第二十三話 説得?
「ヤキソバ~~~~! あんたに伝えたいことがある!」
翔子がヤキソバにそうさけんだ時、丁度タンタンメンの防御結界が、完全に力尽きて消滅した所だった。後数秒遅れていたら、間違いなく彼女は死んでいただろう。まさに間一髪である。
『ああっ!?』
まるで漫画の不良のような、厳つい表情と声で、ヤキソバはタンタンメンの方を向く。ヤキソバはかなり息が上がっており、その身体からは、タンタンメンの者以外の血液が付着している。
防御結界で身を固めたタンタンメンを、一方的にとはいえ叩き続けるのは、彼にも相当な負担を与えたようだ。
自分を睨み付けるヤキソバの、その身から溢れ出る強大な力と威圧で、翔子は一瞬身を震える。こいつは自分より格上、戦ったら絶対に勝てない。その事実が、直接確かめなくても、すぐに翔子には理解できる。
「ヤキソバ! あんたが戦う相手は別にいるよ! この山の下に、石眼が登ってきてる!」
その言葉に、ヤキソバはよく判っていないようで、睨み付けながらも首を僅かに横に振った。
「石眼よ、あの白い蛇! 私達の世界を皆石にしたあの怪物! あれをやっつけて!」
『ふざけんな! あんなちっこいのを殺して! この苛立ちがおさまるか!』
翔子とヤキソバの、石眼に対する認識が異なっているようだ。ヤキソバにとって石眼とは、異変前にテレビで見た、あの小さい白蛇でしかない。翔子がそれを説明しようとすると……
「おいこらヤキソバ!」
突然割って入って叫んだのはアデルだった。いつの間に追っていたのか、翔子の20メートルほど離れた横の方で、ヤキソバに向かって叫んだのだ。
翔子が目をパチクリさせて、口を出すのを止める。
「ヤキソバ、この役立たずが! ふざけてんのはてめえだ!」
そして出たのは、意味不明の罵声。ますます意味が分からない。
「最初にこの街に霊獣がいる、すげえな!て俺たちは思ったんだぜ! さくら山の皆も、霊獣だと知って、すげえ騒いで、大事な家にお前みたいな得体の知れない奴を入れたんだ! 新城の奴らだって、お前が自分たちを元に戻せる希望だって、すげえ期待してたんだ! それなのに結局これは何だ! ただ暴れるか、飯を不味くするしか能のない、とんだ役立たずじゃねえか!?」
『ああっ!?』
最初は意味が分からず止まっていたヤキソバが、この言葉を受けてアデルを強い怒りの目で睨み付けた。彼の怒りの矛先が、タンタンメンから別の方向に変わり始めている。
「それにお前、最初俺に会ったとき、自分が言葉が分かるの隠してたじゃねえか! ばれると犬みたいに捨てられるとでも思って怖くなったか!? 何も出来ない上に、タダ飯ぐらいの上に、この臆病者が! しかも力が戻ったら戻ったで、やることは何も出来ない奴を嬲るだけか!? その上今度はたかが蛇一匹殺すことも怖いか!? どこまで見下げた男だ、てめえは……」
アデルの精一杯の罵声は、ヤキソバに確かな影響を与えた。既に彼の、タンタンメンへの攻撃は止んでいる。
全身ボロボロのタンタンメンが、力なく倒れ、その大きな頭と首を、大地に寝そべらせる。ヤキソバの一目で人を殺せそうな視線が、アデルを襲う。それにやや身体を震わせながら、アデルが最後の一声を発した。
「…………て、こいつが言ってました~~~~~!」
叫ぶと同時に、アデルが腕を上げて、ある方向に指さした。その方角には、未だに変身を解いていない鷹丸=ガルゴが、尻尾を地に寝そべらせ胡座をかいて鎮座していた。
『………へっ?』
アデルの突然の罵声に引き続き、また急でかつ強引な責任転嫁に、その場にいる全員……当然ガルゴも、目を点にして絶句していた。
「ちょっとあんた、何言ってんの……」
いくら何でもこれはない。そうニーナが忠告しようとすると……
『そうかデカブツ……命はいらないんだな……』
『ええっ!?』
ヤキソバの怒りの視点は、実に簡単に、タンタンメンからアデルに、そしてアデルからガルゴに移る。
飢えた獣のような恐ろしい目で、自分とは象と蟻の差はありそうな巨体を睨み付けている。精神的に不安定とはいえ、こうも簡単に奴の意識を誘導できたことに、ガルゴ含めその場の皆が絶句する。
「それじゃ後、よろしく!」
そう言ってアデルが、自分の足下に何かを投げつけた。恒例の煙幕弾である。
今回は投げる物を間違えたりはしない。アデルの足下から数メートルの、溶岩石の地面に落ちたそれは、衝撃を受けると共に爆発する。
するとそこから一帯に、火山ガスとは異なる白い煙が、大量に噴出する。
『ぐうっ!?』
その煙は雨雲のように急速に拡大し、この火口の大地を覆い尽くす。煙の量はこれまでの物とは比べものにならないぐらい多い。
アデルだけでなく、彼女から大分離れた位置にいた、翔子達も、煙に隠れて見えなくなる。ただ一人、あまり図体が大きいガルゴだけが、腰の辺りまで煙で包まれながらも、その場に姿を晒したままだ。
『かあっ!』
ヤキソバが一声上げた。すると気迫なのか風圧なのか不明だが、そこに何らかのエネルギーの波が発生し、その煙を吹き飛ばす。
視界を覆い尽くしていたその大量の煙が、あっというまにどこかに飛ばされ、かき消されていく。だが煙が晴れた後、アデルを含めて、その場にいた者は皆忽然と消えてしまった。
これにヤキソバは一瞬動揺する。この一瞬の間に、何処へ消えたというのか? 否、二人ほど消えていない者がいた。
一人は煙で姿を隠せなかったガルゴと、もう一人は今まさに、精霊が開けた空間の穴に飛び込もうとしている翔子であった。他の皆が何処へ消えたのかも、同時に判明した瞬間である。
『おい、翔子……』
呆れたような、何かを責めるような口調で、こちらに背を向けて穴に片足を入れようとしている翔子に、ガルゴが呼び止める。
翔子は一旦動きを止め、振り返ると、何か申し訳なさそうな表情で、幼馴染みに謝罪と懇願を口にした。
「ごめん鷹丸! 後お願い! 何とかこの世界を救ってね!」
そういった瞬間に、翔子は穴の向こうに飛び込んだ。翔子の姿が、穴の中の赤い空間の中に消える。
その直後に空間の穴が、電源が切れたテレビ画面のように、プッツリと瞬間的に縮んでその場から消えてしまった。
『おいおい……』
ヤキソバという危険人物がいる中で、一人取り残された感じのガルゴ。確かに緑人であるガルゴは、死んでも復活できるし、他の非不死者が先に逃げるのは合理的である。
(でもそれなら翔子だけでも残ってくれた方が……俺今、すげえ悲しいぞ……)
ドムッ!
そんな悲嘆に浸っている時間は、残念ながらガルゴには与えられなかった。迂闊にも穴の消えた方向に意識を向けている最中に、凄まじい衝撃がガルゴの脇腹を襲う。
「グガァッ!」
突然の痛みに悶えながらも、ガルゴは瞬時に状況を理解する。ヤキソバが今までタンタンメンをいたぶっていたのと同じ、あの気功を纏った飛行突進を、弾丸のようにガルゴにぶつけたのである。
ガルゴより高位の存在で、且つ遥かに体格が大きく、しかも防御結界で身を固めていたタンタンメン。そんな彼女ですら、相応のダメージを受けるほどの、超強力な突進攻撃。それをまともに受けたガルゴのダメージを相当なものであった。
中型犬と同じぐらいの大きさしかないヤキソバに対し、ビルと同じぐらいの巨体を持つガルゴ。そのヤキソバの攻撃を受けた結果、ガルゴの今まで地面にくっついていた足と尻尾が、突如地面から離れた。
信じられないことに、あの体格差の攻撃で、ガルゴの身体が宙に浮き上がり、吹き飛ばされたのだ。まるでスーパーマンの戦闘のような光景である。
ガルゴの身体が、火口の外側へと数百メートル程先まで飛び、山の斜面に転落する。そのまま山の斜面のした方へと、ゴロゴロとボールのように転がり落ちていく。
点在していた大量の岩が、ガルゴの身体によって踏み砕かれ、大量の土埃を舞い上がらせながら、その巨体がまたどんどん転がっていく。
(くそっ!)
ガルゴは手で地面を叩き、そこで身体を支えて、斜面への転落を抑える。そして即座に足を構え直して立ち上がる。
今の一撃は相当効いたが、メガトン級核爆発にも耐えられるガルゴの肉体の強さなら、これ一発で死亡・戦闘不能に陥ったりはしない。
(チビのくせに何てパワーだ! これが最上位の霊獣の力か!?)
ガルゴが立ち上がり、さっき自分が転げ落ちた、山の頂上付近を見上げた。ガルゴの超人的な視力でそこを見据えると、ヤキソバがさっきの一撃をもう一度放とうと気功の力を溜め、それが今まさに溜め終わっているところであった。
(逃げるっきゃねえな!)
一瞬反撃しようかとガルゴは考えたが、すぐにそんな愚かな考えはドブに捨てた。
敵の強さは、タンタンメンの件から、十分すぎる程理解している。タンタンメンとの戦闘での消耗が残っている今、一対一で本気で戦っても、勝算はこちら側が低いだろう。
ヤキソバが例の空中突進で、ガルゴに向かって再び突っ込む。ガルゴは素早く横にそれて、それを何と回避。
ヤキソバの溜めが長かったことと、こちらから結構な距離があったため、ガルゴは充分それに反応できた。動けないタンタンメンと違って、自由に動けるガルゴには、ヤキソバの動きを見切る事が充分に出来た。
ただしそれが、ヤキソバに勝てる根拠かというと、そうでもない。今の一撃を後数発受けたら、確実にガルゴは死ぬ。タンタンメンは良くあれだけの攻撃を耐えたものだ。
ガルゴは走り出す。山頂付近の傾斜から、山の麓まで一気に駈け降りる。ズンズンと大きな足音が、山の上から下へと鳴り響く。
一方のヤキソバは、山頂から下へ向けての突進を避けられ、さっきまでガルゴの足下にあった地面にめり込んでいた。
いやめり込んだというレベルではない。ヤキソバの身体は、地中深くへと埋まっていた。ヤキソバが着弾した地点にある、マンホールのような小さな穴。それは一体、地上から何百メートル埋まっているのだろうか?
地下でどうなっているのか不明だが、ヤキソバはすぐに出てくる気配はない。
ガルゴはどんどん山を駈け降りる。彼の目的地は、このまま下山しきることではない。反対に山を駆け上がっていく、ある者と接触するためだ。
(来た!)
ガルゴの視界に、ついに目当ての人物が現れた。現状をややこしくした張本人の、あの巨大な白蛇=石眼である。
「「ジャアァアアアアア!」」
幾つもの頭から、一斉にガルゴに向かって、威嚇の声を上げて石眼は立ち止まった。ガルゴも足を止めて、傾斜の下の石眼がいる山の風景を凝視する。
石眼が通った道筋には、岩や樹木が潰されて、なだらかな山道が出来上がっている。何となく後から登山道に使えそうな印象だ。
『今回はお前一匹だけか!? 前は一度に五匹、俺は殺したんだがな!』
ガルゴが鳴き声ではなく、人間の言葉でそう石眼に問いかける。相手がストラテジストかどうか判らないので、言葉が通じるかは知らないのだが……
『私一人で十分だ! 私らが全て滅び去る前に、貴様との決着をつけるために、全ての力を集めて、ここに来てやったわ!』
問題なく言葉が通じたようだ。老婆のようなしわがれた声が、石眼の一つの頭から、ガルゴにの返答として発せられる。
『決着だぁ? お前の目的は、世界を滅ぼして、自分は永遠に生きることじゃなかったっけ?』
『そんな目的、どうでもいいわ! とにかく貴様だけは、この手で消し去ってやる!』
何か知らない内に、いつの間にか人妖は、自分たちの復讐鬼になっていた。その事実にガルゴはやや困惑する。
(ずっと前に、翔子が死に際に話しかけた奴は、悟って自分の死を受け入れてたんだがな……。個体によって考え方が違うのか? もしかしてあっちの世界に人妖がしつこく現れたのも、あっちが俺たちが帰ろうしている世界だったり?)
あまり考えたくない話しだったので、その件に関してガルゴは問わないことにした。今やるべきは、こいつをヤキソバとぶつけることだ。
これだけの大物を殺させれば、ヤキソバの気は収まってくれるだろうか? あるいは自分が犠牲になる必要もあるかもしれない。
(あいつはまだ追いついてこない。仕方ない、しばらく俺が相手をして、少し時間を稼ぐか……)
見るとこちらを見上げていた、石眼の七つの頭が、一斉にガルゴに向けて口を開いている。
二つの大顎を力一杯広げ、鋭い2本のキバと、二股に分かれた細い舌、薄い桃色の肉で覆われた口内が丸見えになる。
そしてその喉の奥から、赤い光が太陽のように輝かしく発せられている。
(熱線か!)
敵の戦法は、前の戦闘で充分、ガルゴは知っているつもりだ。あれをこちらに十分なダメージを与える威力を出すには、ある程度力を溜める必要がある。
敵が以前と同じレベルと決めつけていたガルゴは、そのための間に自分も熱線の準備をしようとするが……
ズゴォオオオオオオオオッ!
溜など一切せずに、口内から光が放たれた直後に、石眼の七つの口から、強大な赤い熱線が、まっすぐガルゴに向かって放たれた。
(うぉおおおっ!?)
全身に水を被るように、幾つもの赤い波を受けるガルゴ。身体から生じる熱と衝撃の威力は、彼の想像を遥かに超えていた。
溜め無しで、側撃ちした熱線であるのに、以前戦った石眼の必殺熱線と同じぐらいの痛みが、全身に走る。
その威力に押されて、ガルゴは後ろに数歩分下がる。熱線の余波で、周辺の岩が少し熔けて赤くなっている。
ボン! ボン! ボン!
石眼の熱線の放射はすぐに途切れる。そう思ったら、間髪入れずに次の攻撃が迫る。石眼の七つの口から、熱線とは異なるエネルギー攻撃が発射された。
ボールのような丸い炎の球を発射し始めたのだ。七つの口からクシャミをするかのようにそれらが撃たれ、マシンガンのようにガルゴに向かって飛んでいく。
それらの無数の小さな攻撃を受けるガルゴ。全身の鱗の上に、花火のような爆発が無数に発生し、ガルゴに更なる痛手を与え、更に数歩下がらせる。
(こんな攻撃、前はなかったぞ!? 更に進化したって事か!?)
ガルゴとて一方的に攻撃を受けるばかりではない。両手で顔を覆い、少しでもダメージを抑えながら、自身の体内に、石眼と同じタイプの熱線のエネルギーを溜め込んでいた。
やがて石眼の火球攻撃が止む。石眼の口々から、白い煙が焚き火のように漏らしながら、ガス欠のように火球が途切れた。
この手のエネルギー攻撃は、遠距離攻撃できる利点の代わりに、疲れが早い、一定以上撃つと、しばらくの間攻撃できなくなる。
その隙を見計らって、ガルゴがさっきよりも少し距離が離れた、傾斜の下の石眼目掛けて、思いっきり口を開く。
(喰らえ!)
ガルゴの口から、石眼の時と似た、太陽のような輝きが放たれた。ただし石眼と違って、色は青い。そしてそこから、溜めに溜めた特撮怪獣らしい、極太の熱線が放たれた。
青炎熱線という、元になった映画のキャラクターと同じ、ガルゴの必殺技だ。ガルゴは以前、これで石眼を倒したことがある。例え以前より進化した石眼でも、これを受ければ只では済まないはずだが……
(なにっ!?)
ガルゴが目を見開いて驚く。青炎熱線は、石眼を確実に直撃すると思われた。だが石眼は事前に回避を用意していたらしい。
長い蛇の胴体の、後ろから身体をバネのように縮め、更に身体を横に大きく反らしたのだ。この間の動きは、あまりに俊敏で、大蛇であるのに、まるで小さな蛇のような敏捷速度で、身体を熱線の軌道から反らしたのである。
石眼の身体は、胴体の前進が、七つに分かれており、その七つ分の胴体の重さのせいで、後進より前進の方が遥かに重い。生物としてはかなりバランスの悪い体型である。
そんな動きづらそうな体型をしているのに、この石眼は俊敏に前進を動かし、熱線の軌道から回避したのである。
ドムッ!
ガルゴの熱線が、捉えるべき標的を外し、誰もいない大地を直撃する。今回ガルゴが撃った熱線は、爆破で敵を破壊するものでなく、熱で物体を溶かすタイプの熱線だ。
前の戦闘で、前者の熱線で石眼を倒したときに、周囲に甚大な被害を出したことがある。その時の教訓から、ガルゴはその後の数年間の修練で、新型の熱線を会得していた。
大地が泥水のように沈み、青い炎が地上に熱線の断面と同じ広さの、丸い穴を開ける。後にはとても大きな、丸い空洞が、大地に残されていた。
円の周囲の岩や土は、熱で溶けて赤く輝いている。石眼はその穴のギリギリ外側で、無傷で地面を這っている。
(躱された!? 前の石眼は、特に狙わなくても、簡単に当てられたんだが……。熱線だけでなく敏捷力も上がっているって事か……)
石眼の能力に驚いている最中に、石眼が大穴の脇を通り抜けて、ガルゴがいる傾斜の上の山を駆け走ってきた。熱線ではなく、近接戦で挑むつもりらしい。
(くうっ!)
ガルゴも近接戦の準備をする。熱線を長時間撃てないの彼も同じ。しかも最初に溜めた必殺の熱線を撃ったため、1発目でしばらく使用不能だ。
石眼は瞬く間に、ガルゴと距離を詰める。そして七つの鋭い牙が生えた口が、獣の群れのように、一斉に襲いかかる。
ガルゴの腕と拳が、何本もの石眼の頭目掛けて、横薙ぎに振るわれる。その攻撃が、襲い来る首の内三本を、まとめて叩き飛ばす。
だが残りの四本が、回避しきれず、ガルゴの身体の各部に噛みついた。
(があっ!)
病院の注射の痛みを、更に大きくしたような刺される感覚の痛みが、彼の身体の各部から脳に走る。
以前戦った石眼は、例え噛まれても、ガルゴの硬い表皮をすぐには貫けなかった。だが今度は一気にガルゴの鱗を貫き、その身体に食いこむ。
勿論全てが上手くいったわけではなく、四首のうち二首は、鱗を8割ほど貫いた辺りで、ポッキリとキバが折れた。だが残りの二首は、比較的鱗の浅いところを噛んだおかげで、その牙がしっかりと彼の肉体に食いこむ。
殴り飛ばされた三つの首も、続けてガルゴの身体に、次々と噛みついた。
(やべえぞ! このまま行くと……)
石眼の牙から、ガルゴの体内目掛けて、注射針の薬のように、何かが勢いよく注ぎ込まれる。ガルゴはそれがすぐに何か判った。それは石化の呪毒である。
石眼の人を石にする技は二種類ある。眼光による魔法での石化と、噛みついて毒を流し込んで石にする方法である。
後者の自分の体液を直接相手の身体に入れる方法は、前者の方法よりも手間であるが、その効力は絶大である。眼光では石化を撥ね除けるほどの耐性を持った敵も、石化の呪毒にはあがなえない。
そしてその技を、今ガルゴは受けてしまっているのだ。
(ぐぅううううううっ!)
ガルゴは噛みついている頭を外そうとするが、噛みついていない首が、両腕に絡みついてそれを妨害する。
その力は凄まじく、ガルゴの腕力でも引き千切れない。力を抜けば、腕が折れてしまいそうなほどの圧迫である。
片足で目の前の石眼の腹を蹴ったりもしたが、石眼の身体は思いのほか頑丈で、バランスの悪い体勢で放たれた蹴りでは威力不足なのか、全く怯む様子がない。
ピキッ! ピキッ! ピキッ!
石眼に噛みつかれている、ガルゴの腹の両脇が、徐々に変質し始める。ガルゴの茶色い鱗が、紙に色液が染みこむように、少しずつ灰色に変色している。石化が早速始まっているのだ。
すぐにガルゴの全身が固まってしまうことはなく、その石化の進行はかなりゆっくりだ。
以前ガルゴは、石眼に噛まれて部分的に石化したことがあるが、この進行はその時と同じぐらいの速度……いや、若干以前よりも遅いかもしれない。
(毒の強さだけは以前と変わらないのか? だがこのままだと……うん?)
焦り始めたところ、ガルゴは何かの気配を感じた。それは現在味方と言っていいのか微妙な立場の存在。今までどこで何をしていたのか、今になってようやくこっちまで来たのだ。
『おい石蛇……』
やや落ち着きを取り戻した口調で、今自分に組み付き噛みついている石眼に、ガルゴは言葉を投げかける。
『さっき俺への復讐に燃えた事を言ってたが……その前にもっとやばいのに殺されるかもしれないぜ……お互いに』
『ぬぅ?』
その時、それはついに現れた。右や左でもなく、山の上や下でもなく、ましてや空の上でもない。それは地面の下から現れた。
ズボッ!
ガルゴと石眼のいる位置の真ん中、ガルゴの足もから数メートル離れた位置から、突然土埃の花火が待った。
大量の土と岩の欠片が飛び散り、大地に小さな穴を開け、その穴から砲口から放たれたばかりの弾のように飛び出したそれは、青い光と波動を纏っていた。




