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第12節 アレシアさんは突然に

 

 リオさんに家の守護を任された日の夜。

 再び出かけると聞いて、私は眠い目をこすりながら準備のお手伝いを申し出たら、当人にあっさりと断られてしまいました。

 彼曰く「触られると困る。それと俺の部屋と書斎も知らないやつにかき回されるのは、よくない」とのこと。

 微妙に腹が立ったので、私はそのまま自室に戻って爆睡してやりました。意外とすんなり眠れて自分でもびっくりしましたが。

 私が目を覚ました時にはもう家は静まり返ってしまっていたので、きっとその間に外に出ていったのでしょう。

 家を守るーなんて約束をしてしまいましたが、それほど危険なことがあるのか、と言われればこの村はきっと平和な部類です。

 それこそ酒場で起きるおじさんたちの喧嘩くらいしか事件がないほどです。

 リオさんが向かった子竜意外に問題があるとも思えません。お国的には……、どうか分かりませんけれど。

 

 そして、あれから数日が経とうとしていました。

 その間、シュクラさんのお店に顔を出して旦那さんを冷かしたり、アレシアさんのお茶会に呼ばれたりして時間をつぶしていましたけれど、ミユネーヌは寒い時期にとれる果樹が売りの村です。収穫時期が終わったこの時期には農園のお手伝いも無ければ、見知らぬ魔族に仕事を提供してくれる人もまだいません。家の周辺も整え終わると、いよいよやることが無くなって、家の中で一人途方に暮れていました。



 ――さて、家政婦さんがやりそうな仕事は一通り終わりましたし、何をしましょうかねえ。



 私はやることを考えながらキッチンで飲み水を蒸かしながら、玄関のすぐ近くにある部屋でいつも食事をとっているテーブルに着いて足をパタパタと遊ばせました。

 いつも朝日をかろうじて届けてくれる窓からは優しい木漏れ日が入り、今がそれほど遅くもなく早くもない時間帯だと伝えてきてくれました。

 季節的に温かくなってきているから、でしょうか。家の中で肌寒さを覚える日も減ってきています。

 とはいえコアコ地方は万年雪地帯なので帝国と比べればずいぶんと寒いのですが、厚着をしなくてもよくなってきているあたり、慣れって怖いものです。

 まあ、寒くても魔族ですので魔力をまとえばいいだけなのですが。

 そんなことよりも……。


「あーなにかやること、ないですかねえ」


 はしたないですが遊ばせていた足を激しく振り回す。

 やることが無いのなら鏡台の前に座って、体のお手入れをすればいいんじゃないかという言葉は痛いほどわかります。が、お化粧と羽の手入れ以外の時に鏡の前に座るのが好きではないので却下なのです。


 まあ、手入れと言っても魔力の集中不足で生えてしまった産毛の処理だったり、せいぜい魔力が霧散しないように意識を保ったりする程度なのでそもそも手入れ事態を嫌っている人も多いのですよ。

 好きな人があんまりいないかもしれませんが。

 さて、ではお手入れは終わったようなものなので、家の中にはどうでしょうか。


 洗濯は起きた直後にしてしまいましたし、掃除をしようにも部屋に入るなと言われているので、できる場所は限られてしまいます。庭の掃き掃除だってすることもないのですぐに終わってしまいました。

 町の方に出るにしたって、結局シュクラさんの店にお邪魔して入りびたることになってしまいそうですので、今日くらいはやめておきたい。

 かと言って守るためです、と言って守衛さんの所にお邪魔をするわけにはいきませんし……。


 私は静かにテーブルに肘をのせ、手の上に頭を置いてみたりしました。思っていたよりもずっと軽い自分の頭と衝撃に、この体勢は思っているよりも楽なんだなと分かりました。人間がよくこの体勢を取る理由が分かりました。

 つまり、やることは最初に言った通り、ほとんどありません。


「なにするべきですかねえ……。あの人も帰ってきませんし……っと?」


 楽な姿勢になってほっとしていると、ドアノッカーがドアを叩く軽快な音が聞こえてきて、誰かの来訪を告げてくれました。

 とても珍しいです。


 ――いったい誰がこの家に?


 この家はいわばよそ者の家。リオさんも私も帝国から来たよそ者だということはこの村に居る誰もが知っていることです。どう思っているかはさておきまして、この家に訪ねてくる人なんて想像が出来ません。

 警戒していると、もう一度ドアノッカーの音が聞こえてくる。そして、今この家に対応する人が自分しかいないことに気が付いて、慌ててドアの方へと向かった。

 木で作られたドアまでつくとゆっくりとドアノブを回して、外を確認しながら開ける。


「えっと、はい? 誰でしょうか?」


 そう声をかけながらも、ドアの外を確認していくと、見知った茶色の靴と白いドレス姿が見えてくる。

 相手がだれか分かった時には、相手の方からお辞儀をしていた。


「はよ」

「あ、アレシアさん! はよ……? ああ! おはようございます。どうしてこちらに?」


 一応この地の領主であるらしいアレシアさんがそこに立っていてそんな声を上げてしまった。

 後ろを見れば当然のように見事な燕尾服に身を包んでいるクレイさんが控えていて、私が見たことに気が付いたのでしょうか、微笑んでいただきました。

 普段は……。というか、いつもは私の方から彼女の館に足を運んで報告をしているので、向こうから来るなんて思いもしていませんでした。

 なにかあったのでしょうか。いえ、なにもないから領主様直々にクビを言い渡しに来たのかもしれません。短い安寧の暮らしは終了したようです。旦那様は見つかりませんでした。

 なんて、諦めるわけにはいきません。


「す、すいません、まだお話しできることは何も調べてないんですけど……」


 しどろもどろになりながらもそう言うと、アレシアさんはゆっくりと首を振られました。


「違う。暇だったから。お誘い。駄目?」

「い、いえダメじゃないんですけど、そっちの方から来るなんて何かあったのかなって……」


 私がそう聞くと、アレシアさんは再び首を振ってクレイさんの方へ、まるで何かを紹介するかのように腕を広げました。

 彼女が指した先を見てみると、そこは上り坂で、そのさらに上の通りの方へと視線を移していくと、影になってはいますが馬車の姿がはっきりと見えました。

 数人はゆうに乗れる大きい馬車で、貧民街での生活に慣れ切っていた私はすごく物怖じしてしまいそうです。

 というかします。


「ピクニック」

「ぴ、ピクニックですか? えっと、魔物とかは」

「大丈夫。馬で行ける距離」

「あ、アレシアさん。そうじゃなくて」

「大丈夫」

「いえ、でも……」

「平気」

「ええ……」

「ご心配なさらないでください」


 私がフォーヴに襲われるんじゃないかという心配をしていると、アレシアさんの後からクレイさんが声を上げました。


「今回遠出をする場所は村の先、数刻ほどにある野原です。少々御足労させてしまいますが、広い野原があるのでそこでピクニックを、とアレシア様はお考えでして」

「は、はあ。でも心配ないってどういう事なんでしょうか?」


 野原、と聞いて思い出す。そういえばリオさんと初めて会った場所も確か野原だったなというどうでもいいことを。

 つい先日、子竜に会ったのは間違いなくその場所だった。危険だと言われた矢先にそんな場所へ行って、ピクニックをしようと言われても心配以外の何物でもない。


「あそこは先日調査隊を派遣した道中でして、数日の間なら魔物は少ないと思われますよ」

「それで、心配はない、ですか」

「はい」


 とてもいい笑顔で返してくれるクレイさん。素晴らしい笑顔なんですけど、従者的な立場の人間さんが素晴らしい笑顔を向けてくれる時は信用なんてしてはいけません。

 信用させなければいけない場面での最高の笑顔なんて、信用してくださいって言ってるみたいじゃないですか。

 そもそも、この人は最近信用してはいけないんじゃなかろうかって思いますので。

 私がどうしようかと考えていると、目の前でアレシアさんがぴょんぴょんと飛び跳ねました。とてもかわいいです。


 何をしているのかと思っていると、壁にかけていた腕をつかまれバランスを崩されてしまう。

 なにをするのですか、このちまっこい領主様は。慌ててドアノブから手を離してバランスを取ると、その隙にがっしりとアレシアさんに腕を絡められてしまっていました。


「行こう」


 人形のようにかわいいアレシアさんが小首をかしげて、私の顔を見上げてきました。

 策士ですか、この人は。

 自分の身の可愛さとアレシアさんの動作の可愛さに見とれていたら腕を取られてしまっているじゃないですか。

 本来であれば適当にあしらうべきなのですが、いかんせん雇用主という事もあり、無碍にするわけにもいきませんでした。


「分かりました、分かりましたから。一応危険かもしれないので、着替えと護身用のナイフだけ持って行かせてください。純正の鉄――粗悪品の鉄ですから、魔力を通すのに便利なんです」

「ん」


 短く返答をして、私は自分の部屋に戻ってナイフを取ってきました。服は……、がっつりドレスを着ているアレシアさんに合わせるのは不可能に近いので、無難なシャツとスカートにコルセットベストをつけていくことにしました。


「おっと、火は止めないとですよね」


 慌てて火元の確認をして、私はアレシアさんについて行くことになりました。




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