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第八話 鶏侍

 ヤキソバがそんなことを考え、そして牛怪人と鶏忍者達の戦闘がそろそろ終了しそうになったとき、その場で牛怪人とも、鶏忍者達とも違う、第三者の気配が近寄ってきた。


(何だ?)


 その気配が、自分のすぐ側、己の背後に近寄っていることに気がつき、ヤキソバがそっちに振り返る。そこにいたのは……


(侍だ……)


 そこにいたのは鶏忍者ではなかった。……鶏侍であった。

 鶏忍者達の激戦が続く中、ヤキソバがいる休憩所に現れた三人の人物。それはいずれも、さくら山に住み着いている、あの鶏獣人達と、同じ人種のようである。

 服装は白い着物の上に、青い羽織を着ている。袖口が弾ら打ら模様になっており、その服装は時代劇で見る新撰組の衣装に似ている。

 そして各々の腰には、黒い柄と鞘の打刀が差されている。三人とも若い女性で、特に真ん中に立っている、リーダーらしきポニーテールの女性は、身長百八十を越える大柄な女である。


(忍者の次は侍かよ……しかもどっちもフィクション系。なんでどいるもこいつもコスプレしてんだ? そんでこいつら何のようだ?)


 とりあえずアデルの仲間だろうから、特に危険は無いだろうと思って、彼らの前に近寄ってみる。

 大柄な鶏侍は、無表情で足下にいるヤキソバを見下ろすと、彼女の手はヤキソバの口を塞いだ。そして周りにいる二人の鶏侍は、どこかから縄を取りだしていた。


(何でじゃ~~!?)


 侍忍者達に口と手足を縛られたと思ったら、袋に詰められて、どこかに連れ出されるヤキソバ。これは正真正銘の誘拐である。

 対象が動物の場合、誘拐ではなく窃盗が正しいのかも知れないが。


(こういうのって忍者がやることだろ!? 新撰組のコスプレしてるくせに、やり方が汚いだろ!)


 何だかどうでもいいような憤りを思うヤキソバ。

 今彼女らがどこに向かっているのか、袋に詰められている彼には、全く見当もつかなかった。とにかく口に巻いた縄を破ろうともがく。

 以前蜘蛛怪人の足を噛み千切ったように、彼の顎の力は強靱だ。この縄も相当頑丈だが、このままだと口に力を込めて、顎を開けば縄を内側から引き千切ることも可能だろう。


「待てや、こらっ!」


 すると進んでいる方向の反対側から、自分たちを追う者の声が聞こえた。この声はアデルだ。


 ガキン! キイン!


 耳につく金属音と共に、袋に詰められたヤキソバの身体が大いに揺れた。どうやら投げ出されたようで、彼の身体が地面に叩きつけられる。

 そうこうしている内に、彼の口を縛る縄が引き千切られた。彼の鰐のような両顎が、鋏のように開かれて、縄がバラバラに引き千切られる。

 袋に詰められた体勢で、両前足の縄を食いちぎり、更に自分を閉じ込めている袋を皮を食い破った。そして今まで真っ暗だった彼の視界が明るくなり、外の様子が見えるようになった。


「お前ら新城のガストンだな!? こんな堂々と盗みは、随分とふざけてんな!」

「それはお前らだって同じだろう? 飼い主が誰かも判らない霊獣を、まんまと自分のものにしようとしているくせにな」


 外では案の定、鶏忍者と鶏侍達が、道路の真ん中で、武器を持って対峙していた。今にも斬り合いが始まりそうな、剣呑な雰囲気である。

 アデルと大柄な鶏侍=ガストンが声を上げていると、一人の男性の鶏忍者が、落ち着いた口調で鶏侍達に問いかけた。


「まあ、貴方たちの言うことも、一理ありますが……この行動はちょっと変に感じますね。下手をすれば、さくら山と新城との間に、亀裂を起こします。確かに霊獣は使える生き物でしょうが……貴方たちにとって、ここまでして手に入れようとするほどの価値があるのですか?」

「お前らには関係ない……」

「んなわけあるか! 盗まれたのはこっちだ!」

「誰かにそそのかされたか? たとえばあの丸い奴とかに……」


 何だか妙なやりとりに、ヤキソバは困惑する。どうやら自分を巡って、二つの勢力が争っているようだが、何故そんなことになっているのか?

 霊獣というのは、こんな風に取り合うほどの価値があるのだろうか? それともう一つ、ヤキソバが疑問に思うことがあった。


(……ガストン。こいつも男みたいな名前だな。こいつらにとってはこれが風習なのか? でもニーナは、普通に西洋の女みたいな名前だったが……)


 一瞬ガストンが男かと思ったが、胸元の小さな膨らみを見て、その疑惑はすぐに晴れる。

 とりあえず今問題なのは、自分を巡って、この場が張り詰めていることだ。これが恋愛事情で、二人の女が自分を争っているなら、ちょっと嬉しい気分になるだろう。

 だが現状は勿論そんなことはない。しかも双方共に、物欲があからさまであった。



 そんなことを考えている間に、その場で戦闘が開始された。鶏忍者八人と、鶏侍三人の刀による剣戟戦が、広い道路の真ん中で開始される。

 双方共に、得物の刀身が青く発光している。こういう武器はどうも、鶏人間達の基本装備のようだ。


 幾つもの刃がぶつかる金属の衝突音が、耳障りなノイズのように、静かな街に鳴り響く。

 八対三の戦闘は拮抗していた。とくにガストンという名の女は強く、たった一人で、アデルを含めた五人分の刃を全て受け止めている。


「どうした! 五人がかりでこの程度か!?」


 そうお決まりの挑発をするガストンだが、やはり五人がかりはきついようで、口で言うのと違い表情に余裕はない。


(しかし何でこいつら、揃いに揃って、時代劇のコスプレなんかしてるんだろうかな……)


 そんな自分を取り合う彼らの姿を、ヤキソバはあまり深刻に考えず、これまで何度も思ってきた疑問を、頭に思い浮かべていた。


「ちいっ!」


 このままだと勝負がつかないと思ったのか、アデル達五人は、驚異的な脚力のバックステップで、ガストンから十メートル近く距離を取った。するとアデルが、懐から何かを取りだした。


(あれはっ!?)


 それにヤキソバは覚えがあった。初日にアデルが使った、煙幕弾ならぬ手榴弾である。ただこの前とは形は同じだが、色が違う。全身が炭のように真っ黒であった。


「吹き飛べ!」


 そう言って、ガストンに向かって、手榴弾を投げつける。


「馬鹿っ! それは煙幕弾だ!」


 そんな誰かの声が聞こえた直後に、アデルが投げた手榴弾(?)は、ガストンの目の前で爆発した。


 ボゥウウウウウン!


 その爆発は、以前のような炎と衝撃波を伴う爆発ではなかった。手榴弾(?)が破裂すると同時に、爆発した一点から、雷雲のような真っ黒な煙が、一気に発生し周囲に拡散した。


「ぶはぁっ! しまった、また間違えた!」


 黒い煙はその道路と周囲の家々を包み込む。一時的にその場にいる全員が、煙に巻かれて視界から消えた。

 やがてその煙は徐々に薄くなっていき、十秒ほどでその辺りから掻き消えて、一帯の視界を取り戻させる。


「……しまった」


 悔しそうなアデルの声が発せられた。その場にいたのは、アデル達鶏忍者八名のみ。ガストン達とヤキソバの姿はどこにもなかった。






 弘後市内の中心近く。あのさくら山から大分離れた商業地区にて。そこにはさくら山付近よりも、多くの店が設置されており、デパートや学校もある。

 すぐ近くには、この弘後市内の名物である、江戸時代から残る史跡の、弘後城が建てられている、弘後公園もある。

 そのすぐ側にひときわ目立つ建築物があった。幅広の広い建物の上に、角のように伸びて立っている濃い鼠色のビル。そこはニューキャッスルという名前の、弘後市内の大型ホテルであった。


「馬鹿かてめえら!? いくら欲しいからって、盗みなんぞしやがって! さっきニーナがこっちに訴えてきたぞ!」


 そのニューキャッスルの入り口前。ガラス張りの自動ドアの前で、凄まじい怒号が発せられた。

 その人物はガストン達と同じような、新撰組風の侍衣装である。ショートヘアの少女で、身長は背丈や容姿からして、恐らく十四~五歳程度。

 ガストン達と同様に、女性ぽくない口調である。そんな年若い少女に叱られているのは、あのガストン達三人組だった。


「しかしだな……あいつらだって、人の飼ってる奴を自分のものにしようとしてる盗人だぜ? だったら俺たちが盗んだって、別にとやかく言われる筋合いは……」

「そんな理屈が通用するか、馬鹿が! もし飼い主が見つからなかったら、それは先に見つけたさくら山のもんだろうが! てめえらよくも、新城に恥をかかせてくれたな!」


 少女の怒号に、ガストン達は力なく項垂れる。彼女らよりも年下に見えない彼女は、どうやらガストン達よりも格上のようだ。


「大体お前ら、あんな怪しいオレンジボールの話し、良くそんな簡単に信じられるな? その上、当の霊獣には逃げられるとわな……。お前らすぐに、そいつを探しにいけ!」

「あいつらの所には、戻ってねえのか?」

「来てない! とっとと行け!」


 少女の命令に、ガストン達は一目散に駆け出す。何をしにいくのかというと、ヤキソバを探しにだ。

 あの煙幕にまみれて、ヤキソバは姿を消していた。

 ガストン達に連れ出されたわけでもなければ、アデル達の元に戻ったわけでもない。あの場からヤキソバは、一人で逃げ出していたのであった。



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