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第10節-2


 白い兎亭の壁に寄りかかって、私は地面の小石を蹴っていました。

 どこへ行こうにも今は時間も遅く、明かりに招き寄せられる虫人のように、私は白い兎亭の騒ぎに誘われてここまで来てしまいました。

 事が事なだけでに、シュクラさんを頼るのも悪いと思ってしまい、こうしてここに突っ立っているしかできないわけで。


「馬鹿みたい、じゃないですか」


 魔族の癖にお仕事に私情を混ぜて、それどころか自分のためにすら動けないでこうしてここに来てしまいました。

 きっと……きっと私は、ばつの悪い顔をしているのでしょう。

 なんだか急に、シュクラさんに顔を見られるのが恥ずかしくなってしまいました。

 ここに居たら見つかってしまう。

 そう思って背中を離すと、


「最近の魔族は人の家に寄りかかるのが趣味なのかい?」


 宿の方からそんな風に声をかけられてしまいました。

 かけられた声は間違いなくこの宿の主人――シュクラさんの声そのものです。

 その声になんだか安心をしてしまって……。今まで耐えていた自分がなんだか申し訳なくなってしまって……。


「じゅぐらざん……」


 シュクラさんに返した声は、自分でも驚くほどにぐずぐずでした。

 そんな声を出してしまったからか。それとも予想通り顔がひどかったのでしょうか。

 シュクラさんが慌てたように飛び出してきて、肩に手を置かれてしまいました。

 人のぬくもりってあったかいです。というかシュクラさんはラプールなので毛皮の分かもしれませんが。


「うわ、あんた泣いてるのかい! 泣き止みなよ、かわいい顔がもったいない。ほら宿の中にお入り、話ぐらい聞いてあげるから」


 シュクラさんが手を引いてくれて、私を宿の中に招き入れてくれました。

 彼女に続いて一回の酒場へ足を踏み入れると、なかなか盛況らしく、村の人のテーブルと兵士の人たちのテーブルに分かれて宴会をしているようでした。

 私が中に入った瞬間、騒がしかった声が別のざわつきに変わって、嫌でも私のことを話題にしているのが分かりました。でも、シュクラさんに引かれた手を離すわけにもいかず、彼女に惹かれたままカウンター席の方へ向かいました。


「ほら、男ども。席開けな! うちの可愛いこちゃんの一大事だよ」


 シュクラさんがそう声をかけると、カウンター席で飲んでいた人たちが「そりゃ大変だ、俺らが休んでる場合じゃねえ」とか口々に言いながら数席分の椅子を開けてくれました。

 そこまでしてもらう義理なんて欠片も無いはずなのに、なんだか皆さんの厚意に胸を打たれてしまいながらも、シュクラさんに促されてカウンターの席へと座らせてもらう。


「で、なにがあったの」

「な、なんでもないんでず……勝手に、勝手に私がここに来ただけで」

「なんでもないわけがないでしょうに。ブランさんとはまだ短い付き合いだけど、リオと違って人前で泣けるようなたまじゃないでしょうに。それにこんな時間にここに来たってことはリオとなんかあったんでしょう?」


 お見通し、とはまさにこのことでした。

 あんまり見通されたくもなかったので、気休め程度にカウンターに顎を乗せて顔を隠すように両手を組んで顔をうずめました。


「シュクラさんの大きなお世話ですもん」

「はいはい、世話焼きシュクラとはあたしのことだよ。余計な事だったかい?」

「いいえ」

「それなら喋ってもいいじゃないか。なあに、代金はあのいけ好かないイケメンからもらうよ、迷惑代も」

「……シュクラさんって人を良く見てますね」

「あっはっは、普段から人を見る仕事だからね。ある程度は見てるもんさ。それが飯のタネにつながるって言うのなら見ないやつはいないだろう? まぁでも、ブランさんは分かりやすいほうだと思うけど」


 ちらりと、視線だけを動かしてシュクラさんを見ました。顔も見ずにお皿を洗っているところが目に入りました。


「顔に、出てました?」

「相当にね。まあ、あんたがここに逃げてくるなんてこの村じゃあいつくらいしかないだろうと思ってるけど」


 自信過剰な反応。と冷たい思考になってしまいましたが、実際シュクラさんの言う通りでした。

 この村でいつも私に冷たくするのは彼で、私はそんな彼に腹を立てているのを何度も目撃されているのです。

 そう思うのも当然という物なんです。


「だ、だって、人に合わせて顔を変えるなんて器用な真似、魔族だったらしませんよ。人みたいにころころいなくなるのにいちいち変えてたら、いくら魔族っていっても、精神が持ちませんもん」

「あはは、そりゃそうだ。人だってそんなことしてたら、ドラゴンだってあっという間にお陀仏さ。だから他種族の事は基本干渉しないが他種族間交流の基本さ。でも、ブランさんはあたしたちの村に居て、何度か会話もしちまってる。だから今はブランさんが落ち込んでるくらいはわかるよ。何があったんだい?」


 シュクラさんは優しく、まるで言い聞かせるようにそう言いました。

 ここまできて、わたしは言うか言わないべきか迷ってしまっていました。そもそも、これは私とリオさん二人の問題ですし、性別も種族も何もかも違うから、ある程度起きるすれ違いみたいなものです。

 そんな面白くも無い話、他人に聞かせる話ではありません。

 どうするべきか悩んで……、結局、私は言葉にしてしまいました。

 リオさんの言葉に腹が立ったことも、自分がどうして出てきたのかも。あの人もことも、名前を伏せながら。

 一通り話し終えてからシュクラさんを見れば、彼女は呆れたようにためていた息を吐き出してカウンターになにかが入ったコップを置きました。

 怒られる。そう思ったので体がビクンと反応してしまいます。


「まったく、あんたたちはさあ」

「はい……」

「怒りゃしないからちゃんと聞きな?」

「怒らないんですか?」

「怒る気も起きないよ。まあ、リオの言い方も悪いけど、ブランさんもそのまま家を出てくるっていうのはなかなかに酷いよ?」

「う……」


 悪いという自覚はあったので、それに関してはぐうの音も出ません。


「わかってはいますけど、それでも抑えられないものというものが……」

「それとこれとは話が別だよ。なんだい、せっかく酒場の席を用意してやったって言うのに。もうちょっと大事かと思った」

「大事だもん……」

「笑わせるんじゃないよ、まだその程度じゃないか」

「その程度じゃないんですもん。あの人のことを……。あんなにひどい言い方しなくても、いいじゃないですか。そりゃ私だってお茶淹れなんて初めてやりましたし、色々なことも相まってイライラしちゃったのは事実ですけど……」

「まあ、あたしにはそれが何のことかさっぱりだけどさ。そのあの人って言うのは、あんたがそこまで気に病む人なのかい?」

「……話したくないです。整理できてないですし、憶測で人を語るなんて人間みたいなことしたくないですもん」

「難儀だねえ。ま、ブランさんが話さないのならあたしは口は出さないけど? リオとのことに関して言えばブランさんが悪いよ。それとは関係ないことで言いがかりみたいに飛び出してきちまってさ。リオだって困っただろうに」

「そりゃあ、それは分かってますけど……シュクラさんが辛辣」

「当然だよ。気持ちは……、まあわかるけどね。気にしてることをせっつかれて、せっかく淹れたお茶にそんな感想を出されたら怒りもするさ。あたしだったら殴ってる」

「わーお、アクティブ」


 殴ると言ったシュクラさんが少し羨ましく感じる。それはきっと自分の我がままで、自分の意見を相手に押し通すやり方です。一見暴力的ですけど、他人に本気を見せるにはそれぐらいはしないと他人からしたら気づかないことも確かです。

 そこまではせずとも、謝るくらいはしたほうがいいでしょうか。


 ――リオさんは今からでも……、謝れば許してくれるのだろうか。


 ついついそんなことを考えて、ついでに先のことも考えて気分が沈む。沈むついでに、緩み切った頭のせいか、つい口に出てしまった。


「謝ったら……許してくれるでしょうか」

「あの唐変木に察する気持ちがあったら、ね。どっちにしろあたしには関係のない事さ。あたしが間に入ってやってもいいけど、二人で解決しな」

「二人で、ですか……」

「今のあんたじゃ難しいだろうけどね。落ち着くまでカウンターは貸してやるから、ゆっくりしていきなよ」


 それきり、シュクラさんは店の対応に戻ってしまいました。仕事に戻っていくシュクラさんを立派だなと思いつつ、少し妬ましくも思う。

 仕事と私情をこなすなんて立派じゃないですか。


 ――もう少し付き合ってくださいよ、もう……。


 言い出すこともできず、私は顔をうずめていた腕にさらに深く顔を押し付けました。意識はしていませんが、きっと腰の羽もうなだれているでしょう。

 何をすればいいのか。それは分かっているつもりなのです。それでも、何と言いますか。プライドとでも言えばいいのでしょうか。魔族だから人間なんかに気安く頭を下げたくないと思ってもしまうのです。

 なかなか踏ん切りをつけることが出来ず、シュクラさんの厚意に甘えてカウンター席を占拠することになってしまう。

 そんな申し訳ないという気持ちとやらなければいけないという思いが競り合い、段々と体調が悪くなって、吐き気すらしてきてしまいました。

 自分の中で切り替えがうまくできずにいると、唐突に白い兎亭の入口の方から誰かが勢いよく扉を開ける音が、喧騒の合間を縫って聞こえてきました。

 自分の体とカウンターの隙間からこっそりと入り口の様子を探ると、来ると思っていなかった人物の姿を見つけて動揺してしまいます。

 慌てて視線を隠すように頭を腕の中に潜り込ませる。

 驚きました。

 酒場の扉を開けたのが、問題の当人であるリオさんだったからです。

 まさか、リオさんがわざわざ人の多いこの時間であるこの酒場に来るとは思っていませんでしたから。

 もう一度のぞくと、息を切らせながらあたりを見回しているリオさんの姿を見ることが出来ました。すぐにカウンターに私が居ることに気が付いたのか、一直線に私の近くまで来ると顔を隠している私の事を気にもせずに肩をゆすられてしまう。

 鼻先がカウンターで擦れて、少し痛かった。


「ようやく見つけたぞ。ブラン、聞いてくれ」


 この状態で無視をしてしまうわけにもいかず、私は顔を上げることにしました。

 視界の端で、シュクラさんがおやおやとでも言いそうな表情でこっちを覗いているのが見えて、ちょっとだけ呆れてしまいました。結局、あの人も気にはなるようです。

 振り返ると、リオさんが難しそうな……でも、どこか申し訳なさそうな顔をして立っていました。


「なんですか。……なにか、言いたそうな顔ですけど」

「いや……。それが、な……」

「ああもう、うじうじしないでください。なんですか、出ていった私を追ってわざわざこんなところまで来たりして。もしかしてまだ私を怒り足りないっていうんですか。文句があるのなら早く口を開けばいいんです」


 まくしたてるようにそう言うと、リオさんは首を振って「違うんだ」とだけ答えました。それからまだまだ迷っているような表情を見せつつも両手が伸びてきて、不意を突かれたまま私は両方の肩を掴まれてしまいました。


「その、悪かった」

「はい。……はい?」

「俺もああいうときになんていえば相手に伝わるのか考えたこともないんだ。……その、悪いとは思ってるんだ」


 リオさんの方もばつが悪かったのでしょう、頭をかきながらいうリオさんがそう言いました。

 謝ってくれた彼、だけど彼の謝り方にすこしだけ頭に来てしまいました。

 カリーナさんやシュクラさんと話す時とも違う。まだ話慣れていない私に怒られると困るからという、明らかなその場しのぎの言葉でしたから。

 何が悪いって、何が悪いのかわかってないのが伝わってくることです。反省のはの字もありません。許すまじ。


「そうやって謝れば許してもらえるって思ってたんですか」

「……否定はしない」

「はっ、馬鹿正直ですね。お高く留まった騎士様は謝り方も謝る理由もわかってないと見えました。だいたい、今回悪いのは私なんですよ。なのにあなたはそうやって一方的に私へ謝罪をしてこのことをうやむやにしようとしてるんですか!」


 掴まれていた方の手を外して詰め寄る。それなのに、彼は一歩も引かずに私のことを見ていました。


「いつもいつも偉そうにして、私なんて毛ほども気にかけてないくせに! こんな時ばっかり優しくされても困るんです!」

「ちょ、ちょっとブランさん?」


 後からシュクラさんが止める声が聞こえましたが、もう止まりません。

 断固言うのです。

 ちょっと威厳をつけるために、仁王立ちもしてやるんです。なにかが癇に障ったのか、リオさんが明らかにイラついた様子を見せる。


「ならどうすればよかった! 俺はお前の事なんぞ何も知らないぞ!」

「何か知ってても同じ態度しか取れないくせに! そんな風に自分が上に立ってると思い込んでるからこういう時に何もできないんですよ! そんなんだから命令待ちしかできない帝国民なんです!」

「ああ、そうか! なら俺はどうすればいい。帝国民らしく、お前が謝るのをずっと待ってろって言うのか!」

「そうです!」

「そうだろう……なに?」


 呆気にとられたリオさんから距離を取って、彼を見据えます。

 気持ちが悪い。胸がとてもむかむかします。私はとっととこんな気分から脱したいのです。


「今回の件、私がカッとなって出ていきました。このまま、あまり悪くも無いあなたに謝らせたら、私のプライドが許しません」

「まて。分かった。お前の言い分は分かったんだ。だが、お前はそのうえで何が言いたいんだ、ブラン」

「えっと、だから……。ごめんなさい。今回は私のせいで、あなたをこうして迎えに来させるようなことまでさせてしまいました。仮にとはいえ、私はあなたの従者としてあの家に住まわせてもらっている立場なんです。だから、今回は私が謝らなければいけません。本当にごめんなさい。そう言いたかったんです」


 私がまっすぐに彼を見つめてそう言いました。

 驚いたままのリオさんはしばらく困惑していたものの、何とか頷いて見せました。まだ意味が呑み込めていなかったのか、目が泳いでいましたけど。

 ただ、何かに気が付いたように目を見開くと、すぐにうなずきました。


「ああ、分かった。その謝罪に関しては素直に受け取ろう。その……今のお前の言い分は分からないわけじゃあない」


 そう言ってため息を吐き出していました。

 彼の言葉の真偽を図ってしまう自分が居るのが少し嫌になりますが、それでも言えたことは言えたので満足です。

 暫し、変な間が開いてしまい――、


「さて、お二人のお話はもう済んだかい?」


 シュクラさんがそう言って私の肩に手を回してきました。


「飛び出してきたのなら何も作ってないんだろう? カリーナの仕入れのおかげで石窯が直ったんだ。ここで食べていきなよ。なんなら、今からカウンター席二つ開けてやる。元々一つ空けたあとだからね」


 後ろから「そりゃあねえよ!」とか「シュクラちゃーん横暴だぜ」とか色々聞こえてきますがいいんでしょうか。

 私はと言えば……。

 なんとなく、リオさんが口にした気持ちはわかるという言葉が、気になって仕方がありませんでした。



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