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第三話 連続する珍事

 石像だらけの屋内に、多少迷ったものの、彼は難なくあの建物から出た。

 建物の入り口には、駐車券を貰う発券機と、車の出入りを制限するゲートがあった。故障しているのか、どちらの機械も動く様子がない。

 その場所から出て、改めてその建物を見上げて、これが彼の予想通り、立体駐車場であることを確認する。壁のない各階層から、あの無数の石像が、無理矢理押し込められているのが、外からでもよく見える。

 そしてその立体駐車場のすぐ隣には、彼の当初の目的であった映画館があった。


(映画館のすぐ隣だったのか……てっきり異世界にでも来たのかと思ったぜ。しかし何で駐車場に、車でなくてあんなものがあるんだ? まるでゴミ置き場みてえに……)


 彼は周囲をくまなく見渡した。そこは確かに、彼の見慣れた街=弘後市の一角に違いなかった。だが明らかに様子がおかしい。


(誰もいねえ……世界の終末か?)


 街は驚くほど静かだった。何しろ人が全くいないのだ。

 歩道を歩く者も、自動車道を走る車も、何一つない。これによく似た光景を、彼はテレビで見たことがある。色々な映画や特撮の、世界滅亡後の街の光景だ。


 彼の出た建物の外には、屋外に車を置く平面駐車場もある。立体の方と違って、そこには普通に車両が何台か置かれていた。彼はその車に近寄ってみる。


(俺……チビだな)


 さっき発券機を通り過ぎたときも思ったが、その自動車の側によって、彼ははっきりと認識した。彼は小さかった。

 彼の今の身体は、元の身体の三割にも満たない体格だったのだ。犬と同じぐらいしかない。四本足であるため、背丈が低く、そのため車のドアにも頭が届かない。


(汚れてんな。廃車みてえだ)


 その車は、表面がかなり汚れていた。まるで何年も、屋外に放置したかのようだ。よく見ると、同じようにおかしくなっている点は、周囲にいくつもある。

 道路の脇にある街路樹は、上が少し大きくなっている。彼の記憶にあるより、枝葉が多いのだ。枝の剪定を何年も行っていないかのようだ。

 道路の区分けにある芝生は、手入れがされていないのか、雑草が高くボウボウに生え放題である。よく見ると駐車場全体も、枯れ葉などのゴミの密度が以前よりも濃い。


 人がいないのも含めて、ここは彼が気づかぬうちに、ゴーストタウンになったかのように見える。

 実を言うと、人ではないが動いているものはいた。

 草が生え放題の芝生の上を、何故かカモシカがいた。天然記念物の、動物のカモシカである。野生動物が人間の領域に堂々入り込み、芝生の草を気楽に食べているのだ。


(おいおいおい・・・・・・まさかマジで世界が滅んだんじゃないよな!? そうだ、映画!)


 自分の姿を見ても、さほど動揺しなかった彼も、現状を見るにつれて、徐々に焦りの感情が増大していった。

 彼はすぐ側の映画館へと駆ける。彼は映画館に入ろうとしたが、自動ドアが開かず中に入れなかった。よく見ると、ガラス越しに見える館内部も、電気が通っておらず薄暗い。どうやら電気が通っていないらしい。


(ガラスをぶち破るのも気が引けるな。……それにこの様子だと、多分もう上映してないだろうし)


 彼は外の壁際に移動する。そこの壁には、この映画館で上映中・上映予定の、映画のポスターが数枚、でかでかと張られている。

 それらのポスターに、彼はどれも覚えがあった。そしてその一枚に、角の生えた二足歩行の巨大爬虫類=大怪獣ガルゴの写真が貼られたものもあった。

 『ガルゴ3』という映画の表題も書かれている。彼が見たかった映画だ。書かれている上映日も、あの頃から変わっていない。そしてそのポスターは、大分古いのか汚れており、所々破けていた。


(……変わってない。あの蛇を見たあの日から、全然人の手がつけられてない。本当に何あったんだよ!? 人はもうどこにもいないのか!? そして俺はどうなっちまったんだ!?)


 夢か現か分からない状態では、冷静に行動していた彼も、時間が経つにつれ、これを現実と認識し始めた瞬間、ようやく混乱し始めた。

 何かを天に訴えようと、空に向かって言語にならない獣の鳴き声を泣き続ける。


(いや待てよ!? 俺はまだこの辺りしか見てねえじゃん! それだけで人類滅亡だなんて、早急じゃねえか!? よし、誰かいないか探そう!)


 彼はその映画館前から駆けだした。誰でもいい、とにかく人類が滅亡してない証拠を探しに。

 彼はすぐに見つからなければ、弘後市内をどこまでも走り抜ける気でいた。だがその心配はいらなかった。探していた生きている人間は、すぐに見つかった。


 以前自分が入ったデパート・さくら山の平面駐車場に飛び込んだときに、それと出会った。途中で空を見上げたら、何故か焚き火のような黒い煙が吹いているのが見えたのだ。

 そこに向かったら、それはさくら山の立体駐車場の屋上から出ているのに気づく。火事かと思いながら、そこに向かったら、入り口付近の平面駐車場に、何者かの人影が見えた。


(何だよ、人ちゃんといたじゃん。何で俺、世界滅亡だなんて、ぶっ飛んだこと考えたんだか……あれ?)


 人の姿をして動く、その物体に駆け寄り、その姿形をはっきり視認した途端、その奇特な姿に彼は目を丸くした。


「何だか変な鳴き声が聞こえたかと思ったら……ちっこい魔物がいるぜ」


 それは紫色の忍者のコスプレをした、男勝りの口調の謎の少女であった。






 かくして冒頭にあった出来事があって、麒麟となった少年と、鳥のような足の忍者少女が遭遇していた。


(……生きてるよな?)


 道路のど真ん中で、黒焦げになって倒れた少女。その身体から、ダラダラと血も流れ始めている。これは彼のせいではない。彼女が自分で出した爆弾で自爆したのだ。

 それ以前に、自分の手裏剣で、彼女の右腕は深手を負っており、これだけでもかなり深刻な問題である。


(まだ息がある! すぐに病院に連れてかねえと! 携帯は……ない!)


 すぐに連絡しようにも、根本的な問題にぶち当たる。麒麟の姿になった彼は、一糸纏わぬ素っ裸であった。

 まあ動物の身体で裸なのは、別に恥ずかしくないが、問題は別にある。彼は所持品を一切持っていない。当然目覚める前に持っていったバッグも、今の彼の肩にはない。携帯もなければお金もないので、公衆電話にかけることも不可能だ。

 そもそも、今のこの身体では、受話器を取ることも不可能であるが。


(てか迷う必要ねえじゃん! 近くに病院があった!)


 このさくら山のすぐ近く、徒歩で数分の所に、大きな病院がある。入ったことはないが、何度もそこの道を通ったので、その存在と場所は覚えている。

 他にも自動車教習所もあり、この辺りは結構主要な施設が揃っている地区である。彼は大慌てで、病院に向かって駆けだした。

 日本語を話せない今の自分で、どうやって現状を伝えるかなど、そこまで頭は回っていなかった。


(くそっ、何から何まで、どうしてこの街はこんな事ばかり起きるんだ!?)


 前からこの弘後市は、おかしな事が起きる町だと、地元民の自分でも思っていた。

 何年か前に、ある小学校の一クラスの生徒達が、超常現象としか思えない形で、不可解な形で姿を消した。

 ほんの数日前には、オレンジ色の球体型の、UFOが街中を飛び回っていた。それらは市内だけでなく、世界中からも注目され、あまり気持ちよくない形で、この街は世界に知られていたのだ。

 そして極めつけには、超常現象とは無関係と思っていた、自身に起きた異常事態である。この時点で彼の心は、かなり鬱憤が溜まり始めていた。


「グガァアアアアアァアアアッ!(急患なんだよ! 誰かいねえのか!?)」


 彼は病院の入り口前で叫んでいた。その病院は閉まっていた。入り口の自動ドアは、彼が側によっても起動せず、内部もさっきの映画館同様に薄暗い。


 ガシャン!


 派手で耳に痛い音が発せられた。自動ドアに頭突きを喰らわせて、破壊したのだ。

 この小型の動物の激突で、ガラスが紙のように簡単に破られる。今の彼は、その小さな身体に比して、結構な力があるようだ。

 さっきは映画館のドアを破るのに躊躇したが、今はそれどころでない。薄暗い病院の廊下を駆け回り、人の姿を探しながら、彼は叫び続ける。だが誰も彼に応える者はいなかった。


(くそっ、本当に誰もいねえのか!? 外の様子といい、俺が気を失っている間に、何があったんだ!?)


 受付にも誰もいなかった。廊下を走る内に、彼はドアが開きっぱなしになった病室を発見する。

 彼は背が低いため、ドアノブに手をかけられなかったが、この部屋にならば入る。試しに彼は、その病室に入って見る。

 病室の前の表札には、名札が張っており、普通ならばこの病室は現在患者がいるはずだ。


(……石像が寝てるんだが?)


 その病室の中は、大分掃除がされていないのか、廊下同様埃っぽい。カーテンが敷かれた薄暗い部屋の中で、カーテンの隙間から入る光が眩しい。飾られている花瓶の花は、すっかり枯れ果てていた。

 そして病室のベッドには、何故か患者ではなく、患者と思われる人間を模った石像が寝かされていた。あの立体駐車場で見たのと同じぐらい、実に精巧な石像が、ベッドの上で布団をかけて寝かされている。


(本当に訳が分からん。世界も……俺自身も、どうなっちまったんだ?)


 その病室を出て、再び廊下に出たときだった。


『この病院には誰もいないよ。ずっと前から、お休みしてるみたい……』

「!?」


 背後から聞こえる人の声。幼い少女の声のようだが、何故か声色が電話越しに話しかけるように高い。だが幻聴ではない。

 一応今の状況になってから、二人目に遭遇した人であるが、何故か彼は喜ぶ気になれなかった。理由ははっきりしない。だが何故か、触れてはいけないような悪寒を感じるのだ。


 彼はゆっくりと首を後ろに曲げる。そしてこの放棄されたとしか思えない病院にいる、その人物の姿を見た。

 そこにいたのは確かに人間の少女だった。年齢は七、八歳ぐらい。服装はアデルのような奇異なものではない、ごく普通の現代の少女の私服である。

 だがその少女の身体は……透けていた。実体を感じない身体の、裏側の向こう側の廊下の風景が、うっすらと見える。その少女は、こちらに向けてニコリと笑いながら、問いかけてきた。


『ねえ、あなたは……』

「ギャァァアアアアアァアアアアアッ!(ぎゃぁああああああああっ! 幽霊!)」


 彼は再び走り出す。今回は人命ではなく、自ら目にした恐怖から逃れるために。瞬く間に廊下を走り抜け、さっき自分がぶち破った自動ドアを潜り抜け、あっとうまに外へと逃げ出した。


(ぬぉおおおおおおっ!?)


 外に飛び出したときに、彼はまた心の中で絶叫した。

 幽霊にびびって病院から出たら、今度は病院の外にUFOがいたのだ。


 病院前の駐車場の空間の、十メートルぐらいの空中に、件のオレンジボールのUFOが、まるで風船のようにプカプカ浮いているのである。

 獣化・廃墟化・忍者遭遇・亡霊遭遇に次ぐ、五度めの未知なる体験である。その明るい色のガラス玉のような物体の表面には、一点だけの目のような色の濃い丸い部分があり、それが下にいる彼の方を向いている。まるで上空から睨まれているようだ。


「グガァアアアアアアアアッ!(てめえ、どっかいけ! これ以上俺の頭を、おかしくさせるな!)」


 自身のやるせない異常事態に対する八つ当たりのように、彼はそこにいるオレンジボール目掛けて、悪態をついて叫ぶ。

 最もその声は完全に獣で、狼が空に向かって威圧しているようだ。それにびびったのかは不明だが、オレンジボールはその場から去った。

 フヨフヨと空を浮きながら、風もないのに風に流れるように、明後日の方向へと飛んでいったのだ。何を動力として浮遊&空中移動をしているのか謎である。


 やがてそれは、向こうの大型の倉庫の向こうまで飛んでいき、その姿が彼から見えなくなる。それを見て少年は、強くため息とも鬱憤ともとれない息を吐き、再び駆けだした。



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