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第十九話 超怪獣

 門を潜り抜けた先は、地獄のような場所だった。それは地獄のように酷いという意味ではなく、風景が日本の地獄絵のような光景だったのである。


 そこはどこかの山岳地帯。一帯が黒い岩石で覆われた、草木や生物の姿が一切ない、ゴツゴツした無骨な風景である。

 この大地のややくぼんだ場所に、大きな沼があった。内部にある液体は、水ではなく、何と溶岩である。グツグツと煮えたぎる溶岩が、高温を持続しながら、液状化したまま、そこに溶岩流が溜まり、そこに大きな溶岩池を作り上げているのだ。

 ときおり溶岩池の一カ所から、噴水のように溶岩が飛び出している。どうやらここはどこか活火山の火口付近で、現在でも小規模な噴火を繰り返しているようなのだ。


 門を通り抜けたヤキソバ達一行は、さくら山にいた者達を含めた百人以上がいた。その場には、当然火山ガスなどが漂っており、普通の人間がいるとかなり危険である。

 だが幸いなことに、彼らの中に普通の人間は一人もいなかった。超人的な肉体を持つ彼らには、この程度のガスで、身体に影響を受けることはない。


 彼らはその固い地面の上に立ち尽くし、全員が呆然として、ある方向を凝視している。彼らが見ている先には、その大きな溶岩池があった。


「おい……あれ何だよ?」

「あれってヤキソバさんの友達?」

『いや……俺が知るかよ……』


 その溶岩池は自然の風景としては、確かに圧巻の光景に違いない。だが彼らが驚き見入っているのは、その溶岩池そのものではない。その溶岩池に浸かっている、何だかとんでもない者がいるのだ。


 それは溶岩の中に半分使っているにも関わらず、燃えたり熔けたりする様子がない。そしてその何かの外見は、どう見ても生き物であった。

 溶岩の中に入っても平気な生き物。普通に考えれば、あり得ない異常な話しであるが、怪獣だの幽霊だのを、散々見てきた彼らからすれば、さして驚くことではない。


 その生物の姿は、麒麟だった。角の長さや顔の形などが、微妙にヤキソバと異なっているが、その姿は紛れもなくヤキソバと同類の麒麟である。

 その麒麟は、湯船に浸かるように、その溶岩池の中に入っていた。足と腹の部分は溶岩池の中に入っており見えない。背中と首と頭の部分だけが見えており、首が溶岩池の岸からはみ出て、頭を地面につけて、全身を倒している。

 目は閉じており、闖入者である彼らを見る様子はない。呼吸によるものか、身体が少し揺れ動いている。この麒麟は、溶岩池を風呂にして寝ているのである。


 そして彼らを最も驚かせた要因が、その麒麟の大きさである。

 その麒麟は、身体の下半分が溶岩に隠れているため、体高は判らない。その池の中で、足の部分はどうなっているのか、立ち上がっているのか、座り込んでいるのかも不明だ。

 ただ頭から尻の辺りまでの体長は、目測でも何とか判る。


「おおよそ体長九十メートルってところね。こんなでかい魔物、そういないわ……」


 ニーナが目測で、その麒麟の大きさを正確に喋ってくれた。なんとその麒麟は、ヤキソバの百倍以上の大きさがある、とんでもない大怪獣だったのだ。

 同じ怪獣でも、ガルゴでさえ子供に見えるほどの巨大さである。彼らとその溶岩池で眠るその巨大麒麟の間には、結構な距離があるのだが、それでもその巨大な姿が感じられて驚かされる。


『無事皆到着できたみたいだな』


 どこからともなく声が聞こえたと思って、一行が一斉に背後を振り向く。そこには彼らをここまで連れてきた、あの召喚の精霊がいた。

 皆が通ってきたあの次元の門は既に消滅しており、あの亡霊達がここまで追ってきた様子はない。


「ええ、どうやらあの亡霊達は撒いたようね。とりあえずお礼を言うわ、精霊さん」

「でも持ち物を全部失ったぜ? 武器も食糧も全部さくら山の中だ。これからどうすんだよ?」

『ていうか、そもそもここどこだよ? 逃げ場所にしちゃ、食べ物もなさそうだし、住みづらそうだぞ? 何か知らんが怖いのまでいるし……』


 ニーナ・アデル・ヤキソバが、それぞれ感謝と文句の言葉を、精霊に向けた。

 レグン達の所持品は、ほとんどがあのさくら山の中に置いてきたままだ。あまりに急な避難であったため、荷物を持ち出す余裕が全くなかったのである。


「ていうか何であんた、今まで出てこなかったわけ!? 復活したのは結構前からだったんでしょ!?」


 最後に翔子が怒りの声で精霊に詰め寄る。それは確かに、彼に関する最大の謎であった。


『ああ……うん。さっきあいつにも言ったが、ヤキソバの奴の状況がよく分かんなかったんだよ……』

「状況?」

『うん……俺が自己回復で石化から生き返ったとき、これからどうすればいいのか判らなくてな……それであっちの世界をブラブラ探索してたんだ。知らないうちに、偽緑人のレグンが住み着いてて、結構驚かされたが。そうしたらあるときに、あの街で霊獣の気配を察知したんだよ。ついさっきまでは何も感じられなったのに、いきなり出てきたから、異世界から何か飛んできたのかと、最初は思ったが……』


 それは恐らく、彼が石化から復活したときのことだろう。何も知らない者からすれば、唐突に霊獣が出現したように思えたはずだ。


『試しに見に行ったら、何とそいつは石化病の救世主だった、あのヤキソバだ。あの時は驚いたぜ。そして喜んだぜ。現状の問題を、すぐに解決できるって……』

『じゃあ何であの時、俺を見て逃げたんだよ?』

『さっき言ったろ。お前が威嚇してきたからだ。グルルル~~~って、俺に向かって唸ったろ? しかも力が爆発しかかってたし……』

『ああ、そういや確かにそんなことしたな。うん? 爆発?』


 ヤキソバは当時のことを振り返ってみる。確かにあの時、かなり気が立っていて、突然現れた怪しい物体に向かって、意味もなく唸ったような気がする。

 それ以外に意味の分からない発言もあったが、これに関しては特に気にならなかったのでスルーした。


『ヤキソバって奴は、結構扱いづらい性格だって聞いてたからな。もしかして俺、そいつに何か怒られるようなことをしたのか、さっぱりだ……。変に話しかけて、更に気をそこねられると、協力してもらえねえかもしれねえ。いやそれどころか、俺が奴に殺されかねねえ……。しゃあねえから、あの時はあの場から離れて、しばし様子を見ることにしたんだよ』

「様子を見る? 新城の奴らに吹き込んで、こいつを誘拐させたのも、探りをいれるためか?」

『別に誘拐までさせる気はなかったんだよ。あいつらが勝手にやったんだ。ヤキソバはあの時、人の言葉を喋れねえ様子で、もうちょっと踏み込んで、奴の状況を探りたかったんだ』


 アデルの問いに対し、精霊は当時の彼の行動の理由をそう説明する。あの時ヤキソバは、人の言葉を喋らず、他人の目からすれば、ただの獣との見分けがつかない状態だった。それがこの精霊を、更に困惑させていたようだ。


『これは憶測だが……どうやらそいつの中の人とヤキソバは……ヤキソバが石化から自動復活したときに、混ざっちまったみたいだな。復活したときに、互いが密着してたせいで、二人の肉体と魂が、融合しちまったみたいだ』

「何それ? そんな料理みたいな事あるの?」

『ありえなけきゃ、こんな推測しねえよ。身体の主導権がそいつに譲ってる辺り、本物のヤキソバは、自分で目覚めようとしなかったんだろうが』


 それはつまり、ヤキソバは自分の肉体を、他人に譲ったと言うことだ。常識的に考えて、かなりおかしな話しである。


「他人に自分から身体をやったってのか? 何の義理でそんなことすんだよ?」

『義理とかじゃなくて、目覚めるのに飽きたんじゃないのか? 随分昔の話しだが、どっかの世界で、レイコっていう緑人が、ゲドって言う赤の他人の傭兵に自分の身体を……』

『まあ……大体判ったから、この話はこれでよくね? そんで次の質問があるんだが……ここはどこで、あれはなんだ? お前ら俺らを、安全なところに逃がしてくれたんじゃないのか?』


 ヤキソバの言葉に、全員が同意する。確かに召喚の精霊は、逃がすとは言ったが、行き先を指定していなかった。

 そして来たところは、明らかに異常な存在がいる、異常な場所である。こんな有害物質を大気中に多量に含んだ場所を、何故わざわざ指定したのか?


「助けてくれたのは、お礼をいいたいんだけどさ……もしかして行き先を決められなかった?」

『いんや、俺は狙ってここに飛んだよ。それを今から説明してやる』


 召喚の精霊の目の部分が、溶岩池の巨大麒麟を指し、皆にまた小難しい説明を始めるようだ。


『あそこで寝てるのは、タンタンメンっていう名前の麒麟だよ。ヤキソバと同じ』

「ヤキソバといい、何で食い物の名前なんだよ?」

『元の飼い主の趣味らしいぜ』


 その飼い主とは何なのか、妙に気になるところだが、それも今はいいだろうと、その場の全員がスルーした。


『つまりだ……あのでかくて怖い奴は、俺らの味方なんだよな?』

『少なくとも、敵対する関係じゃねえな。奴ならば、今はまだ不完全な、ヤキソバの力を覚醒させられる。そうすりゃ二つの世界の石化した奴らを、全て治せる。そうすりゃ全て解決して、ハッピーエンドさ』

「いやそんなまどろっこしいやり方よりもさ……今俺らがやりたいこと、全部あいつに頼めばいいんじゃないのか? あれもヤキソバと同類なんだろ? じゃあ同じ事もできるんじゃねえか?」


 飛んできたのはアデルの最もな考え。まだ力を充分に使えないヤキソバに頼るよりも、まだ五体満足健在の、別の麒麟に頼んだ方が早い。だが召喚の精霊は、その考えに肯定しなかった。


『実は問題が二つある』

「ほう? 早速どんなやばい話があるんだ?」


 まあそんな話しだったら、最初からこいつが、ヤキソバの周りを嗅ぎ回ったりしないだろう。


『まず一つ目は……奴はこの火山からある理由で出られない。奴はこの火山の下にある、やばいモンを塞ぐための大事な蓋だ。奴がここから出たら、それが一気にこの世界に開放されちまう』

「やばいもん?」

『人妖とかとは関係ない話だから、今は置いておく。とにかく奴は、ここから移動して、石化した奴を治したりはできないって事だ。さてもう一つの問題だが……奴は普通のやり方じゃ、まず起きねえし、起こしたらそれで結構やばい』


 皆が納得しながらも首を傾げる。眠りが深くて簡単に目を覚まさないということは理解できる。だがどの程度の刺激で目を覚まし、それによって何が起きるというのか?


「普通のやり方って、具体的にどの程度を普通と言うのよ? 普通じゃない方法ってのは、どういう方法なのよ?」

『お前らはどんなものだと考える?』


 ニーナの質問に質問で答える召喚の精霊に、皆が思い思い答え始めた。


「とにかく大きく叫ぶとか?」

「それじゃ普通すぎだろ。あいつの頭を思いっきり殴る?」

「溶岩を冷やしてみる?」

「ケツをくすぐってみる?」

『耳元に熱い息を吹きかける?』

『二番目の鷹丸のが正解だ。あいつは思いっきり、物理的な衝撃を与えねえと起きねえ…そして……』


 勿体ぶってるのか言いにくいことなのか、精霊は少し間を置いてから、その問題の続きを話し始めた。


『実はあいつはかなり寝起きが悪い。無理矢理起こしたりしたら、怒り狂って暴れて、周りにいる奴ら手当たり次第皆殺しにしかねねえ……』


 その言葉に、その場にいた者全員の表情が、大なり小なり青くなった。あのあまりに巨大な生物が、力任せに暴れたら、いったいどれほどの被害が出るというのだろう?


『どのぐらいやばい暴れっぷりか、皆想像できないて感じだな? どのぐらいかって言えば、ここらから半径数百キロに、跡形もなくなって大地が平らになるぐらいだな。あいつは本人がその気になりゃ、世界を数日で滅ぼせるぜ……』


 やっぱりとんでもない話しだった。ここがどこの世界かは知らないが、そんな核兵器より恐ろしい奴が、こんな所でグーグー寝てるとは、かなり怖くて住みづらい世界ではないだろうか?


『ずっと前から、何度もこいつを上手く起こせないのか考えたんだがな……やっぱり良い方法が思いつかなくてな……それでお前らが、こいつと会う時を、ずっと待ってたのさ……』

「へっ?」


 精霊が指し示したのは、鷹丸だった。それに鷹丸が呆けた表情で、驚く。


「ようするに……タンタンメンさんを無理矢理起こして……そして暴れるその人を鷹丸が倒して……それからタンタンメンさんにヤキソバさんの力を戻して貰って石化病を治そうってわけ?」

『……そうだ。言っておくが、他の選択肢はねえぞ。ストラテジストに操られたあの亡霊共も、人妖共も、時間が経てば、お前らを追ってこの世界まで来るぜ。そこで亡霊共にやられて永遠に眠るか。それともあいつと戦って散るか。お前がどちらかを決めるんだよ』

「へっ?」


 いきなり重大な選択肢を叩きつけられた鷹丸は、いまだに呆けた表情で、首を捻っていた。


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