第七話 狩猟見学
先日は、どうやってアデル達の目をかいくぐって、外の様子を見に行こうか考えていたが、それを行う機会は、以外と早く訪れた。
「ヤキソバ! 俺たちは、外へ狩りに出かけるから、今日はおとなしく家にいろよ」
まるで我が子に言い聞かせるように、ヤキソバに話しかけるアデルは、初めて会ったときと同じ、あの忍者コスプレのような戦闘服であった。
あの水槽前のベンチの所で、アデル達と他数人の鶏忍者達が、武器を持って出かける準備をしている。
彼らは皆、赤・青・白などの、各々色とりどりの忍者装束を着ていた。まるで戦隊ヒーローのような集団である。中には忍者には似つかわしくない、和弓らしき物を装備している者もいる。
この様子を見ると、あの忍者衣装は、アデラ個人の趣味というわけではないようだ。これは彼らにとっては、日常的なようで、通りがかった鶏人が「おう、頑張れよ!」と軽く挨拶している。
「アデル、武器の確認はちゃんとしたか? この前みたいに、煙幕弾と手榴弾を間違えるなよ!」
「やってるよ! 二度もあんなドジ踏むかよ!」
「それと手裏剣もむやみに使うなよ! あれ外すとお前があったみたいに、痛い目にあうからな」
「大丈夫だ! 次はきちんと使いこなす!」
そんなやりとりをしている彼らに、ヤキソバは大慌てで、彼らの元に走り寄る。
「グギャァア! ガァアアッ!」
小さい鳴き声を上げて、縋り付くように、アデルの足下にくっついてみるヤキソバ。まるで小さい子供が、駄々をこねるような行動に、アデル含む忍者達は、困った顔を見せる。
「いや、うん……寂しいのは判るけど、これ結構危険な仕事だから……」
「連れていってもいいんじゃないのか? そいつ、大蜘蛛の足を噛み千切って、お前を助けたんだろ?」
どうにかしてヤキソバを引き離そうとするアデルに、同じく仕事に出る忍者仲間が、そう言いだした。
「俺も賛成。いっそ戦いに出してみて、こいつの実力を探って見ようぜ。ニーナも多分、そうさせたがってるだろうし」
「いや、でもこいつまだガキだしよ……」
アデルが言い渋る中、何故かその場ではなく、上の方から声が聞こえてきた。
「私からもお願いします! その霊獣のことをもっと知っておかないと、その子に関する、これからの方針も、判らなくなってしまうわ!」
この一階の部屋は、水槽のこともあって、二階~四階にかけてまで床がない。そのため水槽の上は広い空間になっており、両横のエスカレーターや、上の階の一部が、一階から見上げると見えるようになっている。
この構造のため、上の階やエスカレーターに乗っている者も、下の大型水槽がよく見える。
見上げると今の声は、二階の方から聞こえてきた。二階のガラスの柵から顔を出していたのは、あの白衣の少女=ニーナだった。
「言ったでしょ! その子はとんでもない拾い物だって! まだ安全な生き物かもはっきりしないのに、ここで飼わせたんだから、このぐらいの言うことは聞いてちょうだい、アデル!」
上の階から話を聞いていたらしいニーナの言葉に、アデルは疲れた気味に頷くのであった。
「……判ったよ。おいヤキソバ、今からもお前も狩りに連れてく。俺たちがなるべく守ってやるから、あまり俺の所から離れるなよ」
狩りという言葉と、武器を持って外に出るアデル達を見て、ヤキソバは即座に彼らが具体的に何をしにいくのか理解した。要するに、彼らは狩猟で生活の糧を得ていたのだ。
ここで出されている料理が肉物ばかりであること・砦全体に食糧生産の施設がなかったこと・そして初めて会ったときのアデルの言動、これらを考えれば、彼らの食糧供給源は他にない。
(狩りについていけば、自然に外の様子を見学できるからな。これは丁度いいや。アデルの元を離れられないのは厳しいが、まあ今日はそれで我慢するか。……ところでこいつら、何を狩るんだろうな?)
真っ先に思いついたのは、初日に芝生の草を食べていた、あのカモシカだった。いったい何があったのか不明だが、どうやらこの弘後市内では、野生動物が侵入・生息しているらしい。
比較的山林が近いところにあるので、ヤキソバが人間だった頃から、こういう野生動物が市内に入り込む事件は度々あった。道路で雉の姿を見たこともあるし、公園でリスが走っているのも見たこともある。
イノシシなんかは繁殖力が強いので、この広い市内で、好き放題に増えまくるだろう。
他にペットの犬猫が、野生化しているかも知れない。ヤキソバがそんな風に考えている時だった。最後にニーナが、アデル達に向かって、不思議な言葉を放った。
「今日は野菜も少し狩ってきてね! 肉ばかり採ってきて、最近皆のビタミンが不足してると思うから!」
「おう! もし見つかったら、狩ってくるぜ! あんま期待しないで待ってろ!」
(野菜を狩る? どういうこったい?)
「それと新城の方から、また話しが来てさ、ヤキソバをこっちに譲ってくれないか、って言ってるよ。武器でも食糧でも、代価ならいくらでもあげるってさ」
「そんなもん断れ。こいつは俺たちのもんだ!」
何故か意図の判らない発言が出たが、一行は狩りに向けて、このさくら山砦から、武器を持って外の世界から出て行った。
八人の忍者と一匹の麒麟が、弘後市内を進む。
鶏忍者達の身体能力は素早く、早歩きで進む速度は、三十キロ近くはある。低めの家や自動車などの障害物があると、ときおり脇に寄らずに、飛び越えたりもしている。
その間ヤキソバは、ずっとアデルの右脇に抱きかかえられていた。おおよそ一キロ以上は進んだだろうか?
さくら山砦から、ここまで離れたのは、変異後は初めてである。
ここで判ったことがある、さくら山周辺だけでなく、弘後市内の大部分が、あそこと同じような状態であると言うことだ。
街のどこを見ても、人の姿など全くない。道路には自動車がいくつか存在するが、どれも動いておらず、人も乗っていない。奇怪なことに、壁やガードレール、道路近くの建物に激突して停まっている自動車もあった。
街全体でかなり緑化が進んでいた。公園・各家の芝生・学校のグラウンドでは、草がボウボウに生えて草原地帯になっている。
コンクリートの脇からも伸びる植物に、命のたくましさが感じられた。
(本当に、この鶏達以外は誰もいないな。皆どこに行ったんだ? そしてこいつらは何を狩ろうしてるんだ?)
最初は街に入り込んだ、野生動物を狩るのだと思っていた。だが途中で獲物になりそうな生き物=イノシシやカモシカを見ても、彼は見向きもしない。
そう思ったら、先頭の鶏忍者が声を上げた。
「いたぞ! 獲物だ!」
その声に、その場で僅かな緊張が走った。ヤキソバも彼が指さした方向を、鋭く注視した。
その方向は、ある道路の交差点の近くにある、コンビニの駐車場であった。そしてそこには、確かに大きな生き物がいた。
(おいおいおい! 獲物って、あれかよ!?)
そこには牛がいた。ただの牛ではない。ゴリラのような太い手足を持って、二足歩行で立っている、奇怪な姿の牛である。
全身真っ黒で、黒毛和牛のような毛並みである。ただし一般の食用牛と違って、頭にはバッファローのような立派な角がある。
後頭部からは、人間のような長い黒髪が生えている。手足には蹄はなく、人間と同じような五本の指がある。
そしてその指で握りしめられているのは、長くて太い柄。この謎の牛は、自分の身長ほどはある、大きな鉞を握りしめているのだ。
体格は普通の牛より少し大きく、体重は一トン以上あるかも知れない。
この姿はどう見ても、普通の牛ではない。ファンタジーなどにある、ミノタウロスのようなモンスターである。
「ウモォオオオオオオッ!」
その牛怪人は、その駐車場の真ん中で、ぼんやりと立っていた。だがアデル達鶏忍者の姿を見ると、途端に鉞を構えて唸り出す。敵意満々である。
「ヤキソバ! お前こっちで隠れてろ!」
アデルが近くにあった、休憩所のベンチの裏に、ヤキソバを隠し、そう語りかけた。
「おいおい……そいつも戦わせるんじゃないのか?」
「馬鹿抜かせ! 来るぞ!」
交差点を通り、こちらに向かって突撃する牛怪人。それに対し鶏忍者達はも攻勢に出る。
アデルを含めた三人の忍者が、懐から手裏剣を取り出し、敵に投げつける。和弓を持った一人が、プロの弓道選手のような立派な構えをとって、牛怪人に弓矢を放った。
プロペラのように回転して飛ぶ3つの手裏剣と、和弓の一本の矢が、牛怪人へと飛んでいく。
(おいおい……あれ、投げたところで、受け止められるのか?)
ベンチの裏から顔を覗かせながら、初日にアデルがやらかした失敗を思い返して心配する。だがその心配は杞憂だった。手裏剣は一つも戻っては来なかった。
キィイイイイン!
牛怪人は見た目通りの剛力で、あの鉞を勢いよく横薙ぎに振るう。その一撃で、四つの遠距離攻撃を全て薙ぎ払った。
当然牛怪人の身体には、一発も当たらない。手裏剣は全然違う方向へと真っ直ぐ飛び、近くの電柱や店の壁に突き刺さった。中には粉々に砕けた物もある。矢もポッキリ折れて、地面に無惨に落ちる。
攻撃失敗かと思ったら、どうやら攻撃の牽制だったらしい。遠距離攻撃が弾かれたと思ったら、いつの間にか四人の鶏忍者が、小太刀を構えて、牛怪人のすぐ側にまで寄っていた。
鉞は重くて攻撃力は高いが、一撃一撃の返しが遅い。そのため既に間合いに入った彼らに、反撃するほどの時間はとれなかった。
ザクザクザクッ!
「モオオオォ!」
四つの刃が、牛怪人の身体を次々と切りつける。それに牛怪人が短い悲鳴を上げた。牛怪人の身体は相当硬いのか、それらの斬撃で致命傷を与えるほどのダメージはなかった。
だが確かに効いていて、彼の毛皮が内側の肉と共に切り裂けて、内部から出血を起こしている。
牛怪人も当然やられるだけでない。鉞を何度も振るいながら、鶏忍者を振り払う。アデル達もそこに駆けつけて、八対一の近接戦が開始された。
素早く動く鶏忍者達に、牛怪人の鉞は全く当たらない。鶏忍者達は重い鉞の攻撃を、ヒラリヒラリと機敏な動きで躱し、そして隙を見ては懐に飛び込んで斬り付ける。
そんな攻防を何度も繰り返し、徐々に牛怪人は弱って、その動きが緩慢になっていく。
ここでヤキソバは、少し不思議に思ったことがあった。先程から牛怪人を攻撃している、鶏忍者達の小太刀の刃が、何故か青く発光しているのだ。
刀身全体が、青く綺麗に輝いており、夜中に見たら、刀の形の発光ダイオードに見えたのではないだろうか?
(SFによくある、レーザーブレードか? 忍者なんて、古風なコスプレをしてるわりには、随分とハイテクだな。……ていうか、これって食糧のための狩りなんだよな!? もしかしてさくら山で俺が食べたのって、あの化け物共の肉なのか!?)
初日にアデルが自分に、喰えなさそうとか言っていたのを思いだし、ヤキソバは僅かな吐き気を覚えたのであった。