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ソファに座り直して、とりあえず聞いた話をまとめる。
「あーもう。結論としては"突然村に住みたいといった身元不明の魔族の私を、抑止できるかもしれない元帝国騎士を使った信頼調査だった"ってとこですね」
事実を教えてもらえたおかげで胃の痛さから解放され、背もたれに体重を預け足と手を伸ばす。
私が心配していたのがバカバカしくなるくらい皆さんにはお見通しだったらしく、手のひらの上で踊らされていたのは私一人だったようです。
安堵で脱力感に包まれていると、アレシアさんがクレイさんから何かを受け取り、テーブルの上を滑らせます。
書かれた文字を目で追うと、金縁で囲われた文字列の中にラトゥム語で永住許可証と銘され、アレシア・ド・ラ・ミユネーヌと直筆のサインがされた羊皮紙でした。
というか、永住権ですって?
翼魔族としての尊厳を一度側溝に落としてまで検討した物が目の前にありました。
「どうして……永住権がここに?」
「ん、ブランは良い子だから」
「っ、正気ですか? ドラゴンを! いえ、あれは子供でしたけど……それでも、一撃で吹っ飛ばせる魔力を持った魔族ですよ! さっきあなたも怖いといったばかりじゃないですか!」
「平気」
「いやいやいや、平気とかじゃなくてですね」
「今確信した」
「はあ!? だから、私は魔族でして!!」
「ん、知ってる」
「ですよね! でも、アレシアさんはそもそも魔族が苦手で、だから私をこの男を使ってでも調査したのですよね!」
この男と言って隣に座っているリオさんを指さすと「おい」と抗議されましたがまた無視します。
秘密を持ったまま素振りも見せなかった御人なんてこの男で十分。むしろ、相手をしてあげるだけ優しいのです。
「そう。魔法は怖い物。でも、最初に言った通り、水の精霊は治癒の象徴。怪我を直せるの見てたから、嘘じゃない」
「あー……まあ、そう、ですね。うっかり子竜終わった直後に使いました」
だって、だってケガしたまま放っておくなんて酷いじゃないですか。持ってるものを使わないのは罪ですよ、罪。
「ん、治療師は貴重。それは最初に言った。あと、怖がられるのは平気」
「だ、だからそれはアレシアさんだけじゃなくて――」
「平気。村の人も、ブランが悪い子じゃないって知ってる。シュクラのおかげ」
「っ、あ、あの兎さんたちはもう……!」
「それにブランは今自分に得しかない事を断った。最初に永住をしたいと言ったのはブランなのに」
「ぐっ、それは、そう、ですけど……」
「村をフォーヴから守ってくれた感謝と、領主の命の恩人。もう村の人にも伝えた。断られると私が困る」
「なにからなにまでお見通しで、囲われてるじゃないですか!」
「ん、でも、仮に、断っても、ん、平気。ぐす……だって、ブランはブラン。酷い、こともしたから……」
「……っ! ああ、もう! アレシアさんなんて知りません! ふんだ!」
途中から涙目だったくせに心の底まで全部見透かされたような発言に思わずプイっとそっぽを向いてやります。
そうすると慌てたように両手を上げて無表情のまま淡淡としだしたアレシアさんに、困っている彼女を見て恍惚の表情を浮かべているクレイさん。
隣には我関せずと腕を組んだリオさんが居て、はあ……とため息をつきました。本当に、なんで私はこの人にときめいたんですかね。
なんで誰も収拾をつけないんですか、これ。
騒々しいですし、さっさとこの場を収めるために小さくため息が出てしまいました。
「……とりあえず、お話をまとめましょう。私もさっさと帰ってまとめた荷物をいくらかばらさないと今日眠れませんので」
「っ、じゃあ!」
期待したように目を見開くアレシアさんに向かいソファから立ち上がる。
人間式の礼は……確か頭を下げるものでしたっけ。そう考えながらしっかりと頭を下げました。
「改めて、もう一度、この村でお世話になりたいと思っています。領主様に置かれましてはこのような私を村においてくださってもよろしいですか?」
「ん、むしろお願い、したい。翼魔族のブラン。せめて、私の代までは」
「あはは、それは気分次第ですよ? 一応旅人なので」
「いい。ありがとう」
本当に嬉しそうに口元を緩ませるアレシアさんにちょっとだけずるいなと思ってしまいました。クレイさんじゃなくてもこの人が有能でここまで優しいのでしたら人気なのも頷ける。
本当にこの美貌、人間にしておくのがもったいないお人です。
ちょっと……本当にちょっとアレシアさんの美貌に嫉妬しちゃっていると、クレイさんが「アレシア様」と耳打ちをしていました。
「アレシア様」
「なに、クレイ?」
「今言うべきことではないかもしれませんが、アレシア様を近くで見守っていた立場として、是非言葉にさせてください。……よかったですね」
「…………。ん」
先ほどよりもずっと家族的な、柔和な笑みを浮かべられ苦笑してしまいます。それほど翼魔族との仲を解消したかったのでしょう。
……聞かなかった事と見なかった事にしましょう。
余りに無軽快な笑みだったので、そう決意し、ふぅとため息をついてソファに座ります。
もう一つだけ、わたしからお願いがあったからです。
「それじゃあ、家の事なんですけど――」
魔族の一生は何もせずに生きるのには長すぎる。どうせ、人間さんの寿命は短いのです。友人になりたいと我が儘を申される領主様のお願いを聞くくらい、なんてことないですよね。
別に……アレシアさんが泣いてたからじゃありませんよ? 自分のためです、自分の。
私の言葉を聞いて、その部屋にいた全員が驚きの声を上げました。
* * *
「悪かったな」
アレシアさんの手続きが終わり、あとはこちらで処理をすると言われ、来た時と同じように馬車で家まで送られている最中、リオさんが突然謝ってきました。
こっちは揺れる馬車の椅子の上、やることもなく膝の上に手を置いていたので、意味が分からず絶対きょとんとして「は?」と返してしまいました。
ちょっと冷たすぎたかもしれません。
ただ、リオさんはリオさんでいつもなら、なんだその態度はって言いそうなのに馬車のひじ置きで頬杖をつき、馬車の外を眺めて居ました。
あからさまな照れ隠しじゃないですかそれ。
「えっと……何がですか?」
「お前のことを誤解していた」
「誤解? んー、リオさんにされてた誤解が多すぎてどれか判断が……」
「っ……。魔族の約束の話だ。それと、お前自身の事だ。俺は村を見捨てて逃げてもおかしくないと思っていた」
「ああ……まあ、相手は子竜ですし、普通はそう思うかと」
「だが、お前は俺の口約束程度――」
「程度じゃありません」
「……悪い。口約束を守るためにあの場に残ってくれたのだろう。俺はそれにちゃんと感謝を示さねばならん」
「リオさんがそうしたいのなら止めません言っていた」
「それは……まあ、人によって違いますけど、私にとっては他人の命程度には」
「なら、命と同等の約束を果たしてくれた礼はするべきだろう」
「感謝はさっきアレシアさんにもされましたし、そもそもリオさんは直後にしたじゃないですか」
「それでも、だ。あんな簡略じゃあ俺の気が収まらん」
「今だって良い態度じゃない気が……。でもまあ、素直に受け取らせてもらっていいですか?」
「ありがとう」
おお、ちょっと皮肉交じりの意地悪をしたのに素直じゃないですか。
アレシアさんと言い、リオさんといい。普段から冷たい態度ばかり取る方に素直にお礼を言われる方が正直照れくさいです。
悪い気はしませんので、もっとしてください。
ちょっと嬉しくて油断していると、揺れる馬車の中でリオさんが突然床に立膝をつき、手を取られて指先に彼の吐息がかかる。
あ、ちょっと、それってまさか……。
何をされるかは察した物の止める間もなく、指先に柔らかい何かが触れ、次に手の甲へ。そして、呆気に取られているとスッと離れられてしまう。
つられてリオさんを見ると真剣な表情で見上げていて、底にはまさしく騎士様が座っておられました。
「魔族のブラン。お前には恩義のある村を守ってくれた最大の感謝を。そして、力足らずだった俺を助け、子竜の討伐した英雄に」
「ふお、おお……」
おお、これが本場騎士のキスですか。
まさか自分が人間の文化の対象になったという感動と、態度は悪くてもイケメンのリオさんにされてしまったという動揺で、頬がものすっごい熱くなる。
変な声が出てしまったじゃないですか。余計恥ずかしくなり、上唇を噛んでしまう。
しかも、リオさんは平然と自分の席に戻りやがりました。
は、恥ずかしかったのは私だけですか、と思わず膝の上でこぶしを握ってしまう。
「それで、ブラン。お前の当初の目的はこの村への定住だったな」
「は、はひ!?」
「……なんだ、その返事は」
「っ、えっと、はい。確かにこの村への定住、です。まあ、それは叶えてくれたので、次のって言われるとなかなか難しい物があるんですけど……」
「そうか。……しかし、本気なのか?」
「本気、っていいますと?」
「いや、だから……あれだ……」
遠回しな言い回しをするリオさんに首をかしげました。
急に何を言いにくそうにしているのでしょうか、この人は。
普段の彼ならこんなに遠回しではなく単刀直入に切り出しますし……それと、堂に入った騎士の真似事までされたのにいまさら何を戸惑っているのですかね。
訝しんでいると、リオさんは何度か首を振ってため息をつきました。
「これからも、俺の家に住むと提案したのは……本気、なのか」
ああ、なんだそのことですかと頷く。
アレシアさんに永住権をいただいた後、私は「リオさんの家でしばらく厄介になってもいいですか?」と提案しました。
理由は……もちろん、今までと同じく、リオさんの動向を見るためです。
ただまあ、内容は違いますけど。
「ん、私はリオさんに興味があるので」
「は? 俺に興味だと?」
「はい。リオさんは人間なのに子竜に立ち向かいました。いくら自信があるって言ってもそうそうできることじゃないですよ?」
「……今は、関係ない」
「いえいえ、関係大ありなんです。まあ、とにかくそんなリオさんを気に入っちゃいました」
「はっ、魔族に気に入られても嬉しくない」
「あはは、まあそうだと思いますけど、リオさんさえよければ、私の目的を達成するまでお傍においてくださいませんか?」
「目的? なんだそれは」
「むう、そんな仏頂面だと教えてあげられません。でも、リオさん的には迷惑ですか?」
「……いや、別に構わん。恩義のあるお前が望むのなら、あの家でいいなら自由に使うと言い」
「あはっ、ありがとうございます。まあ、新しい家を頼んでも良かったんですけど、いつ出ていくか分からないのに新しい家を増やせーだなんて言えませんし」
「そうか……」
「はい、そうなんですよ」
それっきり、リオさんはどこかあきらめたように窓の外に視線を映してしまいました。とはいっても、もう窓の外は雪リンゴの農園が広がっているので、私たちの家はすぐ近くですが。
へそを曲げてしまったリオさんに苦笑しつつ、私もリオさんとは反対の方向に目を向ける。
雪リンゴとは違う、寒い地域特有の木が立ち並ぶ森が見え、どこにいても変わらない空が広がっていました。
――そうだ、あの人たちは亜人戦争を生き残ってくれたんでしょうか。次にカリーナさんが来た時に手紙でも出してみましょうかね……。派手なこともしましたし、別の魔族や竜族に目を付けられないといいんですけど……。
そんな不穏な思いを抱きながらも、ひと騒動終えたこの村でお世話になることにしました。
* * *
拝啓、私を拾ってくださった敬愛なる神父様たちへ。
お元気でしょうか。私、神父様にお世話になったブランです。あれからいろいろ起きたみたいですが、教会の子供たちは無事ですか? 神父さまもご無事でしょうか。
言われた通り、新しいご主人様候補を見つけました。安心してください。
元気なら嬉しいです、ブランより
……なんて書いてみたりして。あの人たちが無事かどうかわかりませんし、届くかどうかわかりませんけど。
今度、柄にもなく手紙でも出してみましょうか。




