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第1節「トラップ的な出会い」

 寒い風が吹いていました。

 開け放たれた窓からは肌寒い空気が流れ込み、後ろに流れていく景色が今私がちゃんと移動をしているのだと教えてくれている。

 さすがに寒くなって来たので、馬車とは違う独特の揺れを感じながらもそっとガラスがはめ込まれている窓を閉めました。

 ちょうど窓枠にスペースが空いていたので、肘をかけ長時間座っていた椅子で足を伸ばす。がちがちに固まった体が悲鳴を上げて、ほんの少しだけ「んぅ」と声が漏れてしまう。

 ため息をつきながら窓の外に視線をもどすけれど、景色は依然どこまでも続いていそうな緑の草原と視界の端にちらつく森が広がっていました。

 どこまでも続く、長い長い景色です。

 ――さすがに飽きてきましたね。早くどこかにつかないでしょうか。

 竜車――人に飼われた小型の竜種が引く車――に揺られながらもそんなことを考えながら、再び動かない景色に意識を向ける。

 窓の外にはこの私の自慢のピンクブロンドよりも日の光を白く光を反射している代り映えのしない草原が広がっていました。

 ぼうっと同じ景色を眺め続けていると、



「嬢ちゃん、そろそろ嬢ちゃんの目的地近くの分かれ道なんだが、降りるかい?」



 竜車の進行方向、御者台に乗っているはずのおじさんから声が聞こえてきました。


「え? この辺なんですか? ご、ごめんなさい。それなら降ります!」


 まさか代り映えのしない景色が目的地近くだったなんて思わず、慌ててしまいました。

 驚きながらもそう返すと、竜車がゆっくりと動きを止める気配が箱の中まで伝わってきて、椅子の足元に置いていた魔族特性の魔獣の革で作った四角いトランクに手を伸ばしました。

 竜車がしっかり止まり、御者台のおじさんが下りる前に箱の扉を開けて、荷物を抱えて数時間ぶりの地面に足を下ろす。

 固い土の地面のしっかりとした感触が足に伝わり、思わずよろけてしまいそうになる。


「お嬢ちゃん、ここまででいいのかい?」


 声のした御者台に目を向けると、竜車の御者台に乗ったヘンドーリャ――火山がある地域出身である有角人種――のおじさんがそう声をかけてくれました。


「はい、ここからはもっと南に行きますから。お別れになるかと思います。でも……お金は本当に良いんですか?」


 ヘンドーリャなのに。

 その思いも若干ありながらも聞くと、おじさんにけらけらと笑われてしまいます。


「きにすることはねぇ。若いんだ、もっと図々しく乗ってりゃいいさ。俺の故郷に帰る道中の護衛も兼ねてもらったんだし、帝国崩れの傭兵に頼むよりも安いもんさ」


 なんて、ある意味ヘンドーリャ的なお優しいお言葉を返してもらってしまいました。さすがは亜人種の方といったところ。自己表現が力な帝国人なんかとは違ってわかりやすくて助かります。

 ……まあ、タダで護衛をするお約束をしたので、優しさとは違うかもしれませんが。

 納得しながらも私は荷物を両手に抱える。


「あー、亜人戦争も終わって最近の傭兵さんは高いですからね。国境もそれ系の人たちが多かったですし」

「そう言うこった、酷い話だがお宅みたいな魔力の多い種族をタダで乗せるくらい安いもんさ。それに最近じゃあ魔族に合うことも少ないからな、金を稼ぐ土産話にはなる」

「あはは、私みたいな翼魔族(よくまぞく)どころか普通の魔族は帝国に近づくことなんて、ほとんどありませんからね」

 そう答えて、頭の羽耳と呼ばれる羽に手を当てる。



 魔族という種族は人間とほとんど変わらない姿をしています。

 魔族自体は……背中や腰羽。そして特徴的な細い尻尾。そして、どの種族よりも扱える魔力が多い、ってところでしょうか。

 たまに、竜人種の方たちにも間違われたりします。竜人種の方たちは尻尾が太かったり竜種の方たちのように固ーい鱗が腕や足、それに尻尾に生えているのでそこが分かりやすい違い、でしょうか。

 魔族は……たとえばちょっと獣に近いとかだったり、肌が青いとかだったり、まあ場合によってはフォーヴ――魔力を暴走させた人や獣である魔物の総称――や亜人種って間違われることも多いので、あんまり見かけたってお話は聞かない種族です。

 その見かけるのが少ない魔族の中でも私のような“翼魔族”というのは人間でいう側頭部に羽耳と呼ばれる小さな羽が生えているのが特徴の魔族で、魔法に特化している人も多く、人間界にいるのは珍しい種族らしいです。

 えへん。



 回想は終わりです。

 まあ、ヘンドーリャのおじさんが言う通り、魔族自体が珍しいというのに違いはありません。

 竜車にタダで乗れたという懐が温かい話にほくほくしていると、おじさんはうんうんとうなずいていました。


「本当のことを言うと、うちの家内よりも美人だから、サービスでもっと乗せてたかったんだがなあ」

「あはは、それは奥さんに怒られちゃいますよ?」

「はっはっはっ! 違いない!」

「それじゃあ、おじさん。私は怒られないうちにこれで失礼しますね」

「ああ、嬢ちゃんも護衛、すまないな。ここら辺はフォーヴ化したドラゴンも出るって言うから、嬢ちゃんも気を付けてな。もし俺の故郷である北の山に近づくことがあれば、ぜひお立ち寄りを。安くしとくんで」

「あはは、その時はお願いしますね」


 おじさんは豪快に笑うと、竜車の手綱を振って竜車を飛ばす。

 竜が飛び立つ時のすごい風を受けながら、飛んでいく竜籠を見送って、私はほっと、息を吐いた。

 白い塊となった吐息が空へと昇り、今私が立っているこの場所が寒いのだと思い知らされてしまいました。

 視線を道に戻すと、道は人通りが多いのか、固められた土がどこまでも伸びている。遠くの山には、雪と呼ばれる冷たいものが降り積もった白い山があり、道のわきにもそれは積もっているようでした。

 コアコ地方では雪が積もるとは聞いていたけれど、ここまで壮絶な景色だとは思いませんでした。

 思考しながら歩いていたけれど、風の冷たさに思わず身が震える。

 前の国はさほど寒くなかったので薄着でいいだろうと思い込んでいた過去の自分を罵倒したい気分だった。

 そんな風に考えながら、私は身震いと同時に背中の羽を揺らしてわずかな抵抗を試みる。

 本当にわずかですぐに寒くなってしまいました。


「うぅ、寒い。こんなところにいつまでもいたら風邪をひくじゃないですかぁ……」


 これほど寒かったのは前に住んでいた帝国で、火が使えなかった時でしょうか。

 ふと、火が使えなかった時――。自分が以前住んでいた首都。帝国がどれだけ酷い場所だったかを思い出してしまいました。



 人間が、“亜人戦争”と呼ぶ戦争が始まって、はや数年――。

 帝国の下層にある貧民街で暮らしていた私。こと翼魔族のフランは、貧民街の孤児院で暮らしていました。不思議なことに受け入れてくれた孤児院の人に親切にしてもらって、そこで一宿一飯の恩も返して暮らしていた私は、その戦争、帝国と亜人たちが住める竜率国家、間の国の争いに巻き込まれてしまいました。

 きっかけは、間の国を代理統治している間の国の身の振り方の間違いだと聞いています。この数年で年齢をだいぶ重ねていた前皇帝が死んで、入れ替わった女性皇帝が一波乱を起こして、また争って……。

 起きたことだけを述べれば、そんな感じでしょうか。

 そんな波乱の中で、孤児院の人に死んでほしくないから、とお願いをされて私は国を出ることになってしまいました。

 それからは、ずっと放浪の旅をして、こうして隣国であるコアコセリフ国の領土を踏んでいました。

 あれから、どうなったのか。私は知りません。風の噂では女性皇帝は無能と呼ばれてしまっていて、新しい皇帝代理が統治していると聞いています。



 風が吹く音と、強い風で凍えて現実に戻って来る。

 右手を草原。左手を森に囲まれている道を通りながらも、

 これから向かう場所は、そんな人間と亜人がたくさん住んでいる村だと聞いたことがある。

 人間の国でも、比較的差別の少ないと言われているコアコ地方。その中でも、次の村は領主が人間であるのにもかかわらず、住民の大半が亜人だという話らしい。

 人間の統治する場所で、とても珍しい村。

 私は、そんな場所の噂を聞いて、立ち寄ることに決めました。

 私の目的はただ一つ――、



「素敵なご主人様を探すことです!」



 高らかに、そう叫んでみました。

 翼魔族にとって、誰かに仕えるというのは誉れの一種だ。

 もちろん、自分が望んで人に仕えるために、自分から裏切ることも多々あるのだが、他種族のそれとは意味合いが違う。と、この数年で散々学んできました。

 でも、私はそんなことを決めて後悔をしていた。

 正直、とても寒いのです。

 コアコ地方、ということで、ある程度寒いということは把握していたのだが、ここまで寒いと思っていませんでした。

 魔族の衣装では大事な部分――背中や腰の羽の稼働だったり、尻尾だったり――の邪魔をすることはないけれど、寒さをしのぐことはできない。

 私が、寒さに体を震わせていると、近くで物音がした。

 その音を聞くために、私は足を止めました。

 よく耳を研ぎ澄ませてみると、雪をかき分けるような音で、近くに何かいるのは明白でした。

 何かが、すぐ近くで身動きが取れなくなってしまっているらしい。

 探してみると、道からほど近い草むら。周囲の雪についている足跡から見ると、小さな生物のようでした。

 気になって草むらを覗いてみると、そこには白い、白い兎が居た。

 白い兎の足元には小さな赤い血のような跡があり、そこにある罠にはまったのか、身動きを取れなくなってしまっているようでした。

 私はそっと膝を抱えるようにして座り込、う。


「罠、はまっちゃったんですか? 何もないのなら助けてあげてもいいのですけど。まぁ喋ってくれるわけないですよね、っと」


 周囲を見回してみる。

 あたりには誰もおらず、道のほうを見ても、すぐにこの道を通るような気配はしなかった。

 すぐに兎に視線を戻す。

 そしてこちらを見返す兎と目が合ってしまいました。

 自分に向けられる、警戒の色が強い、赤い瞳。

 すぐそこにある助けを求めているのにもかかわらず、自分の目の前にあるものをなにも信じていないかのような、臆病な瞳。

 私はすぐに近づいて罠の様子を観察した。

 本当に助けるつもりはあまりなかったけれど、なんとなくというやつです。

 だって、助けを求める兎が何とも哀れで――、子供のような気持ちを抱えたおお馬鹿者を見ているようで。

 


 自分に、重なって見えたのだ。



 罠は細いひものような物が使われた簡易の罠でした。

 魔法の類が使われていない所を感じると、どうやら人間が動物をとらえるために設置したものらしい。

 これを仕掛けたであろう人間たちには悪いが、見つけてしまったからには助けてあげたい。


「よかった、これならすぐに外してあげられますよ。痛かったりしたら言って――もとい、鳴いてくださいね?」


 できるだけ兎に触れないように、慎重に近づいて罠を外す。

 簡易的な仕掛けのため、特に知識のない私でもすぐにはずすことは出来た。

 できるだけ、警戒させないために兎に微笑みかけてみる。


「はい、これでよし。もう捕まっちゃダメですよ?」


 兎は自分の足の具合を確かめるように見ると、こちらには目もくれず、勢いよくその場を後にした。

 ためていた息をはきだして、兎が去っていく光景を眺める。

 動物相手にお礼を求める、と言うのが間違っているけど、お礼も言わずに駆け出した兎さんに文句を言いたくなってしまう。


「さて、前の村で聞いた人里もそろそろって聞きましたし、そろそろこの場を離れましょうかね。このまま夜になってフォーヴに襲われても困りますし」


 ここで立ち止まってしまっていても、意味はない。

 すぐに目的地に向かおうとして――、



 がしゃん、という音と共に足に激痛が走った。



「――いっつ……うん? ガシャン、と来たってことは」


 痛みが走った足元に視線を移してみる。

 そこには、先ほどまで兎がかかっていた物とは別の金属製の罠がありました。

 兎がその場に居なくなることが、この罠が発動するきっかけだったようで、巧妙に隠されていたそれは、もはや動物を捕まえるために仕掛けた物ではなく、もっと大きな物を捕まえるための仕掛けだった。

 思わず、背筋がぞっとする。

 私が魔族で、普段から魔力を体に回してなければ、足なんて簡単に吹き飛んでしまう。

 それほど、今足元で私の足を掴んでいる罠は強力な仕掛けでした。

 ついで、それが人の足を跳ね飛ばすほどの威力を持った罠だと冷静になると、頭の中によくわからない怒りがわいてくる。


「ば、馬鹿じゃないですか。人里の近くでこんな強力な罠を使うなんて」


 ここは、万年雪が降り積もるコアコ地方と呼ばれる地域だ。

 雪が降ってしまえば、きっとこの程度の罠なんて雪に埋もれて見えなくなってしまう。

 どんな危険があるか分からない山の奥深くならいざ知らず、人の住む村の近くにある森で、こんな罠を仕掛けるのは戦時であっても危険極まりない。

 普通に考えれば、ありえない行為なのは明白だった。

 そう、普通ならば。そう考えてしまうと、すぐに良くない考えが頭の中でスパイラルする。


「いったい、何を考えてここに。もしかして、私はむざむざ誘い込まれた餌なのでしょうか。かわいいかわいい動物を放って置けない私をとらえるための罠だったりなんかりしちゃってもおかしくは――」


「そこに居るのは誰だ!」


「うひゃあ! 私を食べてもおいし……いと思いますけどお肉は美味しくないです!」

「何言ってるんだお前……公用語をしゃべれるということは人間か?」


 公用語――この世界でラトゥムと呼ばれる言語で返された言葉は、確かに人間の声の出し方でした。

 慌てて、声が聞こえたほうに顔を向けた。



 そこには、人間でいう美青年が居ました。



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