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第九話 コブ白鳥

 さてヤキソバがどこに行ったのかというと、実は鶏侍達の本拠地の、割と近くにいた。


 鶏侍達が拠点としているホテルの、コンビニを一つ挟んだすぐ側には、弘後公園という公園がある。古い時代の名残で、公園全体が濠で囲まれた公園だ。

 その濠の周りや内部には、多くの桜の木が植えられており、春になると三千本近い桜が咲き誇ることで、この弘後市内の名所となっている。


 桜の他に内部には、博物館・植物園・市民会館などの施設がある。そして一番の名所は天守閣であろう。

 江戸時代に本丸が火事で焼けたことが起因して、天守は全国の名城と比べると、かなりミニサイズであるが。その公演の中に、ヤキソバは逃げ込んでいた。


(何かごちゃごちゃしてたけど、やっと自由になれたな。さてまずはどこを探すか?)


 天守が見える位置の桜並木(今は開花していないが)を、ヤキソバが通る。


 幼稚園の頃からの遠足に始まり、毎年何回か来る祭りなどで、この公園には何度も足を踏み入れている。その頃の記憶と、今の光景を見比べてみる。

 公園内部は、やはり外の街と同様に、草が生い茂っていた。かつて砂利があった道も、草木に大分浸食されている。内堀の中に住み着いている水鳥たちは、かつてのまま、暢気に水の上をプカプカ浮いている。


 だが一つ不思議に思ったのは、桜の木々が予想以上に整っていたのだ。

 人の姿がなくなってから、どのぐらい経ったのか不明だが、枝の選定を誰も行わなければ、枝葉は伸び放題になるはずだ。

 だが実際はそんなことはなく、無駄な枝のない、綺麗に整えられて桜の木の存在がある。


(鶏たちの誰かが、ここで桜の手入れを? だとしたら、ここにも奴らの出入りがあるのか……。まあ、捕まっても別にいいけど、もうしばらくは自由に動きたいしな)


 とりあえず周りに人がいないか、慎重に行動する必要がありそうだ。初日のように、鳴き声は立てずに、今は静かに園内を歩く。

 途中で初日に見たように、カモシカが我が物顔で歩き回り、道草を食っていた。元からここに住んでいたのだろう野良猫が、木々の木陰でゴロゴロしている。

 何故か日本にはいないはずの孔雀までいた。多分植物園で飼われていたのが逃げ出した、あるいは鶏たちが逃がしたのだろう。ここはすっかり天然の動物園である。


 ヤキソバは園内のあちらこちらを歩き回った。鶏たちに見つからないよう、慎重に進んだため、結構時間を食っている。

 現時点の一番の不安要素である、あの怪物たちの姿は、今のところ見受けられない。そうしている内に、徐々に日が沈み始めた。


(そろそろ寝床が必要だな……それと食べ物も。そうだ天守に行こう!)


 狩りに出る前に、肉をたらふく食べたので、腹の方は一日ぐらいは我慢できるだろう。

 だが寝床の方は目処がつかない。まあ今の獣の身体ならば、その辺の草むらに寝そべっても問題ない気がするが、やはり心情的に寝るときは屋内にしたい。

 それで何故天守なのかというと、何となく贅沢な感じがしたから。

 あそこは有料区域なので、自分は滅多に入ったことがないこともあって。天守のある本丸は内堀に囲まれている。そこへと続く橋へと、ヤキソバは渡り始めた。


(結局ここには誰もいなかったな。何かあれば一番人が来やすそうな場所だと思ったんだが……仕方がない。キリがない気がするが、明日は周りの家を一軒一軒見て回るか? ……おや?)


 何となく橋の下を見てみると、そこにある内堀の水面に、少し大型の水鳥がいた。


(あの白鳥……まだいたんだな)


 そこにいるのは、一羽のコブ白鳥だった。

 ここに白鳥がいるのは、さして珍しくない。むしろ白鳥にとっては、その辺の川よりは、遥かに住みやすいかも知れない。

 ただ白鳥は渡り鳥であり、年がら年中いるわけではない。今の日付は不明だが、気温や木の葉を見る限り、おそらく初秋だと思われる。普通ならば、白鳥がいる時期ではない。


 だが例外が一羽いる。この弘後公園には、怪我をした一羽が、年中にここに住み着いているのだ。

 恐らく好きで住んでいるのではなく、怪我で飛べないため、仕方なく住んでいるのだろう。

 ヤキソバも人間だった頃、何度かその白鳥を見かけたことがある。それと同一鳥物と思われる白鳥が、今この内堀にいるのだ。そして橋の下から見下ろしている自分を、ジッと見上げている。


(よく生きてたもんだ……今はもう、餌をやる人間もいないだろうに)


 意外に思った事実であるが、特に気にかけるほどのことではない。ヤキソバはすぐに目線を戻し、天守の下へと走って行った。





 日は沈み、すっかり暗い時間帯になった。空に浮かぶ星は、街の電灯がないせいか、かつてより綺麗に輝いているように見える。

 ヤキソバは天守の最上階にいた。真っ白な三層の天守閣の内部は、ちょっと薄汚れた木造の建物だ。床・天井・壁・階段、その全てが木製である。その三階の床で、ヤキソバは寝そべっていたが……


(……眠くない。まだ寝るには早い時間だしな。でも夜の街を出歩くのって、ちょっと怖いんだよな)


 ヤキソバは暇を持て余していた。だが夜の街は出歩けないわけがある。

 今の弘後市には、街灯や店・家の灯りは一切無い。正真正銘の闇の世界である。


 かつては夜にも、人や自動車が行き交っていたが、今はそんな者はおらず、すっかり静寂の世界だ。

 昔の明るい夜ならば、別に抵抗なく夜の中を出歩けたが、今の夜は結構怖い。かといって天守の中でやることもなく、少しストレスが溜まり始めていた。

 そんな時、その闇の静寂をぶち壊す音が、彼の耳に届いてきた。


『すいませ~~ん! 先程、橋の所で会った者ですが、今お話しできますでしょうか? こちらにいらっしゃるのですよね?』

(はぁっ!?)


 それは年老いた男性の声だった。何故か電話越しに話しかけるような、変な音質である。それが天守の下の方から聞こえてきたのだ。

 ヤキソバは飛ぶようにして起き上がり、恐る恐る階下に降りていった。


 天守の入り口へと続く、数段ばかりの短い石段。その下の地面に、例の声の主がいた。

 時間帯のために暗いが、無数の星と月の光のおかげで、その姿はくっきり見えた。それは一羽の大型の水鳥=白鳥であった。長い首を真っ直ぐ伸ばし、扉の前にいるヤキソバに目を向けている。


(こいつはさっきのコブ白鳥? まさかこいつが喋ってたのか?)


『儂は長くこの公園に住んでおる者です。名はありません。かなり霊格の高い方とお見受けしましたが、いずこかの神でしょうか?』


 ヤキソバの予想は当たりだった。コブ白鳥は、黄色い嘴をパクパク開閉させて、明確に人の言語を喋っている。


(鳥が喋ってる!? 妖怪か!? UMAか!? ……て、今は俺もそうだった)


ヤキソバは動物が言葉を喋っていることに驚き、混乱しかけるが、今の自分の存在に思い出して、すぐに冷静さを取り戻す。


「グガガァアアアッ……ギャァア……(霊格ってのは、何のことか知らねえ。お前は誰だ?)」

『……?』


 聞かれたからには、答えねばならない。だが発せられた言葉は、今までと同じように、獣の唸り声しか出なかった。

 そしてその声は、どうやら相手には通じなかったらしい。コブ白鳥は、不思議そうに首を傾げている。


『もしかして言葉を喋れないのですか?』


 ヤキソバは首を縦に振った。


『その様子だと、こちらの言葉は通じているのですね?』


 ヤキソバは再び首を縦に振る。どうやら意思疎通は、こちらが相手に意思を伝えらねないだけのようだ。いったいどうしようかとヤキソバが悩み始めたら、コブ白鳥が良いことを教えてくれた。


『……そうですか。試しにと言いますか、喉から無理に声を出すのではなく、頭の中で言葉を強くイメージして、それを相手に吹きかけるようにして見てください。いえ、やり方を知ってて出来ないという症状でしたら、それは失礼な言葉になりますが……』


 コブ白鳥の言葉に、ヤキソバは深く頭を動かしてみる。


(頭の中で強くイメージして吹きかける? 何だ? テレパシーの物真似のでもすればいいのか? まあ、やってみるか……)


 言われるがままに、ヤキソバは言葉を強く頭に思い浮かべ、目の前の相手に言葉をぶつけるイメージをする。

 だがそれでは上手くいかない。それで試しに、言葉の強いイメージと共に、口を少し動かしてみた。


『お前は何だ?』


 そしたら言葉が出た。相手と同様に、マイクや電話を通すような、妙な音声だったが、ヤキソバはこの身体になって初めて、まともな日本語を発したのであった。






 それからしばらくヤキソバとコブ白鳥は話し合った。この思念を乗せて言葉を発する発声方法に、ヤキソバは大分四苦八苦しており、辿々しい口調になっていた。

 だが次第に慣れてきたのか、言葉が徐々に流暢になっていった。


『……それはまた不思議な話ですね。人の霊が怪物になる事はありますが、生きた人が霊獣などという高位な者になるなど、聞いたこともありませぬ』

『やっぱそうなのか? あの鶏たちは、霊獣のことよく知らない感じだったが……』

『まあ儂は、この公園からほとんど出たことがない引きこもりですからな。儂の知識など、さして役に立たないかも知れませぬが』


 ヤキソバはこのコブ白鳥に、自分の身の上を話すと同時に、様々な事を聞き出していた。

 このコブ白鳥は、長い時間を経て、人の言葉を理解するほどの力を持った妖怪だとのこと。最もかなり霊格の低いらしく、よく昔話や漫画に出てくるような、妖術を使ったり人間に化けたりは出来ないとのこと。

 そしてこの公園に、明らかに自分より遥かに格上の高位妖怪=霊獣が現れたので、不思議に思って訪ねてきたらしい。

 霊獣は精霊の力を宿した動物で、普通こんな所には現れないとのことだ。


『こんな風に話が通じる相手と会えて、本当に良かったよ。これって、人間にも通じるのか?』

『どうでしょう? ある程度、霊感のある者なら、言葉が届くかも知れませんが……』

『そうか、まあいいや。俺が一番気になって事を聞きたい。俺が気を失った20〇〇年から、この街で何があった?』


 これまでの過程を見れば、今の世界は、かつて自分が意識を持っていた時期よりも、年単位で時間が流れていることぐらい判る。


『そうですね……何があったか儂にもよく判らないので、詳しくは説明できぬのですが……この街の人達は、全て石になりました』

『石?』


 人が石になる。アニメやゲームとは別の所で、どこかで聞いたことがある響きだ。それは以前見たニュースで、自分が冗談交じりに考えていたことであることに気づく。


『街中に謎の白い蛇が、わんさか現れましてな。あれが妖怪なのかどうか、それは儂にも判らぬ。だがそやつらは、不思議な術で、街の人間を全て石にしてしまったのじゃ』

『マジかよ・・・・・・』


 冗談交じりだった事が、実は真実だった。白い蛇が、人間を石に変えた。

 それは彼だけでなく、ネット上でも頻繁に憶測がたてられていたことだ。だがほとんど、オカルト混じりの妄想と斬り捨てられていた。

 あの白蛇が世界のどの範囲にまで現れたのかは知らないが、少なくともこの街の人間は全滅していた。


『おいおいおい……石になった人間はその後どうなった!? 街にゃ何もなかったぞ! 皆元に戻れるのか!? それにあの白蛇はどうなった!? まだこの街にいるのか!?』


 やや冷静さを欠いた慌てた口調のヤキソバ。コブ白鳥は、落ち着いた口調で、その問いに答えていった。


『石になった者達は、後から来た者達が、別の所に運び出しました。この公園の近くに大きな駐車場があるのですが、そこに沢山の石になった方々が詰め込まれていますじゃ。あそこにあるので、この街の全員ということはないでしょうが……』

『駐車場に? ……あっ!』


 ここでヤキソバは、一つあることを思い出した。

 この姿になって、初めて目を覚ましたとき自分は、今コブ白鳥が言っていたのとは、別の所で目を覚ました。そこには無数の、人型の石像があったのだ。

 不思議な光景であったが、ようやくその疑問が解けた。あれらは全て、この街の人間の成れの果てだったのだ。

 コブ白鳥が言っていた駐車場は、ヤキソバも知っている。確かに立体駐車場は、保存状態を考えなければ、物を大量に詰め込むのに都合がいいのかもしれない。


『あの人々が戻せるのかは、儂にも判りませぬ。見たこともない術でしたし……。まあ先程も言ったとおり、儂とて世の中をよく知っているわけではないのですが』

『うん・・・・・・これがゲームだったら、魔法やアイテムで簡単に生き返るんだがな。そう言えば、さっき後から来た奴らとか、言ってたが、それは何だ?』


 驚愕の事実に一時荒れたヤキソバだが、今は大分落ち着いてきたようだ。そして何となく予想のつく質問をしてみる。


『ええ……人が全て石になってしまった後、この街に様々な異な者が現れたのです。まず変な生き物と、死霊が現れました。人と獣を掛け合わせたような、奇怪な怪物です。先程あなたが言われた、蜘蛛や牛がそうですね。いったいどこから、どのようして出てきたのか、儂にも判りませぬ。どうも妖怪ではないようなのですが……。それと同じ時期に、死霊達が現れました。こやつらは元々この街にいた者達のようですが、どういうわけか前より霊格が高まっていまして・・・・・・実体化してある程度者が触れたりも出来るようです。恐らく今ならば、霊感のない人間にも、はっきりとその姿が見えるでしょうな』

『ああ・・・・・・うん。俺そいつらと、どっちも会ったよ』

『怪物達は何をするわけでもなく、この街を彷徨いていました。獲物を獲るわけでもなく、まるで亡霊のように街をさまよい歩いていましたよ。あの獣人達が現れるまでは。あなたが一緒に過ごした、あの鶏のような獣人達も、何なのか儂も知りませぬ。ただ何故か侍のような衣装を身に纏い始めて、この街に住み着きました。そして何故かは判りませんが……怪物達は、あの獣人達を一方的に襲うようです』

『俺が見たときは、どっちが襲われる側なのか、判らない感じだったがな……』


 鶏人間達は、襲われるどころか、あの怪物と積極的に戦って食糧にしていた。


『……てことはよ。世界をこんなにしたのは、あいつらの仕業か?』

『どうでしょうかね? だとしたら随分と、おかしな侵略者でしたが』

『そうだわな。自分で言ってて、俺もそう思った』


 彼らは人類を奴隷にするわけでもなく、この世界を自分たちで開拓するわけでもない。人の消えたデパートを改造して、まるで避難民のような、細々とした生活を送っているのだ。

 世界を瞬く間に滅ぼせるような超文明の民にしては、随分とやることが小さい。


『それとあの白蛇ですが、奴らは全て死にました。街の者を全て石にしても、しばらく街を彷徨いておったのですかが……どういうわけか、突然全て死んでしまったんです。何の前触れもなく、いきなり全ての白蛇が動かなくなってそのまま……儂にも何があったのか、さっぱり……』

『う~~~~ん』


 ヤキソバは深く考え込む。何が起こったのか、おおよそのことは聞けたが、根本的な元凶はさっぱり判らない。

 妖怪とかいうファンタジーな者の実在だけでも驚きだが、この先にはもっと大きな驚異的な事実があるのではなかろうか?


『他に何か知ってそうな奴らは……あいつらしかいないな。またあいつらの所に戻ってみるか? そういえばお前さっき、鶏たちが、途中で侍みたいな衣装を着だした、とか言ってたな』

『ええ、最初はインディアンに少し似た感じの、独特の民族衣装のような物を着ていたのですが、何故か途中で様変わりしてきてな』

『やっぱりあれ、コスプレだったのか?』



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