を渡すとういっても不思議なことはありませんでした。


「い、いえ大丈夫です。魔族ならあの罠でも傷は負いませんから」

「薬以外にも渡すものがある」

「はい? 渡すものって」


 ――なんですか?


 そう聞こうと思ったら、彼は何も言わずに入り口近くにある森の道へと入って行ってしまいました。

 自分勝手に行ってしまうのはさすがにどうなのでしょうか。

 でも、このまま人間についていかなければ、今夜の宿の場所も聞けないのは確かです。

 仕方ないと思いながら、彼の後に続いて森へと下っていくと、そこには小さな道がありました。

 まるで、ゴーストでも出てきそうなほど暗い道。

 彼が入って行かなければ降りる気になんてならないかもしれません。

 ほとんど獣道と言っても差し支えないほどに狭い道を、彼は迷いなく降りていきます。

 雪で滑り落ちたりでもしたらかなわないので、人間の足元を観察しながら、そろそろと私も降りていきました。

 ここの木の匂いだろうか。果物のようなにおいがして、何だが不思議な感じがする森の道でした。

 ほんの数分、でしょうか。

 後に続いて下り坂を下りていると、開けている空間に出て突然――本当に突然に、一戸建ての家が現れました。

 家は木と石材で作られていて、玄関口にはテラスも含めた作りになっていました。地味な色の屋根は一般的な屋根と違い斜めに傾き、斜めになっている地面には、うず高く積もった雪が残っているのも見えます。

 屋根の傾きとは反対側、雪の積もらない方には、井戸のおまけに庭までついていました。

 帝国なら金貨千枚は軽くするだろう家で、思わず尻込みしてしまいます。

 私が住んでいた孤児院よりもいい建物かもしれません。


「ちょっとまってろ」


 彼はそう告げるとノックもせずに入って行きました。

 どうやらここがこの人の家であるらしい、割といい暮らしです。

 言われた通り待っていると、彼が何かを手に持って出て「受け取れ」と何かを差し出される。

 見ると差し出されたのは木製のまあるい箱でした。ちょっと警戒していると目の前で箱のふたを開けられ、中を見ると緑色の軟膏のような薬品でした。帝国の薬品では見たことがないので、コアコ地方の薬か何かなのでしょうか。


「足の傷はとりあえずこれを使え。それと――」


 とりあえず薬を受け取ると、今度は玄関の横に手を伸ばし、そこから出てきた木で彫られた人形のような物を突き出されました。

 人形を受け取ってみると、不思議な香りがする木彫り人形で、なにか特別な魔力が込められているわけでもありませんでした。


「これは?」

「それをこの坂道を上ってある通りをまっすぐ行くんだ。店が立ち並ぶ場所が見えてくる。その入り口に白い兎亭という酒場兼宿屋がある。そこの主人にそれを見せろ」

「は、え? えっと……」

「初めて村に来たやつでも、白い兎亭なら看板が出ているからわかりやすい。人間の文字はわかるか?」

「あ、はい。読めますし、書けます、難しいのはちょっと無理ですけど」

「なら、さっき言った道の通りに行けば、白、兎、宿という単語が書いてある看板が出ている大きい家がある。そこを探せ」

「は、はあ……」


 何が何だか分かりませんでしたけど、とりあえず白い兎亭とやらにこれを持っていけばいいらしい。

 そのまま何も言わずに扉を閉められてしまって、呆れるのを通り越して絶句してしまいました。


「……とりあえず、言われた通りにしてみますか……」


 考えていても無駄でしょう。とりあえず宿があると言っていた場所に向かって歩き始めてみました。

 言われた通り森の丘を上がり、町の明るみがある方へと歩きながら、ついつい考えてしまう。


「なんか、妙に優しかったんですけど、何が目的だったんでしょうか……」


 子竜から他人を助けたり、薬を渡したり、世話を焼いたり……。助けるだけでも相当おかしいと感じてしまうのに、その後の行動まで考えると何か裏があるとしか思えません。

 今日の私は魔族であることを隠していませんし、それについて触れないのもなかなか不思議でした。

 顔はかっこいいですけど、あまり調子に乗らないでもらいたいものです。

 

「とりあえず、今は言ってみますかね。宿なら移住する許可をどこでもらえるか聞けますよね?」


 なんだか釈然としないまま、宿へ向かうことになってしまいました。


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