いいから本をだせ
私の名はアイリーン。世界最高の天才魔術師だ。
水妖精の父と火妖精の母から生まれた私だが、色々あって人間族のために異世界から勇者を召還することになった。
与えられた時間は短くて半年、長くて一年。
それまでに未だかつて誰にも成しえなかった伝説の魔術を研究し、召還しなければならない。
ま、この私にかかれば楽勝だ。
ついでにじっくりと人間族の魔術を研究させてもらうことにしよう。
楽観しているように見えるがもちろん手は抜かない。
その証拠に国王と謁見した翌日、つまり今日から早速研究を開始する。
時間を無駄にすることは愚か者のすることである。
「おや、ようやく起きたのかい。悪いけどもう昼食の時間でね。朝食は残ってないよ」
私が気持ちいい睡眠から目覚め一階の食堂に来てみれば、宿の女将から呆れたような声をかけられた。
ちょっと待ってほしい。昨日代金を払った時、朝食付きの金額で……。
「朝の鐘から二の鐘までって言ったろ。あたしゃ何度も起こしてやったんだからね。無いもんは無いよ」
文句を言う前に正論を吐かれた。
これだから人間族は……二度寝の素晴らしさというものを理解していないあたり、その精神的未熟さが表れているというものだ。
しかも私は遠路はるばる王都までやってきたその日にあの芸人(国王)と謁見したんだ。
その疲労度は三度寝を必要とするほどに決まっている。
十分な休息はその後の仕事に現れるものであり、加えて起床後の食事は体を動かすための重要な要素である。
それを取り上げ、あまつさえ適当な仕事をして義務は果たしたと言わんばかりのその態度。
大体人間族の仕事は――
「朝食代の分は昼食代に回してやるから席に着きな。デザートも注文してくれたらピーチャの実を付けてやるよ」
「ピーチャは三個でお願いします」
人間族の仕事は、細やかな配慮の行き届いた実に素晴らしいものだ。
「ごちそうさまでしたっ」
あー美味しかった。
自慢の一品らしい野菜スープは肉も野菜もしっかりと煮込まれていい味出してたし、ピーチャもちゃんと甘いものを選んでくれたし。
女将さんはちょっと熟れが足りないって言ってたけど、私は熟れすぎないしっかりしたのが好きだからちょうどよかった。
「あ、女将さん。図書館ってどこにあるの?」
「図書館?なんだいそれは」
代金を支払うついでに尋ねるつもりがそのまま返されてしまった。
「やだなーおねえさん。図書館って言ったらほら、静かな建物に本がいっぱい収められてて、奥に行けば日の光の入らない薄暗さがただ本しかないという空間を不気味に引き立たせ、漂うカビ臭さが心落ち着かせ本の世界に没頭できる、一日中居たって飽きない素敵スポットに決まってるじゃないですかー♪」
「……それは本当に素敵なのかい」
「素敵な素敵な心のオアシスですよっ」
ぼっちだとなお楽しめます。それからカップルでのご入館は固くお断りしております。
「……そうかい。まぁとにかくあたしは知らないよ。この国にそんなのあるなんて噂でも聞いたことないからね」
何てことだ……図書館が無いなんて一体私はどうやって生きていけばいいのか……。
じゃなくて今は調べものがしたいんだって。
「じゃあ本屋の場所が分かればいいです」
「本屋?本なんて売って商売になるのかい?」
………………何てことだ……私はいったいどうやって生きていけばいいのか……。
って図書館も本屋も無いってどうなってんのこの国!?
いくらなんでもありえないでしょ!!
本は知識であり歴史、そこには言葉では語りつくせないほどの叡智が詰まっている。
本を読むことで古きを知り、新しきを記し次代に残す。
それを繰り返すことで人の一生では成しえない高みへ上ることができるのだ。
それなのにその知識の源を収める図書館が無いばかりか、民の間でやり取りするための本屋すらないなんて!!
図書館はまぁわからないでもない。知識は特権階級のものとして管理し、平民を平民のままとさせることのメリットもあるわけだし。
だけど女将さんが図書館なんて聞いたことも無いっていうことは、きっと本当に存在しないんだろう。
宿屋兼食堂という人の集まる場所で女将歴二十年らしいのこの人が噂程度でも聞いたことが無いなんて、本気で隠ぺいしてるか存在しないかだけだ。
あーでもそうなると一気に手間が増えたなー。
しかもまだ召還魔術について調べたかったんじゃなくて、先に異世界勇者召還の伝説について調べたかったのにその段階でつまずくとか。
異世界勇者召還なんて人間族にしか伝わってない伝説だから、妖精族の両親を持ち人間族の町で生活したことない私は伝説の概要程度しか知らない。
そんな私は召還魔術自体を研究するよりも前に、まずは勇者を召還するということがどういうことなのかを知らなければならないわけで。
とりあえず魔王を倒せばいいなら勇者なんて呼ばずにその力で魔王を倒す魔術を使えばいいわけだしね。
きっと何か意味があるんでしょう。
あってほしいなぁ……。
というわけで市場に来てみました。
しかも建物を構える商人が居るほうじゃなくて町を渡り歩く行商人が集まるほうの市場。
専門で扱ってる商人が居なくても行商人なら多少は持ってるでしょうっ。
そう考えていた時期が私にもありました……。
と、ここまでが異世界の様式美らしいですね。
一通り探してみれば、ほーらやっぱりあるじゃないですかー。異世界では“フラグ”とかいう神の意志が働いて大変らしいですねー。
「おじさーんそこの本くださーい」
「まいどー。あんた魔術師か。じゃーこれなんかおすすめだぜ、金貨五枚だがかの高名な魔術師ワトキンが書いた――」
「ぜんぶくださーい」
「――あー、ちなみにこっちのは剣術の極意について書かれた本で金貨三枚なんだが」
「ぜんぶー」
「……これはただの絵本で」
「ぜ・ん・ぶ」
「………………………………」
「そこにある本、全部、ください」
「………………金貨四十五枚と銀貨二十枚です」
よろしい。それでは――
「はぁ? その魔術師が書いた本って装丁のキズ大きいのに金貨五枚とか本気? そっちの本は明らかに日焼けして長期間売れ残ってるよね、それなのにその金額?あっちのはページが破れた跡が見えるしそこの本は――」
本番はこれからだよねー。
――しばらくの後。
「もうほんっっっと勘弁してください!!」
目の前には泣きながら頭を下げる男が一人。
金貨25枚かー半額まで頑張りたかったんだけどなー。
ま、許してあげよう。
「仕方がないな。それで手を打つよ」
「ありがとうございます!!」
「代わりに聞きたいんだけど」
ものすごく嬉しそうな表情したまま一瞬で顔を青くできるってすごいなこのおじさん。
「もう値切りはしないから安心しなさいって。他に本売ってる人が居ないけどなんでか聞きたいだけから」
この辺りは行商人が集まる市場の一角、しかもここは国王が住む王都。
必然として人が集まり物も集まるはず。
にも関わらず本を売っているのは目の前のおじさん一人だけ。しかもたった二十冊
いくらなんでもおかしい。と言いたいところだけど、何となく理由分かっちゃうのがなぁ……。
「そんなこと聞かれてもなぁ。モノが無いんだから売りようが無いっつーか。あんたが今買った本は俺が進んで仕入れたわけじゃないしな。持ってても邪魔だから商品として並べてたら、買い取ってもらえると思ったやつが勝手に売りに来たってだけだ。しかも十年かかってたったそれだけ。売る方なんて数年に一冊だったからな」
「貴族や魔術師も買わないの?」
「むしろ売りに来た奴のほとんどが貴族と魔術師だったよ。まとまった数があれば色々手の打ちようがあるから、他にも持ってないかとか、集めてるやつがいないかって聞いたんだがな、さっぱりだった」
やっぱりかーとすると間違いないなーと思いつつ、ひとまずおじさんに代金を支払って市場を後にする。
少なすぎる本。知識階級であるはずの貴族や魔術師ですら価値を見出さない本。
何てことはない、人間族にとって本はその程度の価値しかないというだけの話。
何故本に価値が無いのか。
結論から言ってしまえば、すぐ失われるから。しかも二百年ごとに。
約二百年の間隔で魔王が復活し、魔物が増加するとされている。
その度に多数の町が滅ぼされてしまう。
比較的無事だった町は当然その後復興作業になるわけだけど、その際優先的に保護されるのは人の命であり、本や絵といった文化的財産が後回しにされるのは仕方のない事だろう。
残念ではあるけど、本でお腹は膨れないのだ。本当に残念なことに。
そしてそれが繰り返された結果、せっかく書いた本もいざというときには役に立たないものというイメージが付き、人間族には本を残すという習慣そのものが無くなってしまったんだろう。
記録(本)が後世に残らず、前例(本)を基にした対策も取れず、以前(本)と同じ被害を出す。
悪循環としか言いようがない。
「けどまーここなら本もあるでしょうっ」
市場からその足でやってきたのは王城。
国の中心であり政を行うここならば、各種記録を保存するに伴っていろんな本があるに違いない。
さぁ宰相、私を知識の館へ案内するがいいっ。
「図書館ですか? そんなものありませんよ」
……そう考えていた時期が私にもありました……。
くっ、さすがフラグ神っ、異世界といえど神の力は伊達ではないということかっ。
じゃなくてー!! 王城にまで無いってどういうことー!?
「そういえば妖精族の町にはたくさんの本を収めるためにそういった施設があるそうですね。もちろんここにも本はありますがそこまで多くありませんので、一部屋で十分なんですよ」
なるほどねー量が少ないから図書館にまでならずに図書室どまりってことですか。
それにしたってありえないと言いたいけど……。
「それでもいいんで見せてください」
「ダメです」
……えーっと。
「見せてください」
「ダメです」
……ほぅ。本を前にしてこの私の歩みを阻むというか。
「そんなに睨んでもダメです。そもそもそこには財政や法務等の政治的記録しかありません。アイリーン殿がお探しの、伝説や魔術に関する本は収められていません」
「それはそれで見てみたいんだけど。記録ごとの差異を探し出すのって面白くない?」
「公金横領が蔓延ってるかのような言い方はやめてください! とにかくダメです!」
むぅ、残念。
「……はぁ。ですが他に本が無い事もありません」
お?
「ただ……その……」
「何その、彼女に告白しようとして踏ん切りつかない童貞君みたいな態度は……」
あっ……。
「その……ごめんなさい。宰相様はいい人なのですが、人間族にはあり得ないほどの美人で天才の私には釣り合わないかなって……」
「違いますよ! なんで私が貴女に愛の告白してる事になってるんですか!! しかも断られてるし自分のことは持ち上げてるし!! 最後は間違ってませんが!!」
「わーい褒められたー。でもそっちを否定するってことは本当にどうて――」
「そっちも違います!! 私にはきちんと妻が居ます!!」
「でも確かお子さん居ないって……あっ、ごめん」
「そこで何か察したように謝らないでください!! 何を察したんですか!! わかったような目で見ないでください!! 肩を叩かないでください!!」
「苦労人だね君も……」
「誰のせいですかぁぁぁ!!」
「国王と宰相の奥さんと私」
「何を言っても問題になる人だけ挙げないでください!! 間違ってませんが!!」
いやー本当にいい人だなー。きっと奥さんに毎日可愛がられてるに違いない。
「それで結局どんな本なの?」
「……何事もなかったようにっ……どうして妻といい私の周りの女性はこんなっ……」
ぼそっと言ってるけど聞こえてるからねーという意味を込めてニッコリえがおー。ほーら怖くない怖くなーい。
「!ゴホンッ、えー本ですが、政治記録以外の本もあります」
それでよろしい。
「本と言いましたが正しくは日記、自伝となります。代々の国王は日々のことを記し、それを次代に引き継ぐようにと、初代国王により定められているのです」
自伝ですと! それいいよ!
記録としては個人の主観が邪魔だけど、歴史を情景として垣間見ることもできるという過去を紐解くマストアイテム! 初代国王最高!
伝説について何か触れてるかもしれないし、異世界召還だって失敗例が書いてあるかもしれないし、そういうの探してたんだって!
「ただ問題なのはその内容でして」
「自伝だよね? なのに内容が問題ってどういうこと?」
「ここから先は実際に見ていただいた方が」
そして案内された部屋。扉には部屋の名を示すプレート。
【偉大なる先達の間 ~クレアルード国王の華麗にして瀟洒な生涯を語る~】
「宰相、部屋間違ってるよ」
「何を見てそう思ったのかは聞かないでおきます」
流された。自分のこと以外は対性強いな……。
そして部屋の中を見れば確かに本が多数。
何代にもわたる王による記録だけあって、その数は相当なものになっている。
世代順に並べられ、更に背表紙のデザインは王ごとによって変えられているらしい。
特に魔物が増加した時期の王は多くなっ……?
あれぇ……背表紙に書かれたタイトルに何やら違和感が……。
《マーカス・クレアルードの勇猛果敢な戦伝》
《魔王討滅記》
《最強伝説アキレス・クレアルード》
《とある国王の覇道戦記》
《国王に生まれたら魔王が復活したので余裕で退治してみた件について》
《せい☆せん》
「……………………(これ?)」
無言で宰相を見る私。
「……………………(こくり)」
無言で首肯する宰相。
緊迫した事態に、お互い声を失ってしまったらしい。
しかし私は確認せねばならない。
前に、進むために。
「……………………(内容も?)」
「……………………(こくり)」
再び無言で首肯する宰相。
「――――――――」
あまりの現実に、思考が停止してしまう。
「……………………(ふるふる)」
「っっっっ!!!!」
思考停止した私にさらに追い打ちをかけるように、宰相から止めの一言をかけられた。
――全て、です。例外はありません。
ああ、なんて非情な。
国王の自伝を求めたそこには、自伝とは名ばかりの妄想小説が存在するのみ。
私はただ伝説と魔術について研究したかっただけなのにこの仕打ち。
私がいったい何の罪を犯したというのか。
しかし私は諦めない。
何代にも続く王族の中にはまともな思考をした人間が居たはずだ。
妖精族の本にもタイトル詐欺と呼ばれる本はあったのだ。
もしかしたらこのふざけたタイトルは慣習によって嫌々付けたのかもしれない。
だからきっと内容は――
《せい☆せん ③巻》
「ギギィィィ!!」
目の前の魔物は唸り声を上げている。
元は兎だったのだろうが、恐ろしい目をした魔物はその巨体を震わせ威嚇してくる。
その様は間違いなく何人もの騎士を屠った、邪悪なる存在そのものである。
王都にほど近い森にまで攻めいってきただけのことはある。
だが神聖なるクレアルード王家の血を引くこの私。
どんなに絶望的な状況であっても引くわけにはいかない!
この向こうには取り残された騎士たちが待っているのだ!
「お前たちは先に行け! この魔物は私が引き受ける!」
私は盾を捨て、剣を振りかぶって魔物の前に躍り出た。
「うぉぉぉぉ!!」
我が力を込めた一撃はあと僅かというところで躱された。
素早い身のこなしで近づいてきた魔物はその身をかがめ、ついに我が足に食らいつきおった!
「ぐぁぁぁぁ!!」
足に激痛が走る。
だが我が身を守るは聖なる加護が施された神器だ! 魔物なんぞに破れるものではない!
「くらええええ!!」
痛みに耐え振りかぶった剣は、やはり寸でのところで躱されてしまう。
何故私の攻撃が読まれている! もしやこの魔物、魔術を操っているのかっ!
絶体絶命の状況を前にして、攻めあぐねているように魔物には見えただろう。
その時、私は自身の体に異変を感じていた。
なんだこの左手の疼きは! もしや毒か! なんと卑怯な!
しかしその疼きを意識していると、体から不思議な力が湧き上がってくるのを感じた。
力は全身を駆け巡り熱をもって体を支配していく!
もしやこれは神の力……そうか!
勇者召還は失敗したのではない! 勇者の力をこの左腕に宿したということだったのか!
神よ! この私こそが勇者ということだったのですか!
「おぉぉぉぉ!!!」
勇者たるこの私に恐れるものなど何もない!
さぁ魔物め! 今こそお前の命の散――
――――パタン。
気が付けば本を閉じてしまっていた。
読むほどに精神を蝕まれるこの感覚。
そこらの呪われた本では敵いもしないその力。
流石は王族の記した書! この本に立ち向かうには私の全身全霊をもって――
「はっ」
いかんいかん。あまりの内容に本に飲まれてた。
とてもじゃないけど素面じゃ読めないってこんなの。
マジで呪われてるんじゃなかろうか。
そういえばいつの間にか宰相居なくなってるし。
あ、書置きだ。
『普通の人間が読むと言動や行動がおかしくなることがありますので絶対に読ませないでください。万が一見られた場合は直ちに医者と神官を呼んでください。私も定期的に様子を見に来ますが、もし貴女がおかしくなった場合は殴って正気に戻しますのでお気を付けください』
本当に呪いの本扱いだった!!
ていうかなんで私の場合は殴るのさ! 医者呼んでよ!
私の扱い適当過ぎない!?
はぁぁぁ……あーもー。
とりあえずグダグダ言ってても始まらない。
こんな封印指定物でも何かヒントが書いてあるかもしれないし、気合い入れて読んでみせましょうっ。
そもそも自伝として読むから呪われるんだ。
ここに書いてあるのはただの妄想。非現実。空想の世界。
それが嘘と大げさと紛らわしさに装飾されて書かれてるだけっ。
よし把握した!
さぁ読むか!
……そういえば結局まともな本は無かったなぁ。
この国、ホント大丈夫なんだろうか。
魔人族の私にはどうでもいいことだけどさ。
ピーチャ=桃。
宰相=名前はまだ無い。
兎の魔物=レベル1で戦うたぐいのザコです。巨体に見えたのはビビってたからです。農家のおばさんでも平気で夕飯の材料にします。