第十八話 UFO出現
当日、翔子とタカ丸、そして佐藤家から連れ出してきた巨大鷹=タカ丸は、その日さくら山に泊まることとなった。
夜間の戦闘の疲れと、その後の話し合いのゴタゴタによる疲れから、一行はそこで一眠りにつく。居住区内で割り当てられた部屋の中で、2人は一緒に布団にくるまれて寝ていたが、僅か1時間程で目を覚ました。さすがは緑人、回復も早い。
その後はニーナと共に、立体駐車場内の設備で何かしらしていたようだが、夕方頃になって疲れた様子で戻ってきた。
「やっぱり駄目だったよ……ヤキソバさん、どうにかできない?」
『まずどういう問題があったのかを説明しろよ。いきなりそんなこと言われても、訳がわかんねえぞ?』
場所はいつもアデルと一緒に食事をしている食堂。
そこで鷹丸・翔子・アデル・ヤキソバが、4人で一つのテーブルに座って、それぞれ大盛りの豚肉ライスを平らげている。いつもより人数が増えたので、賑やかな食事だ。
彼らはつい先日会ったばかりだというのに、ずっと前から一緒だったように、このさくら山に馴染んでいる。
先程の無心病にかかった鶏忍者を、あっさり治したこともあって、容易に受け入れられていた。そしてヤキソバを見ながら、唐突に翔子が口にしたのが、今の発言である。
「……ごめん。さっきニーナさんと話して色々試したんだ。向こうの世界の門を、もう一度開けないかって」
「ああそういえば、向こうにまだ仲間が大勢いたんだったな……」
アデルがその言葉に納得する。一度開いた門は、開けた後すぐ消滅して、その後再び開けていない。
こうなることは最初から予期していたため、彼らを代表してこの2人と、乗り物として優秀はタカ丸が選ばれたのだ。
『異世界を渡るって、そんなに難しいのか?』
「難しいよ。私もあっちで一生懸命勉強したけど、未だに判りきってない所があるし……」
その時の苦労を思い出し、苦々しい顔をする翔子。
そう言いながらも、食事はどんどん進む。あの小学生ぐらいの体格からは、多すぎるぐらいの豚肉ライスを全て平らげ、更にはおかわりまでしている。
『元々ここの奴らが使ってた門は使えないのか?』
「すぐには準備できないってさ。それに渡る世界の特定が難しくて、あっちの世界に行けるかどうかも判らないってさ。そんなのに頼るぐらいなら、あの精霊をとっ捕まえたほうがいい気がするんだ」
『そいつはすぐに門を開けるのか?』
「開けられるはずだぜ。俺の時は、その場ですぐにあっちの世界まで連れていったし……」
そういう鷹丸は、実は件の集団失踪事件の時に召喚されたわけではない。事件が起きてから、何年も経った後に、1人だけ向こうの世界まで飛ばされたらしい。
その時は、いとも容易く、彼を向こうの世界まで送ったという。
『成る程……じゃあ当面の目標は、そいつを捕まえることでいいか? まあお前らの仲間を呼んだからって、何が変わるか知らないけどよ……』
「味方が増えるんだから、今よりマシのなるのは間違いないだろ。今人妖共が、何故かこちらを集中攻撃してて、困ってた所だ。……しかし何故その精霊は、コソコソ動いてこちらに姿を現さない? 別にこちらと敵対する関係でも無い気がするんだが?」
「知らないよ。あいつが何を考えてるかなんて……」
豚肉ライスを頬張りながら、気楽にかわされる会話。だがその内容が興味深いのか、周りの者達が、こぞって聴き耳を立てていた。
「ていうかさ、それよりお前が力をつけるほうを考えた方がいいんじゃねえのか? 白鳥から少し学んだら、力を使えるようになったんだろ?」
『ああ。だけどよ、石化解呪とか異世界転移とかの術なんて知らねえぞ。そんなのを書いた教科書もないしな。お前らは持ってるのか?』
「ううん、ないよ」
食後一行は何をすればいいのか判らず、とりあえず外の空気を吸いに、さくら山内を歩く。ちなみに途中の話題で、さっき食べた豚肉が、人妖の肉だと教えると、翔子は大層動転していた。
「そういや今日は、人妖の警戒令が出なかったな。昨日まで毎日狩りの連続だったのによ」
さくら山の入り口前に近づきながら、アデルがふとそのことに気づいて口にする。確かに今日は珍しく、ニーナから人妖関連の報告が出なかった。
ガストン達は、あの話を終えた後、すぐに新城の方に戻ったが、向こうはどうだったのだろうか?
「昨日俺が、いっぱい殺したからな。それで少し勢力が落ちたんじゃないのか?」
「そうだといいが、また変なことの予兆でなきゃいいな……」
そう言って、さくら山の入り口前の外に出る一行。ずっとあの密閉されたデパート内にこもるのは、何かと息苦しいので、一行は少しリラックスした様子だ。
既に空は赤く、太陽が落ちようとしていた。そんな空を見ながら、一行はボーと外の様子を見ていた。
規則により、あまり遠くは行けない。だからといって中に入っても、何もすることがなく、かえってストレスが溜まる。
そのため特に目的もなく、彼らは外を見上げていた。それはヤキソバだけでなく、他の鶏忍者達も、入り口前の屋外駐車場で、各々酒を飲んだりと寛いだし、剣の稽古をしていた。
やがて日が完全に沈み、外が暗くなり始めたとき、一行の表情は急に険しくなった。
『おい、これって……』
「言われずとも判ってる! おい、お前らすぐに中に……て、もう判ってるか」
駐車場内で寛いでいた者達も、すぐに何かの気配に気づき、大急ぎで入り口前まで駆け出す。翔子とアデルが刀の柄に手を置く。鷹丸もいつでも変身できるよう、精神を集中させる。
「昨日で終わるとは思っていなかったが……これはやばいな」
薄暗くなったさくら山の前の道路を、何かが渡り歩き、こちらに近づいてきている。それは今ヤキソバ達の視界にある者達だけではない。
このさくら山の四方を、昨日を遥かに超える数の、千匹以上の亡霊達が、このさくら山を襲撃しようとしていた。
さくら山周辺一帯は戦場となっていた。数々の爆音が、大空襲が再来したかのように、鳴り響く。
これまでレグン達は、人妖と戦闘するときも、町に損壊が起こらないよう、注意して戦っていた。だが今はそのような配慮は見られない。
アデルの刀がこれまでにない一際大きな気功の光を放つ。目の前でホラー映画のゾンビ軍団のように、こちらに襲い来る亡霊達に向けて、その刀を一閃した。
するとその刀から光の斬撃が飛ぶ。それは距離を置くと共に、横に大きく広がり、とてつもなく長い三日月の刃となって、亡霊達の群れをまとめて斬り払う。その時に周りの街路樹や、家の壁も鋭く斬られていた。
ヤキソバは亡霊達の群れに向かって、がむしゃらに火球を吐き続けている。
この攻撃方法も大分馴れたもので、少し威力を弱めた火球を、機関銃のように高速で連写して吐き続ける。
何匹もの亡霊達が、それによって吹き飛ばされる。吹き飛ばされたのは亡霊だけではない。一台の自動車が、まるでサーカスのように空中をクルクル回って浮き上がっている。
一部攻撃を外したり、亡霊と共に巻き込まれた家屋や自動車などが、その火球によって破壊され、各地で火災が発生していた。
「くたばれ! うらぁあああああっ!」
この戦闘に今回はニーナも参加していた。いつもと違ってやたらと過激なノリで、亡霊達の群れに機関銃を放っている。
見た目はこの世界で使われているような、現代の軽機関銃を少しメタリックにしたような銀色の銃だ。軽機関銃と言っても、全長一メートル以上で重さ十キロ以上はありそうな大型の武装だ。
それを女の細腕で軽々と持ち上げ、二脚等で反動止めもせずに、そのままぶっ放している。
けたたましい弾丸の連射音が放たれ、無数の薬莢がチャカチャカと足下に転がり、さくら山を襲おうとしている亡霊達を何体もぶち抜く。ぶち抜いた先の後方にある、映画館の壁やガラスが、流れ弾でガチャンガチャンと派手な音を立て、大きく張られた映画ポスターが蜂の巣になっていた。
これらでもかなり派手な戦闘風景だが、反対側のさくら山の裏門付近では、もっと派手なのがいた。一匹の巨大怪獣=ガルゴに変身した鷹丸が、そっちの方角から迫り来る亡霊達を、その巨体で攻撃しているのだ。
何匹もの亡霊達が虫のように踏みつぶされる。ガルゴが尻尾を振ると、数十の亡霊達が、付近の建物ごとまとめて薙ぎ払われた。
これらの戦闘によって、さくら山周辺の地面に無数の穴や亀裂ができ、家屋・店舗・倉庫が全壊・半壊し、各地に火の手が上がり、夜の街に赤い輝きと黒い煙を大量に放っていた。
昨日の戦闘同様に、この戦闘は一見して、さくら山勢の優位に見える。数は昨日より圧倒的に増えたが、鷹丸と翔子という大きな戦力が加わったことが大きな影響を与えていた。
だが優勢に見える戦闘は、いつまで経っても終わる様子がない。やはり亡霊達は、今回も昨日と同様に、倒しても倒しても、何度でも復活してくるのである。
しかも敵の数のせいで、疲労の速度は昨日よりも速い。
「おい、どうすんだ! このままじゃ全員やられるぞ!」
「どうしようもないわよ! とにかく戦わなきゃ、やってらんないわ! ………あっ! 弾がなくなった」
いつまで経っても終わらない戦闘。決して倒せない不死身の亡霊達。
実はレグン達は、長い年月生きていたが、こうした霊型のモンスターとの戦闘を、あまり経験していなかった。霊に対する有用な手段も知らず、ただ物理で倒す以外の対処法がない。
彼らはどんどん追い詰められていく。例え今この場を切り抜けられたとしても、翌日には更に多くの亡霊が攻め込んでくるかもしれない。もはや絶望的な状態だ。
ニーナが弾薬を補給しようと、一旦さくら山に戻ろうとしたときに、空から何かが現れた。
『あれはっ!? あのUFOか……』
危機に陥った彼らの前に、空から舞い降りてきたのは、救いの神などとはとても言えない姿の、丸っこいオレンジ色のボールみたいな、変なのだった。
それは今朝話題に上がっていた、あの召喚の精霊に違いなかった。空に月がもう一個現れたかのように、それが淡い光を放ち、戦っている者達の頭上に、唐突に姿を現したのだ。
『うっし、お前ら! 一応助けに来たぜ!』
そのオレンジボールから、若い男のような声が、スピーカー越しに話しかけるような声色で放たれる。ヤキソバもアデルもニーナも、話しには聞いていたが、今日初めて聞く召喚の精霊の声である。
『助けにだと!? てめえっ、今まで何してやがった! てめえがコソコソして出てこねえせいで、皆事態が判らなくて困ってたんだぞ!』
精霊を見上げながら、初会話にも関わらず、怒号を上げるヤキソバ。そもそもこいつが、最初から出てきてちゃんと説明してくれていれば、今まで散々悩んだり迷ったりしなかった。
自身に起きた理不尽に対する八つ当たりも含めて、彼は精霊に怒りの声を上げた。
『悪い悪い・・・・・・いや~~何せ最初に会ったときに、思いっきり威嚇されちまったからな。力も不安定になて危なかったし。こっちも事情が分かんなくて、困ってたんだわ。まさかヤキソバが人間と混ざってたとはよ……』
精霊が何かを説明しているが、ヤキソバはきちんと聞いていなかった。
というか目の前に襲い来る亡霊達の相手に、気を逸らすわけにはいかない状態で、彼らは継続して亡霊達を攻撃し続けている。
その状態を見て取ったのか、精霊は上か下降してきた。そしてさくら山の正門前のあたりの、地上一メートルの高さで浮き上がる。
入り口前のガラスドアの内側には、状況を観察していた、非戦闘員のレグン達が何人かいて、目の前に現れたその奇異な物体に驚き戸惑っている。
『また暴走されても困るな。早くこの場を片付けねえと……。お前ら! 悪いが今ここでの戦いは、絶対に勝てねえ! だから今から、俺が逃げ道を作る!』
精霊の丸っこい身体が、一際大きな輝きを放った。今までは月のように静かな光だったのが、今は太陽のように燃えるような強い輝きを放ち、一帯を明るく照らす。
「なっ、何だ!?」
この状況にヤキソバ・アデル・鶏忍者達だけでなく、亡霊達も動揺し、一瞬動きを止めていた。
すると突如、精霊の近くにあった門前の空間に、黄色い光の輪が出現した。フラフープのように細い光輪である。最初は直径三十センチほどの円が、空中に横に浮き上がっていた。それが中心から波紋のように広がって、大きくなっていく。
その輪の中は赤い壁で覆われていた。本来ならばその輪の中には、向こう側の景色が見えるはずである。だがそこには何か得体の知れない赤いもので塞がれていた。
黄色い縁の赤い絵柄の皿のような物が、この場に現れる。皆がこれが何なのか判らず、戸惑っている中、精霊がマイクの大スピーチのように、声高らかに叫んだ。
『いいか、裏で戦っている奴も、中に引っ込んでる奴らも、よく聞け! たった今、ここに異世界に通じる門を造った! 皆ここを通って、ここから逃げるんだ! 他に生き残る手段はねえぜ! ここを捨てて異世界に逃げるか、この世界で永遠に眠り続けるか、どちらかを今すぐ選べ!』
近くにいたガラスドア前のレグン達が、その大音量の声に、思わず耳を塞ぐ。これだけの声ならば、おそらく向こうで戦っている鷹丸達にも聞こえただろう。
そしてこの奇妙な物体は、異界の門だというのだ。レグンや翔子達が、えらく苦労して造った物を、このオレンジボールはいとも簡単に、この場で一瞬で造り出して見せたのだ。
あまりに突然の話しに、皆が驚き判断に迷っている最中、全く迷わず、誰よりも先にその門へと駆けだしたのは、何とヤキソバであった。
(上等だ! この化け物だらけで窮屈な世界から出れるなら、もうどんな胡散臭い奴からの申し出でもOKだ!)
アデルが何かを言おうとしたが間に合わず、ヤキソバはその得体の知れない門に、思いっきり突っ込んだ。地面を蹴り飛び跳ねて、その円形の門に、まるで障害物競技のように飛び込んだ。
ヤキソバの身体が、その輪の中の赤い壁の中へと消えた。まるで水に飛び込むように、その壁の中へと彼の身体が突き抜け、潜り込み、その場から消える。
その輪の裏側から、彼の姿が通り抜けて出てくることはなかった。通常の物理法則を無視して、彼の姿はその場から完全に姿を消したのだ。
「ああ~~~もう、しょうがないわね! 皆行くわよ! 他の皆にも連絡して!」
ニーナもその場に駆け寄り、門の所に待機していた者達に指示して、その門の前に立つ。
目の前にいる得体の知れないオレンジボールと、得体の知れない門の前に、彼女は一瞬迷いの表情を見せる。だがどのみちこの怪しい奴の助けを借りる以外に、この最悪の状況から逃れる術はない。
一呼吸して覚悟を決め、彼女は意を決してその門の中へと飛び込んだ。今度はニーナの姿も、先程のヤキソバと同様に、この空間から姿を消す。
「くそっ! ああ~~~もう判ったよ! 知らねえぞ、どうなっても!」
今度はアデルがその門へと飛び込んだ。後ろからは亡霊達が迫ってきており、そこから逃げるように飛び込む。
既にその場は、亡霊達に占拠されようとしていた。そんな中、炎を刃を振り回して、その場に飛び込んできた者がいた。裏口で戦っていた筈の翔子である。
「ここは私が止めるから、中にいる人達を皆呼んで! そして早く門に入って!」
門の前に迫る亡霊達を斬り払いながら、門前で判断に迷っていたレグン達に呼びかける。それを聞いたレグン達は、まだ中にいる仲間達を呼び寄せ、次々と門の中へと飛び込んでいった。




