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第12節―2


 アレシアさんの突然の訪問から数刻ほどあと。

 馬車には私と対面にはアレシアさん。そしてクレイさんはそとで馬の面倒を見ているようでした。

 お互い話すこともない……。というよりも、アレシアさんが眠ったように目を閉じて静止しているので、話しかけようにもこたえてくれそうにありません。とっても私も私で無言の空間自体は嫌いではないので黙って馬車の窓から外の景色を覗いていました。

 景色はクレイさんが言った通り、私がここに来た時の景色に移り変わっていました。

 あたり一面には緑色の草原が広がり、道を挟んだ反対側には誰かが隠れることが出来そうな森――私が罠を踏んだ例の――が広がってしました。

 罠を踏んでしまった事、その後村まで連れてこられたことを思い出してちょっと口元が緩んでしまいました。


 ――ちょっと懐かしい、ですね。


 あの時はこんなことになるなんて考えもしていませんでしたけど、こうして馬車に揺られてこの光景を見ると、何が起きるかなんて全く分からないんだとちょっと感慨深くなってしまいます。

 私がこの村に来た時のことを思い出していると、不意に馬車の揺れが止まり、外の方でガタガタと音がしました。

 目的地に着いたんでしょうか。

 そう思っていると、馬車のドアが開けられて、下りる準備を終えたクレイさんが立っていました。


「目的の草原につきました。申し訳ありませんが、草原の中へ馬を立ち入らせるわけにはいきませんので、ここから少しだけ歩いてくださってもかまいませんでしょうか」

「ん。大儀」

「ありがとうございます」


 ふおお、これが貴族様のやり取りですか。

 あまりお目にかかれない貴族の景色は新鮮で、ちょっと興奮してしまいます。


「どうぞ。お足元に気を付けてください」

「は、はい! ありがとうございます」


 クレイさんの手を借りて、少しだけ急な馬車の階段を降りて、道端に足をつけました。草原の草のにおいが鼻をついて、久しぶりに村の外に出たんだなって時間しました。

 先ほどの草原が広がっている地帯の道を草原の方へと外れて、いくらか歩くと不意にアレシアさんが立ち止まりました。振り返ると、先ほどの馬車が小さく見える程度の場所でした。


「ここでお茶会」

「えっと、ここで、ですか?」

「ここで」

「なんでこんな野原の真ん中へ……?」


 私がそういうと、クレイさんはニコニコしたまま。そしてアレシアさんは私の声に応えるように周りを見渡してから首をかしげてこちらを見ました。


「綺麗」

「いや、そうですけど。まあ、それはもういいです……」


 これ以上掘り下げようと思っても、多くは語ってくれなさそうでしたし、人生諦めが肝心とどこかで聞きました。

 どうやってお茶会をするのだろうと眺めていると、クレイさんが突然野原の真ん中にどこから取り出したのでしょう。大きな布を広げ始めました。

 なにごとかと思うと、馬車の荷物からいくつか持ってきていたらしく、ティーセットやケーキスタンドを用意すると、荷物の中から調理された軽食が飛び出てきて目を疑いました。

 魔法の乱用かとも思っていたのですが、普通に取り出しただけで魔力の痕跡なんて物は残っておらず、あっという間に目の前に休憩のできる場所が広がっていました。


 こういう時の執事さんってなんでこういうことが出来るのでしょうか。魔法よりもずっと魔法していると思います。


「準備が整いました。シートに上がる際は靴をお脱ぎになっておあがりください。大草原の真ん中、素足で料理を楽しむのも娯楽の一つですので」


 靴を脱ぐと言われて正気を疑ってしまいましたが、お二人がすでに靴を脱ぎ始めたのを見て、クレイさんに言われたとおりに靴を脱いでシートの上に上がらせてもらうことにしました。

 帝国では足を見せるのは恥ずかしい行為って言われてましたけど、ここではそうではないんでしょう。

 そういえばアレシアさんはブーツでしたけど、大丈夫なんでしょうか。

 ちょっと気になります。


 そちらを向くと、器用にスカートの端から足だけを出して、片方をクレイさんが、もう片方をアレシアさん自身がやっていて、思わず驚いてしまいました。

 貴族であるはずの彼女が、ご自分で靴を脱げるなんて思わなかったので。見ていることに気が付かれたのでしょう、アレシアさんはクレイさんに残りを任せてこちらを振り返りました。


「……なに?」

「あ、いえ。靴、ご自分で脱げるんだなって」

「珍しい?」

「えっと、割と? 帝国では貴族の方は自分では服を着なかったり、靴を脱げなかったりとかとか。色々あるらしいので……。そもそも帝国では平民に声をかける貴族の方はいませんでしたし……」

「ここもそう。だけどここは帝国じゃない」

「それも、そう、ですね」


 私はなにを言っているんでしょうか。ここが帝国じゃないなんて分かりきっているはずなのに。

 どうしても帝国に居た頃の考えが抜けてないんだな、そう思って反省する。

 ちょっと反省していると、いつの間にかアレシアさんの手には入れられたお茶が入っていました。お茶を飲めればいい、という事なんでしょうか。さすがに湯気は出ていませんでしたけど。


 アレシアさんはそのままゆっくりとお茶を飲んで、ほっと一息をはいていました。

 私もクレイさんにお茶をもらって飲んでみる。香りが強いお茶を淹れてくれているのか、冷めていてもいい香りのお茶が喉を通って行きました。渋みは増してましたけど、砂糖が手に入る地域ならこの渋みがちょうどよいと言える程度の渋みなので、とてもおいしいと言えるレベルでした。今度、この手の物なら冷ましてみてもおいしいかもしれません。

 ちょっと新発見です。


「悪いとこ」

「はい?」


 ついついカップを日に掲げてしまっていると、アレシアさんにそう言われてしまいました。いったい何のことでしょうか。


「黙って考える」

「ああ。わるいとこって……。そんなに悪いですか?」


 個人的には考えずにモノを言ってしまうよりは好きなのですが、アレシアさんにとってはそうじゃないのでしょうか。まあ、自分はあんまり頭の回るタイプではないので、得意かと言われるとそうではありませんけど。

 そんなことを思っていると、アレシアさんは目を閉じて悩んでいるのか、小首をかしげる。暫し黙っていると、考えがまとまったのかゆっくりと目を開けました。


「割と」

「割とですかー。でも考えちゃうときってありませんか? どうしても相手に伝えるときって考えちゃって。黙ったまま聞いてしまうことが多いんですけど」

「それで黙る?」

「黙っちゃうことは多いんじゃないかなーって。私は基本的に茶々を入れてしまう性分なので、不快な思いをさせてしまうかもしれないってちょっとネガティブな理由なんですけど、個人的には信用よりは気分良くが信条なのでそうしてしまうことが多いですね」

「ん。それは伝わらない。黙ってるのは、疑う。逆も然り」

「ああ、まあ言いたいことは分かりますね。でも、魔族ですので」

「関係、ある?」

「ちょっとは。魔族って"普遍"が共通認識なんです。余も人も世界も変わらずにいることが安心するんですよ。魔族って長く生きる種族ですし、それもあって色々知ってる場合も多いじゃないですか」

「だから、黙る?」

「私は違いますけど……でも、ちょっとはそれもあります。これを教えちゃダメかなーとか」

「そう」


 警戒を解いたように、彼女の雰囲気が軽くなってなるほど、と思いました。

 たしかに変なことをしてしまうと、信用というものはそうやすやすと買えるものではありません。魔族にとってもそれはその通りです。

 ですけど、アレシアさんの言う通り、交流して初めて信用される、というのも少なくはありません。そういう意味では今日の外でのお茶会はこちらの国のことを知る貴重な機会、ということには間違いありません。


 いきなり連れ出された時はどうしようかと思いましたけど……。たしかにこれはこれで楽しいので、アレシアさんには感謝しかありません。


「でも……」

「ん」

「アレシアさんがそれを?」


 黙っていることが出来ず、ついそう返してしまうと、お茶を飲んでいたアレシアさんがピタリと止まる。私の方を睨んで――いえ、お人形さんみたいなので可愛らしいという印象が先に来るのですが――、ちょっとだけむくれました。

 おお、可愛い顔もできるじゃないですか。

 今の今までお人形さんのように無表情だったので、意地悪をしたときにむくれてくれるというのは凄く新鮮で、それでいて普段とのギャップでとてもかわいいと思ってしまうのです。

 そういうの、なんかずるくないですか。

 邪なことを考えてしまっていると、むくれたままそっぽを向かれてしまいました。 


「そういうとこ嫌い」

「ふふ、私はアレシアさんのそういうところ、可愛いと思います」

「むぅ……。嫌い」


 新しい弄り方を覚えさせてもらって、そのままお茶とともに楽しませてもらうことにしました。

 暫し意外な一面を見せてくれたアレシアさんたちと草原の真ん中でお茶を飲んで……ああ、そうだ。聞くことがあるんでした。


 実は移動中――馬車の中で気になってはいたものの聞けずにいた物がありました。喋らなかったから、というのもあったのですが……。

 その問題の物に視線を送る。

 彼女の後には、まるで用心棒とでもいうかのようにとても大きな棒が布にくるまれて置かれていました。

 やけに大きいですし、それに変な魔力を感じるので、何かしらの魔道具なのでしょうけど、あんまり見たことのない魔力の色でした。


「そういえば、連れ出してきてくれたついでに一つ気になったことがあるんですけど、聞いても大丈夫ですか?」

「ん、平気」

「実は馬車に乗った時からずっと気になってたんですけど、アレシアさんの後に置かれてるその棒はなんですか? 偉く使い込まれてる気配というか、濃厚な魔力痕――、えっと、血の痕跡みたいなのがあるんですけど」

「護衛?」

「なぜ疑問形で……」

「すぐわかる」

「ええ……」


 彼女はそのままお茶を飲んで、ぽふっとしてしまいました。つまりは、我関せずです。

 喋らないで損をしているのは私だけでなくアレシアさんもそうだと思うのですが、そこに関しては我関した方がいいと思うんです。



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