第15節「お呼び出し」
子竜の件が片付いて、数日。
リオさんに与えられた部屋で、空気すぅと吸い込むと森特有の澄んだ空気が肺いっぱいにやり終えた達成感が満ちていきました。
窓からは朝焼けらしき光が差し込み、綺麗に整えたベッドと、今まとめている荷物に降り注ぐ。
荷物をまとめていると、車輪が回る騒々しい音が上の道を通るのが聞こえ、誰かが町の外に出たのでしょうか。
まあ、私には関係ないでしょう、きっと。
これから我が身に降りかかるであろう寒さに耐える魔法を準備し、まとめ終えた旅荷物に手を置く。
「さってと、旅装束はこの恥ずかしい魔族の伝統衣装でいいですし、この村に残すのは帝国で仕入れた衣服とお礼のお金ですかねー」
ベッドの片隅に、この村で仕入れた服と心ばかりの資金を残し、ふぅと息を吐きました。
そう、私は今日、この村を去るつもりで旅の準備をしていました。
理由は簡単。私は魔法を使って子竜を倒してしまったからです。
それだけ? って感じですけど、この世界にとって"魔法"はとても大きな力です。
国によっては魔道具によって見慣れている人も居ますけど、この国の人はまだ生活必需品レベルの魔法しか知りません。
私が使った"氷牢"と呼ばれる対象を氷漬けにする魔法なんて、知る人も少ないでしょう。
人間が理解できない物を見る目は恐怖と嫌悪だと相場は決まってますし、亜人だったとしても、私のように魔力が多い翼魔族となると、魔力を扱う種ですらも怖がらせてしまう。
見ず知らずの人間さんにどう思われようと知ったことではありませんが、この村の人たちには優しくしていただきました。
怖がられるなんて、私のハートは耐えられません。
――それにしても名残惜しいですね。シュクラさんたちとはもっとおしゃべりしたかったですし、雪リンゴも意外と甘くておいしかったですし、新しいご主人様候補をせっかく見つけたんですけどねえ……。
っと、いけないいけない。こうしていたらせっかく日の出に出ていこうと決めていたのにあっという間に日が昇ってしまいます。
旅の荷物にこの村で仕入れた雪リンゴのペーストを詰め込み、ヨシと腰に手を当てる。
「まあ、怖がられるのもしゃくですし、さっさとほかの荷物もまとめて――」
「お前、荷物なんてまとめて何してる」
「ぴゃあ!?」
突然かけられた声に驚き振り返ると、部屋のドアを開けて訝し気に立っているリオさんがいました。
お、驚かすなんてなんて非道な人ですかこの人は。
「お、起きてるなら起きてるって言ってくれませんか!?」
「無茶を言うのがお前たちの道理なのか? ほら、行くぞ」
「実は無茶って人間の方が多いんですよ……それに、行くってどこにですか?」
「さっき衛兵がたたき起こしに来た。人形娘――アレシア・ド・ラ・ミユネーヌが俺とお前を名指しでお呼びだ」
リオさんはそう言って背後を親指で指さしました。
ああ、それで外がうるさかったんですか。
森の謎の喧騒に納得し、ついでアレシアさんの呼び出しで胃が痛くなる。
要件は……おそらく子竜の件を踏まえた魔法の話。
お世話になった村の人やアレシアさんを逃がすためだったとはいえ、全力全開容赦なしで魔法を使えば、お呼び出しを食らうなんて目に見えていました。
だからこそ、早めに出ていこうと準備をしていたんですけど……。
「は? こんなに朝早くから、ですか?」
「まったくふざけてる。だが、その荷物を見る限り、あの人形娘の読みは当たったな」
「ぐ……。おもったよりも心地よくて人読みが鈍りましたかね……」
「文句ならあの人形娘に言え、俺に言うな」
「ああいえ、文句じゃなくて……アレシアさんはなんで私たちを?」
「さあな。あの人形娘のすることは分からん。直接聞け」
さすがは武勇で有名な帝国騎士様です。政治に興味がなさ過ぎる発言に頭を抱えそうになりました。
いえ、実際こう言った仕事で頭を使わなきゃいけないのは外部の傭兵ですし、騎士や兵士は自国内の人間なので仕方ないのかもしれませんが。
「はあ……リオさんが騎士でよかったです」
「それは……どういうことだ?」
「気にしないでくださいって。今更逃げるわけにもいきませんし、行きましょう、リオさん」
「あ、ああ? 俺も騎士装束に着替えていく」
「……手伝います?」
「馬鹿を言うな、俺は農民だったんだぞ?」
鼻で笑ってリオさんは部屋のドアを開けっぱなしで行ってしまいました。
せめて、乙女の部屋は占めるべきだと教えておくべきだったでしょうか。色々考えることが多い中、私は外で待っているらしい兵士さんたちの元に向かうのでした。
* * *
そろそろ日が昇り始める時間になったでしょうか。
私とリオさんは、無駄に豪華で窓に垂れ幕をかけて目隠しをされた馬車に乗せられ、アレシアさんの執務室に連れてこられていました。
私が来た時と内装は同じ。部屋の外からは私たちのことを噂しているであろう声がヒソヒソと聞こえてきますし、隣でちょっと離れ目に座られてしまったリオさんからはイラ立ちか、膝頭をトントンと叩く音が聞こえてきます。
ちょっと耳障りでしたけど、リオさんと気持ちの気持ちは痛いほどわかります。
それなりの時間待たされているうえ、聞こえるようにヒソヒソやられたのでは気分が落ち着くものも落ち着きません。
ヒソヒソ話に耐えかねたかのようにリオさんが口を開きます。
「あの人形娘はまだなのか」
「あ、あはは……そこはほら、アレシアさんも領主なわけですし、こういうタイミングでは着飾らなければいけないのでは?」
「はっ、対面で痴女みたいな恰好をした相手にか?」
「む、これは魔族の民族衣装で魔力をため込むのにも非常に便利なんですよ? 羽も出し入れしやすいですし――」
「ご高説は結構だ。騎士のマントでも持ってくるんだった。他人の目が痛い」
最後の騎士としての良心が紛れ込んでいてふふっと笑ってしまいます。気を抜いた反応にイラついたのかそのままぷいと横を向かれてしまいました。
いやまあ、たしかに魔族の民族衣装は細い革紐とか下着のような格好と揶揄されることも多いですから男女問わず目のやり場には困りそうですが。
ソレはともかく、たしかに女性は準備に時間がかかると言っても少々長いかもしれません。
心配で――胃が痛くなる場所ということもあって――そわそわしていると、背後でガタリと音を立てて部屋の入り口の扉があけられる音がしました。
隣でリオさんが立ち上がり、ポケッと眺めていると「ほら、立て。礼儀作法だ」と促される。
おお、今のリオさん、最高に騎士っぽい。
なんて馬鹿な思考を放り投げ、立ち上がって振り返ると、ドア前に跪きドアを開けているクレイさんの姿と、出会った時と同じドレスに剣を吊るしているアレシアさんが悠然と入ってくる。
構造的に後光が差し彼女の顔立ちも相まって神聖な雰囲気すら感じていると、アレシアさんと目が合いゆっくりとうなずかれ、私たちの対面にゆっくりと歩み寄られる。
「待たせた」
口が開かれるとすっかりいつものアレシアさんでほっとする。
このまま神々しい雰囲気のまま本題に入られたら吐き戻してしまうところでした。今日はまだ何も食べてませんが。
ほっとした私とは違い、隣に居たリオさんから「それで?」とイライラした声で口を開く。
「何の用で俺たちを呼んだ。子竜の件はこの前の報告……で……」
アレシアさんの長い金髪が目の前でゆらりと垂れ、凄んでいたリオさんの声がしりすぼみになって行く。私も正直声を上げていたら同じになっていたと思います。だって、目の前に立ったアレシアさんが横に控えたクレイさんと共に頭を下げたんですもの。
ともかく、目上の人にそんなことをされて慌てないほど私の肝は太くありません。慌てて二人が顔を上げるように促す。
「ど、どうしたんですか、アレシアさん! いつもは止めるクレイさんまで! とにかく顔を上げてくださいって! そんなことをするのはこの無礼な騎士様だけでいいんですから!」
「おい」
リオさんのぶっきらぼうなツッコミはさておき、ゆっくりと頭を上げたアレシアさんの顔には曇天が張り付き――いえ、いつもよりちょっと眉が寄ってた程度ですが――、クレイさんまでもそんなアレシアさんに合わせ、神妙に目をつぶったままでした。
「座って」
「え? あ、はい……失礼します」
「ん。今日は謝らないといけない。だから、二人をここに」
突然何のことでしょうと思っていると、隣で「ああ、その話だったか」と納得した人が居て、さらに困惑してしまいます。蚊帳の外の雰囲気を感じますが、とりあえず「謝るですか?」と聞き返します。
「ん、今日までの事」
「今日までと言われましても……色々混乱してまして……」
「子竜の件、こっちは感謝。本題はリオの調査のこととか」
「ちょ、ちょっとソレ今言っても大丈夫なんですか? 現に今リオさんが横に――」
慌ててリオさんを見ると、何をいまさらなんて顔で両腕を組んでやがりました。
イラっとして尻尾がちょっと揺れてしまうじゃないですか。
「な、なんですかそのちょっと腹立つ立ち姿は」
「む、腹が立つのか、他人を不快にさせるのならこれからは気を付けよう。……いや、お前が俺の調査をしているのは周知の事実だ。それを知らなかったのはお前だけだ、ブラン」
「はい? えっと、アレシアさん? 今衝撃事実を話されているんですが、どういう……?」
「ん、リオにも話してる。ブランを試してた、ずっと」
「た、試してたって……。リオさんはまだ信用できないから部外者の私に調査を頼んだんじゃ」
意味が分かりませんでした。
子竜の件はまあ、それなりに感謝はしてほしい事ですが、
混乱したまま周囲を見ても、アレシアさんは困り顔……おそらく申し訳なさそうで、クレイさんは執事らしくまっとうにアレシアさんの後ろで待機しています。
何が何だかわからないまま、お三方はゆっくりとソファに腰を下ろしました。




