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第四話 蜘蛛

(今度は何だ!?)


 どうすればいいのか分からないまま、倒れたアデルの元へと逃げ帰ってきた少年。だがここでまた第五の存在に遭遇する。

 麒麟になった自分・忍者コスプレの鳥人少女・病院の幽霊、と立て続けに異常な者を見せられ、そしてここにまた変なのがいた。


 それは明らかに人ではなかった。それは大きな蜘蛛のような巨大生物だった。長い八本の足に、薄い白毛が生えた茶色い皮で全身が覆われている。

 本来蜘蛛の顔のある部分には“まだ”顔がついていない。そこから更に何かが伸びている。それは人間の上半身のような体型の怪生物だった。

 ファンタジーなどでラミアやケンタウロスといった半人半獣の怪物はいるが、それを蜘蛛に置き換えた姿と言える。

 上半身もまた、茶褐色の革で覆われている。顔の部分は完全に蜘蛛の顔。口元の触覚が小刻みに生物的に動いている。

 ただし後頭部に黒い髪の毛が生えている。遠くから見ると、人がお面をつけているようにも見える。


 これを何と説明すればいいのかという、蜘蛛怪人としか言いようがない。完全に化け物である。最も今は彼自身も、麒麟という怪物になっているのだが。

 その蜘蛛怪人が、倒れたアデルのすぐ側にまで寄っている。蜘蛛の身体から伸びる上半身を折り曲げて、蜘蛛怪人はアデルの元へと自分の顔を近づける。


「ジュルジュル・・・・・・」


 言語にならない鳴き声を低く立てて、その異形の口をアデルに近づける。その口からは、ポタポタと涎が流れ落ちていた。その様子は、とても怪我人を看病するような、友好的な姿には見えない。


「グガァアアアアアアアアアッ!(こらぁ! そいつに何しようとしてんだ!)」


 その蜘蛛怪人に向かって少年は叫ぶ。それに気づいた蜘蛛怪人は、アデルから顔を離し、彼の方に首を向ける。

 すると一旦アデルから離れ、こちらに向かって突撃してきた。シャカシャカと、八本の足を自在に動かして、かなりの速さで駐車場の外にいる少年へと接近してきた。


(うおおっ!)


 明らかに敵意がありそうな行動に、少年は身構えた。そしてその読みは正しかった。蜘蛛怪人の前についた足の一本が振り上げられる。そして槍のように鋭い足の先端を、少年のいる地面に、鍬のように振り下ろした。

 少年は軽快なバックステップで、それを回避した。先程の逃走の時から分かったが、今の彼は並の犬などとは、比べものにならないぐらい身体能力が高かった。


 ドン!


 少年に逃げられ、何もない地面を、蜘蛛怪人の足先が直撃した。その威力はかなりのもので、コンクリートの地面が豆腐のように簡単に貫かれ、地面に丸い穴が出来上がる。

 見た目通り、この怪物も常識的な生物ではない。


(やってやる!)


 蜘蛛怪人のパワーを見ても、少年は怯まなかった。今は自分も怪物になっているのだ。ならば自分も、何かすごい力を持っているに違いないと確信して。

 地面を後ろ足で蹴り上げて、背の高い蜘蛛怪人の頭に目掛けて飛びかかる。


 バチン!


 考え無しで突っ込んだ彼の突撃は、実にあっさりと弾かれた。蜘蛛怪人のパンチが、彼の顔面に叩きつけられ、その衝撃で彼は吹っ飛んだ。

 地面を数回バウンドし、ゴロゴロと転がる。普通の動物ならば、一発でミンチになるほどの衝撃だが、彼は生きていた。


(いてえっ! 滅茶苦茶いてえよ!)


 死にはしなかったが、かなり効いていた。普段から喧嘩もスポーツもしない。少しオタクよりなだけの、軟弱な現代子であった彼には、この痛みは泣きそうなほど効いていた。

 このまま本当に泣きたい気分だったが、状況はそうはいかない。あの蜘蛛怪人は、吹っ飛んだ自分目掛けて、また突進してきている。


「グルルルルルルッ!」


 どうにか彼なりの最大限の根性で立ち上がる。そして再度振り下ろされる一撃を、今度は前に避けた。

 彼の身体がその前足の攻撃を通り抜けると同時に、何と彼は、あの蜘蛛怪人の下半身=蜘蛛の胴体の胸・腹の下に潜り込んだ。そして彼はその胴体の後ろにある、柔らかそうな腹に、下から噛みついた。


 グチャ!


「ビシャッァアアア!」


 この攻撃はそれなりに効いたようだ。少年の鰐のように鋭い牙が生えそろった口が、蜘蛛怪人の腹の肉を噛み千切る。

 皮と肉がグチャリと潰されて、蜘蛛怪人の身体の一部が削り取られた。その牙と顎の強さに、他ならぬ彼自身が驚いた。


(よしっ! この攻撃なら効く!)


 口に含んだ肉を吐き出し、彼は腹の下から、後ろ足の一本に噛みついた。武器としても使われていることもあってか、蜘蛛怪人の足は硬く、すぐには噛み千切れなかった。

 蜘蛛怪人は噛みつかれ足を振り上げ、彼の身体ごと足を地面に叩きつけた。その衝撃でまた彼の身体に痛みが走るが、かろうじて痛みを堪える。


 ガシュッ!


 その足の二つ目の関節の先の部分が、彼の牙によって噛み千切られた。これにまた蜘蛛怪人は痛みで震える。

 彼は即座に二本目の足に噛み千切る。このまま全ての足を落とそうとするが、それを敵もそう簡単に許してはくれない。


(あぷっ!?)


 彼の身体が上から圧迫された。何があったのかというと、蜘蛛怪人が下半身の胴体を下ろして、下にいる少年ごと、地面に押しつぶしたのだ。

 この圧迫で、彼は地面に押しつけられながら倒れ込む。するとその隙を突いて、蜘蛛怪人がバックステップした。そう高く飛んだわけではない。蜘蛛怪人の身体一つ分の距離を後ろに飛ぶ。

 するとそこには倒れた少年の目の前を、蜘蛛怪人が見下ろす図が出来上がった。蜘蛛怪人は、まだ倒れている少年に、またあの足先の一撃を振り下ろした。


 ドンッ!


(ぐえっ!)


 今度の一撃は命中した。コンクリートすらぶち抜く刺突が、彼の胴体に激突する。だが彼の身体はコンクリートより堅いとでも言うのか、その一撃で貫かれることはなかった。

 槍のような足の先端も、彼の堅い鱗に阻まれて、その身体に食いこむことはない。だが衝撃は身体の内側に届いたようで、彼は殴られるような痛みに悶えた。

 蜘蛛怪人は前足二本を何度も振り下ろして、少年をいたぶった。あの強力な足先の一撃を何度も受けて、彼の身体はコンクリートの地面に埋もれていく。そして繰り返される痛みに、徐々に彼の意識が薄れていった。


 ザグッ!


 だが意識が完全に途絶える前に、別の生々しい音と共に、急にその攻撃が止んだ。少年が見上げると、その蜘蛛怪人の背後にアデルがいた。

 蜘蛛怪人の下半身の胴体の、腹の上に乗りこんで、上半身の背後を取っていたのだ。


(あいつ・・・・・・無事だったんだな)


 彼女は蜘蛛怪人の頭部付近で、血で濡れた刀の刃を見せていた。そして蜘蛛怪人の頭は、たった今無くなった。一個の蜘蛛の生首が胴体から落ち、ボールのように地面に転がっていく。

 背後から蜘蛛怪人の首を切断したらしいアデルの紫色の忍者装束は、さっきよりも多く血で濡れている。蜘蛛怪人と彼女自身の血、どっちが多いのかは、判別できないが。彼女の疲れ切った表情で、こちらを見る姿を最後に、再び少年の意識は闇に落ちた。






(・・・・・・はう?)


 少年の眠りは永遠のものではなく、彼は再び目を覚ます。あれだけの攻撃を受けながらも、どうやら生き延びたようだ。あの白蛇を見てからの、二度目の目覚めだ。

 彼は身体を右側に倒して寝ており、そこから起き上がる。身体の痛みは、完全に消えていた。彼は今の自分の現状を見てみる。


 彼は犬用ベッドのような、白い円形の毛布の上で寝かされていた。そして今彼がいる場所は、どこかの個室のようだった。

 横長の部屋の中に、テレビ・電灯・タンス・棚・人間用のベッドがある。棚の数はやたらと多く、部屋の面積をかなり取っている。

 彼はそのベッドから降りる。彼の身体の、前に蜘蛛怪人に殴られた場所には、丁寧に包帯が巻かれていた。見た目はかなりの重傷だが、彼自身には痛みもなく、怪我はもう完治しているように思える。

 彼はこの部屋の多くを占有している棚を見てみた。そこにあるのは全て、本・ブルーレイディスク・ゲームソフトであった。本は全て漫画やライトノベル。ブルーレイは全て、映画・アニメ・特撮ドラマなどである。

 専門書等の類いは一切ない。全ての棚がそうであり、いったい何百ものそういう私物が詰め込まれているのか、見当もつかない。

 フィギュアなどはなかったが、ここは典型的なオタクの部屋であった。


(何か俺の部屋に似てるな、ここ・・・・・・)


 詰め込まれている漫画本の列を見てみる。その多くは彼も知っているような作品だったが、途中で気になったことがあった。

 ある一作の漫画本が、一巻から順に横に並べられているのだが、それが九巻の辺りで切れている。その漫画は彼もよく知っている作品で、この姿になる前のあの日の情報では、十巻が来月発売の予定であった。


(十巻、まだ出てないのか? 外の様子からして、あれからかなりの年月がたったように見えたんだが・・・・・・もしかして打ち切りになった?)


 この漫画は自分もそのうち買おうと思っていた作品だ。もし打ち切りなら、それは実に憤る話しである。他の棚も見ていく内に、この部屋の不自然な点に気がつく。


(窓がないな、ここ・・・・・・密室じゃん?)


 部屋には出入り用のドアがあるが、窓が全くない。電灯がついているために部屋が明るいが、これはどうにもおかしな点である。

 彼はてっきり、誰かの家の私室に連れ込まれたものと思っていた。ここはどこなのか?


 ガチャ!


 それを教えてくれそうなものは、あっさりと現れた。部屋のドアが外側から開かれ、そこから誰かが、この不思議な部屋に入ってきたのだ。


「うおっ! もう目が覚めたのか!? 早ええな、おい・・・・・・」


 少し驚きながらこちらを見るのは、14、5歳ぐらいの少女であった。袖が小さく、黄色い襟と紫色の布地の和服を着ている。簡素な和風少女といった感じだが、一番特徴的なのはそこではない。


 少女の髪はショートヘアの茶髪であった。この茶髪が、染色なのか地毛なのかは不明だ。その頭の上に、鶏の鶏冠のような、ギザギザの赤い角が生えているのだ。

 角自体は短めだが、前頭部から後頭部の途中まで伸びている。装飾品かと思ったが、帽子を被っているわけでもなく、これは頭から直接生えているように見える。


 彼女の和服の袖は短いため、両腕の肌が見えるのだが、その前腕の部分に、鳥のような羽が生えている。よくテレビで見るダンサーの服についている、ヒラヒラに似た感じだ。

 その羽毛は全体的に短く、見た目の印象でも、とても空を飛べるようには見えない。これも皮膚にくっついており、取り付けるための器具も見えないため、彼女の腕から直接生えているように見える。


 そして彼女の両足は、鳥のような形をしている。足の関節が、通常とは逆の方向に曲がっているため、どう考えたって装飾や仮装ではない。

 この足の特徴は、前にも見たことがある。あのアデルという忍者少女と同じだ。


(似てる、っていうか。こいつよく見たらアデルじゃん)


 あの忍者装束でなかったために、すぐには判らなかったが、今聞いた声は、間違いなくアデルである。

 前にあったときは、忍者装束で全身を覆っていたために、この羽根や鶏冠が見えなかったのかも知れない。アデルは、どう反応すればいいのか迷っている少年を見下ろし、何故かすまなそうな顔で語りかける。


「お前、野生の魔物じゃなかったんだな。それにさっきは助けに来てくれて助かったよ。死んだふりで反撃しようと思ってたんだが、上手くいくかどうか不安だったんだ。ありがとうな、ヤキソバ」


 “ヤキソバ”。一体何を言っているのか最初は判らなかったが、彼女の目線の先に気づいて彼は理解した。

 彼女がちらりと見たのは、今自分の右前足の下腿部に巻かれている、腕輪に向けられていた。そしてその腕輪には“ヤキソバ”という文字が彫られている。

 どうやら彼の名前はヤキソバであると認識されているようだ。


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