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山田春斗と赤崎杏果

 八坂高校。全校生徒約九百名。全校生徒の約8割がヤンキーという県内で最も恐れられている高校である。

 その校門前。

 ぞろぞろとたくさんの生徒が登校している中、女子生徒が笑顔でこめかみに血管を浮かばせ男子生徒に怒鳴っていた。


「ふざけんなっ!またお前か山田!テメェ覚悟できてんだろうなっ!?」


 彼女は赤崎杏果(あかさききょうか)。二年生。容姿端麗、頭脳残念。圧倒的な強さと喧嘩っ早さから悪鬼との異名で恐れられており、八坂高校のヤンキー達の頂点に立っている。いわゆる番長である。

 そんな彼女に怒鳴られている男子生徒は山田春斗(やまだはると)。一年生。容姿普通、頭脳も普通。八坂高校の小さな良心と言われる生徒会に所属している。


「覚悟と言われてもですね…。赤崎先輩、僕は自分の仕事をしているに過ぎません」


 春斗は困ったように笑いながら続ける。


「だいたい、赤崎先輩が制服を普通に着てくれれば僕もこんな事言わなくていいんですよ。ある程度は見逃すようにって事ですけど流石に許容範囲外です。せめて制服を着てください」


 そう。

 現在春斗は月に一回ある生徒会と教師による服装検査に参加しており、杏果は検査に引っかかっていたのであった。と言ってもこの検査、名ばかりの検査で前日に告知されるうえ、よほど酷くない限りはほとんどの生徒がお咎めなしなのである。制服を着崩すのは当たり前、染髪は自由、ピアスなどのアクセサリーもオーケーだ。

 そんなゆるい検査に引っかかった杏果の服装はというと、明るい茶髪を腰まで伸ばし、後ろで括りポニーテールにしている。上は灰色のパーカー(うっすらと赤い染みがある)、下は短くした学校指定のスカート、その下には短パンを履いている。右手にはメリケンサックを装備。カバンは学校指定の物だが赤いテープが貼られており、隙間から木刀が飛び出している。


「しつけぇんだよっ!何度目だテメェ!」


「僕が六月の下旬に生徒会に所属して服装検査に初めて駆り出されたのが七月なのでまだ三回目になりますね。」


 咳払いを一つすると春斗はこれまでの柔らかな雰囲気を一変させる。


「赤崎先輩」


「お、おう」


 そんな春斗の様子に毒気を抜かれたのか、腕組みをして杏果は素直に返事を返してしまう。


「髪はいいとして、学校指定のシャツはどうしたんですか?」


「校章がダセェ。普通着ねえだろ。そのうち燃やそうと思う」


「止めてください。高校生なら校章のあるシャツは当たり前です。あとスカートが短すぎます」


「長いと動き辛えだろ」


「赤崎先輩の場合は喧嘩し辛い、でしょう。その短パンは?」


「飛んだり跳ねたりすっとパ、パンツ見えんだろーが!」


 杏果は顔を真っ赤にしている。彼女は案外初心なのだ。彼氏はもちろんいないし、いた事もない。


「…なら学校指定の体操服でもよくないですか!?」


「ま、まあそれでもいいな」


「あとその木刀とメリケンサックはなんですか?」


「木刀はあれだ、ヤンキーの嗜みって奴だよ!こっちは、…他の奴らもつけてんだろ」


 春斗は頭痛を堪えるように頭に手を添えてため息を吐いた。


「いや、木刀なんて持ってきてるのは赤崎先輩だけですから。それに、他の皆さんがつけているのはアクセサリーであって武器じゃありません!赤崎先輩のそれは立派な武器です。でも意外でした。ここまでいくとカバンも改造かなんかしてそうですけど、見た所普通みたいですね」


 春斗がそう言うと杏果は良くぞ聞いてくれたとばかりにニヤリと笑った。


「ああ、これな。結構硬くて丈夫でよ。中にいろいろ詰め込んで相手を」


「わかりました。皆まで言わないでください」


「おお!やるな山田、わかったか。不意打ちに便利なんだ。ただ校章はダセェがな」


「校章に拘りますね…。カバンを鈍器にしないでください。取手の付いたゲーム機じゃあるまいし」


「いや、それも鈍器じゃねーだろ!」


 杏果はなぜか動揺しながらツッコむが春斗は涼しい顔でスルーだ。


「ところでなんで赤いテープ貼ってるんですか?」


「なんだ山田、これの意味わかんねえのか?これは喧嘩上等。つまり売られた喧嘩は全部買ってやるって意味だ。で、白テープが貼ってあれば喧嘩を売ってるって事になる。まあテープ貼ってる奴なんてほとんどいねぇけどな!」


 杏果は得意げに答える。人にものを教えられるのが嬉しいのかいつの間にか上機嫌になっていた。


「喧嘩をするなとは言いませんけどほどほどにしてくださいね。」


「ハッ。私は売ってきた喧嘩を買ってるだけだ。売ってくる連中に言いな!ったく、テメエと話してると調子狂うぜ。もういいだろ。私はてめえら生徒会が何を言って来ようと変えるつもりはねえよ。私は私のやりたいようにやる。私がルールだ。私がここの番長になったときからな。じゃあな」


 そう言うと杏果は校舎に向かって歩いて行った。


「いや〜凄いな山田君は。君くらいだよ、赤崎さんに正面から堂々と注意するのは」


 八坂高校生徒会会長、水嶋貴明(みずしまたかあき)。二年生。春斗を生徒会に誘った張本人である。


「いやいやいや、見てたんなら会長が相手してくださいよ!」


「嫌だよ。もし喧嘩になったら万に一つも勝ち目がないからね。君子危うきに近寄らず、と言うじゃないか。それに、山田君と話してる時の赤崎さんは少し楽しそうだしね」


 とてもいい笑顔でサムズアップ。しっかりと自己保身ができないとこの学校ではやっていけないのだ。


「会長、赤崎先輩はそんなに怖い人なんですか?悪鬼って呼ばれてるのは知ってるんですけど正直あんまり怖く感じないんですよね。他のヤンキーみたいに些細な事で突っかかってこないですし、喧嘩だって売られたのを軽くあしらってるだけで一般生徒に手を出してる所も見た事ありませんよ?」


 事実、春斗は杏果の事を怖いとは思ってなかった。口が悪いのは認めるがそれだけだ。実際に暴力を振るわれた事はないし、本気で怒られた事もない。


「ふむ、まあ彼女が起こした一番大きな事件は彼女が入学してすぐだったからね。今じゃ表立って赤崎さんに逆らう人はいないよ。少なくとも二年と三年にはね。ちなみに悪鬼って呼ぶとキレるから気をつけるように」


 貴明はそう言いながら校舎の時計を確認する。


「おっと、後五分でチャイムが鳴ってしまうな。後は先生方に任せて生徒会は解散するとしようか。山田君は昼休み生徒会室に来るかい?」


「はい。今日は生徒会室で弁当を食べようと思ってます」


 生徒会室は昼休みと放課後、誰かがいないといけない決まりだ。一応交代で詰める事にはなっているが自主的に来る役員も多い。


「よし、ならその時に話しの続きをしよう」


 そう言うと貴明は生徒会を解散させた。


 春斗は一年三組だ。ちなみにこの学校には校舎が三棟あり、普通の教室がある一号館、音楽室や図書室などがある二号館、部室がある三号館があり、両端と中央が渡り廊下で繋がっている為、上から見ると田と言う漢字を横に伸ばしたように見える。一号館だけが三階まであり、一年が一階、二年が二階、三年が三階となっている。

 春斗が教室に入り席に着くとすぐにスーツ姿の男が一人教室に入ってくる。スーツ姿の男はサングラスをかけ、頬には大きな傷があり、明らかに堅気の雰囲気ではない。男は慣れた様子で教壇に立つと生徒達を睥睨する。


「連絡も無しに欠席している者が一名いるようだが、まあいいだろう。おはよう諸君。このクラスから事前告知のある服装検査に引っ掛かる者がいないようで私は安心した。連絡事項も特にない。以上だ。では失礼する」


 聞いていると自然と背筋が伸びるような重く、低い声でそれだけ言うとこのクラスの担任、近藤雅文(こんどうまさふみ)は教室を出て行く。この学校で唯一、ヤンキー達から一目置かれている教師である。生徒達の間では元ヤクザだの、元軍人だの、頬の傷は組の抗争で負った傷だのと言った噂がまことしやかに流れている。


 珍しくトラブルに巻き込まれず昼休みになり、春斗は生徒会室に向かうのだった。

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