第11節「子竜の噂」
玄関ドアが開けられる音で目を覚ましました。
音につられるようにして目を開けて見ますが、リオさんにあてがわれた部屋の天井が広がっているのが見えて、ほんの少しだけ音が響いてきた理由に察しがついてしまいました。
――ん、あの人は自分の家でも気配を消して歩くんですね。
なんて、自分でも少し見当違いだと思う思考をしながら、私はベッドから体を起こしました。
自分が寝巻のままだったことを思い出して、どうするべきかを考えて視線を一度クローゼットに向ける。
――着替えは……。しなくてもいいかな。今出ないとこっそり寝室に入られてしまいますし、それだったら起きた意味もありませんしね。
そのまま暗闇の中を進むのはぶつかりそうだったので、ベッドのわきに置いてあった亜人用の魔力ランプに魔力を注ぎ込む。かざした手の中から温かさが抜けていく感覚――ああ、氷を握った時の感覚に近いかもしれません――、がして、私の注ぎ込んだ魔力に反応して、薄い水色がかった光が部屋の中を青い光が広がっていきました。
これはリオさんの書斎にもある魔力を使うランプで、どういう原理かは知りませんが使う人の魔力に応じて発色が変わるそうです。機構を考えた人たちには感心しますが、正直装飾以外何も使えないので、魔族の誰かが考えたのでしょう。
彼らはこういった、生きる上で必要のない者を想像するのが大好きですから。私も同族なので、こういった意味のない創作活動自体は結構好きなので、やっぱり血は争えないのかもしれません。
そんなどうでもいいことを考えながらも私は部屋を出るためにドアの方へと足を向けました。
ランプを持って扉を開けると、家に入ってきた人はすぐにこちらに気が付いたのか、ひそめていた息を吐き出して、首元に手を置くのが見えました。
「まだ寝てていいぞ」
暗がりからそう言ったのは、言うまでもなく泥棒……。ではなく、いつものように仏頂面をしたリオさんでした。
寝ていていい、という彼の言葉に甘えるべきかと、窓の外に視線を移すと、水の中のような薄暗闇の空が目に入り、今が夜明けに近い時間なのだと分かります。
たぶん、窓の外が森だからこその暗い真昼間、というわけではないはずです。というか、その場合私は仕事をほっぽり出して半日ねていたことになるので、たぶん違います。
こんな時間に目を覚ますのは一人旅をしていた時いらい初めてでした。
テーブルに持っていたランプを置いて魔力を補充する。こうすればそれほど長い時間とはいきませんが部屋の中を照らしてくれます。照らされた部屋の中央、いつも食事をとっているテーブルの横に、薄汚れた格好のリオさんが立っていました。
――まーた外に行ってたんですね。いったい何しに行ってるのやら。
格好からして、おそらく外に行っていたのでしょう。足元にはミユネーヌの外にある粘土質の土がついていて、肩口は砂ぼこりで汚れていました。いったい誰が掃除と洗濯をすると思っているのでしょうか。
……まあ、部屋以外はリオさんがするのですが。
「ご厚意はありがたいですけど、足音は消さない方が目立ちませんよ。――寝てていいって言われるのはありがたいんですけど、この時間じゃちょっと厳しいですね」
「そうか」
彼はそれだけを言うと、テーブルの椅子に腰かけました。
そっけない返答をされてしまったので、ちょっとだけむっとしてしまいます。
まあ、それもずっと彼にやられていることなので、いい加減こちらが慣れたほうがいいんでしょうが。
仕方なくお手伝いさんらしく、帰って来た彼に暖かい飲み物を用意しようと、常備してある水と紅茶の葉を取りに隣接してある台所へと向かいます。
火をつける場所を確認して、魔法を使うか薪を使うかで悩んでしまう。あまり俗っぽくて好きじゃないのですが、やはり楽に済む魔法のほうがいいでしょうか。
まあ、薪だろうが魔法だろうが、疲れるのは私だけなのですが。
「この地方でも恐ろしいことはあるみたいだな、ブラン」
私が考え込んでしまっていると、テーブルの方からそんな声が聞こえてきました。答えてあげたいのはやまやまなのですが、今はちょっと考え事をしているので、彼に待ってもらわないといけません。
「はい? ちょっと待ってくださいね、今お茶を入れるので」
「いや……ああ、分かった。すまんな」
お茶の準備をしようとして、大人しくいう事を聞いたリオさんに驚いてしまう。
――ん、リオさんが素直に黙るなんて珍しいですね。
もしかしたらそれなりに疲れているのかもな、と思い、時間がかからない魔法を使うことに決める。
窯ではなく直接水の淹れてある容器を手に置いて、火を出すことに魔力を集中させました。
少しの間だけ沈黙が広がって、リオさんの分のお茶も淹れリオさんが腰を下ろしている傍のテーブルに持って行く。淹れてきたお茶を目の前に置いて、対面の椅子に腰を下ろした。
「それで。恐ろしいことでしたっけ? 何かあったんですか?」
「ん? ああ、お前は俺と出会った時のことを覚えているか」
「出会った時っていうと、あのちょっと恥ずかしかったお姫様だっこの話ですか?」
「あーそっちは忘れろ。ドラゴンの方だ」
「ドラゴン……。ああ、あのフォーヴ化したレッサードラゴンですか。あれがどうかしたんですか?」
「あのドラゴン――。子竜に近隣の村が襲われたと早馬が村に来てな。この村にも来るかもしれないと警戒をしなければいけなくなったんだ」
ああ、だから彼の服が汚れていたのか、と納得しました。
村外の巡回と警戒を村の警護担当の人たちとしていたのでしょう。それならば、服の汚れがその時の物で間違いないみたいです。
――そういえば、あのドラゴンさんと会った場所、結構村に近かったですよね。
あの時、リオさんと初めて会った時の事を思い出して、眉を寄せてしまう。相手が子供とはいえ、フォーヴ化したドラゴンとなれば、相当危険な魔物と同義です。幾ら私が魔族だからとはいえ、さすがに人界の生物の頂点と言われているドラゴンに襲われたら、ひとたまりもありません。
――さすがに、警戒しようかな。
そう思いながらお茶を飲んでいると、リオさんはなにがおかしかったのか、噴き出したように笑い「危機感がないな」と言われてしまいました。
たしかに表には出していませんでしたが、面と向かってそう言われるとちょっとむっとします。この人に外面を繕う必要はないのだと思いなおして、ふんと顔を背けてやりました。
「失礼ですね。これでも危機感満載なんですよ? 戦闘大好きな人ならいざ知らず、私はただのかわいいかわいい翼魔族ですから。私が戦闘民族であるドラグニアンなら勝てるかもしれませんが、生粋のドラゴンにはかないませんよ」
「かわ、いい?」
「え、そこで疑問を持つんですか? せめて魔族でも勝てない物でもあるのかーとか、いつもの通りだなーって言ってくると思ったんですけど」
「そうしてほしかったか?」
「いえ、なんか、いつもと違ってノリがいいなって」
「そうか」
「その反応はいつものですね――でも、自慢じゃありませんけど、私って魔力はたくさんありますよ。それなりに魅力は保ててるかなって思ってますけど」
「ん、そうだな。帝国の貴族様がたでもお前のような上玉はそうそういないぞ。……奴隷のほうが整った顔が多いから褒め言葉になるかは微妙だがな」
「ほんとですか! わあいやったー。うれしいなー」
「はっ、なんだそれは」
打ち解けてくれているのでしょうか。私の迫真の棒読みに、リオさんが耐えられなくなったのか、噴き出して笑ってくれました。
まさかこんなことで笑ってくれるとは思っていなかったので、少し気まずくなり、私は元の話に戻すことにしました。
「あ、ちなみに奴隷の方々は戦いに魔力の使い方を教えられていないので、綺麗なのはたぶんそのせいだと思います――それで?」




