第9節-2
「…………」
「ブランちゃん?」
「あ、ぼうっとしてました。ごめんなさい。えっと、いくつ必要か聞いてないんです。あの人何も言わずに買ってこいだったので……」
「あら~。聞いてないの? ん~そうね……。ねえ、シュクラちゃん。彼女っていつこの村に来たの?」
「ブランさんが来てから? ついこの間だよ、日が4つほど前くらいじゃないかね」
「あら、本当に新人さんなのねえ。それなら……っと。はい、雪リンゴ三個もあれば足りると思うわ、ブランちゃん」
「え、三個ですか?」
「ええ、三個。それ以上は必要にならないと思うわ~」
「カリーナさん、それはさすがに適当すぎると思うのですが……」
「ふふ、大丈夫よ、あてずっぽうじゃないもの。どう使うかを考えればきっと三個で足りるはずよ。あの人、ブランちゃんは解らないけど、こういうものは好きじゃないから」
「えと」
彼女はいったい何のことを言っているのでしょうか。
カリーナさんの意図が分からず、シュクラさんに確認をするように視線を移してしまいます。シュクラさんは私の反応を予測していたのか、私が見た瞬間に苦笑して肩をすくめていました。
「カリーナの言うとおりにしておけば大体は大丈夫だよ。こいつは三日先の天気も当てられるんだから」
どうやらシュクラさんが太鼓判を押すくらい彼女は鋭いらしいです。
というか、もはや予言の域なのではないでしょうかそれは。
「うふふ、そうよ~。天気だけじゃなく、なんで今日ブランちゃんがここに来たのか、とか。色々考えてあげてもいいわよ~」
のほほんと、見た目はそんな風にカリーナさんは答えました。
なんとなく、彼女の笑顔の裏に底知れないものを感じました。絶対に彼女を敵に回してはいけないと、魔族の直感が言っています。
仲良くしておきたいと思いました。
「ほら、カリーナ。ブランさんが困ってるよ」
「あら~ごめんなさい。雪リンゴだったわね――。はい三個ちょうど。御代は銅貨二枚でいいわ。初回サービスと色々な理由もつけてね」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「それと、たぶん減ると思うから小麦粉も。保存のきく食べ物のついでにリオの家に直接届けてあげるわ」
「そこまで必要って言ってないのですけど……」
私がそういうと、カリーナさんは「うふふ」と笑いました。
「サービスサービス。これから必要になると思うし、御代はあとでリオから直接もらうことにするから気にしないで。それに、かわいいブランちゃんにおまけの精神。ね、シュクラちゃん」
「え? あ、ああカリーナがそういうのならそうなんだろうけど……」
「うふふ、シュクラちゃんもまだ鈍いわね~。今日は稼ぎどころですもの。ブランちゃんは新しいお客様だし、サービスはしないと損しちゃうわ」
「新しいお客……?」
「そうよ~。だって、ブランちゃんはきっとこの町に住めるもの」
「……あーそういう事ね。って、まさかあたしにブランさんのことを聞いたのはそれが目的かい? もしそうならがめついねぇ、あんたも」
「うふふ、褒めたってなにも出ないわ。でも、ブランちゃんと会ったのは偶然よシュクラちゃん」
「偶然じゃあなかったらあたしはあんたと縁を切るよカリーナ」
「あら、じゃあ、そういう事にしておきましょ? だからブランちゃんには感謝しないと。思いがけないリンゴの儲けと、お休みが一日できたもの」
私が呆然と二人のやりとりを見守っていると、目の前でそんな会話が繰り広げられていました。
意味は分かりませんが、なにかに利用はされたらしいです。
「ブランちゃん、よかったらシュクラちゃんのお店に一緒に行きましょう」
私がカリーナさんの誘いに困惑をしていると、シュクラさんが「ちょっと」と間に入ってくれました。
酒場で姉御と呼ばれていた意味を私は理解しました。
「ブランさんはお使いを頼まれてるんだよ、カリーナ。もしそれでリオに怒られたらどうするんだい。一応この子は……」
ちらりとシュクラさんが私の方を見るのが見えました。私が、ということは何か問題があるのでしょうか。
何と答えていいかわからずに黙ってしまっていると、カリーナさんはくすくすと笑いながら「大丈夫よ」と答えました。
「お使いを頼んできたのは、あのリオなんでしょう? もしあの男に何か言われたら、私に捕まったって言ったら何も言えなくなるわ。なにより、そんなことをしなくてもたぶんシュクラちゃんの店にリオもいると思うの」
カリーナさんが自信満々にそう言ったので、私とシュクラさんは顔を見合わせました。
私がどうしたらいいのかとカリーナさんを指差すと、シュクラさん肩をすくめて私に答えました。
「え、えっと、わたしが怒られないで済むのなら、それで構いませんけど……どうしてシュクラさんのお店にリオさんが?」
「うふふ、秘密よ」
* * *
疑問に思いながらも、私はシュクラさんとカリーナさんの後に続いて白い兎亭の前まで来てしまいました。道中、何を聞いてもカリーナさんは「うふふ、とっても面白いイベントよ」と言って答えてくれません。
――この村の人たちは、優しい代わりに秘密事が多いんでしょうか。
私がそう思っていると、シュクラさんが宿の扉を開けると中に要るであろう人物に声をかけました。
「おや、リオじゃないか。今日はどうしたんだい?」
シュクラさんの言葉に驚いて中を覗くと、昼間だということもあり、閑散とした店内に一人だけカウンター席に座っている男性の姿がありました。しかも、シュクラさんの言葉の通り、私は今朝見たばかりの背中でした。
今朝のラフな格好とは違って、ちゃんとよそ行きの服ではありましたけど、明らかに鍛えているあの後姿はこの村ではリオさんしかありえません。
「ああ、実はお前に頼みたい事が――まて、なぜお前が居るブラン」
案の定、覗いている私のことに気が付いたのか、リオさんは入り口に視線を向けるなりそう言いました。
だいぶ目ざとい。
「ブラン。どうしてお前がここに居るんだ。お前には買い物を頼んだはずだぞ。まさか、サボって白い兎亭にのみに来たわけでもあるまい」
「むっ、そんな言い方――」
「あら、あらあらあら。本当にリオの所に居るのねブランちゃんって」
私が言い返そうとすると、リオさんとの間にカリーナさんが割って入ってきました。彼女の勢いに押されて黙っていると、カリーナさんの顔を見たリオさんは露骨に嫌そうな顔をしました。
今日までほとんどクールぶった仏頂面ばかりだったリオさんのそんな表情を見れたのはとても新鮮です。
「その声は……悪趣味な商人か」
「あら~。そんな言い方しないでもいいじゃない。この村まで連れてきてあげた命の恩人なのにそんな口を利くなんて、命を賭して助けたかいがないじゃない?」
「それは感謝してる。だが、そんなやつをわざわざ助けたのはお前だぞ悪徳商人」
「助けた件はそうねぇ。でも、だからこそ感謝してほしい物なんだけどなぁ」
カリーナさんがにやにやとしながらリオさんを手玉に取ってるのを見て驚きが止まりませんでした。
ところで何ですかそのカリーナさんがリオさんを助けたとかいう話。初耳です。
「どういうことですか?」
「うふふ、それがね――」
興味がわいてきてシュクラさんに聞いてみると、どうやら道端で倒れていたリオさんをカリーナさんが見つけて、命を助ける代わりに護衛をしろと迫ったらしいのです。
素直に言うことを聞いたリオさんにも驚きましたが、道端で倒れている人を拾ったカリーナさんにも驚きました。
地面で倒れて助けようとした人を襲うなんて、人間の賊がとる常套手段です。
それをまさか、助けるなんて……。
「あれは……いまさらその話を持ち出すのは人としてどうなんだ、カリーナ」
「うふふ、商人は人としてある前に商人として生きているのよ? それに、あの恩を返そうとしない貴方も貴方だから、私はなにも悪くなーい」
手玉に取られているリオさんを見ていると、普段から小言のような要望を言われている私としてはいい気味だなんて思ってしまいます。
それにしても、先ほどから何度も口にしている、私は悪くないというのはカリーナさんの口癖なのでしょうか。
「そんなことよりも、貴方の頼んだ雪リンゴのテールト用の材料。持ってきてあげたわよ~。黙ったままにしておきたいのはわかるけど、相場を知らない人に買い物を任せるのは感心しないわ」
「テールト? リオさんはそれの材料を買いに行かせたんですか? でもなんで……」
テールトは小麦粉を練ってできた生地に動物の乳から作ったバターと呼ばれるものを使って作る料理のはずです。
帝国の孤児院に居た頃、数年に一度だけ食べる機会があったので食べたことはあります。帝国では小麦も乳も高級品で、なかなか手に入るものではない物でしたから。
ですが、どうして今その材料が必要だったのか、まったくわかりませんでした。
シュクラさんを見れば理解したのか、にやにやとした顔でリオさんを見つめていました。
「ああ、ブランさんは知らないか」
「むっ、なんですかこの疎外感。私、蚊帳の外感が半端ないです」
「はっはっは、そりゃ間違いだよ。むしろ、逆さ」
「逆ですか? えっと、自分で言っておいてあれですけど何が……?」
「この村には、新しい家族や、仕事仲間が出来たときにはテールトを焼いて振る舞うっていう習慣があるんだ。それも、この村特産の雪リンゴのテールトをね」
「雪リンゴのテールト……あ」
そこまで言われてようやく皆さんが何を言いたいのかを理解しました。
つまり、リオさんは……。
「そうよーブランちゃん。リオに頼まれた、雪リンゴ。そして私が運んできた小麦。人が悪いわよね~。こんなに可愛い魔族のブランちゃんを独り占めしよう、だなんて」
「誰がこんな趣味の悪い魔族を独り占めなんてするか」
忌々しそうにカリーナさんから顔をそらすリオさん。なんだかそれも照れ隠しのように見えてかわいく見えてしまいそうです。
私はわざとらしくリオさんの前に進み出てからかうように下から見上げました。
「へぇ、なんだか意外です。リオさんがそんなことをしようとしていたなんて」
「ちがう、絡むな。俺はただ……ただお前に仕事を頼むために買ってこいと――」
「そのお仕事、完遂しましたよ。ほらほら、褒めてくれてもいいんですよ」
はずがしかがっているリオさんを挑発するように言うと、リオさんの琴線に触れてしまったのか不機嫌そうな顔で見返されてしまいました。
そして、ポンと頭に手を乗せられてしまいました。
「……よくやった」
「え?」
意識せずに、口からそんな驚きの声が漏れてしまいました。
反射のように彼の顔を見上げてしまい呆然としてしまっていると、不機嫌そうだった顔がさらに眉根を寄せていました。
「そんなに、不満だったか」
「……あ、いえ。嬉しいんですけど、リオさんってそんなに私のこと好きなんだなって」
いたずら心がうずいて、ついそう言ってしまうと面白いように狼狽したリオさんがばっと手を離しました。
「なっ、思い上がりも甚だしいぞ魔族! 俺はただお前がしろと言ったからやっただけだぞ!」
「思い上がりって何ですか! ちゃんと褒めてくださいなんて一言も言ってないのに、褒めてくれたのはそっちじゃないですか! 私が求めたみたいに言うのは反則です! ずるです! ずるっこです!」
「はっ、どうだか。魔族なんて万年欲求不満の代名詞みたいな種族じゃないか。お前がそうじゃないとは言えないだろう」
「ち、ちがっ! も、ももも持て余してる人たちと一緒にしないでください。私は一途なんです。あんな節操のない人たちと一緒にされるなんて失礼もいいところですよ!」
変な言いがかりをつけられてしまったので、むっとなって威嚇してしまう。いくら今回のは自分の悪戯心が悪いとはいっても、引っ込みが――。
「やーん、シュクラちゃん。せっかくのかわいい子がリオに取られちゃうわ」
「いつものじゃないか。よかったね、まだ商いを続けられるよ」
そんな声が聞こえてきて、置き去りにしてしまっていた二人の方を見ました。
「「そんなんじゃ」」「ない!」「ありません!」
気が付くと、私はそんな風に叫んでしまっていました。リオさんも同時に。
リオさんはその後すぐにばつの悪そうな顔をしてしまいましたが、私はそんな皆さんを見て噴き出してしまいました。
その日食べたシュクラさん特性のテールトは、今まで食べたテールトの中でも一番美味しかった。
そう思っても、いいんじゃないでしょうか。




