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第14節「これが、私の全力全開です」


「いいですか、合図したら全力ですよ」

「ああ、任せろ」


 念入りに魔法をリオさんの体に巻きつけていき、震える吐息とドキドキとうるさい心臓を深呼吸で落ち着かせる。

 これから帝国の元騎士さまの命は、今にも吹き飛びそうなほど痛みが激しいこの柔らかな両手にかかっている。これが緊張じゃなくてなんなのでしょう。

 魔族は人間は嫌いです。でも、恩義のある村を救おうとする人間との村を守るという約束。魔族の私が反故にするのはあまりにも魔族としてのプライドが許せないじゃないですか。


 ――と言っても、私は戦闘狂じゃないので、上手くいくかどうかはその人間に任せるしかないんですけどね。


 念のための魔力を別で確保しておきながら、慎重に時を見極める。

 じれったい間が私と子竜それとリオさんの間で続く。周りの兵士さんたちがバタバタと陣形を整えていく気配で気がそがれそうになり汗が垂れていきました。

 一瞬でも私の気がそがれてしまえばこの作戦はうまくいきません。まったく、誰ですかこんな無茶をするなんて言い出したのは。

 いつまでこの緊張感が続くのでしょう。数分? それとも数刻でしょうか。寒さで指がかじかみ、頬から緊張の汗が流れ落ちる。


 瞬間――。子竜がもう一度ブレスを吐こうと状態を持ち上げるのが見え、腕に魔力を籠める。


「今です、リオさん!」


 私の声でリオさんが駆け出し、子竜の牙の並んだ顎が開いて青白い炎が燃える喉奥を見せました。

 魔力でつながっているリオさんが大きく跳ぶ。それに合わせて足元への魔力を展開していく。しっかりとリオさんが踏みしめたのを確認して次の足場を用意する。


「足元に地面を感じたら速攻で飛び移ってください! あんまり長く展開するもんじゃないです!」

「お前は足場を出すことに集中しろ!」

「は、はあ!? そんな言い草――!!」


 文句を言ってやろうかと思っていたのに、そんな暇すぐになくなりました。

 今にもブレスを吹きかけようとした鼻先に盾へ思い切り引っ張ります。ガパっと開かれた子竜の顎から吐かれたブレスが引っ張られた盾に薙ぎ払われ、竜の炎の中に突っ込んでいったリオさんの目の前で氷の盾とブレスが散り散りになって砕け散りました。

 同時に腕に激しい痛みが走り、吐き気でおかしくなりそうでしたけど、足場を出さないわけにはいきません。

 思い切り下唇を噛んで痛みに耐え、残っていた腕で座標を目で確認する。

 リオさんが踏み出した先を予想して魔力の足場を一個、二個と展開、消してはとんだ先に展開と何回も繰り返していく。

 多少雑になってしまいましたが、さすがは帝国の戦闘専門の騎士様でした。

 見えない足場が見えているかのように飛び移っていき、順調に子竜の元へとかけていき姿はどこかのサーカスみたいでした。

 というか、足場の方が異常に忙しいです、これ。二度とやってやりません。

 痛みでイラつき、文句を言っている最中でもリオさんは止まらずに進み、さすがの子竜も危険を察したのか羽ばたいて逃げようとしました。


「はっ、散々お前を追って来たんだ、今更逃がさんぞ!」


 逃げようとした子竜の横っ腹目掛け、リオさんが槍を逆手に持ち替えとても人間とは思えない跳躍力で飛び上がり、目を丸くしてしまいました。

 おお、なんか一連の流れが魔族の創作小説みたいでちょっとカッコいい。

 帝国の娯楽は帝都にあるコロッセオでの殺し合いや競技ばっかりで興味なかったんですけど、リオさんみたいな人がたくさん居れば面白いかもしれません。

 なんて、馬鹿なことを妄想していたら、腕に尋常じゃない痛みが走り、喝を無理やり入れられました。

 現実に戻った瞬間、勇猛果敢に子竜へとびかかったリオさん目掛け、子竜が空中で姿勢を回す。

 その動きで何をするか察して血の気が引きました。

 いくら騎士と言えども所詮は人間、普通の人間があの攻撃の直撃を耐えられるとは思えません。

 子竜の尻尾がリオさんを捕らえ、叩き落そうと体を捻られた瞬間、とっさに使える腕を使って最低限の魔力の盾をリオさんの横に展開しました。

 ほぼ同タイミングで竜の尻尾に盾と腕が武器飛ばされて、耐えきれなかった衝撃で腕が思い切り背中の方に持っていかれる。

 肩に腕が付いているのが奇跡のような衝撃と痛みでしたけど、五体満足です。指をさしてやろうと思いましたけど、腕が上がらなかったので思いっきりドヤ顔を決めてやりました。


「いったぁ!! ど、どうですか! 竜の風上にも置けない理性無しトカゲさんにはこんな芸当無理でしょう! リオさん!! 私の腕二本分、絶対倍にして返してやるんですから!!」


 叫びが届いたのか、空中に飛んだリオさんが見事に子竜の背に飛び乗り、槍を手元で回転させ子竜の横っ腹に持っていた槍と突き刺しました。突き刺した個所から中に血が噴き出して空気に触れ、一瞬血が燃え上がり、血と咆哮が飛ぶ。


「あの槍が刺さった! あれならあの子竜もさすがに! ――あ」

 

 いけない、こういった場面でこの類のセリフは禁句と魔族歴史で決まっています。

 言葉の呪いとは怖いもので、横っ腹に槍を刺されたのにもかかわらず、激しく身を振り突き刺したままのリオさんを激しく左右に振り始めました。

 いけません、あのままだとリオさんは子竜の巣に連れていかれてお腹の中です。

 もしかしたら異種の子をはらむかもしれません。それはそれで興奮する変態さんは居そうですけど。


「リオさん!! そのままだと危険です!! これが聞こえたら槍から手を離してください!! 考えがあります!!」


 奥の手のためにそう叫んだ瞬間、声が聞こえたのかリオさんが空中に投げ出され、その機を逃さなかった子竜の腕がリオさんに振り下ろされようとしていました。

 間に合えと泡のように魔力をまとわりつかせましたが、子竜の腕が振り下ろされ、ものすごい勢いで叩き落され、リオさんの落ちた場所を震源地とした地震と共に土煙がもうもうと立ち上がりました。

 さすがに魔力で生きていると分かっていても気が焦りました。

 痺れる腕の中で筋が結合されていくのを感じながら土煙の中に声をかける。


「だ、大丈夫ですか! リオさん!!」

「っ――クソ! あのクソトカゲめ!!」


 心配で声をかけたのが馬鹿らしくなるほど、元気なお声が聞こえました。

 非常にお口が悪くなったリオさんが何事もなかったかのように頭を振って土煙を払いながら上体を起こし始める。

 うわ、この人は化け物か何かなんでしょうか。ダメージ軽減のために魔力で膜を張りはしましたけど、普通の人間なら全身の骨ぐらいは折れててもおかしくないはずなんですが、この男はぴんぴんしてるじゃないですか。

 怖いので、今後は気を付けないといけません。


「うわ、大丈夫そう。帝国の騎士様ともなると人間を超越し始めるんですか?」

「魔族っていう種族は人間の心配も出来ないのか?」

「お言葉ですけど、この状態で悪態をつける人に心配がいるとは思えないんですけど」

「……。それよりも槍を取られた。あれを持っていかれるのは痛い。もう一度やるぞ」


 あ、どさくさに紛れて逃げましたよ、この人。

 でも、とりあえずリオさんの言葉に首を横に振って、子竜が居るはずの空を見上げる。

 そこには先ほどよりも高い場所から様子を見るように、腹から血を流しながらもこちらを見下ろしている子竜の姿がありました。炎になった血が地面に滴り落ち、陣形を固めていた兵士さんたちの横で炎が上がり悲鳴も聞こえました。

 早く決着をつけたいのはやまやまですが……。


「ふふん、そうする必要はないって断言してあげます」

「……気でも狂ったのか?」

「なんでですか! あとそれ今日2回目ですからね!」

「数えていたのか」

「人を馬鹿にしたらめっ! なんです! じゃなくて!」

「……なんだその聞いてほしいオーラは。子竜には様子見されているからそんな暇はないはずだが?」

「あ、やっば。そうでした。多分攻撃がこっちに来るのでリオさんは離れててくださいね」

「お、おいブランお前何をするつもり――」


 何か言いかけていましたけど聞いている暇はありません。危うく魔族ゆえに大丈夫だろうとほかの肩への危機感が薄れてしまうところでした。

 慌てて竜に向けて傷をいやした腕を子竜に向け、意識と魔力を集中させる。

 大気中をさまよっている冷気をリオさんが突き刺した槍を起点に収集し圧縮する途中、頭の中で鈍痛がし始め、慣れていない操作の副作用が始まりました。


「いつっ……」

「おい、あれだけ大口をたたいてたのに平気なのか」

「あはっ、私は、戦闘、民族じゃ、ないんですよ! あんまり魔法に言葉を付けるの好きじゃないんですけど……! 『収束し、集結し、氷結せ――』!」


 魔力操作に集中をすると、突然静観していたはずの子竜が首をもたげ私たちに向かって大口を開け、のど奥から火がとぐろを巻くのが見えました。


「っ! まず――」


 炎をため込んだ時間が小さいためか、先ほどよりも細い、でも確実に攻撃を与えるための炎が子竜の口から放たれ、奥の手を中断しようとした矢先、目の前に両手を広げた影が見え、子竜の骨まで溶かすはずのブレスを受け止めたじゃないですか。


「り、リオさん!? さすがに無茶ですよ!?」

「ぐっ……気にするな、続けろ!」

「続けろって言われてもリオさんが……」

「お前の魔法のおかげで何秒かは持つ! 何をするか分からんがそれで何とかなるんだろう!」


 そんな格好いいことを言われてキュンとしちゃうじゃないですか。

 魔法嫌いで有名な帝国人が私が勝手に使った魔法を信頼して危険な子竜のブレスすらも受け止めようとするなんて格好良すぎます。

 人間なのが非常にもったいないと思いながらもう一度魔法に集中する。


「っ、は、はい! えっと、『氷結せよ。私が望むのは汝の氷結』!」


 頭の中に子竜の飛ぶ姿を思い浮かべ、槍を起点に子竜の中に流れている血の色を、形を、想像し把握する。

 血が流れている肉を、内臓を、体を……。ひとつひとつに分かれていくその体の構造するすべてに魔力を通し、極寒の氷に変換していく。

 ぐつぐつと煮えたぎる血を氷結した川のように。エネルギーと魔力を消費する肉をただの氷塊に変えていく作業の中、抵抗する魔力がながれ、すぐさま言葉で分かりやすくすることを諦める。


「『血も体も……』っ、フォーヴの癖に抵抗なんて!! 『ああ、戦いの最中にもう面倒くさい! 問答無用!! 大人に成れずフォーヴに落ちた子竜ごときに叫びも抵抗も許しません! 一気に凍っちゃってください!』」

「――――――――!!!!」


 本当に面倒くさくなり、繊細な作業をあきらめて力業で圧縮を開始する。

 効率の悪い圧倒的魔力量をそのフォーヴ化した全身に流し込み、そして叫ぶ。

 抵抗していた子竜の核を量だけで握りつぶし、リオさんの槍を中心に子竜の体が凍り付いて行き、空を飛んでいたはずの子竜の口からものすごい悲鳴が響き渡り力強く羽ばたいていた翼が動きを止める。

 一度凍ってしまえばこっちの物、ふうと息はいて、さらに深くまで集中し直す。


 生物の体には等しく血という名の水が流れています。これは物でなければほぼ確定です。

 私が得意とする魔法は信仰している水の精霊様のように水に作用する魔法。

 細かいことは考えないようにしているので知りませんが、私に魔力の形を教えてくれた魔族のお師匠様が言うには活かすことも殺すこともできる魔法だそうです。

 それは空の王者である竜種であっても今のように例外ではありません。

 なんで凍るのかは知りません、お師匠様とか偉い人に聞いてください。

 兵士さんたちの感嘆する声と目の前でドサっと音を立てて倒れこんだリオさんが息をのみました。


「あれが、お前の奥の手、か。やったのか?」

「まだです! フォーヴ化して暴走した生物の生命力を甘く見ちゃだめですよ!」


 相手は野生の獣も同然。なら、相応に念を入れないと安心できません。

 握っていた拳を開いて氷の塊が花開く姿を想像し、氷の形をした魔力に形を持たせていく。



「『さあ、貫かれちゃってください! 私は絶対許しません! これが、"氷の槍(アイスジャベリン)"ってやつです!』」


 叫び、魔法を展開する。

 瞬間、抵抗を失った子竜の鱗と甲殻を一本、また一本と鋭い氷の槍が内側から突き破り、太陽で照らされた子竜の体から光を反射する氷の槍があっという間に空に浮かぶ花束を形作る。

 皮膚が裂けるたび、身がすくみそうなほどの怒りが込められた咆哮が振動し、竜ではない悲鳴も混ざっていく。

 ごめんなさい兵士さんたち、今気にしてる余裕が私にありません。

 ちょっと絵面はえぐいですけど、暴走した子竜を止めるにはこれくらいしないといけませんもの。

 もがき、咆哮で抵抗し続けた子竜が首を天にもたげると、今までで一番大きな咆哮を上げ、空中に氷の槍に内側から貫かれ、痛みに吠える氷のオブジェになった子竜が制止しました。

 集中していた手から力を抜き、頬に張り付いていた髪を後ろに流す。


「もうちょっと、大人に成ってから出直してください。私はトカゲに興味はありませんから」


 手でシッシとジェスチャーを送ると、子竜の体は地面に吸い寄せられるように落下をはじめ、近くの森の中に落下し森を住処にしていた小動物たちが騒がしくなりました。

 シンと静まり返り、ちょっとやり過ぎたかと反省していると、誰かの「やった」という声を皮切りに「やった!」だの「これで村は無事だ!」と歓声があがり、無事に子竜討伐が終わったことを教えてくれました。


「あー! 終わったああ!」


 魔法の反動でありえない疲労感に襲われ、叫んで両手を振り上げてその場に倒れこんでやりました。

 ベッドとは違う柔らかさを持った平原――とはいってもちょっと焦げ臭かったり、水臭かったりはしますけど――に大の字に寝転がっていると、リオさんが私の方をじっと見つめていることに気が付きました。

 おおう、これじゃ私がはしたないじゃないですか。

 気恥しくなり体を起こして腕で体を支えると、なぜかリオさんが気まずそうに目をそらしました。


「あ、あはは、はしたなかったですかね」

「いや……」

「それなら、はい、よかったですけど」

「ブラン、すまない」

「は、はい? 突然どうしたんですか?」

「村を守ってくれようとしたこと、それに子竜の討伐に力を貸してくれたこと、感謝する」

「…………」

「だ、黙るな。何か言ってくれ」

「いや、リオさんみたいな堅物でも感謝はするんだな、と」

「ブラン!」

「あはっ、怒らないでくださいって。……村を守ることは約束でしたから、問題ありません。子竜に襲われるかもって想定は私がしておくべきことでしたから」

「だが……」

「あー! あー! きこえませーん!」


 子供のように耳をふさいでもう一度平原に倒れ込む。

 本当、これ以上面倒なことは増やしたくありません。子竜とはいえ竜種を魔法で討伐したという事実から目を背けさせてもらいました。

 


「聞きたく、無いですよ。絶対これからの方が大変ですもの」



 だって、この村は子供の竜種討伐に、翼魔族の訪れた村として知られることになります。

 そんな村が周辺の噂にならないわけはありませんし、なにより亜人戦争直後に起きたこの騒動が話題にならないわけがありません。

 色々考えなきゃいけない事が山積みなことから目をそらし、私はアレシアさんやほかの人の様子を確かめることにしました。


 ――それにしても、奥の手使わずに済んでよかったですね、これ。奥の手は魔族の中でも貴重ですし……。


 とりあえず、それだけが救いだなって思いました。







 余談ですが、その後、大慌ての兵士さんたちに手を振ってケガをしている人は居ませんかと皆さんのけがを見て回ったり、震えている人を励ましたりしたら、やけに兵士さんたちが浮足立っていました。

 ……帝国でお世話になっていた時と同じ対応をしたのですけど……何かまずかったのでしょうか。



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